最弱職のイレギュラー

藤也チカ

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第2章 俺以外の転生者

第39話 神の力

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 パイソンさんがそう口にした直後、パイソンさんの頭上から一筋の光の束が凄まじいスピードで降り注ぎ、それはパイソンさんに襲い掛かった。
 眩いほどの光の束に包み込まれ、姿形ですら見えなくなってしまう。
 その最中、俺を蝕んでいた胸の痛みや呼吸困難は嘘のように消え去り、傷も蝋のようなケロイド状の何かに固められたかのように塞がっていった。

『主の傷を癒し、体内に潜んでいた毒を打ち消した。あの男は並の力では対抗できないぞ』
 
 悪魔の声が頭の中で響く。
 悪魔がこれほどまでに言うって事は、パイソンさんが持っている神器って武器は相当な力を秘めていそうだ。
 ここは相手の出方を窺って反応できるように構えておかないと……。

「何をぼーっとしているんだい?」
「――っ!? ぐっ!!」

 そんな声が光の中から聞こえたかと思うと、その直後、細い光の束がまるで銃弾のように俺に襲い掛かり、俺の右肩の下辺りを撃ち抜いた。
 灼けるような猛烈な痛みと脂が焼け焦げたような不快な臭い。傷口は光の熱のせいで完全に焼き焦げ、血すらも流れていない。
 パイソンさんは手に持った剣で自分を包み込んでいた光の束を払うように打ち消した。

「……何だよ。それ」

 だが、先ほどまでの姿と打って変わって光に包まれた後のパイソンさんの姿を見て、俺は驚愕した。
 白いコートのような服に身を包み、顔の部分に十字の文字が刻まれただけの石膏のように白い兜で顔全体を覆っている。
 腕は四本に増え、その全てに全て鏡で造ったかのような剣を握っていた。
 背中には上中下で大きさの違う翼が左右に三枚ずつ生えている。どうやらそれは鳥のような羽毛のある翼ではないようで、蝶の羽のようにも感じたが、模様などは一切ない。
 それはもはや、人間だとは到底思えなかった。

「おいおい、そんなに驚かないでくれよ。神様の姿なんてこんなものだろ?」
「馬鹿言わないでくれよ。俺の知っている神様は、兜なんか被るかよ……」
「ははっ……違いない」

 強気を装ってみるものの、姿を見ただけでその圧倒的な力の差に怯んでしまう。
 変な気分だ……俺は魔波を感じないから、その波動に圧される感覚は無いはずなのに途轍もなく強い圧力を感じる。
 物理的な圧力じゃない。精神的に抑圧されるような……戦意を喪失させるような感じだ。

「どうだい? 神気しんきにアテられている気分は」
「……神気?」
「ああ。僕らみたいな神の力を授かった奴らは力を開放した姿になると、神気っていう魔波と同じような性質の波動を放つようになる。それはまさしく神の力さ。人間や魔物、魔族であっても効果はある。神気にアテられた奴は戦意を失い、その圧倒的なまでの力の差に恐れ慄き、そして最後は……頭を垂れて慈悲を乞う。君はまだ、やってくれると信じているよ」
「ふざけんなよ……ギリギリ精一杯なんだよ」

 波動だけで相手の戦意を失わせるとか、どんだけチートなんだよ!
 グズグズしている暇はないのに、相手との力の差があり過ぎて勝てる気がしない。
 ここで逃げたとしても俺は確実に殺されるだろうし、第一、ニルをこのまま行かせたら絶対にロクな事にはならない。

『助けるのか見過ごすのか選択を迫った手前、ずっと疑問に思っているのだが……どうして自分を殺した相手をそこまで心配できるのだ? 主の行動は理解が出来ぬ』

 確かに……悪魔の言っている事は的を射ていると思う。
 一緒にクエストをこなし一緒に戦った相手とは言え、その相手に殺されて平気な訳はない。悪魔がいなかったら俺は間違いなくニルに殺されていた。
 それは殺された怒りとかそういうのじゃなくて、俺はたいして信用されていなかったんだなと、悲しさが込み上げてくるのが強かった。
 でも、それを散々に食い物にされて一番信用していた人に手酷く騙されたニルを見て、当然の報いだなんて、そんな冷めた考えは出来ない。
 コルトが聞けば間違いなく、甘いなんてものじゃないぞだなんて罵倒しそうだけど、このまま見過ごしたらきっと後悔しそうだ。

