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追撃 ―仮面の将軍と氷霧の剣士―
リアを奪還し、無事に合流できた一行は、
安堵と喜びを抑えきれず、互いに声を掛け合っていた。
「みんな……助けに来てくれてありがとう」
ほっと息をつきながら、リアが微笑む。
「当然です!それが姫であるリア様をお守りする長として――」
「おい」
言いかけた言葉を、ロイロが無造作に塞いだ。
「……んぐっ!?」
口を押さえられ、もがくシュシャ。
「大丈夫。彼は味方よ」
リアが穏やかに言う。
ロイロは一瞬だけレインへ視線を送り――
「……確かに助かった」
低く、短く。
「だが、信用するにはまだ早い」
その言葉に、揺らぎはない。
「……でも、あんたの文のおかげで砦へ無駄なく辿り着けた。
それは感謝する」
「……礼には及ばない」
レインは淡々と答える。
「いやぁ、一時はどうなるかと思ったよ」
ナイルが肩をすくめる。
「本当に肝を冷やしたね」
軽口とは裏腹に、その視線は鋭い。
「とりあえず、早くシュン君とレオ君のところへ戻ろう。
心配してるはずだよ」
「そうね……」
リアが頷く。
ふと、その視線がレインへ向いた。
「レイン、ごめんなさい。
私のせいで怪我をさせてしまったわ。手当を――」
「……必要ない」
短く、遮る。
「唾でもつけておけば治る」
「だめ!」
間髪入れず、リアが言い返す。
「ちゃんと手当てしなくちゃ。
私がシュンに怒られちゃう!」
「……(シュン……?)」
わずかに間を置いて、
「……わかった」
小さく、折れる。
「ふふ」
その様子に、リアはくすりと笑った。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩む。
「そういえば……」
リアがふと思い出したように口を開く。
「双国の方が逃げるのに適してるって言ってたけど……どうして?」
レインはわずかに視線を上げる。
「……双国は山国だ」
静かに語る。
「出口を固められれば袋小路にも見えるが、
迂回すれば安全に国境を越えられる場所もある」
「しつこく追われても、頂上へは誰も近寄りたがらない」
わずかな間。
「案ずるな……国境を越えるまでは同行しよう」
「ありがとう……本当に、何から何まで」
リアが、柔らかく微笑む。
――その瞬間。
レインの表情が、わずかに強張った。
「………………!」
空気が、変わる。
背筋をなぞるような、冷たい気配。
ぞくり、と。
本能が警鐘を鳴らす。
――速い。
一直線に、こちらへ向かってくる。
距離が、みるみる詰まる。
「……来たか」
低く、呟く。
振り返る。
その気配に、ナイルも眉をひそめた。
「……はぁ……」
「どうしたの? レイン、ナイル……」
「追手か?」
ロイロが鋭く問う。
「あぁ……」
レインの短い肯定。
その一言で、場の空気が凍りつく。
(逃げ切ったと思ったのに……!)
リアの胸が、強く締めつけられる。
振り返ったシアンの瞳が、遠くを射抜く。
「……猿と……黒馬が、来る……」
低く、告げる。
はっきりと“視えて”いた。
(……ほんと、勘弁してほしい)
ナイルの脳裏に、あの影が蘇る。
軽さは消え、目だけが鋭くなる。
「チッ……上等だ」
ロイロが舌打ちする。
「砦じゃ、ほとんど動けなかったしな」
鬱憤を吐き出すように、肩を鳴らす。
「そろそろ、働くか」
バッ、と地面へ降り立つ。
「ロイロ!!だめ!!」
制止を振り切る、その瞬間――
――バッ!!
風を裂くように、影が迫る。
黒馬。
その背に――猿魔。
一気に距離を詰め、
ロイロの前で、ぴたりと止まった。
遅れて、風が吹き抜ける。
重い。
ただ、それだけで。
空気が沈む。
息が、詰まる。
(……触るなって、体が言ってやがる)
(こいつは……“異常”だ)
ロイロの本能が、警鐘を鳴らし続ける。
「お前達は逃げろ」
低く、言い放つ。
「ここから先は通さねぇ」
その目は、すでに戦場を見据えていた。
「……さぁ、第二ラウンドだ」
シュシャが一歩出る。
「ロイロ……代われ。
そなたはリア様を――」
だが――
その前に。
レインが、一歩前へ出た。
風が、止まる。
その動きに――
エール将軍の視線が、揺れた。
ほんのわずかに。
だが、その内側では――
明確な“反応”。
「……………………!!!」
確かに、捉えた。
レインが、ロイロとシュシャの前に立つ。
「……私がやる」
静かに、言い切る。
「お前たちは先へ行け」
「……ふざけんな」
ロイロが即座に返す。
「あんた、もう怪我してるだろうが」
「……私にしか、こいつは止められない」
迷いのない声。
そして――
「それに」
わずかに振り返る。
リアを見る。
「お前たちには、守るべきものがある」
「こんな場所で散らす命じゃない」
「……っ」
ロイロの奥歯が軋む。
(……わかってる)
(こいつには、勝てねぇ)
それでも、立とうとしていた。
拳を握る。
だが――
ここで張り合っても、意味はない。
「……絶対、戻ってこい」
低く、押し出すように。
「まだ礼もしてねぇ」
「礼など不要だ」
レインは短く返し――
ふっと、わずかに微笑んだ。
――ドスン。
重い音が、大地を打つ。
黒馬から、エール将軍が降りた。
その足は、迷いなく前へ。
視線はただ一人――レインへと向けられている。
他の者には、一切向けられない。
追う気など、初めからないかのように。
「レイン!!」
リアの声が震える。
「行くよ、リアちゃん!
