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《 盛り塩団地のひろきくん 》
4 ホンモノ? ツクリバナシ?【1】
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「写真で見るより……薄暗いな」
了栗団地は想像よりも年季の入った建物だった。怪奇写真として出回っている画像が何年も前に撮られたものだと察せられる。
4号棟のエレベーターから降り、4階の廊下を歩きながら周囲を眺めた。
やはりと言うべきか、ほとんどの扉の左右に盛り塩が置かれている。盛り塩がない部屋は空室なのか、祟りを信じていないのか。
「ここだ。……あれ? 塩がある」
402の表札がある扉の前に立つ。扉の左右には柔らかな三角形に成形された塩の塊があった。
サトウさんは盛り塩を片付けたと言っていたのに。おかしな体験をしたあと、魔除けとしてまた置くようにしたのだろうか。
借りた鍵をポケットから取り出し、玄関扉を開ける。
「おじゃましまーす」
サトウさんは新居が見つかり次第、退去すると言っていた。いつでも出られるようにほとんどの家財がダンボールにしまわれ、廊下や部屋の隅に積み上がっている。
女性の住まいとは思えないほど殺風景だ。
リビングに荷物(お泊まりセットのボストンバッグとコンビニの袋)を置き、とりあえずソファに座る。
壁の時計を見ると、時刻は13時半を指していた。
空腹を思い出し、荷物に手を伸ばす。コンビニに寄っておいて良かった。
おにぎりとお茶、おやつをテーブルに並べる。その横にスマホも置いた。
「ヨシさん、まだ運転中かな」
駅まで私を送って、適当に観光して帰ると言っていた。
スマホ画面をタップし、スピーカーモードで電話をかけてみる。すると3コールほどで繋がった。
車のハンズフリー通話で応答したらしく、運転する音が聞こえる。
『心里さん、どうですか?』
「団地に着いたところ。とりあえず腹ごしらえしてるよ」
『ちゃんとしたもの食べてくださいね』
「はいはい。ヨシさんも休憩挟んで運転してよ」
『もう少ししたらサービスエリアなので、うどんでも食べます』
「いいね」
包装を破り、おにぎりを口に運ぶ。
やはりツナマヨこそ至高。ギュッと握られた米とパリパリの海苔に対し、ツナマヨのしっとり感が喉越しを助ける。おいしい。
もぐもぐと食べながら会話を続けていく。
「サトウさんは盛り塩を片付けてから祟りにあったっていってたけど……ヨシさんはどう思う?」
彼女としては、ノックという怪奇現象よりも、原因不明の体調不良が改善しないことのほうが恐ろしく感じているようだ。鍵の受け渡しのときにも「このまま死んだらどうしよう」と不安がっていた。
私としては、彼女の様子にちょっと思ったことがあったけど……まあそれは置いとこう。
『ひろきくんの怪談は、病気になる・大怪我をする……ってところが巧妙ですね。だって、それくらいどんな日常でも起こり得ることでしょう。例えば、病気が発覚するとか、転んで骨を折るとか。それがひろきくんのせいかどうかなんてわからない』
「そうなんだよね。起きた不幸に対し、祟りだというはっきりとした証拠はないけど"念の為に"盛り塩をしておこう……ってなってるだけの可能性がぜんぜんある」
「団地というコミュニティの中で、誰かに不幸があるたび《盛り塩をしていなかったせいかも》と噂が広まれば同調圧力も強くなっていきますからね」
「ひろきくんの怪談や、盛り塩という対策方法は誰が広めたんだろ?」
『ネットの情報を見てると、いつからか話が団地の子供たちの間で流行っていて、大人たちも信じ始めた……という順序のようですね』
「玄関の内側じゃなくて外側に盛り塩ってところが変わってるなと思ったけど、子供の考えるバリアっぽくてわかる気がする」
『外に置く盛り塩も風水的にはありますけどね』
「でもさあ、団地の入り口玄関で一括バリアしちゃえばいいのにね。一戸ごとなんてめんどくさいじゃん」
『それだと怖くならないからじゃないですか?』
「あはーん?」
「《人が人を怖がらせるための作り話》っぽさが強いですが、《室内に至るノック》は説明がつかないですよ。心里さんの大好きなラップ現象です』
「寝室でしょ? 語り部は原因不明の体調不良だし、病気による幻覚とか、レム睡眠中に見たリアルな悪夢とか、そういうオチの可能性もあると思ってるよ、私は」
『ホンモノを求めてるわりに、疑い深いですよねえ』
「求め続けてきてるからこそ、がっかりしないように必死なの」
おにぎりを食べ終えて、お茶のペットボトルを手に取る。キャップをひねると、パキッと小気味の良い音がした。