「何も得られなかったと言っていた君がどうしてそんな武器を持っているのか疑問だけれど、解放したらどうだい? 隠してても感じるよ、その禍々しい魔力」

 そう言ってパイソンさんは力を開放しながら一歩も動こうとしなかった。
 大体、あのまま俺を毒殺出来たはずなのにわざわざ毒を解除して神の力を見せつけるって、相当自身があるみたいだ。
 同じ転生者の好身とか言っていたけれdお、絶対違う。自分の力の優位性を確保したかっただけだろう。
 とは言っても、どうやって開放するんだよ。

『主はまだ、我の名を聞くことは出来ぬ。力を開放するには我を受け入れる他ならない』

 受け入れる? 受け入れるって……何だよ。
 こうして会話して、武器を捨てずに持っている事自体受け入れているって事じゃないのか?

『それは違う。我の盟約は血と残酷……それを受け入れ、己が身を以て証明するしかない。それが我の名を知る条件だ』

 血と残酷を受け入れる? 己が身を以て証明?
 こんな時に何言ってんだよ!? もっとわかるように説明してくれ!

「……おいおい、まさか。解放できない、なんて言わないよね?」
「……」

 武器を構えたままじっとしている俺を見兼ねて、冗談交じりにそんな質問を投げ掛けるパイソンさん。
 図星を付かれて押し黙る俺をパイソンさんはじっと見つめて、パイソンさんは盛大に溜息を吐いた。

「……何だお前、つまんないな」

 冷たく刺さるような声でそう呟くと、パイソンさんは手に持っている剣の一本を天に掲げる。
 天に掲げた剣が太陽光を浴びて輝き、それは徐々に白い光を放ち始める。その光に晒される俺は眩しさのあまり目を細めた。
 何をするつもりなんだ? 攻撃を仕掛けてくるつもりなんだろうけど、さすがに片腕じゃ剣を受け止める事は出来ない。
 運が良ければ弾くことも出来るだろうけど……むやみに受け止めるよりも、ここは出方を窺って避ける方が……。
 作戦を練っている矢先、パイソンさんは襲い掛かるでもなくその場で掲げた剣を振り下ろした。

「……!? あがっ!!」

 その瞬間、剣に宿っていた白い光が衝撃波となって発射され、避けると作戦を練っておきながら思わず剣を構えてしまう。
 だが、案の定受けきることは出来ず衝撃の強さに吹き飛ばされ、背後の岩肌に叩き付けられた。
 その痛みに悶えるも隙を見せるわけにはいかず、俺は顔を歪めながら武器を構える。

「へぇ……結構我慢強いんだね。けど、一閃を受け切ったくらいで誇ってもらっちゃ困るよ」

 そう言うと今度は二本の剣を天に掲げて太陽の光に晒し、クロスさせるように振り下ろす。
 白い光はバツ印を描いた衝撃波となって襲い掛かった。俺はその場から飛び退いて衝撃波を避ける。
 さすがに剣を掲げてから振り下ろすまでにタイムラグがあるから、しっかり見れば避けられない訳がない。

「まあ、これを避けられないほど遅いようじゃ話にならないけどね」
 
 やっぱり……この人は様子を見ていただけか。
 あの剣、鏡のようなもので出来ているとは思ったけど、太陽光を吸収してそれを武器とするタイプのものなのか。
 遠距離と近距離を同時に兼ね備えた力なんて対処できないだろ。
 二刀流でさえ無理な話なのに、もう二本腕が生えて四刀流になっている。接近するのは死にに行くものだ。
 こんなとんでもない奴とどうやって戦えば良いんだ? 

「ボケっとしてんなよ!」

 今度は三本の剣を天に掲げて太陽光を吸収し、それを振り下ろす。
 交差するように放たれた衝撃波は先ほどとはまるで違う速さで襲い掛かり、俺はその場から転げるように衝撃波を避ける。

「ほらほら、油断してると……」
「ぐあぁぁ!!」

 間髪入れずに、光の衝撃波が放たれる。
 俺は避ける暇もなく衝撃波をもろに食らってしまい、再び吹き飛ばされ岩肌に叩き付けられた。
 衝撃波を受けた個所、肩から腹にかけて縦一文字に皮膚が爛れるほどの火傷を負ってしまう。
 ……クソ。時間差で攻撃してきやがった。あんな事されちゃ、避けられる訳がない。
 焼けるような痛みに耐えながら俺はそれでも剣を構える。

 ……さっきみたいに、傷を癒せないか?

『肩の傷は今のままではどうにもならんが、今受けた傷は治せるぞ』

 俺は悪魔に及び掛けて、傷を治してもらう。
 火傷や浅い傷程度ならこうやって瞬時に治す事が出来るのは救いだったのかもしれないけれど、さすがに焼き焦げ熱で溶け出した筋肉は回復できないのか。まあ、肩の火傷に至ってはその程度が深すぎたから最初こそは痛みを感じたけど、今はもう痛みすら感じない。

「はぁ……君さ、本当に転生者なのかい? 動きは鈍い上に集中しているようにみせかけて隙だらけ。ちょっとしたはったりをかますだけでこのざまだ」
「……借り物の力のくせに粋がってんじゃねぇよ」
「おいおい、僕をその辺の低能な転生者と一緒にしてもらっちゃ困るね。君は知っているかい? 時にアニメや漫画の世界に入り浸っているような連中もこの世界に転生してくることもあるのさ。そう、あの生産性も知識も技量も皆無の低能どもがね。専門書を紐解いたくらいで知った気になるお気楽な連中さ。奴らから言わせればチート? って言うんだけ? 君の言う通り借り物の力で、この世界でならやり直せる、なんて何の根拠もない自信をもってここへ来る連中だよ」

 やっぱり……まだほかにも、ここへ連れてこられている転生者は存在していたんだな。
 だけど、この人あまりオタクだった転生者を好ましいく思っていないような口ぶりだ。低能だとかなんだとか。

「無能のクセに称賛を得たいからと強い魔物に戦いを挑み、力の使い方もコントロールの方法も知らない癖に……いいや、知ろうともせずに猿のように力を行使する。元の世界で必要とされず誰からも愛されず、日々を食いつぶしていくような連中って承認欲求が強いんだろうね。一時期一緒に行動した事はあるけれど、あの下品さには恐れ入ったよ。いいかい? 粋がっているっていうのはそういう連中の事を言うのさ」
「あんたは違うっていうのか?」
「当り前だろ? 何のために君にも力を開放する機会を与えてあげたと思っているんだい? 無力な人間を切り刻むのは味気ないのさ。そういった意味では、低能な連中はよく頑張った方だよ」
「……ま、まさか!?」
「ああ。力の使い方も学ぼうとしない低能どもは殺したよ。そもそも、この世界に呼ばれた目的に背いていたんだしね」

 チート持ちの転生者が、同じチート持ちの転生者に殺されたって……そんな事がはあるのかよ。
 同じチートもちでもそこには力の差があるってところなのか。
 でも、それよりも気に掛かるのは……転生者はこの世界に呼ばれた目的を知っているって点だ。

「目的って何だよ。俺は何も知らされずにここに連れてこられているんだ。知っているなら教えてくれ」
「……無理さ。聞いたところで君は目的を達成できない」
「……どういう事だよ」

