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カレン=クーガー
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夫に結婚して欲しいと言われた時、私は二つ返事で承諾した。ダレスはとても優しかったから。
ホワン子爵家が金銭的に苦しいのは知っていたが、幸いクーガー伯爵家には有り余る財産があったし、両親も娘の婚約者に求めるのは人柄だけだったから、プロポーズを受けて半年後には籍を入れていた。
でも、2年が経った今、私はこの結婚が失敗だったと毎日悔やんでいる。
夫のダレスは私の目を憚ることなく愛人のもとに通い、義母ののダイナは屋敷で私を見かけるたびに嫌味を口にする。
ホワン子爵家での私の唯一の癒しは一歳になる娘のヨーシャだけだ。私はヨーシャを片親で育った子にしないためだけに、この理不尽な結婚生活に耐えている。
「ねえ、あなた」
「なに」
「今日、お義母様に二人目は後継が欲しいと言われたのだけど」
「だから?」
「あなた、わかるでしょう?子どもは1人ではできないわ。愛人の方のところで過ごす頻度を減らしてくださらない」
「はっ。お前になんか興味ない。そんな無駄な時間、僕にはない」
「でしたら、あなたからそうお母様に言ってくださらない」
プライドをズタズタにされながらも、私は辛うじて冷静に言い返す。それが余計に気に障ったらしく、激昂してダレスは言い募った。
「あーあ。なんでお前なんかと結婚したんだろうな。可愛げもない。愛嬌もない。後継も産めない。ヨーシャなんかお前にそっくりで全く可愛くないしな」
「ヨーシャがかわいくないって本気でおっしゃってるの?」
あまりの言葉に思わず聞き返す。
「ああ?当たり前だろ。子どもなんてただでさえうるさいのに、それがお前に似てるんだぞ。逆にどこにかわいい要素があるんだよ」
あまりヨーシャに興味を示さないと思っていたけれども、まさかこんな酷いことを思っていたなんて…許せない
「そう。残念だわ。」
ボソリと呟いた私を見て、ダレスは馬鹿にした視線をよこした。
揉めるのが嫌で、ヨーシャのために離縁するのが嫌で、淡々と耐えてきたけれど、ヨーシャのためにならない父親なんて必要?いいえ、それなら要らない。
「ねえ、あなた」
「なんだよ」
「さっきの言葉本気?」
「当たり前だろ」
「そう。それなら、あなたはいりません」
「はっ?」
「今日限りで、クーガー家の姓にもどります。」
ようやく、私が本気で離婚すると言っていることに気づいたらしい。しかしダレスは馬鹿にしたように言ってきた。
「はっ、好きにしろよ。お前の持参金のおかげで領地も既に潤ってるんだ。今更お前なんか不要だよ」
それを見て私は遂に笑ってしまった。
「あなた、大丈夫?」
「何がだよ」
「持参金だけで今の生活が勝手に成り立たったと本気で思っているの?」
「どう言う意味だ」
「実家からの継続的な金銭の援助。それに領地は私が経営したから成り立っていたのよ?」
「まさか」
「当たり前でしょ。あぁ、この離婚届はもらって行くわね。これで無関係になったし、援助もないから、もとの痩せた貧しい領地に戻って…しまわないわね」
「どう言うことだ?」
「領主が無能なツケを領民に払わすわけに行かないじゃない。」
「なんだと。」
「本当のことでしょう。私が嫁いで来て勝手に領地が豊かになるわけないでしょ?だからね。ホワン子爵領を買い取ってたのよ。」
「待て、そんな金」
「あら、あなた達が馬鹿みたいに散財したお金、どこからでてきたの?」
「お前の持参金じゃ…」
「な訳ないじゃない。私の持参金けっこうあったにも関わらず3ヶ月くらいで使い切ってたわよ。まぁ、だからこそあなた達の散財で支払ったお金と領地を相殺して2年程度で買い取れたんだけれど」
「しかし、契約書など何もないはずだ」
