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第7話 花園殿の変
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「なん……で……」
兼清はその場にへたり込んだ。体に力が入らなかった。
「じきに反乱軍が来ます!皆様早く逃げる準備を!」
門兵が力強く逃走を促す。京兵部省と相対したら勝てる見込みはない。天宮には逃げる選択肢しか残されていない。
「ちょっと、ちょっと待ってくれ……ダメだ、何もかもわからなくなってきた」
豊兼は縁側に座り込んで顔を覆った。
「陛下、一刻を争います!大変無礼なのは承知しておりますが、ここはなんとか辛抱してくだい!」
「嘘だ……」
兼清はゆらゆらと立ち上がると、豊兼に声をかける門兵の首に掴みかかった。
「嘘だ、鞍之助殿がそんなことするはずがない!憶測で出鱈目なことを言うな!」
「お、憶測では……!地宮の逃亡兵からの報告で」
「逃亡兵が嘘をついているかもしれないでしょう!」
「恐怖で足も上手く動かないなか、命からがら逃げてきた者たちです!嘘をつく理由などありません!」
「うるさい!うるさい!」
「兼清!」
縁側に座る豊兼が兼清に声を荒げた。
「配下に手を出すな」
「で、ですが、鞍之助殿が……鞍之助殿がそんなことをするわけ……」
兼清は掴んでいた手を離すと、大粒の涙を落とし始めた。
「……鞍之助ではないと私も信じたい。だが、そうであろうとなかろうと、今のこの状況はかなりまずい。捕らえられでもしたら一生幽閉されて人としての自由はなくなるだろう。とにかく、逃げなければ」
豊兼は兼清の両肩を掴み、狼狽える兼清を諭した。豊兼の手が震えているのに気づくと、兼清は涙を拭き取り冷静さを取り戻す。
「遅くなりました!準備完了いたしました!」
祷子、和子、安満が支度を済ませ戻ってきた。民に紛れるための見窄らしい衣服に着替え、幾ばくかの食料を風呂敷に抱えている。
「よし!皆、支度は良いか!避難するぞ!」
豊兼が音頭をとり、裏口の地下隧道へ足を向けた。
「ほ、報告!」
表の門から別の門兵が飛び込んできた。海宮の屋敷の門兵であった。
「海宮の、どうした!」
「ひどい怪我……」
和子が口を押さえて慄く。露出した腕にできた深い刀痕からドス黒い血が脈打つたびに流れ出ていた。
「祭帝陛下……早く、早くお逃げください……!」
海宮門兵が傷を押さえながら、震える声を振り絞る。
「お、おい!無理をするな」
「早く……早く逃げないと殺されてしまいます!きょ、京兵部省の連中は大悪党です……!武帝陛下、法帝陛下、並びにその后から子女にいたるまで一門全員皆殺しにされました!」
海宮門兵は痛みによって溢れ出る涙と唾液を垂らしながら、潰れた声で叫んだ。
「こ、皇族殺しだと……!」
屋敷にいる者全てが絶句した。皇族殺しはたとえ謀反であったとしても絶対に犯してはいけない禁忌。それが大宮の常識であった。過去の反乱を見ても、皇族を殺した例は一つもない。
「あいつらは皇族を殺すことも厭わない化け物です!絶対に捕まってはなりませ──」
必死に叫ぶ海宮門兵の背中から突如大量の血飛沫が飛び散る。門兵はまるで人形のように前に倒れ込んだ。その背後から鎧が擦れる音とともに、見覚えのある旗を担いだ男たちが屋敷へ徐に入ってきた。
「あーもうそうやって簡単に人を殺したらダメだって……あ、これはこれは祭帝陛下、武装なんてして。物騒なことはおやめください。天宮の御方々も抵抗せず私たちに従ってくださいますようお願い申し上げます」
海宮門兵を切った兵の後ろからゆらゆらと歩いてきた男は、倒れた門兵に軽く合掌すると、兼清たちに手のひらを向けて、まるで子どもをあやすかのように笑顔で語りかけた。
