30 / 66
《 盛り塩禁止アパート 》
30 占い屋フィービー【2】
しおりを挟む
部屋を出る前に、占い師のほうを振り返った。私にはもうひとつ目的があってここに来たことを思い出したから。
「あのアパートの女性がここで心霊現象の相談をしてるでしょ。原因はストーカーだと思う」
「……だから?」
「盛り塩……実際は塩じゃないけど……とにかく異物を玄関先に置いたり、ノックして怖がらせてるのは隣の部屋の男なの。だから、お守りの販売じゃなくて、警察に相談するよう……」
突然、占い師は声を上げて笑い出した。
「あんたホントにバカだね。あんな気の強い女がくだらない盛りパンのことで占いに来ると本気で思ってんだ?」
「えっ」
プライバシーがあるからか、それ以上は何も話してくれなかった。腹を抱えて笑う彼女は目尻に涙を浮かべ、ただ出口のほうを指差す。
煮え切らない気持ちのまま店を出て、振り返れば看板がある。
店名に添えるように、『金運・健康運・仕事運』の文字。それから『結婚運・恋愛成就、ぜひご相談ください』と一際大きく書かれ、輝いていた。
「あはーん……?」
恋愛成就、ぜひご相談ください。
あのアパートに住む彼女が数珠を大事そうに撫でるのを見て、心霊現象の悩みを霊能力者に相談する様子を想像していた。
しかし、もしかして……あの数珠って恋愛成就用? 年頃の女性らしい悩みを打ち明けるためにこの店に通っていたのだろうか。
なぜ占い師はあんな風に笑ったんだ?
私が大きく間違えているから?
何を?
考えながら駐車場に行き、助手席に乗り込んだ。
「うわあっ、なんですか、この香り!」
運転席のヨシさんが驚いた顔をしてこっちを見る。
「お店の匂いがついたかも。良い香りでしょ」
「僕向きではないですね……」
ヨシさんは申し訳なさそうに運転席のスイッチをいじり、車の窓を開け放った。相当苦手だったようだ。魔除けの香りとかなのかもな。
「ねぇ、私どこかで読み違えてるかも」
「なんです?」
占い師とのやりとりを話すと、ヨシさんは腕を組んで「うーん」と唸った。
「……まさかとは思うんですが、おばあさんが言ってた『南さん』って、男性のことではなくて女性のことだったんじゃないでしょうか?」
「え!? で、でもっ、私は男の部屋をちゃんと指差して……」
「男性の部屋の奥に女性の部屋があるでしょう。どっちとも受け取れる状況だったと思いますよ」
「え……え? じゃあ、おばあさんは女性の話をしてて、私は男性の話をしてたってこと? 会話、終始噛み合ってなかった? おばあさんに盛りパンを頼んだのは女性のほうで、何食わぬ顔で怯えるヒロイン役してて、男性は何も知らずに騎士ごっこしてて、あの二人は両想いなのにバカな茶番をしてて、私はまんまと付き合わされて無駄な心配したってこと!?」
「おつかれさまです」
「解散!!!!!!!!」
車のエンジンがかかる。解散と叫びはしたが、再びアパートに向かう。
まだ解決していないことがいくつかある。帰るには早い。
大家の頼まれごと──塩を置かれない方法を考える──もどうにかしなければならないし、盛り塩が汚染されるほどアパートが邪悪な理由も知りたい。
盛りパンが女性の自演なら、彼女が戸惑うノックの犯人は誰なのかという謎も残ってしまった。私を溺れさせたクソガキの幽霊や、過去にあったらしい二階の不幸な出来事、そっちと繋がっていたりするのだろうか。
私は、手の中にある黒くてきらきらした紙面を見た。店の出入り口のサイドテーブルにあったショップカードを一枚拝借したのだ。
『占い屋フィービー』
占い師・綾目 然江子
名前の下には店の住所のほかに電話番号とメールアドレスがある。
カードを二つ折りにしてカバンの中に入れた。
綾目さんとは、また会うような気がする。
「あのアパートの女性がここで心霊現象の相談をしてるでしょ。原因はストーカーだと思う」
「……だから?」