しっかり掴まって!」
ナイルが叫ぶ。
(頼む……無事で帰ってきてくれ……レイン君……!)
その願いを乗せて――
一行は、再び駆け出した。
⸻
――馬を降りた。
(……やはり、狙いは私か)
他には目もくれない。
追おうともしない。
ただ、真っ直ぐに――こちらだけを見ている。
静かに息を整え、“それ”を見据える。
対峙して、はっきりと理解する。
――こいつは、“異常”だ。
仮面の奥は読めない。
だが――
伝わってくる。
速い脈。
荒い呼吸。
抑えきれていない昂り。
鍛え上げられた肉体。
無駄がなく、均衡すら異様なほど整っている。
(妖ではない……)
(だが、人間とも思えない……)
気配が、噛み合わない。
存在そのものが、歪んでいる。
「……………………っ」
エール将軍の喉が、震える。
(……喜んでいる?)
鼻をかすめる匂い。
昂揚。
執着。
歓喜。
(私を……やっと討てると?)
(……凱帝国にとって、やはり私は邪魔な存在か)
静かに息を吐く。
(……だが)
(私も、ここでは散れない)
脳裏に過る、あの日の言葉。
《――必ず、お迎えにあがります》
胸の奥で、灯が揺れる。
その瞬間。
レインの眉が、わずかに動いた。
(……気配が増えた)
(監視……カーカスか)
視界の外。
潜む、いくつもの気配。
――そして。
目の前の“それ”もまた、
わずかに意識を外へ向けた。
ほんの一瞬。
だが確かに、
“観られている”ことを理解している動き。
次の瞬間――
「…………」
踏み込む。
――ドンッ!!
大地を叩き割るような一歩。
爆ぜる闘気。
空気が歪む。
(いきなり……全力か)
だが、その圧に応じるように。
レインの周囲で、風がざわりと揺れた。
足元から、衣の裾へ。
静かに、しかし鋭く――風が纏わりつく。
「……やるか」
二本の短剣を抜く。
風が、刃に沿う。
「……!!!!」
荒い息。
昂る気配。
その視線が、刃をなぞる。
(……妙な奴だな……)
ほんの一瞬、伏し目になる。
(短期決戦だ)
(出血が……もう持たない)
風が、強まる。
身体が軽くなる。
――ピュンッ!
一気に懐へ。
――カキィィン!!
鋭い衝突。
――カン、カンッ!!
連撃。
だが――
(通らない……!)
(でかいのに……速い……!)
(力も……桁違いだ……!)
押し返される。
崩される。
踏み留まるので精一杯。
その一方で――
(……楽しんでいる)
余裕。
歓喜。
まるで――
(……チャンバラごっこか)
温度が、違う。
(こいつ……)
ふと、よぎる。
懐かしい感覚。
(…やはり…似ている)
(……戦いづらい…)
匂い。
気配ではない。
記憶を引きずるような――
あの人の面影。
脳裏に浮かぶ。
あの背中。
あの声。
(テュエル……)
胸が、軋む。
(……匂いを辿って、追いかけて――)
(違うと分かった、あの瞬間)
同じ感覚。
似ているのに、違う。
(約束……したのに)
(何年でも、何十年でも――)
(何百年でも、待つと……決めたのに)
(また、どこかで巡り会えると……)
刃を交えながら、
わずかに揺らぐ。
圧が、増す。
(……強い)
(このままじゃ……)
(――死ぬ)
(こんなところで……)
(死ねるか!!)
踏み込む。
――だが。
傷が、開く。
「……っ」
血が滲む。
(まずい……)
(次で……決める)
その瞬間。
エール将軍の気配が、膨れ上がる。
――違う。
“膨れ上がらせた”。
わざと。
「ァ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!」
咆哮。
振り下ろされる一撃。
常軌を逸した威力。
――だが。
狙いは、わずかに逸れていた。
地面へ。
――ドゴォォンッ!!
足場が、砕ける。
「……っ!!」
レインは受け流す――
だが。
崩れた足場に、踏ん張りが効かない。
次の瞬間――
叩きつけられた覇気が、全身を揺らした。
視界が、大きく歪む。
力が、抜ける。
――落ちる。
崖へ。
意識が、遠のいた。
その瞬間。
伸びた影が、重なる。
まるで追うように。
――エール将軍も。
共に、落ちた。
――――――
少し離れた高台。
馬を止めたまま――それでも離れきれずに、戦いの行方を見守っていた。
「……! 崖に落ちた……!」
シアンの声が張り詰める。
「……そ、そんな……!!」
リアの息が止まる。
その隣で、
ロイロとシュシャの表情も、強張った。
言葉が出ない。
ただ、目の前の光景を――信じられないものを見るように見据えている。
「まずいねっ……助けないと!」
ナイルが身を乗り出す。
今にも飛び出しそうな勢いで。
「お願い……助けて……!」
リアの声が、夜に滲んだ。
⸻
――ピチャ、ピチャ
浅瀬を踏む音。
水をかき分け、
エール将軍は岸へと上がる。
その腕には――
ぐったりとしたレインの身体。
ゆっくりと、地に下ろす。
そして。
仮面の奥から、
ただ、じっと。
その顔を見つめていた。
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