「京兵部省……大人しく従ったところでそのあとはどうする。殺すだけであろう?」
震える声で、けれど目は敵を射殺すかのような強さで豊兼が男に問う。
「いやいやとんでもない!やんごとなき皆様を殺すなどありえませぬ」
「地宮と海宮は皆殺しとなったと聞いたぞ!」
「まあ、あれは致し方なかったというか……とにかく!抵抗さえしないでいてくださったら、傷一つつけませんので!」
「信じられるか!皇族殺しなど前代未聞だぞ!」
「……皇族は殺されないって、それは平和ボケのしすぎでは?」
男の顔から急に笑顔が消え、放たれたその言葉に場が凍りつく。
「おい、いつまで喋ってんだよ」
「早く殺して終わらせようぜ」
天宮邸が静まり返る中、門を狭そうに潜りながら顔の似た大男が2人入ってきた。その2人の鎧は返り血でびっしりと赤く染まっていた。
「お前らは余計なことを……あ、この者たちと言っていることは無視してください!戦闘狂の戯言にございますので。天宮家の皆様は殺すなと本当に言われておりますし!ささ!武器なんぞ置いて平和に終わらせま……おや?」
男の前に天宮門兵たちが刀を抜いて立ちはだかった。
「天宮邸を守る兵士として、この御方達には指一本触れさせぬ!」
「はあ、平和にいこうって言ってるのに。そんな10人そこらの門兵に何ができるって言うのさ。俺だってできれば人なんか殺したくないってのに」
男は大層つまらなそうにため息をついた。
「陛下たちお逃げください。我々が時間を稼ぎます」
門兵たちは後ろにいる豊兼に小さく声をかけながら、ジリジリと反乱軍に近づいていく。
「なに、本当にやるの?チッ、穏便に終わらせたかったのに。正直この反乱、詳細聞かされてないからあんまり意欲的ではないんだけど。まあ、じゃあいいや。皆、とりあえずこの門兵たちはやっちゃおう」
「うらあぁあああ!」
門兵たちは雄叫びを上げながら倍以上もいる反乱軍のもとへ走り出した。遂に天宮も開戦した。兼清は初めて目撃する真剣と真剣のぶつかり合いが目に焦げ付いて離れなかった。
兼清はその場にへたり込んだ。体に力が入らなかった。
「じきに反乱軍が来ます!皆様早く逃げる準備を!」
門兵が力強く逃走を促す。京兵部省と相対したら勝てる見込みはない。天宮には逃げる選択肢しか残されていない。
「ちょっと、ちょっと待ってくれ……ダメだ、何もかもわからなくなってきた」
豊兼は縁側に座り込んで顔を覆った。
「陛下、一刻を争います!大変無礼なのは承知しておりますが、ここはなんとか辛抱してくだい!」
「嘘だ……」
兼清はゆらゆらと立ち上がると、豊兼に声をかける門兵の首に掴みかかった。
「嘘だ、鞍之助殿がそんなことするはずがない!憶測で出鱈目なことを言うな!」
「お、憶測では……!地宮の逃亡兵からの報告で」
「逃亡兵が嘘をついているかもしれないでしょう!」
「恐怖で足も上手く動かないなか、命からがら逃げてきた者たちです!嘘をつく理由などありません!」
「うるさい!うるさい!」
「兼清!」
縁側に座る豊兼が兼清に声を荒げた。
「配下に手を出すな」
「で、ですが、鞍之助殿が……鞍之助殿がそんなことをするわけ……」
兼清は掴んでいた手を離すと、大粒の涙を落とし始めた。
「……鞍之助ではないと私も信じたい。だが、そうであろうとなかろうと、今のこの状況はかなりまずい。捕らえられでもしたら一生幽閉されて人としての自由はなくなるだろう。とにかく、逃げなければ」
豊兼は兼清の両肩を掴み、狼狽える兼清を諭した。豊兼の手が震えているのに気づくと、兼清は涙を拭き取り冷静さを取り戻す。
「遅くなりました!準備完了いたしました!」
