最弱職のイレギュラー

藤也チカ

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第2章 俺以外の転生者

第36話 追われる身

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「ちょっと待ちなよ~、何にもしないからさぁ」
「そんなに走っていると転んじゃうよぉ?」

 そんなニルの後ろから、弄ぶような口調でゲラゲラと笑いながら追い駆けている二人の男が通りかかる。
 本気で追いかければ追い付けそうなのに、まるで逃げているニルの反応を見て楽しんでいるようだった。
 まずい! ニルを追いかけている奴らが何者かは分からないけれど、このまま見過ごすわけにはいかない。
 俺は宿を離れて、ニルを追いかけていった男達の後を追った。

「ありゃかなりの上物だな。奴隷として市場で売ればあれ一匹でぼろ儲けで来そうだぞ」
「この街の連中に見つかる前に探し出す事が出来て良かったぜ。衛兵に引き渡しでもしたら勿体ないもんな!」

 ゆらりゆらりと走りながらそれでも見失わないように距離を調整しつつ、二人の男は着々とニルとの距離を縮めていた。
 あいつら……ニルを奴隷として売るって言ってたよな? まさか、魔族狩りの連中か!?
 いいや……人身売買目的でニルを捕まえようとしているって事は、奴隷商人っていう事もあり得る。
 ますます見過ごしてはおけない。
 だが、何かおかしい。
 普通、ニルを捕まえるつもりならこんなわざとらしい行動をとらなくても、普通に追いかけて捕まえる方が手っ取り早いんじゃないのか?
 何でこの男達は逃げるニルを見て楽しんでいるような感じで追いかけているんだ?
 疑問はあるが、今はニルや男達を見失わないように追い駆けないと。
 俺は男達の後を気付かれないように静かに走りながら追い駆ける。
 だが、道の先はどうやら行き止まりだったらしく、ニルは一度立ち止まりこちらに目を向けた後、向かって右の通路へと入っていった。
 良かった、逃げ道はあったみたいだな。けれど、このままこの二人にニルを追い掛けまわしたままではダメだ。何かこの二人をニルから遠ざける方法を考えないと。
 そう考えていた直後、ガシャンと何か金属の倒れるような大きな音が鳴り響いた。

「ひゃっほー! かかったな!」
「バカ。叫ぶなよ。衛兵が駆けつけてきたらどうする」

 ニルを追い回していたはずの一人の男は音が聞こえた直後に、嬉々とした表情で立ち止まり声高らかに叫ぶ。
 もう一方の男は叫ぶ男を囁くような声で諭した。
 ガタガタと激しく金属を揺らす音。焦るような息遣い。
 ニルが逃げ込んだ通路の先で何が起こったんだ?
 男達は卑しい笑い声を小さく上げながら、その通路へと歩み寄った。
 俺はその後ろから物陰に隠れて様子を窺う。
 地面に座り込むローブを身にまとったニル。顔をこちらに向けて男達を見上げていた。
 男達腰に付けたランプを掲げ、目の前を照らす。
 そこには、鉄製の檻に閉じ込められたニルの姿があった。
 その檻はニルの身長では屈みでもしなければ入れそうもないほど小さいが、それ以外は何の変哲もないただの鉄製の檻のようだ。
 ニルは男達の顔を睨みながら檻を破壊しようと魔法を使おうと構えるが……。

「止めときな。この檻はあらゆる魔法を無効化する効果が付与されてんだよ。オリハルコンって鉱物を使って出来てんだ。魔法で生成した全てのものはこの檻には効かない」

 男はそう言いながらニヤリと卑しい笑みを浮かべる。
 おいおい……オリハルコンってどこかで聞いた事のある名前な。まあ、そんな事は今は問題じゃない。
 魔法を使えないなら、ニルはかなり不利になる。冒険者になれないのなら武器も持てないはずだ。
 それに今の格好から察するに、あのデカいリュックは背負ってないらしい。
 トレジャーハンターの道具でもあれば色々と手はあったのだろうけど。オリハルコンなんていうくらいだから硬度もかなり高いだろう。

『主よ。あの檻は紛れもない鉄だ。そもそもオリハルコンというのは鉱物の中でも最も希少で価値が高く、限られた土地でしか採掘されない。確かに魔法を無効化する効果はあるようだが硬度は大したことはないぞ。主の今の姿なら破壊できるであろう』

 マ、マジかよ。さらりと説明されると拍子抜けと言うか反応に困るよな。
 まあ、オリハルコンがどういうものかが知れたのは良かったけれども……問題はそこじゃない。
 マガリイノシシの姿ならあの檻を破壊できるのか? でも、さすがにただ突っ込むだけじゃ壊れないだろ。
 フェンスじゃあるまいし、一撃じゃ良くても凹ませるくらいじゃないのか?