「盛り塩……実際は塩じゃないけど……とにかく異物を玄関先に置いたり、ノックして怖がらせてるのは隣の部屋の男なの。だから、お守りの販売じゃなくて、警察に相談するよう……」
突然、占い師は声を上げて笑い出した。
「あんたホントにバカだね。あんな気の強い女がくだらない盛りパンのことで占いに来ると本気で思ってんだ?」
「えっ」
プライバシーがあるからか、それ以上は何も話してくれなかった。腹を抱えて笑う彼女は目尻に涙を浮かべ、ただ出口のほうを指差す。
煮え切らない気持ちのまま店を出て、振り返れば看板がある。
店名に添えるように、『金運・健康運・仕事運』の文字。それから『結婚運・恋愛成就、ぜひご相談ください』と一際大きく書かれ、輝いていた。
「あはーん……?」
恋愛成就、ぜひご相談ください。
あのアパートに住む彼女が数珠を大事そうに撫でるのを見て、心霊現象の悩みを霊能力者に相談する様子を想像していた。
しかし、もしかして……あの数珠って恋愛成就用? 年頃の女性らしい悩みを打ち明けるためにこの店に通っていたのだろうか。
なぜ占い師はあんな風に笑ったんだ?
私が大きく間違えているから?
何を?
考えながら駐車場に行き、助手席に乗り込んだ。
「うわあっ、なんですか、この香り!」
運転席のヨシさんが驚いた顔をしてこっちを見る。
「お店の匂いがついたかも。良い香りでしょ」
「僕向きではないですね……」
ヨシさんは申し訳なさそうに運転席のスイッチをいじり、車の窓を開け放った。相当苦手だったようだ。魔除けの香りとかなのかもな。
「ねぇ、私どこかで読み違えてるかも」
「なんです?」
占い師とのやりとりを話すと、ヨシさんは腕を組んで「うーん」と唸った。
「……まさかとは思うんですが、おばあさんが言ってた『南さん』って、男性のことではなくて女性のことだったんじゃないでしょうか?」
「え!? で、でもっ、私は男の部屋をちゃんと指差して……」
「男性の部屋の奥に女性の部屋があるでしょう。どっちとも受け取れる状況だったと思いますよ」
「え……え? じゃあ、おばあさんは女性の話をしてて、私は男性の話をしてたってこと? 会話、終始噛み合ってなかった? おばあさんに盛りパンを頼んだのは女性のほうで、何食わぬ顔で怯えるヒロイン役してて、男性は何も知らずに騎士ごっこしてて、あの二人は両想いなのにバカな茶番をしてて、私はまんまと付き合わされて無駄な心配したってこと!?」
「おつかれさまです」
「解散!!!!!!!!」
車のエンジンがかかる。解散と叫びはしたが、再びアパートに向かう。
まだ解決していないことがいくつかある。帰るには早い。
大家の頼まれごと──塩を置かれない方法を考える──もどうにかしなければならないし、盛り塩が汚染されるほどアパートが邪悪な理由も知りたい。
盛りパンが女性の自演なら、彼女が戸惑うノックの犯人は誰なのかという謎も残ってしまった。私を溺れさせたクソガキの幽霊や、過去にあったらしい二階の不幸な出来事、そっちと繋がっていたりするのだろうか。
私は、手の中にある黒くてきらきらした紙面を見た。店の出入り口のサイドテーブルにあったショップカードを一枚拝借したのだ。
『占い屋フィービー』
占い師・綾目 然江子
名前の下には店の住所のほかに電話番号とメールアドレスがある。
カードを二つ折りにしてカバンの中に入れた。
綾目さんとは、また会うような気がする。
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~
橘しづき
ホラー
書籍発売中!よろしくお願いします!
『視えざるもの』が視えることで悩んでいた主人公がその命を断とうとした時、一人の男が声を掛けた。
「いらないならください、命」
やたら綺麗な顔をした男だけれどマイペースで生活力なしのど天然。傍にはいつも甘い同じお菓子。そんな変な男についてたどり着いたのが、心霊調査事務所だった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる