Reborn

Quma

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 そしてミッション決行の日はやってきた。調査室の精鋭達は安全保証局の屋上ヘリポートに集まり、到着したばかりの大型のヘリコプターに次々と乗り込んでいるところだった。
 「現地から到着次第儀式に入れると今連絡が入った。後は頼むぞ」
 室長はクラークにそう言った。
 「了解しました。行って参ります」
 クラークは室長に返事をするとゆっくりと歩き始めた。そしてロイスと並んでヘリコプターの中へと入っていった。
 「大丈夫か、クラーク」
 「ロイスこそ、後悔するなよ」
 「分かってるよ」
 「そうか、」
 クラークはそう言うとロイスの方に拳を伸ばしてきた。
 ロイスはクラークの拳に頭をヘディングさせていった。
 今回は何としてもミッションを無事終わらせたかったからだった。もしかしたらこれが最後のミッションになるかもしれなかった。黄泉返しの儀式で狐と一緒に自分自身も黄泉の国に返されてしまうかもしれないからだった。
 でも、まともに歩けないクラークをこんな重大なミッションに一人で行かせるなんてロイスには到底できることではなかった。

 「出発します」
 機長の声が機内に響いた。
 バリバリバリバリバリ
 するとヘリコプターはゆらゆらと浮遊し始めた。そしてゆっくりと上昇していった。
 ミッションは極秘裏に進めていたが、狐の仲間に情報が漏れていないという保証は何もなかった。狐奪還のための仲間による攻撃がないと決めつけることはできなかった。しかも狐は対空砲を持っていることも確認できていた。つまりこうしてヘリコプターに乗っている時でもけして安全とは言えないということだった。
 とは言え今回のミッションは超短時間のミッションだった。現地までの移動時間は1時間を予定していた。そして到着次第儀式が始めることになっていた。順調に進めば2時間足らずでミッションは全て終了することになっていた。

 クラークは飛び立ってからずっと窓から外の様子を見続けていた。油断は禁物だからだった。
 幸い天気は良く視界は良好だった。敵から攻撃されても早期に気づき回避する事は出来そうな状況のようだった。
 「もう少しだな」
 「ああ、そのようだね」
 「おばあさんに早く会いたいだろう」
 「おばあさんに、ああ、そうだね」
 「ロイスはおばあさんが好きみたいだったからな」
 「ああ、膝の上でゴロゴロするのは最高なんだよ」
 「なるほど、」
 「やってみせようか」
 ロイスはそう言うとクラークの膝の上にのしのしと上がっていった。
 「お前、そう言いながらそこで昼寝をする気なんじゃないのか」
 「ばれたか」
 ロイスはそう言うと膝の上で丸くなってしまった。
 「まったく、」
 クラークは呆れたようにそう言ったが、ロイスの背中を優しくなで始めた。
 ロイスは目を閉じた。

 そして約1時間後、ヘリコプターは無事熊野に到着することが出来た。ミッションの50パーセントが無事終了したということだった。
 眼下には花の窟神社の御神体が見えていた。儀式の祭壇や神官の姿も小さく見えていた。準備万端のようだった。
 それに敵と疑われるようなものはどこを見渡しても目には入ってこないようだった。
 ヘリコプターはゆっくりと降下を始めた。
 そして数分後、御神体のすぐ近くの広場に無事着陸していった。

