失墜の数者 -ロストナンバー-

猫狐

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グリフォン討伐……?

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「という訳で!お姉さん、はぐれグリフォンの依頼を受けたいんだけどいいかな?」

ロイヤリーはさも何事もなかったかのように受け付け嬢に話しかけるが、女性はひっ!と声を上げて後ずさる。先程のやり取り、強いてはロイヤリーの圧が強すぎたのだろう。冒険者や騎士に従事している者ならともかく、受け付けは一般民が仕事としている事が多いため尚更だ。

困ったな、と頭をガシガシと掻いていると階段からドン、ドンと人が降りてくる音がする。

「いよっ!さっきのは何事だ?異様な圧力と乱闘騒ぎがあったみたいだけれども!」

「ギルドマスター!」

受け付け嬢が降りてきた女性に助けを求めるように声をかける。
女性は華奢ではなく、かと言って太っている訳でもない。三十代ぐらいに見える鍛えられた肉体と雑にポニーテールに結ばれた黒髪が何となく男性を想起させるレベルだ。

「実はこの冒険者さんがはぐれグリフォンの依頼を受けようとしたのですが、その時に……」

事情を説明してくれている横で、じっと待っていると唐突に頭をスパーン!と叩かれる。

「いったぁ!?」

「痛くないでしょバカロイヤリー!というか、なーんでスンを稼ぎに来ただけで問題を起こすのよ!」

引っぱたいたのはヤコだった。見れば冒険者用のチラシを魔法で束ねてハリセンみたいに重ねてある。言い訳をしようとすると、受け付けの方から声がかかった。

「ん?ロイヤリー……おぉ!ロイヤリーじゃないか!いやぁ久しぶり!元気にやってる?」

軽い口調でギルドマスターから声をかけられたロイヤリーは、頭を抑えつつ答える。

「やってるやってる!今日もこうやって引っぱたかれながら元気に日々のスン稼ぎだよ!」

「はーっ……そこまで日々のスンに困っているならウチ専属で雇うって何度も言ってるのに……」

「はは……いや、放浪者なのでね、ラーナさん。ところではぐれグリフォンの依頼は……」

そう言うと彼女はおずおずと受け付け嬢から差し出された依頼書を見て、あぁ、と声を出す。

「ロイヤリーなら大丈夫でしょ。こっちで受諾しておくから行ってらっしゃい!」

「ありがと!んじゃ行ってくるわ!」

そう言ってロイヤリーはウキウキしながら立ち去り、頭を抱えつつもペコり、と頭を下げてヤコがその後を追っていった。

そして立ち去った後。冒険者ギルドの中が密かにザワつく。

「確かラーナのマスターって……」

「あぁ……《数者》だよ。現役の」

「俺らの前にも来たことあるけどとてもじゃねえ、あんな砕けた口調で話せんわ……」

「あの青年、ナニモンなんだろうな……」


その頃既にギルドから出て王都を出ようとしていたロイヤリーがクシャミをした。

「ぶえっくしゅい!」

「何?夏とはいえすっぽんぽんで海水浴でもしたから風邪引いた?」

ヤコから呆れたといわんばかりの罵倒を浴びせられつつ、いやいやとばかりに首を横に振る。

「そんな馬鹿な……誰かにウワサされたんだ、きっと」

そう言っていると門が近くなってくる。依頼書によれば、はぐれグリフォンは王都から本当に遠くない……それこそ直線の徒歩で二kmの場所にいるらしい。平原だから見つけやすいだろう。

「ちゃっちゃとグリフォン狩って今日もお酒を……」

「ロイヤリー?」

「冗談!冗談ですヤコさん!だから魔法で岩出すのヤメテッ!それ頭に当たったら中々痛いからっ!」

おどけて見せるロイヤリーに対して、魔法を解除して深く溜息をついたヤコはどうしたものかと思いつつ、一緒に門を出た。


馬車用に整えられた道から早々に外れ、原っぱを歩く。三十分程歩いて、ピラっと依頼書を見て首を傾げる。

「あれ、この辺のはずなんだけどなぁ……」

「グリフォンに隠密魔法なんて使えないから、そこら辺の岩裏に隠れて休んでいる……っていうのが妥当だと思うけど?」

ヤコのアドバイスに対して、未だにウーンとうなり続ける。

「いや、グリフォンならこの辺の魔物やら動物やらを食べた跡がある筈だ。特に昼時なら。なのにここに来るまでにそんな痕跡ひとつも無かったし、血の匂いもしない。王都の冒険者ギルドが出している上、はぐれとはいえ危険なグリフォンなら偵察調査だってやったはずだから依頼書に間違いはないはず。……一体どこに……」

そう言うと近くでぐぅぅ……と腹の音が鳴る。ロイヤリーはヤコを。ヤコはロイヤリーをバッと見る。

「ロイヤリー、お腹空いてるの?食べ物持ってないわよ」

「いや俺じゃないよ!?寧ろヤコなんじゃないか?一応昼飯は持ってきてるけども……」

そう言い合っていると、ガサゴソ……と音が聞こえてロイヤリーは片手で剣を抜き、ヤコは魔法の準備を整える。
恐らくグリフォンだ。腹の音は後回しにして、討伐が先だと思ったところ─

