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Quma

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嫌な匂い

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 理人はスマホのGPS画面を見ながら大きな家の前に立っていた。GPSはロイスがこの家の中にいると示しているからだった。
 「どうしたって言うんだ、いったい」
 理人はぼそりとつぶやいた。ロイスの事がだんだん気になってきたからだった。もう何分もこの家の中で動かなくなっているみたいだった。
 ピンポン
 理人はインターホンを押した。いつまでも知らない人の家の前で待ち続けるのも変かなと思ったからだった。
 「はい、どちら様ですか」
 インターホンから返事が帰ってきた。
 「すいません、実は私の猫がお宅の中に入っていってしまったみたいなんです。捕まえさせていただけませんでしょうか」
 「猫、ですか、少々お待ちください」
 インターホンはそう言うと通話が切れてしまった。
 理人はしょうがないので待つことにした。門が開かないことにはどうすることもできないからだった。
 その頃ロイスは迷子猫に寄り添い家までどうやって連れ帰ろうかと考え続けていた。
 リードの紐を迷子猫の首輪に絡めつけてみようとも考えたが、猫の爪では上手く絡める自信はなかった。後ろから追い立てて家まで誘導する方法も考えてみたが、思い通り歩いてくれる保証は何もなかった。なかなか良いアイデアは浮かんできてはくれないようだった。
 その時突然、ロイスは背後に恐ろしい気配を感じた。とても危険な感じのする気配だった。
 ロイスは迷子猫を驚かせないように注意しながら、攻撃体勢を取り後ろを振り向いた。
 「あらあら、怖い猫ちゃんね」
 すると20過ぎくらいの女がロイスを見ながら話しかけてきた。上品な洋服を着たきれいな女だった。でも、ロイスは全身から漂い出ている嫌な匂いと危険な気配を感じ取っていた。
 「しょうがないわね」
 女はスマホを取り出しながらそう言った。
 「悪いけど外にいる人を廃材置き場まで連れてきて」
 そして誰かにそう命じた。
 ロイスは女が何を言っているのか分からなかったが、いつでも攻撃できるように構え続けた。
 女もロイスとの間合いを気にしているようだった。いつ攻撃してきてもおかしくない距離を取っているようだった。
 「失礼します」
 すると、建物の陰からまた一人の女が現れそう言った。後ろには理人が着いて来ているようだった。
 「こちらの猫ちゃん達でよろしいかしら」
 すると危険な気配を感じさせる女は理人の方に顔を向けそう言った。
 「あっ、はいはい、そうです」
 理人はロイスと迷子猫に気づくと嬉しそうにそう答えた。
 「では、どうぞお連れ帰りください」
 女は理人に道を開けそう言った。
 「すいません。それじゃ失礼します」
 理人は女の横を通りロイスの方に歩き始めた。そしてロイスの前まで来るとしゃがみ込み、迷子猫を優しく抱え上げて持ってきたペットゲージの中に入れた。
 「ありがとうございます」
 そして女の方に顔を向け礼を言った。
 「どういたしまして。でも、もう一匹の猫ちゃんはずいぶん重装備の猫さんですのね」
 すると女はロイスの方に顔を戻しそう言った。
 「あっ、この猫ですか」
 理人は驚いたように聞き返した。
 「はい」
 「えっと、実は今このゲージに入れたのは迷子猫なんですよ。それでこの猫なんですけど、僕の助手なんです。装備してるのは捜索に使う機器です」
 「胸にはカメラが付いてるみたいですね」
 「あっ、でも、今はスイッチは入っていませんよ。録画はしていません」
 ロイスが勝手に飛び出していったのでスイッチを入れる暇がなかったからだった。
 「そうですか。でも、一応確かめさせてもらえますか。家の中は撮影されるのは困りますものですから」
 「あっ、それは失礼いたしました。ちょっとお待ちください」
 理人はそう言うと体をかがめてロイスに着けてあった小型カメラを取り外した。
 「どうぞご覧になってください。ここがスイッチです。オフになってますよね」
 そして女に小型カメラを渡しながら説明した。
 「そのようね。あなたを信じますわ。でも、お名刺をいただけますか。家主にこの事を報告しなくてはいけませんので」
 すると女は冷たい微笑みを浮かべ理人にそう言った。
 「名刺、あっ、はい、ちょっとお待ち下さい」
 理人は服の胸ポケットから名刺入れを取り出した。
 「申し遅れました、東野と申します」
 そして女に名刺を手渡した。
 「探偵さんでしたのね。それではこちらはお返しします。大事なお仕事道具みたいですからね」
 女はそう言うと小型カメラを理人に返した。
 「有難うございます」
 「では、もうよろしいですわね」
 「あっ、はい、どうもご迷惑をおかけしました」
 理人は女に頭を下げた。
 「では、失礼」
 女はそう言うともう一人の女に理人達の案内を命じ歩いて行ってしまった。
 「どうぞこちらへ」
 するともう一人の女は理人の案内を始めた。理人はロイス抱え上げ女に着いていった。
 ミッション終了だった。しかも理人にとっては考えられないようなスピード解決だった。理人は嬉しくて飛び跳ねたい気分になっていた。
 間もなく理人は案内の女に見送られ門を出て行った。
 「やったな、ロイス、すごいぞ」
 そして門が閉まっていくのを見ながら大きな声でロイスを褒めた。もちろんロイスに感謝するためだった。今回の迷子猫確保はほとんどがロイスの活躍によるものだったからだった。
 ニャーン
 ロイスは返事を返した。ミッション終了を理人と喜び合いたかったからだった。
 でも、内心はあまり喜べるような気分ではなかった。この家にいた女のことがまだ気になっていたからだった。
 あの女が全身から漂わせていた嫌な匂いと危険な気配は尋常なものではなかった。そしてその匂いと気配は過去のある嫌な思い出を連想させるものでもあった。
 理人は楽しそうにゆったりと歩いているが、ロイスは早くあの女の目の届かない所に離れてしまいたい。そんな気分だった。
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