『何だ。マガリイノシシには固有スキルがあるではないか』

 ……は?
 固有スキル? 何だよそれ。

「まあ、たとえ魔法を使ったところで、追われている身のお前がこんな街中で檻を破壊するほどの大きな音を立てればどうなるかなんて分かるだろ? それに魔法を使えば痕跡が残る。大人しくしていた方が少なくとも今ここで死ぬ事はないと思うぜ?」

 男の言葉に鬼のような形相で男を睨むニル。眉間の丁度上あたり、額の中心で何かが動いたような気がした。
 何だ? 何か……こぶみたいに盛り上がっている?
 光の加減でそうみえているだけかもしれないが……。

「おうおう、いくらでも睨めよ。どうせお前には何も出来ない。おい、近くに龍車を寄越せ、積み上げるぞ」
「へいへい、逃げねぇように見張っとけよ」

 男の一人は残る男にそう言いつけるとニルを運び出すための龍車を取りに行った。
 一人取り残された男はニルを閉じ込めた檻の前で屈み、じっとニルを見つめる。

『主よ。今が好機ではないか? 固有スキルを使えばあの程度の檻なら破壊できるぞ』

 再び、頭の中で悪魔の声が響く。
 固有スキルと言われても、マガリイノシシの固有スキルなんて知る訳ないだろ! 
 それに俺が仮にニルを助けたとして、今の俺の姿じゃ逆に怖がらせるだけじゃないか。

『ならば、このまま小娘が連れ去られるのを指を咥えて見送るつもりか? その後も見なかった事にするつもりなのか? 主の決める事だ。我はどちらでも構わん』

 悪魔の冷たく刺すような言葉に俺は押し黙ってしまう。
 まあ、確かに……ここで行動を起こさなければニルは助けられない。もう一人の男が戻ってくる前にニルを助けなければいけない。
 でも、マガリイノシシの固有スキルをもってしてもあの鉄の檻を一撃で破壊できるかどうか……。

『心配はいらぬ。主は我が名をまだ聞き取れぬが、今の姿ならば本来の力の半分ほどであれば使う事は可能であろう。我の言う通りにせよ』

 仕方ない。ニルが檻に閉じ込められたまま連れ去られるより、檻を破壊して怖がられる方が幾分かはマシだ。
 ニルが逃げれればそれで良いんだ。俺が怖がられる心配なんてする方がおかしいじゃないか。
 ……まず、どうしたら良い?

『なに、簡単な事だ。マガリイノシシの固有スキルは超猛進ちょうもうしん。そう叫べばいい』

 ネーミングセンス最悪だな。誰だよ、考えたの。

『知った事か。御託は良い。そうだな、後ろの壁まで下がって我の指示した通りに唱えてみよ』

 俺は悪魔の指示通りに後ろの壁まで下がった。
 ふと、俺が動いた事で気付いたのか、ニルと目が合ってしまう。
 俺を見つめるニルは目を見開いて固まってしまっているようだ。
 まずいな……ニルの視線に気付いて男がこちらに振り替えるかもしれない。
 俺は前足、後ろ足の片方だけを前に出し走りだす体勢を整える。
 俺は首を横に振ってニルに避けるように合図するが……多分伝わらないだろうな。
 もうこうなったら自棄だ。後でいくらでも謝ってやる。

「超猛進!」
 
 俺がそう唱えると、みるみる体に力がみなぎっていくのが分かった。
 ほんのわずかだが筋肉が盛り上がり、頭には何かヘルメットのような硬い装甲が出現する。
 その直後、自分でも制御できないほどの恐ろしいスピードで目の前に檻が飛び込んできて、凄まじい衝撃が何度か頭に加わったかと思うと、気付いた時には俺は壁に激突していた。
 おそらく反対側の壁なんだろうけど……凄い、たった一撃で、当たった壁面が粉々になっている。
 あれだけ強い衝撃が加わっていたのに不思議とふらつく事がない……普通なら脳震とう起こしててもおかしくはないだろう。
 それよりも……檻はどうなった?
 俺はそう思って振り向くと、ニルを閉じ込めていた檻は完全に破壊され、幸いなことにケガもなく檻から脱出できたようだ。
 男の方はというと地面に横たわってぐってりとしている。
 あれ? ニルが気絶でもさせたのか?

「何だ? 何があった?」

 龍車を取りに行っていた男が戻って来たようで、物音を聞きつけたのか龍車を走らせながらこちらへ向かって来ていた。
 ニルはその男に見つからないようにすぐさまこちらへ駆けつけて俺を抱きかかえると、足早にその場から立ち去った。
 ローブのフードを深くかぶり後ろを気にしながら俺を抱きかかえたまま走るニル。
 そのまま暗い路地を右に左にと曲がり住宅区を抜けると、そこは見覚えのある場所だった。

「ここって……ニルが働いている店か?」
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