 「気を引き締めろ」
 クラークは隊員の士気を高めるようにそう言うとヘリコプターのドアを開けた。
 そして武装隊員に周りを囲ませながら狐の入った封印カプセルを運び神官の待つ祭壇へと進んで行った。
 「よろしくお願いします」
 そして神官に狐の入った封印カプセルを手渡した。
 「確かにお預かりしました。直ちに儀式を開始致します」
 神官はそう言うとカプセルを御神体の真ん前に作られた祭壇に持っていき儀式を開始した。
 隊員達は祭事場を囲むように散らばり、全ての方向からの攻撃に対抗する態勢を取り始めた。
 ヒュウゥーン
 すると遠くの方から低空でミサイルが飛んで来るのが見えた。
 ドドドドーン
 そしてミサイルはヘリコプターに命中すると大爆発を起こしてしまった。ヘリコプターの周りは激しい炎と真っ黒な煙に包まれていった。
 すると、それを合図にしていたかのように、あちこちからモトクロスバイクに乗った集団が現れ祭壇目掛けて走り始めた。少く見ても100台はいるようだった。
 ダダダダダダダダ、ダダダダダダダ
 隊員はモトクロスバイクの運転手目掛け銃撃を開始した。
 すると敵もすぐに銃で反撃してきた。
 ダダダダダダダダ、ダダダダダダ
 ダダダダダダダダダ
 そして御神体の周りは激しい銃撃戦の場と化していった。
 ダダダダダダダダダ
 ダダダダダダダダダ
 銃撃戦は双方に死傷者を出しながらいつまでも続いていった。
 ダダダ、ダダ、ダダ、ダ
 しかし、数時間が経った頃、銃声は次第に小さくなり始め、やがて完全に鳴り止んでしまった。
 調査室の隊員は全員銃撃を受け倒れてしまっているようだった。祭壇でも流れ弾を受けてしまったのか神官達も全員動かなくなってしまっているようだった。
 ロイスは周りを見渡しクラークの姿を探してみた。しかし、どこを見てもクラークの姿を見つけることが出来なかった。
 ブロンブロンブロン
 するとモトクロスバイクが1台ロイスの方にゆっくりと近づいてきた。
 そしてロイスの前で止まると運転手はヘルメットを外しロイスの方に顔を向けてきた。眼光の厳しい男だった。
 「久しいな、化け猫」
 すると男は野太い声でロイスにそう話しかけてきた。なぜかロイスを知っているような言い方だった。
 ロイスは男の顔をじっと見返してみた。
 ニャン
 ロイスは返事を返した。
 男が誰か分かったからだった。
 身なりは全然違ってはいるが、遠い昔世話になったことのある男のようだった。
 「勝負あった、だな」
 そして男は周りを見渡しながらそう言った。
 動いているのはロイスとこの男だけのようだった。
 「お前のことは狐から聞いていた。まさか敵同士になるとは思ってはいなかったがな」
 すると男はバイクから降りロイスの前に腰を下ろしてきた。
 「どうだ、また、俺と一緒にやらないか」
 そしてロイスにそう言った。
 「お前もあそこを出てからこの世をずっと見てきたんだろ。ひどい世の中だと思わなかったか。いじめ、虐待、差別、ハラスメント、言い出したらきりがない。特にひどいのは、今のこの世の権力者だ。悪どい商人共と結託して民の稼ぎを社会保障費とか消費税とか分けの分からんもので半分以上をかっさらっているらしいじゃないか。俺達が生きていた頃よりひどいんじゃないのか。民はよう我慢しているものだと思う。それで、なんだが、この荒れた地に、儂はまた、税金や社会保障費などを取らない楽市楽座のようなものを開こうと思っているんだ。もちろんこの国の民が自由に入って来れるように護りながらな。そのために、狐を使い武器を集めてきた。どうだ、お前も、あの頃のように、民の笑い声のあふれる世作りを一緒にやっていかぬか。俺は、もちろんあの頃と同じだ。人も獣も有能なものは平等に扱うぞ。そして、いずれは、今度こそ、この国全てを儂らの国にしてしまうつもりじゃ。どうだ、ワクワクして参らぬか」
 男はロイスの目を熱く見つめながら話し続けた。
 ロイスはだんだん昔の記憶を思い出してきた。この男の命令に従いたくさんの敵を殺していた頃の記憶だった。そして男の言っている通り、なぜかは分からないがだんだん気持ちがワクワクしてきているようだった。
 ボシュッボシュッボシュッ
 するとロイスの後ろの方から銃声が聞こえてきた。
 「ロイス、騙されるな。そいつは催眠術師だ。お前の心を操ろうとしているだけだ」
 そしてクラークの声が聞こえてきた。どうやらまだ生きていたようだった。
 「小癪な。どうやらお前が化け猫をたぶらかしてるとかいう奴のようだな」
 男はそう言うとゆっくりと立ち上がっていった。男の胸にはクラークに撃たれた銃痕が生々しく付いていた。
 しかし、男は何もなかったかのようにクラークに向けライフル銃を構え始めた。
 クラークはもちろん防弾スーツを身に着けてはいるが、さすがにこの至近距離から狙い撃ちをされたら命を守れる保証はない距離だった。
 「死ね」
 男はそう言うと、ライフルの引き金を引き始めた。
 ダダダダダダダダダダダダ
 しかし男の銃口は祭壇の方を向いていた。
 すると数人の神官がバタバタと祭壇に倒れていった。どうやら一部の神官が負傷しながらも儀式を続けていたようだった。
 「くそ、気づかれたか」
 どうやらクラークは神官が儀式をする時間稼ぎをしていたようだった。
 ボシュッボシュッボシュッ
 クラークはまた男を銃撃し始めた。
 しかし、男は何発銃弾を打ち込まれても死にはしなかった。まるで何もないような顔でクラークを見ているだけだった。
 そして男はライフルの銃口をまたクラークの方に向け始めた。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
 するとその時、御神体の方から地鳴りのような大きな音が聞こえてきた。
 よく見ると御神体の小さなくぼみには不思議な異変も起きているようだった。
 小さなくぼみがまるで宇宙空間のような暗黒の空間のようになっていた。まだ昼だというのにまるでそこだけが深夜のように見えていた。
 そしてその暗黒の空間のようなものは次第に大きくなり空へと伸びていった。しかも先端は5本に枝分かれしていき、まるで手のように形に変化していった。
 「鬼の手、」
 男は絞り出すような声でそう言った。
 すると空に伸びた暗黒の手のようなものは獲物を見つけたように男の方に向かって勢いよく降り始めた。そして男を掴み取るように包み込んでしまうとゆっくりと御神体のくぼみの方へと戻っていってしまった。
 「上手くいったのか」
 クラークはそう言うと安心したように地面に座り込んでしまった。もう立っているのも限界の状態だったのかもしれなかった。
 そして暗黒の手のようなものはくぼみの中へと入っていってしまった。
 しかも、祭壇に置かれていた狐を入れた封印カプセルも消えてなくなっていた。どうやらあの暗黒の手のようなものは狐を封印したカプセルも一緒に御神体のくぼみへと持ち去っていったようだった。
 フーッ
 クラークは大きくため息をついた。