祷子、和子、安満が支度を済ませ戻ってきた。民に紛れるための見窄らしい衣服に着替え、幾ばくかの食料を風呂敷に抱えている。
「よし!皆、支度は良いか!避難するぞ!」
豊兼が音頭をとり、裏口の地下隧道へ足を向けた。
「ほ、報告!」
表の門から別の門兵が飛び込んできた。海宮の屋敷の門兵であった。
「海宮の、どうした!」
「ひどい怪我……」
和子が口を押さえて慄く。露出した腕にできた深い刀痕からドス黒い血が脈打つたびに流れ出ていた。
「祭帝陛下……早く、早くお逃げください……!」
海宮門兵が傷を押さえながら、震える声を振り絞る。
「お、おい!無理をするな」
「早く……早く逃げないと殺されてしまいます!きょ、京兵部省の連中は大悪党です……!武帝陛下、法帝陛下、並びにその后から子女にいたるまで一門全員皆殺しにされました!」
海宮門兵は痛みによって溢れ出る涙と唾液を垂らしながら、潰れた声で叫んだ。
「こ、皇族殺しだと……!」
屋敷にいる者全てが絶句した。皇族殺しはたとえ謀反であったとしても絶対に犯してはいけない禁忌。それが大宮の常識であった。過去の反乱を見ても、皇族を殺した例は一つもない。
「あいつらは皇族を殺すことも厭わない化け物です!絶対に捕まってはなりませ──」
必死に叫ぶ海宮門兵の背中から突如大量の血飛沫が飛び散る。門兵はまるで人形のように前に倒れ込んだ。その背後から鎧が擦れる音とともに、見覚えのある旗を担いだ男たちが屋敷へ徐に入ってきた。
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海宮門兵を切った兵の後ろからゆらゆらと歩いてきた男は、倒れた門兵に軽く合掌すると、兼清たちに手のひらを向けて、まるで子どもをあやすかのように笑顔で語りかけた。
「京兵部省……大人しく従ったところでそのあとはどうする。殺すだけであろう?」
震える声で、けれど目は敵を射殺すかのような強さで豊兼が男に問う。
「いやいやとんでもない!やんごとなき皆様を殺すなどありえませぬ」
「地宮と海宮は皆殺しとなったと聞いたぞ!」
「まあ、あれは致し方なかったというか……とにかく!抵抗さえしないでいてくださったら、傷一つつけませんので!」
「信じられるか!皇族殺しなど前代未聞だぞ!」
「……皇族は殺されないって、それは平和ボケのしすぎでは?」
男の顔から急に笑顔が消え、放たれたその言葉に場が凍りつく。
「おい、いつまで喋ってんだよ」
「早く殺して終わらせようぜ」
天宮邸が静まり返る中、門を狭そうに潜りながら顔の似た大男が2人入ってきた。その2人の鎧は返り血でびっしりと赤く染まっていた。
「お前らは余計なことを……あ、この者たちと言っていることは無視してください!戦闘狂の戯言にございますので。天宮家の皆様は殺すなと本当に言われておりますし!ささ!武器なんぞ置いて平和に終わらせま……おや?」
男の前に天宮門兵たちが刀を抜いて立ちはだかった。
「天宮邸を守る兵士として、この御方達には指一本触れさせぬ!」
「はあ、平和にいこうって言ってるのに。そんな10人そこらの門兵に何ができるって言うのさ。俺だってできれば人なんか殺したくないってのに」
男は大層つまらなそうにため息をついた。
「陛下たちお逃げください。我々が時間を稼ぎます」
門兵たちは後ろにいる豊兼に小さく声をかけながら、ジリジリと反乱軍に近づいていく。
「なに、本当にやるの?チッ、穏便に終わらせたかったのに。正直この反乱、詳細聞かされてないからあんまり意欲的ではないんだけど。まあ、じゃあいいや。皆、とりあえずこの門兵たちはやっちゃおう」
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