【完結】怪談収集家は探偵じゃありません! 戸羽心里はホンモノに会いたい──《ひもろきサマ》

牛丸 ちよ

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《 盛り塩団地のひろきくん 》

7 ホンモノ? ツクリバナシ?【4】

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『霊界にもジェンダーレスの波が来てるとかってあるかな?』

 そうメッセージを送ったら、ヨシさんからは『それ僕に聞きます? 知りませんよ』と来たきり返信が途絶えた。塩対応だ。塩オカルト案件だけに。
 実際は、仕事中なだけだと思うけど。

 あらかたの写真を撮って402号室に戻り、気になって団地のことをもう一度ネットで調べてみる。
  いつもの検索ワードとは違い、団地名と部屋番号で。
 すると、学校の裏掲示板ならぬ団地の裏掲示板みたいなページがヒットした。「どこどこの住人がなになにの迷惑行為をしている」などの密告や愚痴が赤裸々に書き込まれている。こういうのを見ると、オカルトより怖いものってあるよな……と感じる。

 かなり古い書き込みに、4号棟4階の家族についての内容があった。

『気の毒にね4T』

『姉のほうは無事でまだ良かったよね』

『4F2は因果応報でしょ?』

『ウワサって本当な感じ?』

 内輪のやりとりなうえ、ぼやかして書かれているから詳細はわからない。だがやはり何かがあったらしい。
 4Tはおそらく4棟、4F2は4階2番目という意味だ。つまり4号棟402号室。

「書き込みの日付、十年前じゃん。よくログ残ってたな……」

 遡った情報を整理すると、十数年前に入居した家族の子供が事故で亡くなったようだ。
 団地の中ではなく、近くの川での水難事故らしい。明確な記述はないが、事故の話題とセットで「子供を河川敷で遊ばせないように」という注意喚起があることからつまりはそういうことだろう。

 事故の後、家族はすぐに引っ越していったようだ。その後も、「あれは自業自得だ」「祟りだ」と話題にする書き込みがちらほらあった。
 何が自業自得なのか、それについての詳細は見当たらない。なにかしらのうわさがあるようだが……。

 さらに後の年の書き込みになると、「死んだ子供の霊がさまよっている」という話も現れ始めた。
 このあたりになってくると、「空室から子供の走り回る足音が……」のようなありがちオカルト体験談が目立つ。過去の悲劇をオモチャに創作している人がいる印象だ。掲示板の他の住人も相手にしていない。
 これ以上は読んでもアテにならなさそうだ。
 ページを閉じる。


 あの団地でひろきという名前の子供が亡くなった事実はないと、過去にオカルト配信者が調査報告している。その信ぴょう性は高い。だからこの話に出てくる子供の名前は少なくともひろきではないだろう。
 図書館で当時の地元の新聞を探せば子供を特定できるかもしれないが……少なくとも今から行ったところで閉館時間までに該当記事を見つけ出す自信はない。

 ひろきくんの怪談が始まった時期は不明だが、ネットに広まったあの写真は少なくとも8年前くらいには存在していた。
 事故と怪談の共通点らしい共通点は、住んでいる部屋。それだけで関連があると判断するのは早計だろうか?

「公園で見たあの子……誰だったんだろう」

 たまたま名前にが付くだけの、団地に住むただの子供かもしれない。
 だけどなんだかひっかかる。

 ──《ひろきくん》って知ってる?
 ──うん、知ってるよ。4号館の402号室に住んでる。

 あの会話のとき、あいちゃんは「ね」とひろちゃんを見た。
 ひろちゃんはこくりと頷いた。

 私はあれを、「この団地の子ならみんな知ってるよね」「うん」というやりとりだと思った。

 でも……「ひろちゃん(=ひろきくん)本人が教えてくれたもんね」「うん」だったとしたら?

 ひろちゃんは幽霊だから、あんな一瞬で消えられたのでは?

 この団地、やっぱりオカルトってるのでは?

「うう~ッ! 信じたくなるッ、このコワをッ」

 あぐらの姿勢を崩し、その場でゴロンと横になった。
 夕暮れで赤く染まった天井を眺める。

「……ん? ひろきくんまたはひろちゃんが402に住んでるってことは、ここにいるってことじゃね?」

 なんでそこに思い至らなかったのだろう。まだうっすらひろきくんという怪異の存在を信じていないからだ。

 天井を見つめたまま息を潜め、五感を研ぎ澄ませてみる。
 自分以外の気配はない。

 かち、かち、かち、時計の秒針の音だけが聞こえた。

 見知らぬ子供がこのリビングに居たらどうしようかと思ったが……いないか。

 ……あ、でも。
 ひろきくんって、かくれんぼの途中で亡くなったんだっけ。

「……。……、……もーいーよ」

 小さく呟いてみた。
 ひろきくんまたはひろちゃん、出てきていいよ。
 なーんて。

 かち、かち、かち。
 何も起きない。

 そりゃそうだ。そのへんの怪談があっさりホンモノなんて運の良いこと、あるわけがない。

「そうだよなー」

 何を期待してるんだか。乾いた笑いを浮かべながら起き上がった。
 SNSの更新でもして、夜に向けて仮眠でもとろうかな。



 きゃはははは!



 元気な子供の笑い声が聞こえ、ビクッと肩を震わせる。
 けれどすぐにホッとした。なぜなら、共用廊下を走り抜ける複数の足音がしたからだ。
 下校中の子供たちが玄関の前を通っただけのことだった。
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