 しかし、異変はまだ終わってはいなかった。
 御神体のくぼみからまた暗黒の手が再び伸びて出てきたからだった。
 「ロイス」
 クラークはそう言うとロイスの方に這っていきロイスの体を覆い隠すように抱きしめた。
 すると間もなくロイスとクラークの二人は暗黒の手のようなものに包まれていってしまった。
 「クラーク、もう良い、早く俺から離れてくれ。お前まで黄泉の国に連れて行かれてしまうぞ」
 ロイスはクラークを手足で押しながらそう言った。
 「良いじゃないか。遅かれ早かれ行く所なんだろ」
 「馬鹿、」
 「馬鹿とはなんだ」
 二人は言い争いを始めてしまった。
 「まあまあ、仲がよろしいこと」
 すると全身から光を発している羽衣のような物を身に着けた女が話しかけてきた。
 二人は女の方に顔を向けた。
 女の後ろには共の者と思われる二人の女と暗黒の手に連れていかれたはずの男と狐が控えさせられていた。
 「後ろの者達から化け猫さんのことはお聞きしました。どうやら催眠術で操られてたくさんの人達を殺してしまっていたみたいですね。それに黄泉の国での悪さも狐さんに利用されていたからだったみたいね。私、もしかしたら裁断ミスをしてしまっていたのかもしれないわ。そこでなんですけど、これまでのご苦労へのお詫びとして提案したい事があります。今ここに天国に行く道を作りますので、化け猫さん、天国に行かれませんか」
 そして女はロイスにそう言った。
 「お、俺、会いたい人がいるんだ」
 「ああ、おばあさんと探偵さんの御兄妹さんね」
 「えっ、あっ、はい」
 「ふーん、じゃあ、提案を変えようかな。普通の猫さんの年齢分だけクラークさんの世界で暮らすというのはいかがかしら。つまりrebornね」
 「えっ、そんなことが出来る、の、ですか」
 「私を誰だと思ってるの。でも、条件はあるわよ。もし、何か悪いことをしたらすぐに黄泉の国に連れ戻します。それでも良ろしいかしら」
 「も、もちろん、です」
 「そう、ではその提案を受け入れるということでよろしいですね」
 「はい、」
 「分かりました、では化け猫さんはここに置いて帰ることにします」
 「あ、ありがとうございます」
 ロイスは女に頭を下げた。
 「あ、あの、すいません」
 すると、今度はクラークが女に声をかけていった。
 「何かしら」
 「お、俺はどうなるんですか、その、」
 「どうって、ロイスさんと一緒に置いて帰りますよ」
 「あ、ありがとうございます。でも、それと、その、」
 「ああ、たくさん殺してることが気になるのね」
 「はい、」
 「それはあと何十年か後にお話しましょう」
 そう言うと女達を包みこんだ暗黒の手はクラークとロイスを残し空へと登っていってしまった。そして御神体のくぼみへとまた戻っていき、宇宙空間のように見えるものは次第に小さくなり消えていってしまった。
 「ロイス、良かったな」
 クラークはロイスの方に握りこぶしを向けてそう言った。
 「そうだね」
 ロイスはそう言うとクラークの握りこぶしに猫パンチを返してやった。
 「お疲れ様、ミッション終了だ」
 するとクラークは笑顔を浮かべそう言うとロイスを頭の上まで持ち上げていった。ロイスが黄泉の国に連れ戻されなかったことをとても喜んでいるようだった。

