後宮にて、あなたを想う

80 謎の女人

「律佳様はもとより水月様も湖月様も美しい方だったと聞いております。そのお三方を前にしても霞まぬ程度に美しい方だった、と言うことでしょうか」

蔡怜がその侍女にこだわるのを不思議そうに見やりながら、弦陽は答えた。

「え、ええ。律佳は男の庇護欲をそそる美しさです。一方陳家のご姉妹はご自身の美を存分に理解している強い美しさです。ただ、あの女人はなんというか神秘的な美しさ、とでも申しましょうか。」
「その女人とお会いすることはできるでしょうか」

しばらく考えた弦陽は、曖昧な返事をした。

「妻が知っているかもしれませんが…陳家とはもう関わりを持たせたくありません」

苦しげに言う弦陽に蔡怜は頷いた。

「奥方様がお辛い思いをされた場所でございます。私の配慮が足りませんでした」

素直に謝った蔡怜を驚いたように見つめ、弦陽はゆっくりと口を開いた。

「あの、皇后様。差し出がましいかもしれませんが、もしよろしければ律佳とお会いになられますか」

突然の申し出に蔡怜は目を見開いた。

「まあ、よろしいのですか。」
「ええ。ただ、律佳はこのところ体調を崩しがちでして…しばらくすれば落ち着くとは思うのですが」
「もちろん、こちらはいつでも構いません。ぜひ、よろしくお願いします」

蔡怜は律佳と会ってみたかったが、皇帝の現皇后と出会うのは気が重いのではないかと思うと会わせて欲しいと言い辛く感じていた。
そのため、弦陽の方から声をかけてきてくれたことに感謝した。

「あの、弦陽様。もう一つお聞きしたいことがございます」
「なんでしょう」
「水月様がその…」
「ああ。水月様が私を慕ってくださっていた、と言う噂でしょうか」
「はい。そのことはご存知でしたか」
「ええ。ですが、おそらく本気ではなかったでしょう」
「え？なぜそのように」
「深窓の令嬢が、たまたま年齢のあまり変わらない男を屋敷で見かけた。恋に恋するような年齢です。相手は誰でもよかったのでしょう」

さらりと告げた弦陽に蔡怜は不思議そうに尋ねた。

「そのようにお聞きになられたのですか」
「なぜです。私がそう思った、ではいけませんか」
「いえ、確信してらっしゃるような物言いをされたので。ご本人にでもお聞きになられたのか、と」

ふっと笑って弦陽は答えた。

「皇后様。お噂通りの聡明さでございますね。仰る通り、入宮の日にわざわざ水月様は私を呼ばれたのですよ」