最弱職のイレギュラー

藤也チカ

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第1章 前触れのない異世界転移

第10話 初の魔物討伐

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 武器も揃えて準備の整った俺とモニカは満を持して街の外へと来ていた。本当はクエストを受けてから討伐に当たった方が報酬もあるし何より目的をもって行動できるのだが、今回は単なる腕試しという事で比較的弱い魔物が生息する場所へ来ることになった。
 広大な草原を取り囲む森、その奥には天を突くほどにそびえ立つ山々が並んでいる。相変わらず雲一つない青空には大群を成した鳥のような生物が街の方へ向かって綺麗に並んで飛んでいた。
 街へ向かう道には乗合馬車ならぬ乗合龍車の列が並び、各地から街へ訪れている人で溢れていた。龍車の傍には衛兵や冒険者の人達もちらほら見られる。多分、近付いてくる魔物の撃退のために雇われているのだろう。
 そんな龍車の傍を通り、モニカを先頭に俺は草原の奥へと進んでいく。すでに街は遠くへと見えるが、龍車の列はまだ続いていた。この列、どこから来ているんだ?
 前ではモニカが鼻歌を歌いながら上機嫌で買ったばかりのロッドを眺めている。冒険者になれた事が相当嬉しかったようで、武器屋を出てからずっとこんな感じだ。
 モニカはスキルを覚えられるから良いものの、俺にはスキルも魔法も扱うことは出来ない……こんな刀一本でどうやって戦えば良いんだよ。そもそも俺、剣道も学校の授業で少しかじったくらいでまともにやってた訳じゃない。ましてや、刀術なんて知ってるわけがないのに。

「セイジさんセイジさん! 私、凄くワクワクします!」

 そんな俺の不安に気付いてくれないモニカは目を輝かせて俺の袖をぐいぐい引っ張る。そんなモニカの手は震えていたが、どう考えても魔物への不安より好奇心からの昂ぶりからとしか考えられない。この子どんだけ怖いもの知らずなんだ。

「モニカ。街の外に出たは良いですけど、本当に戦うんですか?」
「当り前じゃないですか! ずっとこの日を待ちわびていたんですよ。私だって冒険者になれたんですからやっぱり冒険者らしい事をしたいじゃないですか!」

 声がでかいよ、声が。みんなこっちみてるし……。
 周りの視線がこっちに向けられている事が恥ずかしくなって俺はモニカから目を逸らす。けれど、モニカの昂ぶりは治まるところを知らず、乗合龍車の皆に手を振ったり、その場でぴょんぴょん飛び跳ねたり、手が付けられない状態だった。アルっていう人が冒険者になる事を止めてたって事も理解できなくはない。

「でも……モニカ、魔法は――」
「――セイジさん! 何か来ます!」

 モニカは急に眉をキュッと寄せ、草むらへと目を向けて俺の言葉を遮る。その直後、草むらがカサカサと大きく揺れ、奥から体長一メートルほどのイノシシの様な生き物がゆっくりと出てきた。全身の体毛は黒く、血の色のように目が赤い。下顎から伸びた牙は鋭く尖って反り返っている。

「マ、マガリイノシシですよ、セイジさん! 凄い! 生で見たのは初めてです!」

 初めて見る生の魔物に飛び跳ねながら指差すモニカ。そんなモニカを魔物は目で追いながら涎と鼻汁をまき散らしている。こいつ、マガリイノシシって呼ばれているのか……どこにマガリの要素があるんだ? 牙か?
 しかし、それにしても大きい。都会で生まれ育った俺にとってはここまで大きいイノシシを生で見るのは初めてだ。

「ブグッ……ブギィ、ブゴッ!」

 俺達の様子を伺っていたマガリイノシシは荒々しく鼻を鳴らして唸り声を上げる。すると、近くの草むらから一回りほど小さなマガリイノシシが五体も姿を現した。
 一番大きなマガリイノシシに比べて他の五体の牙は反り返っておらず前に突き出したようになっている。あれで突進されたら軽い怪我では済まないはずだ。ただ、どうしてか襲ってくる様子はない。見かけによらず大人しい性格なのか?
 マガリイノシシ達はじっと俺達の様子を伺っていたが一番大きなマガリイノシシの唸り声を皮切りに他の五体が俺に襲い掛かってきた。

「えっ? 嘘っ!? ちょ、うわあああああ!」

 急なことに動揺してしまった俺は恐怖のあまり背を向けて逃げてしまった。マガリイノシシ達はモニカには目もくれず逃げ出した俺目掛けて走り出す。その後ろから一番大きなマガリイノシシも動き出して、俺は六体のマガリイノシシに追い掛け回されていた。