勝ち誇ったように言われて、私は大仰に溜息をついた。
「そんなわけないでしょ。支払いの請求書を私に月一回あなたもお義母様もご丁寧に渡して来たじゃない。その度に私はあなた達にサインを求めたはずだけれど?」
「確かにサインしてた。領収書のようなものだろ?」
「はあ?あれはね、私が支払うたびに土地を私名義にする旨の契約書だったのよ?」
「聞いてない!騙したのか」
「最初に説明したわよ。もっともあなたは興味なさそうに愛人の絵姿眺めてたし、お義母様にいたっては、うるさいささっと払っとけ、しか言わなかったけどね」
「そんな」
「でも、安心して。この屋敷と建物の立ってる土地はあなたのものよ。住むところを失うわけじゃないわ」
「…」
「でもね。その周りの土地はすべて私のもの。だから、愛人のところに通うには私の土地を通る許可を取ってね」
「そんなもの必要ない!」
「あら、貴族同士が他家の領地に入る時には必ず通行料がわりに特産物なんかを渡すじゃない?あなたは土地がないから特産物なんてないし、代わりにお金でいいわよ。」
「お前…」
「ああ、あと、国に納める地税も覚悟なさった方がいいわよ」
「そんなもの、この辺りは土地の値段なんかたかが知れてる」
「ええ、私が嫁ぐまでわね。嫁いで来てからこの辺りの領地運営を改善して収益が上がったから去年から地税が跳ね上がったのよ…家、売らずに住むといいわね」
最後だけは優しげに告げてやる。
「お前なんかこっちから願い下げだ!」
威勢のいい言葉を夫は放った。
その後、一月ほどして、ホワン子爵家の屋敷が売りに出されているのを見た時は思わず笑ってしまった。元の半値以下だったので、安く買い取れた、と喜んでいた次の日、元夫と元義母が訪れた。
「カレン、すまなかった」
「カレンさん、すみません」
土下座せんばかりで二人とも謝罪をしてくる。
「何がお望み?」
私は聞いてみた。
「カレンとよりを戻したい。お前を捨てたことを後悔してるんだ」
「愛人とは?」
「別れた」
真摯な態度で話す元夫に、私は微笑んで告げた。
「捨てたのは私よ。あなたはもう要らないの」
完
ホワン子爵家が金銭的に苦しいのは知っていたが、幸いクーガー伯爵家には有り余る財産があったし、両親も娘の婚約者に求めるのは人柄だけだったから、プロポーズを受けて半年後には籍を入れていた。
でも、2年が経った今、私はこの結婚が失敗だったと毎日悔やんでいる。
夫のダレスは私の目を憚ることなく愛人のもとに通い、義母ののダイナは屋敷で私を見かけるたびに嫌味を口にする。
ホワン子爵家での私の唯一の癒しは一歳になる娘のヨーシャだけだ。私はヨーシャを片親で育った子にしないためだけに、この理不尽な結婚生活に耐えている。
「ねえ、あなた」
「なに」
「今日、お義母様に二人目は後継が欲しいと言われたのだけど」
「だから?」
「あなた、わかるでしょう?子どもは1人ではできないわ。愛人の方のところで過ごす頻度を減らしてくださらない」
「はっ。お前になんか興味ない。そんな無駄な時間、僕にはない」
「でしたら、あなたからそうお母様に言ってくださらない」
プライドをズタズタにされながらも、私は辛うじて冷静に言い返す。それが余計に気に障ったらしく、激昂してダレスは言い募った。
「あーあ。なんでお前なんかと結婚したんだろうな。可愛げもない。愛嬌もない。後継も産めない。ヨーシャなんかお前にそっくりで全く可愛くないしな」
「ヨーシャがかわいくないって本気でおっしゃってるの?」
あまりの言葉に思わず聞き返す。
「ああ?当たり前だろ。子どもなんてただでさえうるさいのに、それがお前に似てるんだぞ。逆にどこにかわいい要素があるんだよ」
あまりヨーシャに興味を示さないと思っていたけれども、まさかこんな酷いことを思っていたなんて…許せない
「そう。残念だわ。」
ボソリと呟いた私を見て、ダレスは馬鹿にした視線をよこした。