『──そういえば、さるぼぼ、大事にしてくれてますか?』
了栗団地は想像よりも年季の入った建物だった。怪奇写真として出回っている画像が何年も前に撮られたものだと察せられる。
4号棟のエレベーターから降り、4階の廊下を歩きながら周囲を眺めた。
やはりと言うべきか、ほとんどの扉の左右に盛り塩が置かれている。盛り塩がない部屋は空室なのか、祟りを信じていないのか。
「ここだ。……あれ? 塩がある」
402の表札がある扉の前に立つ。扉の左右には柔らかな三角形に成形された塩の塊があった。
サトウさんは盛り塩を片付けたと言っていたのに。おかしな体験をしたあと、魔除けとしてまた置くようにしたのだろうか。
借りた鍵をポケットから取り出し、玄関扉を開ける。
「おじゃましまーす」
サトウさんは新居が見つかり次第、退去すると言っていた。いつでも出られるようにほとんどの家財がダンボールにしまわれ、廊下や部屋の隅に積み上がっている。
女性の住まいとは思えないほど殺風景だ。
リビングに荷物(お泊まりセットのボストンバッグとコンビニの袋)を置き、とりあえずソファに座る。
壁の時計を見ると、時刻は13時半を指していた。
空腹を思い出し、荷物に手を伸ばす。コンビニに寄っておいて良かった。
おにぎりとお茶、おやつをテーブルに並べる。その横にスマホも置いた。
「ヨシさん、まだ運転中かな」
駅まで私を送って、適当に観光して帰ると言っていた。
スマホ画面をタップし、スピーカーモードで電話をかけてみる。すると3コールほどで繋がった。
車のハンズフリー通話で応答したらしく、運転する音が聞こえる。
『心里さん、どうですか?』
「団地に着いたところ。とりあえず腹ごしらえしてるよ」
『ちゃんとしたもの食べてくださいね』
「はいはい。ヨシさんも休憩挟んで運転してよ」
『もう少ししたらサービスエリアなので、うどんでも食べます』
「いいね」
包装を破り、おにぎりを口に運ぶ。
やはりツナマヨこそ至高。ギュッと握られた米とパリパリの海苔に対し、ツナマヨのしっとり感が喉越しを助ける。おいしい。
もぐもぐと食べながら会話を続けていく。
「サトウさんは盛り塩を片付けてから祟りにあったっていってたけど……ヨシさんはどう思う?」
彼女としては、ノックという怪奇現象よりも、原因不明の体調不良が改善しないことのほうが恐ろしく感じているようだ。鍵の受け渡しのときにも「このまま死んだらどうしよう」と不安がっていた。
私としては、彼女の様子にちょっと思ったことがあったけど……まあそれは置いとこう。
『ひろきくんの怪談は、病気になる・大怪我をする……ってところが巧妙ですね。だって、それくらいどんな日常でも起こり得ることでしょう。例えば、病気が発覚するとか、転んで骨を折るとか。それがひろきくんのせいかどうかなんてわからない』
「そうなんだよね。起きた不幸に対し、祟りだというはっきりとした証拠はないけど"念の為に"盛り塩をしておこう……ってなってるだけの可能性がぜんぜんある」
「団地というコミュニティの中で、誰かに不幸があるたび《盛り塩をしていなかったせいかも》と噂が広まれば同調圧力も強くなっていきますからね」
「ひろきくんの怪談や、盛り塩という対策方法は誰が広めたんだろ?」
『ネットの情報を見てると、いつからか話が団地の子供たちの間で流行っていて、大人たちも信じ始めた……という順序のようですね』
「玄関の内側じゃなくて外側に盛り塩ってところが変わってるなと思ったけど、子供の考えるバリアっぽくてわかる気がする」
『外に置く盛り塩も風水的にはありますけどね』
「でもさあ、団地の入り口玄関で一括バリアしちゃえばいいのにね。一戸ごとなんてめんどくさいじゃん」
『それだと怖くならないからじゃないですか?』
「あはーん?」
「《人が人を怖がらせるための作り話》っぽさが強いですが、《室内に至るノック》は説明がつかないですよ。心里さんの大好きなラップ現象です』
「寝室でしょ? 語り部は原因不明の体調不良だし、病気による幻覚とか、レム睡眠中に見たリアルな悪夢とか、そういうオチの可能性もあると思ってるよ、私は」
『ホンモノを求めてるわりに、疑い深いですよねえ』
「求め続けてきてるからこそ、がっかりしないように必死なの」
おにぎりを食べ終えて、お茶のペットボトルを手に取る。キャップをひねると、パキッと小気味の良い音がした。
『──そういえば、さるぼぼ、大事にしてくれてますか?』
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