 そして全てが終わった翌日、クラークとロイスはおばあさんの家の庭に来ていた。
 「じゃあな、」
 そしてロイスの防弾スーツを体から外すとクラークはロイスにそう言った。
 ニャン
 ロイスは猫語で返事をした。
 そして窓の方に走って行くと猫専用の出入り口から家の中に入って行ってしまった。
 「あれ、ママ、ママ、猫ちゃん、猫ちゃんが入って来たわよ」
 「えっ、ミチルちゃんが帰ってきたの」
 「そうみたいよ。良かったわね」
 「本当だわ。嬉しいわ」
 すると家の中から親子が楽しそうに話す声が庭まで聞こえてきた。
 クラークはそれを聞くと、庭の木をポンポンと叩き門の方へと歩き始めた。
 そして胸ポケットから迷子猫の張り紙を取り出すと今度はスマホで張り紙に書かれた電話番号に電話をかけ始めた。
 「はい、東野探偵事務所です」
 「迷子猫の張り紙を見て電話したんですが」
 「迷子猫、ロ、ロイスのですか」
 「はい、そうです」
 「ど、どこでですか」
 「猫又三丁目の安室さんという家に入って行くのを見ましたよ」
 「ほ、本当ですか、」
 「どうしたの、お兄ちゃん」
 「ロ、ロイスが見つかった」
 「ほっ、本当、どこで」
 「あっと、猫又三丁目の安室さんという家だそうだ」
 「えっ、元の家に帰っていったということ」
 「なっ、そ、そう言うことなのか」
 「わ、私、確かめに行ってくるわ」
 「待て、お、俺も行く」
 歩美兄妹はクラークと電話していることを忘れたかのように話し出してしまった。
 クラークは電話を切った。もう目的は果たせたみたいだったからだった。
 そして迷子猫の張り紙を丁寧に伸ばしポケットにしまうと、路駐している愛車の方へゆっくりとした足取りで歩いていった。
 
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