少年冒険者は蛇蜥蜴が倒したい~奴隷勇者の異世界譚外伝~

Takachiho

文字の大きさ
1 / 14

1.目標

しおりを挟む
 牛頭人身の魔物がえる。全身の切り傷から血が滲み、体長3メートルの巨体を支えている強靭な足腰がふらついた。

「ファム!」
「任せて!」

 魔物の四角から小柄な少女が躍り出て、巨体の足元に滑り込む。

「やあ!」

 少女の握る短剣が魔物のけんを切り裂き、大斧を手にした魔物がバランスを崩した。

「ラウル!」
「はあっ!」

 まだ幼さの残る少年が疲労を滲ませながらも渾身の力で剣を振り下ろす。その刃は、崩れ落ちる魔物の太い首を狙っていた。しかし、牛頭を支える首がその役目を終えることはなく、赤い2つの瞳は光を失っていなかった。

「くそっ!」

 ラウルが悪態を吐く。牛頭人身の魔物が地に倒れ伏し、その頭部の2本の角が地面を穿っていたが、それはとてもラウルの満足できる結果ではなかった。

「悔しがるのは後にして!」

 巨体の背に飛び乗ったファムが短剣の柄を両手で逆手に握りしめ、首の裏に叩きつける。刃先が半ばほど埋まり、魔物が苦悶の叫びを上げた。

 2人が戦っているのは迷宮王牛ミノタウロス。冒険者の街メルニールのダンジョン10階層の最奥に座するボス部屋の主だ。

 迷宮王牛ミノタウロスは傷だらけの両手を地に突いて起き上がらんとするが、ファムは腰の後ろからもう1本の短剣を取り出し、先ほどと同様に、再度、首の裏に叩きつけた。

 咆哮と共に魔物が体を起こし、ファムの小柄な体が転げ落ちる。

「ラウル、お願い!」

 ファムが叫ぶのと同時に、ラウルが膝立ち状態の迷宮王牛ミノタウロスの首元に剣を突き立てた。剣先が硬質の皮膚を貫き、ずぶりと肉に埋まった。

 断末魔の叫びが地下空間に響き渡る。

「やったの!?」

 受け身を取って即座に立ち上がったファムが背後から見つめていると、巨体が前方に倒れ込み、ラウルが剣から手を離して飛び退いた。うつ伏せに倒れ伏した迷宮王牛ミノタウロスの首の裏から、血で赤く濡れた刃が覗く。

 自重で首を貫通した剣が、まるで墓標かのように突き立っていた。



 世界を救った2人の英雄がこの地を去ってから1年と少し。その英雄たちから僅かとはいえ手ほどきを受けた少年と少女は、まだ成人前でありながら2人でコンビを組んでダンジョンに潜り、魔道具の燃料となる魔石やその他の魔物の素材を獲得しては売却しての繰り返しで生計を立てていた。

 ラウルとファムは普段、もう一つの冒険者の街とも言えるラインヴェルトを本拠地にしているが、この日はラウルの提案で以前暮らしていたメルニールのダンジョンを探索していた。

 二人は11層には向かわず、ボス部屋を出て帰路に就く。その途中、ラウルは立ち止まり、帰り道とは別の小道に顔を向けていた。

「ラウル、急にメルニールのダンジョンに潜ろうって言うから変だとは思ってたけど、もしかして……」

 ファムが横に並び、呆れたように肩を竦めた。

「まさか、挑戦したいなんて言わないよねー?」
「それは……」
「ミルミルのお兄さんだから1人で倒せるけど、多頭蛇竜ヒュドラー毒蛇王バジリスクも、本当はもっと大人数で、幼生体でも大人たちが死に物狂いで戦う相手だからね?」

 ラウルが見つめる小道の先は袋小路になっていて、そこに隠し部屋がある。その部屋は宝箱を開けると閉じ込められて、強力な魔物が現れるという罠部屋となっている。

 ファムの挙げた魔物は実際に“ミルミルのお兄さん”とその想い人を中心とした英雄たちが遭遇した魔物だ。それらはダンジョンの10層に出てくるとは思えない強大な魔物であるため、不用意に立ち入らないよう冒険者ギルドから注意喚起がされていた。

