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第1章至る平安
エピローグ
しおりを挟む「困ったら我の屋敷に来るのはやめてほしいんだが。」
「かわいい弟子の頼みは聴くものですよ。」
「はあ。」
安倍晴明はため息をついた。
「それで、そっちは?」
「私の、眷属、なんですかね?」
「つまり妖怪だな?」
「私の配下ですから滅多なことはしませんって。」
「⋯⋯、まあいいか。」
「それより師匠、ずいぶん力が弱まりましたね。ひょっとして死ぬんですか?」
「そりゃあ人間だしいつか死ぬだろ。」
「師匠なら超越者になるとか転生体を用意するとかしそうですけど。」
「⋯⋯、いや、我はもう十二分に楽しんだよ。これで我の生は終わりだ。後悔はない。」
「いつか弟子に追い抜かれますよ。」
「そうなれば本望だよ。」
「あーあ。丸くなっちゃって。つまらないですよ。なんでこう無常思想を受け入れる人間ばかりなんでしょうね。」
「馬鹿弟子は馬鹿弟子なりに頑張れよ。目的が果たせるといいな。うちの紙は好きなだけ持っていっていいぞ。」
「師匠が微妙に優しいんですけど、刀でも降ってくるんですかね。」
「それ我に失礼だからな?!」
「ま、ありがたく数日泊まらせていただきますよ。」
「師匠はできるだけお達者にしてくれてると嬉しいです。」
「弟子の頼みだ。そのくらいは気合で持たせてもいいぞ?」
「嘘ですよ。早く楽になっていいですから。」
「そうか⋯⋯。」
安倍晴明は、眩しそうに目を細めるのだった。
師匠といつものごとくじゃれあった夜は、少女と二人っきりの部屋に移った。
「さてと、自分が何者なのかわからない?」
「はい。気づいたらあそこにいました。夜さんが、私の上位者なのは感じられるんですけど、すみません。」
「いや責めてる訳じゃないから。」
「そうですか⋯⋯?」
「多分、あなたは私の吸血のおかげで生き返ったんだと思う。若返った状態で。」
「なるほど?」
「生前の名前、聞きたい?」
「いえ、良いです。私は自分の名前は自分で決めます。」
「なんで?」
「前世がなんだろうと、私は私なんですよ?」
「そっか。立派だ。」
夜は納得した。元もとの香子は一つの到達点だ。
だが、今の彼女なら、香子とは違った場所に立つことができるのではないか。
そんな期待が頭から離れない。
「どうせなら、夜さんが、つけてくれても良いですよ?」
声色に慕わしさを乗せて、少女は言う。
その期待を無視することはできず、夜は、名前を考えるはめに陥った。
だが、彼女のネーミングセンスは壊滅している。
「薫で。」
「はい。これからの私の名前は薫です。」
にっこりと笑って、少女はその名を受領した。
元の名前との関連に気づいたのだろうか、それとも、ただ、夜に名付けてもらったことが嬉しいのか。
「それで、差し支えなければ、物語を書いてほしい。」
夜は、再び英才教育を施す気満々だった。
だが、薫は首を横に振った。
「私は、前世で、全てを出し切りました。だから、今度はあの時私を支えてくれた誰かのように、小説を書きたい人をサポートする仕事がしたい。」
「編集かな?」
「意味はよくわからないですが多分それです。」
「なるほど。」
夜はしばらく悩む。
薫の才能が世に出ないのは残念だ。
だが、あの文筆系最強の才能が、自分のサポートをしてくれると考えれば、その分を補って余りある。
真夜に、最高の小説を作ると約束した。
その、目標に大きく近づけることだろう。
夜は迷って、結局薫はサポート役を行うことになった。
文章の生合成をチェックし、踏まえるべき歌を引用して、夜の作品を何倍ものクオリティに引き上げる。その仕事は、確かに、後の世の編集者と相違なかった。
紫式部が、サポートにくわわった!!!
●
夜と薫は、ある場所に来ていた。
「なんで、ここに行きたかったんですか?」
「なんでって、そりゃあ、世話になった人のお墓だからね。」
少し荒れた五輪の塔の姿をした墓石を夜は丁寧に掃除する。
「誰です?」
「清少納言という人だ。とてつもなく偉大な作家だった。」
夜と香子が宮中に入り、忙しくなったのと前後するように、清少納言は宮中を去った。彼女の使えていた中宮定子は、実家の権力争いの余波で、かつてのような力はなく、帝の情で宮中に残っているような有様だった。
その定子も出産の後、あえなくこの世を去る。
清少納言は宮中を辞し、ひっそりと生活するようになった。
定子との輝かしい日々を描いた枕草子は、権力的な対抗相手である藤原道長の絶頂期であっても、多くの人に読まれ、絶賛される随筆だった。
「とても気っ風のいいお姉さんだったよ。」
夜は彼女を懐かしむ。
「そうですか、あの枕草子の作者ですか。」
薫の表情が柔らかくなった。
彼女は失った記憶を物語で穴埋めしようというように、貪るように書物を読みあさっていた。その中に、枕草子が存在していたのだろう。
「私もお祈りしますね。」
夜と、薫、二人は並んで、祈りを捧げる。
どうか安らかに。
いつか、自分たちがそちらに行ったら、また、創作を見せ合おう、と。
「それは無理さね。二人とも、死にゃしないだろうに。」
カラカラと笑う快活な彼女の声が、空からかすかに聞こえた気がした。
見上げた二人の上をカラスが三つ四つ寝床へと飛び急いでいた。
秋の夕暮れのことだった。
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