【完結】社畜でしたが冷酷で慈悲深い吸血鬼におやつとして愛されます――転移したら唯一無二の高級食材でした

牛丸 ちよ

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吸血鬼と人間 編

20 勇者、ふたたび【1】

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 勇者リオン。まだこの森に潜伏していたのか。

「こんなところで何してるんだ」

「今後にそなえてレベル上げしてて」

「レベル上げ」

 ずいぶんイマっぽい言い方だ。
 彼の故郷である人間の国は、俺が知っているような現代社会に似た文明なのかな。

 リオンは剣を鞘にしまい、なぜか値踏みするように俺を見る。

「……前に会ったっけ?」

「ジェードの屋敷で会ったけど」

「そうじゃなくてさ……もっと前に……」

「それは……ないと思う」

 この世界で生まれ育ったわけじゃないし、薔薇園よりも前に会っていたなんてことはありえない。
 もし心当たりがあるなら人違いだろう。

 リオンはまだどこか納得がいかない様子で片眉を上げながらも、記憶をさかのぼるのを諦めたようだ。
 気を取り直したように言う。

「ここで会ったのも何かの縁だし、一緒に行くかい? 魔族といるより、人間といるほうがキミも安心するだろ? 私もちょうど肉壁……じゃない、仲間が欲しかったところだ」

「ニクカベ?」

「こっちの話。気にしないで」

「うーん……やめておくよ」

 思ったよりも悩まなかった。
 勇者と一緒に旅するなんて、いよいよ命がいくつあっても足りない気がする。
 そこに安心や安全があるとは思えなかった。
 それに、俺は彼が言うような独りぼっちというわけでもない。

「そう。留まるつもりなら止めないが、あまりあの吸血鬼を信用しないほうがいいよ」

「え?」

 あの吸血鬼……って、ジェードのことだよな?
 信用しないほうがいいってどういう意味だろう。

「知らないのか? かつての戦争で誰よりも人間を殺したのはヤツなんだ。だからこの国では英雄扱いされている」

「それ、本当にジェードの話?」

「人間のことを魔族の養分としか思っていない冷酷な男だよ。心当たりくらいあるだろ、飼われてるなら。そうじゃないなら騙されてるね」

 俺の知っているジェードとはとても結び付かない話だった。
 いつまでも言葉を選びあぐねていると、リオンは《バカな人間》を見るような目で小さく笑い、踵を返した。

「キミの幸運を祈るよ」

 ……少しだけムッとしてしまう。あまりに決め付けた態度だったから。
 彼は勇者だから、きっと人間の言い分だけで喋っている。

 俺もジェードのすべてを知っているわけではないが、不誠実な男ではないと思う。人間から見て悪の立場であったとしても。
 ちゃんと関わっていれば、そんな風には言えないはずだ。


「……なあ! リオンはいつか、ジェードも倒すつもりなのか?」


 彼は振り向きもせずに答える。


「必要なら、吸血鬼も殺すよ」


 ジェードは歴代勇者を殺さないと言っているのにこの違い。
 リオンはレベル上げと称して森で魔物を倒して回っていたようだが、それは、場合によっては戦いの経験を積むためにロコやバウも傷付けていたということだ。
 あの温厚なふたりも、勇者を前にすれば友達を守るために戦うかもしれない。それをリオンは、狂暴な魔族だと斬り殺すのだろうか。愚かな行為だ。

 ……人間側にも都合があるか。
 リオンが魔族側の人柄を知らないように、俺もリオンを知らない。だろう思考で性格が悪いと決めつけるのは、リオンのジェードに対する物言いと同じバカげたことだよな。

 俺、こんなに肩入れするくらいあいつらのこと好きになってるんだな。
 熱くなりすぎないようにしなきゃ。

「──私は勇者に選ばれたけれど、世界平和にそれほど興味なくてね。本当の目的は魔王を救うことなんだ」

「魔王を救う?」

「モブに説明したところで理解できないよ。じゃあね」

 強い風が吹き、まばたきのうちにリオンの姿は消えていた。

「モ……モブ?」

 モブ呼ばわりされるとは。
 勇者であるリオンには、この世の主役である自覚があるらしい。
 しかし、唯一無二の存在とはいえ現実はドラマじゃないのだから、思い通りになることばかりではないだろう。……そうであってほしい。
 人間寄り、魔族寄り、かたよらないようにと意識した矢先ではあるが、ジェードやロコたちが不幸にならない結果になってほしいなと願ってしまう。

 いや、そもそも魔王を救いたい勇者って、何だ?
 倒したい、じゃなくて?
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