「でもミルちゃんだって……」
「ミルミルは、ミルミルのお兄さんたちと一緒にラインヴェルトを救った英雄なんだからね。私たちとは比べられる子じゃないよ」

 ミルミルこと、ミルというのは、ラウルやファムの友人の犬人族の少女で、2人より幼いながらも冒険者の街たるメルニールとラインヴェルトの双方で知らぬ者がいないほど、その名は轟いている。

 二人は友人だからこそ、幼い彼女が1年以上も前に仲間の子竜と一緒に多頭蛇竜ヒュドラーの幼生体を倒したことを知っていた。

 ラウルの表情が悔し気に歪む。ファムはそれを横目で眺めて溜息を吐いた。

「ま、気持ちはわかるけどねー。昔から知ってる分、ミルミルにできるなら頑張れば私にもできるんじゃないかって」

 この地を去った稀代の英雄二人の妹分として多くの困難を乗り越えて彼女は強くなったが、元々はラウルやファムよりも非力で、当時を知る人たちはミルが様々な二つ名で呼ばれるほど成長するとは思いもよらなかったに違いない。

「ミルミルのお兄さんたちのおかげで私たちも強くなったけど、迷宮王牛ミノタウロスに手こずってるんじゃ、とてもじゃないけど隠し部屋の魔物の相手なんてできないよ」

 二人も必死に努力してきた結果、今では一端いっぱしの冒険者と名乗れるくらいの強さにはなったが、如何せん攻撃力が圧倒的に足りていなかった。

 先ほどの迷宮王牛ミノタウロスにしても、二人に大人の力か強力な武器や魔法があれば、それほど苦労せずに倒せたはずなのだ。

「今度、ミルミルに相談してみようかなー?」
「ダ、ダメだよ、ファム。迷惑かけちゃ」

 ファムは優しく友人思いのミルが迷惑がるとは思えなかったが、焦ったように言うラウルの気持ちは理解できた。ラウルはミルに頼ることなく、ミルと肩を並べられるようになりたいのだ。もっと言うならば、ミルに相応しい相手だと認められたいのだ。ミルと対等な、一人の男として。

「とりあえず、もう泣いて逃げ出すのはやめた方がいいよー」
「な、何だよ、急に……!」

 ファムが揶揄からかうように告げて歩き出し、ラウルは戸惑いながら追いかける。恥ずかしくて消し去りたい2度の過去も、長いこと一緒にいるファムには知られてしまっているのだ。

 ラウルは最後にもう一度だけ小道を振り返り、後ろ髪を引かれながらもその場を後にした。



 1日と半日をかけて地下ダンジョンを地上に向けて進み、1層の転移罠を利用したダンジョン間転移システムを使ってメルニールのダンジョンからラインヴェルトのダンジョンに一瞬でワープする。一本道を通って角を曲がれば、すぐに出口が見えた。

 ミルの兄的存在である英雄が中心となって構築した転移システムは、大陸最大版図を誇るグレンシール帝国の領土内にありながらも自治を認められた2つの街を結び付け、冒険者は元より、商人や旅人たちにも広く利用されている。

 ラウルとファムも利用料を払ったが、それも冒険者ギルドのラインヴェルト支部に併設された孤児院の運営費になるのだから、何の不満もなかった。

 二人は冒険者ギルドに立ち寄ってダンジョンの戦利品を売却した後、いつもの日課通り、行きつけの宿屋内の食事処で夕食を済ませる。

「あ、あのさ……」

 食後、ファムが少しだけ膨らんだ腹部をゆっくりと撫でていると、ラウルが思いつめた顔で切り出した。それからラウルはパクパクと何度も口を動かすものの、その喉の奥からは一向に続く言葉が出て来ない。

「なにー?」

 ファムは何でもない風を装って催促するが、予感はあった。10層からの帰り道、ラウルはずっと、何やら考え込んでいたのだ。

 そしてラウルは告げた。恐る恐るファムの反応を窺うように。しかし、はっきりと意志を込めて。



多頭蛇竜ヒュドラーを倒したい”



 それは、今の二人には無謀に思えるほど、難易度の高い目標だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばす 規格外ダンジョンに住んでいるので、無自覚に最強でした

むらくも航
ファンタジー
旧題:ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~ Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。 配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。 誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。 そんなホシは、ぼそっと一言。 「うちのペット達の方が手応えあるかな」 それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...