「あはははは! セ、セイジさんおかしいっ! 変な顔っ!」
「笑ってないで助けてくださいよおおおお!」

 相手がお嬢様だという事も忘れて俺は息を荒げながら叫ぶ。マガリイノシシから逃げ回る俺をモニカは指を差して笑っていた。乗合龍車に乗車している人や冒険者達も俺の逃げっぷりを見て笑い声をあげている。そりゃ仕方ないでしょ! 日本だってイノシシは結構危険な動物なのに。こんな得体の知れない世界の得体の知れない動物に襲われて逃げない奴なんていないだろ! マガリイノシシ達は二本の牙を突き上げるように首を振りながらどんどん迫ってくる。あんな牙で突き上げられたら一溜りもない! 
 でも、このまま逃げ続けても、こんな見晴らしのいい草原じゃ逃げ切れないし、乗合龍車の列に魔物を連れ込むのは危険だ。冒険者や衛兵が守りを固めているとは言っても、すり抜けられたら元も子もない。それに、この世界に飛ばされてから散々歩き回ってそろそろ体力も限界だ。何とか、打開策を考えないと。
 ……そういえば、マガリイノシシって姿形はもと居た世界のイノシシとそっくりだよな。まあ、名前を聞いた時点で薄々気づいてはいたけれど。これってまさか……特性まで同じって事でいいのか? 勝算はない……けれど、試してみる価値はあるかもしれない。
 俺は向かってくるマガリイノシシの動きを見計らって体を捻り、逃げる方向を瞬時に変えた。方向を変えた地点から少し離れてから俺は刀を鞘から抜いて構える。猪突猛進………そんな言葉があるほどにイノシシはその特性上、急には曲がれないはず。
 マガリイノシシ達は目標を失って慌てている様子だったが、一番大きなマガリイノシシが急に速度を変え、他の五体の先頭を走り出す。かと思えばどんどん距離が遠退いて、俺が方向転換をした先で俺の方向を向いたまま立ち止まっていた。襲ってくる気がないのだろうか、俺の姿は捉えているはずなのにその場を動こうとしない。一体どうしたのだろう。
 不思議に思って様子を窺っていると、五体のマガリイノシシは立ち止まっている一番大きなマガリイノシシの体に突進し、それを利用して方向転換をして襲い掛かってきた。

「なんじゃそりゃあああ!!」

 俺はもう無我夢中で刀を振り回した。だが、未経験の人間が振るう武器など掠りもしない。マガリイノシシ達は全く怯む事なく突っ込んできた。

「グハァッ!?」

 目の前まで迫ってきた一体のマガリイノシシがそのスピードを維持したまま飛びかかってくる。身を捩らせたが、上手く躱す事が出来ずにマガリイノシシの頭突きを俺はもろに食らった。

「おおっ……おおおおっ!」

 当たりどころが悪かったのか腹に激痛が走り、俺は腹を押さえながらその場に膝を着く。幸いな事に牙で突き上げられたわけではないようで出血もしていないが、痛みでしばらくは動けそうにない。
 そうこうしているうちに頭突きを繰り出したマガリイノシシはその反動を活かして少し俺と距離を取り、態勢を整えた後、再び俺に襲いかかってきた。
 まずい……この体勢じゃ、あの頭突きを頭に食らってしまう。腹だけでもこれほどの威力なのにあんなのを頭に食らったら死ぬぞ!
 俺は痛みに耐えながら刀を握り、マガリイノシシが向かってくるタイミングを見計らって刀を前に突き出した。突然の出来事にマガリイノシシは反応出来なかったのか、俺の突き出した刀はマガリイノシシの頭を貫き、一瞬ビクッと体を震えさせたかと思うとその後はピクリとも動かなかった。
 一体が倒されてしまった事で他のマガリイノシシ達は戦意を喪失してその場に立ち止まる。とりあえずは一体を倒したって事で良いんだろうか。けれど、まだ喜べる状況じゃない。今のはほんの一体を倒しただけだけど、他のマガリイノシシはまだ健在だ。今は戦意を喪失しているけれど、いきなり襲いかかってくるかもしれない。
 俺は態勢を整えようと、刀に突き刺さったマガリイノシシを引き抜こうと手を掛ける。すると、急にその体が光を放ち、一瞬で刀に突き刺さったマガリイノシシは消滅してしまった。

「……え?」

 一瞬の出来事に俺は思わず声が漏れてしまう。突き刺さった傷口から流れ出て、刀を汚していた血でさえ何事もなかったかのように消滅している。何が起こったんだ? ……いいや、今は考えている暇じゃない。マガリイノシシは他にもいるんだ。下手に意識を逸らしてしまったら、今度こそあの牙で大怪我を追う事になってしまう。
 俺は首を振って他のマガリイノシシに目を向ける。今度は攻撃を食らわないようにマガリイノシシの様子を窺いながらいつでも躱せるよう半歩、身を下げた。だが、向かってくる様子はなく、諦めたのか俺に背を向け始めた。その目線の先にいるのは……まさか!!