「あのぅ……ご飯、持ってるってほんとですか……?」

岩裏から出てきたのはグリフォンではなく、白い髪の毛をした、少し尖った耳をした小さな女の子だった。

「……へ?いや、うん。持ってるけど……ここら辺はぐれグリフォンが出るから帰った方が……」

「そ、その……」

モゴモゴとした言い様に何かを勘づいたヤコが顔を引きつらせておずおずと尋ねる。

「……もしかして貴女……そのはぐれグリフォン……?」

「ひぃっ!は、はいぃ……」

「どぅえ!?」

ロイヤリーが驚いた様子で少女としか呼べないはぐれグリフォンを観察する。

よく見れば服を着ている。正確には植物を編んでそれを衣服としている感じだ。しかし、そんな慣習は余っ程ニッチな人間でしか聞いた事がないし、見たことも無い。それにここまで動物を見てきたが、グリフォンに食べ荒らされた跡は無かった。魔物もいなかった。だとすれば……。

「人化が出来るぐらい強いグリフォン……って事か……」

「うぅ!でも殺さないで……お願いします……殺さないでください……」

ぐぅぅ、と腹の音と同時に懇願する少女を見てヤコがロイヤリーに問いかける。

「……どうするのよ。この子」

「とりあえずご飯を一緒に食ってから、かな……敵意は無さそうだし……」

そう言って背負っていたマジックバッグを地に置いて、握り飯を差し出す。

「……とりあえず殺す殺さないの前に、ご飯食べようか!」


「はふぅ……!やっぱり人間の作るご飯は美味しいです……!」

白い少女は満足そうに腹を摩っている。それとは相対的にロイヤリーとヤコは未だに気が静まらない。

「……なんで、人化が出来る強力な個体がはぐれた?」

人化。それはゴブリンやオークと言った人型の魔物とは違い、全く別の姿をした魔物……それこそグリフォンやドラゴン等の個体が人間の姿になる事を指す。
人化に関する情報は少ない。ただ一貫しているとは、人化出来る個体は強い、というだけだ。

「あ、あの……私、群れから抜け出してきたんです」

「……へ?」

「ええっ!?グリフォンでしょう!?貴女!」

はい……とうつむき加減にヤコの言葉に頷きながら答える彼女に、ロイヤリーは問いかける。

「……どうして抜け出してきた?」

そう聞くと、パッと輝いた顔をしてロイヤリーに少女は言う。

「私、人間の街にすごくすごーく興味があって!街だけじゃなくて、文化とか……色んな事に!人化出来るから、遠くで人化してからなら入れるかなって思ったんです。けど、群れを抜けてきた時に人間さんに見つかっちゃって……」

(だから討伐依頼が出された、と……)

納得していると、そのままの熱で伝えられる。

「あ、あの!見たところ私を討伐しに来た人だと思います!こんな事を言うのは不躾で申し訳ないです!でもお願いです!私を一緒に連れていってください!人間の街に!その為なら私に出来ることならします!」

「え!?え、うーん……でも君の討伐依頼が出されている以上何かしら……あっ」

その最後の何かに気づいたような声にヤコがジト目で問いかける。

「……アンタ、こんないたいけな少女に何考えてるの?」

「ヤコさんに俺なんだと思われてるの!?……いや、討伐しなくても入れる手段が一つだけあるなって思ってさ」

その言葉に少女が身を乗り出す。ロイヤリーの両手を自身の手で包んで懇願する。

「本当ですか!?どんな事をすればいいんですか!?」

「……契約だ。君と俺で契約を結んで、人間の縄張りに入ればいい」

契約。それは一種の儀式。
主となる者が求め、それに従う者が応えれば成立する。無論これに反したやり方もあるが……。

「わ、私に出来ることなら何でもします!魔物討伐でも、部屋の掃除でも、夜枷でも……!」

「ロイヤリー……?」

少女の危ない言動に洒落にならない目を向けられ、ロイヤリーは焦る。

「いや夜枷とかいいから!興味無いから!……ゴホン。それはともかく、本当に良いのか。二度とグリフォンの群れに戻れないかもしれないんだぞ。それも考えて答えを出してくれ」

そう問うと、すぐにその返答は来た。

「グリフォンのあの群れにいるのはもう嫌なんです。だから私は戻れなくてもいい。……契約をお願いします」

それを聞くとロイヤリーは座った状態から立ち上がる。

「わかった。じゃあ始めるぞ。……ヤコは見届けてくれ」

「わかったわ」

そう言うとヤコはふよふよと離れていき、二人の距離が相対的に縮まる。

「……ふっ!」

ロイヤリーが手を伸ばし、そこに魔力を込めると同時に足元に青い魔法陣が出現する。そして、契約に必要な言葉を唱え始める。

「我が名はロイヤリー。汝の主となる者なり。応えよ」

その言葉に少女が立ち上がり、差し出された手に触れる。

「我が名はシュネー。主たる貴方の問にに応じます」

そして契約という名の儀式は続いていく。

「汝、グリフォンの縄張りを捨て、人との生活を望んだ。主たるロイヤリーが問いかける。其方は人として、魔物として、人の善良なる営みを守る事をここに誓うか?」

「シュネーのこの名において誓います。この生が続く限り、人として。グリフォンとして、人の善良なる営みを守る事をここに誓います」

するとロイヤリーの足元の魔法陣が青から白に変化し、眩い輝きを見せる。

「ここに契りは成立した」

そう言うと光が収まり、シュネーと言ったグリフォンの少女の手の甲には紋章が入っていた。

「……契約の証」

「そ。後は討伐依頼を出した所にシュネーを連れて行って、事情を説明するだけ。条件はさっきの通り。殆ど自由だね」

それに対してシュネーが一つ尋ねる。

「……貴方は私に力があることが分かっている。なのにそれしか望まないのは、何故ですか?」

その問いにロイヤリーは快活に笑ってみせる。

「俺自身、縛られるのが大っ嫌いだからさ」
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