 パイソンさんは口を閉ざしたまましばらくじっとしていると、ゆっくりと剣の切先を俺へ向けた。
 攻撃を仕掛けてくるものだと思い、瞬時に構える。

「目的は魔王国を内部から制圧し、支配する事」
「……なっ!? じゃ、じゃあ……ニルの村を襲ったのも」
「ああ。魔族の住む村や街を一つずつ滅ぼす事で内側から支配するって事さ。やり方はどうでも良い。大量虐殺するなり奴隷にして売り払うなり。女や子供は良いオモチャになってくれるし、男は死ぬまで使いつぶせる。まあ、他国同士の争いに異世界の人間まで巻き込む理由がさっぱりだけど、大方こっちの戦力だけじゃ収拾が付けられなくなったんだろうね。そういう目的のために転生されてきたって言うのに、それを無視してチヤホヤされるがために技能が一切身に付かないクズ魔物を倒すだけに力を使い、日がな一日中ブラブラしているような不出来な転生者どもは殺しても問題にはならないさ。だって、数人殺したところでまた呼べばいいんだからさ。代わりなんていくらでもいるんだよ」

 魔族を捕らえるだけじゃ飽き足らず同じ転生者まで殺すなんて、気が狂っているとしか思えない。
 何でこんな人が、異世界ここへ転生してきたんだ!?

「何でそんな非道な事が出来るんだよ」
「変な事を言うものだね。昔の日本人も他国の連中に同じような事をしていたじゃないか。それと何が違うんだい?」
「ここは日本じゃないし、そもそもそれは昔の話だろ」
「敵対関係にある国同士、脅威になる事は避け、対処しないといけない。国同士の戦争なんだ。お勉強が足りないようだねセイジ君」

 頭を指でつつくようなそぶりを見せて、馬鹿にするような態度を取るパイソンさん。
 クソ……目的だろうと何だろうと、ただの人殺しなのは変わりじゃわりないじゃないか!
 それを何でこんなに誇らしげに語れるんだよ!? 殺し過ぎて気でも狂ったんじゃないのか?

「さて……僕はどうもお喋りが過ぎるようだね。戦闘中とはいえ、こうも余裕があり過ぎるとついつい口が弾む。だいぶ時間を掛けてしまったし、さっさと終わらせることにするよ」

 そう告げた直後、パイソンさんの手から4本の剣が離れ、自我を持っているかのように宙に浮いた。
 全ての剣はパイソンさんの頭上まで移動すると、刀身の中心を軸に高速回転を始める。
 その速さが頂点に達したと同時に剣の全ては円形の鏡の板に変化した。
 自分の知っている限りで例えられるもので例えるなら、大きさはフラフープくらいだろうか。
 何だろうと、どんな攻撃を仕掛けてくるか分からない。慎重にならないと。
 
「裁きの陽光」
「……ぐっ!? ああああっ!」

 パイソンさんがそう唱えた直後、円形の鏡が一斉に眩いほどの光を放ち、光の束が重なり合って広範囲に及ぶ閃光が襲い掛かった。
 俺は眩しさのあまり目を細めてしまい、反応が遅れて避ける事が出来ずにそれを食らってしまう。
 いいや……そもそも、攻撃範囲が広すぎてどう対処しようとしても避け切れなかったはずだ。
 咄嗟に攻撃を防ごうと刀を構えたものの、衣服は焼け焦げ、露出した肌は皮膚が捲れて赤く腫れあがるほど酷く火傷していた。

「はぁ……やっぱりつまらないなぁ。弱いくせに生命力は一丁前なのか」

 そう口にしながら宙に浮いていた剣を手元に引き寄せ、ゆっくりと歩み寄ってくる。
 悪魔の力の影響なのかまだ生きてはいるが、もうとどめを刺されてもおかしくはない。
 クソ……どうすればいい!? 俺も力を開放できるようになればいいが。
 悪魔が言っていた事は血と残酷を受け入れて、己が身を以て証明する。それで悪魔の名を聞く事が出来ると言っていた。
 考えろ考えろ。時間がない。自分の頭をフル回転させるんだ。
 血と残酷を受け入れる……己が身を以て証明……血と残酷を自分の身で証明しろって事か?
 血は何となく想像がつくが、残酷を証明しろって何だ? どういう事だ? 自分の体で残酷を証明するっていくら考えても答えなんて出る訳が……。
 考えているうちに、俺はふとニルに殺され魔物の姿になった後の悪魔との会話を思い出す。
 …………おい、嘘だろ。
 悪魔が言っていた事を信じるなら、かなりの賭けだぞ。