「モニカ! 危ない!」
「え? う、うわっ!?」

 俺が叫ぶと同時にマガリイノシシ達は一斉にモニカの方に向かって走り出す。モニカは慌てて駆け出そうとするが、思うように走れずに躓いて転んでしまった。まずい! この距離じゃ間に合わない!
 そうは思いながらも俺はモニカを助けようと駆け出す。周りの冒険者や衛兵達も危険な状況だと察したのか武器を構えてモニカを守ろうと駆け出した。だが、マガリイノシシは全く見向きもせずにモニカだけを標的に襲い掛かった。

「いやっ! 来ないでください!」

 モニカは完全に腰が抜けてしまったようで地面を這いながら後ずさりする。だが、それでは逃げ切る事が出来ずとうとうマガリイノシシがモニカに突進しようと一瞬、ぐぐっと体勢を整えるために立ち止まったその時、一発の銃声が街の方から鳴り響いた。

「……え?」

 俺はその音に反応してしまい。ほぼ反射的に街の方に目を向ける。この位置からじゃ、街を取り囲む石の壁を確認するのに精一杯だったが、確かに正門横の見張り台の上に何かが蠢く影が見えた。その直後、ばさりと何かが落ちる音が聞こえ、今度はその方向に目を向ける。
 そこにはモニカの目の前でピクリとも動かなくなったマガリイノシシの姿があった。横から銃弾で撃ち抜かれたのか、頭の部分には大きな穴が開いて血が止めどなく溢れ出ている。
 いきなりの攻撃にその場の全員が動揺し辺りを見回した。マガリイノシシ達も混乱しているようで荒々しく鼻を鳴らしながら唸っていた。
 そして、銃声は一発だけに留まらず、一発、また一発と合計で五発の銃声が鳴り響いてマガリイノシシ達はその場に次々と倒れていく。すべてのマガリイノシシが倒れたと同時に銃声はそれ以上鳴る事はなかった。

「おい……今のって」
「ああ。途轍もない命中率だ……。あの街にこれほどの命中率を誇る凄腕のスナイパーがいるなんて」

 冒険者達は青ざめた表情をしながら倒れたマガリイノシシを眺めている。その場にいる全員が一瞬の出来事に静まり返っていた。
 周りには銃を持っていそうな人はいない。だとすると、街の見張り台にいた影がマガリイノシシを狙って撃ったって事なんだろうか? そうなると相手は相当な手練れのはずだ。

「……大丈夫ですか?」
「は、はい。大丈夫です」

 地面に座り込んでいるモニカに声を掛ける。モニカは俺の声には反応しているもののどこか遠いものを見つめているような呆気にとられた表情をしながら立ち上がった。マガリイノシシ達はどれも頭を撃ち抜かれていて一発で仕留められている。やっぱり、この命中率は普通じゃない。たった一撃だけで……。
 あれ? さっき俺が偶然倒したマガリイノシシ、何か突然消滅してしまったけれど……何でこいつらは消えないんだ?
 
「あれ? セイジさん……剣の窪みに何かついてますよ?」
「え? あれ……本当ですね」

 モニカが俺の刀の柄の部分を指差して首を傾げている。不思議に思って確認してみると、確かにいくつもある窪みの一つに琥珀色の球が嵌め込まれていた。爪で引っ掻いてみるが取り外しは出来ないようで、振っても落ちてこない。随分としっかり嵌まっているようだな。いつからこんなものが? 俺がこの刀を貰った時は嵌まっていなかったような……店内は暗かったし、気付かなかっただけか?

「……とりあえず、街に帰りましょうか?」

 初の討伐とはいえ何も出来なかったのがショックだったのかしょんぼりして項垂れて盛大に溜息を吐く。一体は倒せたと言っても、あんな醜態を曝してしまったから俺も早いところさっさと帰りたい。
 ああ……何でこんな事になったんだ。
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