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Thoughts inside the … ①

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 水洋すいよう高等学校 二年C組教室

「じゃあ、今日は終わり!かいさーん!」
 担任教師の合図とともに、教室は一斉に騒がしくなる。
 部活動に向かう生徒、帰路につく生徒、教室に残ってペチャクチャ話す生徒。放課後の生徒の動きは様々だが、二十分も経つと教室には俺一人になっていた。
 皆が出ていく間、ずっと本を読んでいた俺は立ち上がり、教室に誰も居ないのを確認してから大きく伸びをした。解放感を感じながら腰をひねり、首を回す。誰も居ない教室ってイイよね。
 無人空間の心地よさを味わいながらも、俺は焦りを感じていた。学年が一つ上がり、新しいクラスになってもう四日、クラスに全然馴染めてない。
 去年のクラスには、同じ部活で仲の良い(俺はそう思っている)友人がいたため、何とかを回避していた。だが、今年のクラスにはその友人がいない。さらに悪いことには、去年同じクラスだった生徒が全然おらず、その希望だったわずかな生徒たちも既にグループを構成している。
 俺は深くため息を吐き、今後の高校生活を孤独で終えないための方法を考えようと思考を巡らせる。しばらく考え、とりあえず隣の席の人に声をかけてみようという極めて浅い結論に至った。
 その時、廊下から足音が聞こえ、女子生徒が教室に入ってきた。俺は、そいつが入ってくる前に素早く自分の椅子に座り、本を読む体勢に入った……はず。見られてたらマズイ。
 自分の行動について反省していると、声をかけられた。
おし君、少しいい?」
 顔を上げると、萩野はぎのが少し困った顔で立っていた。
「今日の級長決めのことで、相談したいの」
 萩野は俺と同じC組の生徒である。今朝、クラスの級長に立候補した萩野は、先ほど行われたクラス投票で級長に選ばれた。頭脳明晰、容姿端麗、加えて周りからの人気があるため…こんな完璧な人間が存在するのか、それに比べて俺は…なんか腹立ってきた。
「相談しに、わざわざ戻ってきたのか?」
 ふつふつと沸き上がったものを抑え、冷静を装って読んでいた本を机の隅に置き、カバンからノートを取り出した。
 このノートには、今までに受けた相談について書き留めている。そう、俺は普段から探偵紛いのようなことをしている。高校一年生の時には、それなりの数の相談を解決してきた。萩野にも過去に何回か相談を受けたことがある。どれも些細な、どうでもいいような相談だったが、考えてみると意外と楽しい。特に、謎を解いて真実が露わになる瞬間が最高に気持ち良い。
 こんな活動をしているものだから、てっきり自分が有名人になっていると思っていたが、周りの俺への無関心さを見る限り、どうやら違うみたいだ。そもそも、萩野は去年同じクラスだったのだから、もっと俺に話しかけてくれても良いはずだろ。実際に、二年生になってから萩野と話すのは、これが初めてだった。
「他の人に聞かれたくないからね、会長には許可をもらってきた」
 そういえばコイツ、生徒会にも入っているんだった。 
 ノートに今日の日付を書いて、いったん話を聞くことにした。萩野は俺の前の席に横向きで座り、体をこちらに向けて、俺が書き終わるのを待ってから話し始めた。
「推耳君なら気づいたかもしれないけど、今日の級長決めでちょっと理解できないことが起きたの」
 ??????
 思い当たることが何もなかったので、黙って聞くことにした。
「同じ立候補者の松川まつかわ君だけど、彼、不正したよね?投票で私と僅差になるなんて絶対におかしい」
「不正?」
 松川は去年も同じクラスだったので知っている。というか今年のクラスの中で、去年と同じクラスだったのは松川と萩野だけだ。
 それよりも不正って…コイツの言ってる意味が分からない。
 松川が票操作をしたってことか?もしそうだとしたら、何で萩野は投票で勝ったんだ? 
「まさか、気づかなかったの?」
 萩野は驚いたような、呆れたような顔でため息をついた。逆に、何で俺が不正に気づくと思ったんだ? 
 萩野の態度に少しムカついたが、今の俺は探偵だ。ここは寛大な心で迎えてやろう。
「俺が気づくわけないだろ、バk…何か不正をした証拠でもあるのか?」
 思ったよりも刺すような言葉になってしまった。どうやら俺は怒っていたようだ。
 萩野は一瞬目を細めたが、俺の失言は聞かなかったことにしてくれた。
「確かに証拠はないから断定できないけど…」
 まあ、そうだろうな。もし証拠があったら彼女の性格上、本人に直接問い詰めているだろう。
「でも根拠ならある。松川君は絶対に不正している。断言できる」
 断定はできないが断言はできるらしい。俺にはこの二つの違いが分からなかった。
 ただ、普段からいい子ちゃん(俺はコイツに裏があると思う)の萩野がここまで言うのは初めてだった。俺は興味が湧いて、もう少し詳しく聞くことにしよう…としたが、逆に向こうから聞いてきた。
「そもそもだけど、推耳君は松川君がどんな人か知ってる?」
「もちろんとも。男子で、身長は中くらいで、髪は短めで、眼鏡をしていて、後は、えーと…」
「性格は?」
「…頭良さそうな人」
「それは印象でしょ?全く、さすがに他人に興味なさすぎ」
 性格と印象の何が違うというんだ、細かい奴め。
「松川君はね、プライドが高くて、周りの人間を見下している人なの。実際に頭が良かったから、宿題とかを教えてもらいに彼を頼る人もいたんだけど、『こんなことも分からないのか』とか『もっと勉強した方がいいよ』とか、ことあるごとに嫌味を言われたらしくてね」
 ドキっとした。自分にも心当たりがあったため、今度から直そうと思った。
「それを聞いて、私は改善してもらおうと彼と話し合いをしたんだけど、分かってもらえなかった。去年の二学期が始まる頃には、みんな怖がって彼と話そうとする人はいなくなってしまったの」
 そんなかわいそうな奴がいたのか、と思ったが今の自分が松川と同じ状況であることに気付き、俺は本格的に焦り始めた。
「なるほど、大体わかった。性格が終わっていて人望皆無の松川が、投票で君と僅差になるわけがない、ということだな?」
「そうそう。そこまで言ってないけど」
「僅差ってどのくらい?」
「20対9だったから、11票差」
 …それは僅差と言えるのか?まあでも、六人が票を入れ替えれば逆転するから僅差と言えなくもないか…
 今までの話をノートにまとめる。俺は萩野の言い分は正当なものだと思っていた。立候補者の二人とも成績優秀だが、片方は皆から好かれていて、もう片方は皆から怖がられている。どちらに票を入れるかは明白だ。それにもかかわらず、松川が獲得した票数はクラス全体の約三分の一だ。これは不正説が濃厚だな…
すると、廊下からバタバタと足音が聞こえた。
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