揉めるのが嫌で、ヨーシャのために離縁するのが嫌で、淡々と耐えてきたけれど、ヨーシャのためにならない父親なんて必要?いいえ、それなら要らない。
「ねえ、あなた」
「なんだよ」
「さっきの言葉本気?」
「当たり前だろ」
「そう。それなら、あなたはいりません」
「はっ?」
「今日限りで、クーガー家の姓にもどります。」
ようやく、私が本気で離婚すると言っていることに気づいたらしい。しかしダレスは馬鹿にしたように言ってきた。
「はっ、好きにしろよ。お前の持参金のおかげで領地も既に潤ってるんだ。今更お前なんか不要だよ」
それを見て私は遂に笑ってしまった。
「あなた、大丈夫?」
「何がだよ」
「持参金だけで今の生活が勝手に成り立たったと本気で思っているの?」
「どう言う意味だ」
「実家からの継続的な金銭の援助。それに領地は私が経営したから成り立っていたのよ?」
「まさか」
「当たり前でしょ。あぁ、この離婚届はもらって行くわね。これで無関係になったし、援助もないから、もとの痩せた貧しい領地に戻って…しまわないわね」
「どう言うことだ?」
「領主が無能なツケを領民に払わすわけに行かないじゃない。」
「なんだと。」
「本当のことでしょう。私が嫁いで来て勝手に領地が豊かになるわけないでしょ?だからね。ホワン子爵領を買い取ってたのよ。」
「待て、そんな金」
「あら、あなた達が馬鹿みたいに散財したお金、どこからでてきたの?」
「お前の持参金じゃ…」
「な訳ないじゃない。私の持参金けっこうあったにも関わらず3ヶ月くらいで使い切ってたわよ。まぁ、だからこそあなた達の散財で支払ったお金と領地を相殺して2年程度で買い取れたんだけれど」
「しかし、契約書など何もないはずだ」
勝ち誇ったように言われて、私は大仰に溜息をついた。
「そんなわけないでしょ。支払いの請求書を私に月一回あなたもお義母様もご丁寧に渡して来たじゃない。その度に私はあなた達にサインを求めたはずだけれど?」
「確かにサインしてた。領収書のようなものだろ?」
「はあ?あれはね、私が支払うたびに土地を私名義にする旨の契約書だったのよ?」
「聞いてない!騙したのか」
「最初に説明したわよ。もっともあなたは興味なさそうに愛人の絵姿眺めてたし、お義母様にいたっては、うるさいささっと払っとけ、しか言わなかったけどね」
「そんな」
「でも、安心して。この屋敷と建物の立ってる土地はあなたのものよ。住むところを失うわけじゃないわ」
「…」
「でもね。その周りの土地はすべて私のもの。だから、愛人のところに通うには私の土地を通る許可を取ってね」
「そんなもの必要ない!」
「あら、貴族同士が他家の領地に入る時には必ず通行料がわりに特産物なんかを渡すじゃない?あなたは土地がないから特産物なんてないし、代わりにお金でいいわよ。」
「お前…」
「ああ、あと、国に納める地税も覚悟なさった方がいいわよ」
「そんなもの、この辺りは土地の値段なんかたかが知れてる」
「ええ、私が嫁ぐまでわね。嫁いで来てからこの辺りの領地運営を改善して収益が上がったから去年から地税が跳ね上がったのよ…家、売らずに住むといいわね」
最後だけは優しげに告げてやる。
「お前なんかこっちから願い下げだ!」
威勢のいい言葉を夫は放った。
その後、一月ほどして、ホワン子爵家の屋敷が売りに出されているのを見た時は思わず笑ってしまった。元の半値以下だったので、安く買い取れた、と喜んでいた次の日、元夫と元義母が訪れた。
「カレン、すまなかった」
「カレンさん、すみません」
土下座せんばかりで二人とも謝罪をしてくる。
「何がお望み?」
私は聞いてみた。
「カレンとよりを戻したい。お前を捨てたことを後悔してるんだ」
「愛人とは?」
「別れた」
真摯な態度で話す元夫に、私は微笑んで告げた。
「捨てたのは私よ。あなたはもう要らないの」
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