「そうか。これか」
「あん?」

 自分で言っておいてそれに気付くなんて……やっぱり俺はバカだな。
 俺は自分のバカさ加減に失笑しながら自らの腹に刀をあてがう。

「切腹なんて武士の真似事かい? 止めておきなよ、君にそんな度胸ないでしょ?」
「……生憎、腹を裂かれるのは一度経験したんでね。なんてことはないさ」

 強気な態度を取りながらも俺は恐怖と不安で鼓動が高鳴っていた。
 落ち着け……落ち着け。冷静になれ。悪魔が言っていた事だ。残酷にふさわしいと。
 ニルに腹を裂かれたことをこの悪魔はこの上ない残酷だ、と言っていた。
 残酷を受け入れるって事は……自分の体を残酷な目に遭わせる事。
 やってやるよ、悪魔。お望み通り、残酷の味を味わえよ。
 俺は意を決して自分の腹に刀の切先を突き立て、ゆっくりと刃を押し入れようと力を込めた。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―—!!」

 が、それは洞窟の奥から聞こえた獣ともつかないような奇妙な叫び声によって妨げられる。
 それと同時に複数の荒い息遣いが聞こえ、ニルを連れて行った男達が洞窟の奥からまるで何かから逃げているかのように飛び出した。
 
「何だ? 先に行けと言ってろ?」
「そ、それが……あの魔族がいきなり暴走して――ぐっ!!」
「クソ……きやがった!」

 二人の男が飛び出してきた洞窟に目を向けて二人の男は焦りの表情をしていた。
 あの魔物が暴走したって……ニルの事か? ニルが自力で逃げ出したって事なのか?
 洞窟の奥から一定の間隔で聞こえてくる足音は徐々に徐々に大きくなり、男達を追って来ていたニルが姿を現した。
 だがニルの目は完全に濁り、全く焦点があっていないように感じた。額には怪しく光る紫色の宝石のようなものが嵌め込まれているようにも感じる。

「ニル?」

 呼び掛けてみるもニルの耳には全く届いていない。
 様子がおかしい……まだ毒が効いているのか? でも、立ち上がる力も無かったはずなのに。

「ユルセナイ、ユルセナイ、ユル……セナイ。ユルセナイユルセナイユルセナイユルユルユルユルルルルルルルルルルル」

 まるで感情がこもっていないような声で淡々と呟くニル。
 何だ? まるで傷の入ったCDを無理矢理再生したみたいな……不自然な話し方だ。
 
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア—―!!」

 とても女の子……いいや、もはや人間や魔物のものとすら思えないほどの悲痛と怒りに満ちた叫び声を上げて、頭を押さえながら仰け反るニル。
 バキンッ! と、額の宝石がその全てを現した直後、ニルの体は爆散した。
 辺りに大量の血をまき散らし、ニルの中から現れたそれは文字通りの化け物だった。
 その顔に目や鼻、耳はなく、額に光る宝石の中にもう一つ、丸い影が見える。口は耳の位置まで裂けて唇はなく歯が剥き出しになっていた。
 捲れ上がり、顔の横に寄り集まったニルの顔の皮。女性的な体ではなく中肉中背の男性的な体つき。
 その恐ろしいほど白い体には局部は一切なく、その体にそぐわない蛇のような巨大な尾も備わっていた。
 なにより目を張るのは……その背中に生えた何枚もの翼に宿る、巨大な目。

「……」

 そのあまりの変貌ぶりに、俺は驚く声さえ出せなかった。
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