3 / 60
序章 Oracle
夢か、現か
しおりを挟む
「はぁ~……」
深く、深く溜め息をつく。
ぐったりと座り込むシルビオの前で、件の青年は静かに眠っていた。
時刻は二時過ぎ。
すっかり暖まったリビングで、シルビオはようやく青年の治療を終えた。
温かいお湯で身体を洗い、包帯を巻き、服を着せて毛布をかける。
それだけの作業だが、華奢とはいえ成人していると思しき男相手ではかなり労力を使う。
死んでしまわないかと気を張っていたのもあるのだろう。
魔力充填の効果がある魔法稼働式の暖炉の暖かさもあり、一気に眠気が押し寄せていた。
ちなみにユーガは既に眠っており、リーリエは隣の部屋に待機してもらっている。
とは言え仮眠は取っている筈だから、今起きているのはシルビオだけだった。
本当は、彼のことを看ていてあげたい。
けれど、瞼が落ちていく。
離れたくなくて、そっと手を握った。
今度はちゃんと体温が感じられる。
良かった、と心の底からほっとして、シルビオはそこで力尽きた。
💧
暗い、暗い檻の中。
全身の至るところが悲鳴を上げている。
痛い。痛い。いたい。
癒えることも許されない傷が、知りもしない罪を責め立てる。
『認めろ。そうすれば楽にしてやるぞ』
何度も言われた。
けれど、認められる訳がない。
潔白を、潔白を示さなければ。
そうじゃなければ、何のためにここまで来たのか分からない。
自分は何もやっていない。
やっていない。
やって、いな─
『─本当に?』
─いない、はず、なのに。
どうして。
どうして、誰も、信じてくれないんだ。
💧
「…………っ、ぁ……!」
目が覚めた。
シルビオは勢い良く身体を起こし、激しく鼓動する心臓を押さえるように胸へ手を当てた。
そこは、変わらずリビングだった。
シルビオは青年が眠るソファーに上半身を預けながら眠っていて、彼の手をきつく握りしめたままだった。
青年はまだ目を覚ましていない。
窓の外を見ると、雨は止んで薄らと陽の光が差し込んでいる。
気付けば夜は明けていたらしい。
けれど、全く眠った気はしなかった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…………」
荒い息を吐き出し、蹲る。
全身から汗が吹き出て止まない。
あちこちにナイフで突き刺されたような鋭い幻覚を覚える。
心はずっしりと重く、今にも吐きそうだった。
…夢を見た。
檻の中に閉じ込められ、ひたすらに罪を責め立てられ、何度も何度も殴られる夢。
悪夢と言っていい。
けれど、これは現実にあったこと。
目の前の青年が実際に経験した、紛れもない絶望なのだ。
シルビオの魔法は、同系統の魔法使いの中でもかなり特殊だ。
属性は闇だが、彼の真骨頂は精神に直接作用する精神魔法と呼ばれるものである。
用途は様々だが、例えば今のように。
望む相手の過去に触れ、記憶を追体験することもできる。
大抵は無意識の内にやってしまうから、夢という形で現れるのだが。
勿論、こんなことを当たり前のようにやる魔法使いなど皆無に等しい。
シルビオの魔法の才能は飛び抜けている。
生まれついてから『人の心の清濁を見抜く』という特殊な目を持っていたシルビオは、精神魔法においては国の中でもトップクラスの腕前の持ち主だった。
そんな訳で、青年の背景が何となく読めた訳だが。
(やっぱり、拷問されてたな……)
擬似的とはいえ経験してしまったら嫌でも分かる。
それも決して軽いものではない。
普通の人間であれば容易に心が折れる。
シルビオが本当にこれを受けたら間違いなく一日と持たないだろうし。
そしてもう一つ、大事なことがある。
(彼は、何もしていない)
所謂無実の罪だ。
間違いはない。
そもそも、初めて見かけた時から何となく思っていた。
この人は、救わなければならない人だと。
決して見捨てるべき悪人ではないのだと。
シルビオの直感は外れない。
これだけで生き延びてきたのだから。
信憑性は自分が一番よく分かっている。
つまり、結論。
(この人は、保護しよう)
ユーガは嫌な顔をするだろうが、きっと認めてくれる。
何せ不遇な身の上かつ『烙印』持ちだ。
思わないところがない訳がない。
「……」
苦しそうだったユーガの表情を思い出す。
せっかく見せないようにしていたのに、自分で気付いてしまった。
あまり、ユーガを苦しめたくはないのだけれど。
同じくらい、この青年にも苦しんで欲しくなかった。
まだ話したことすらないのに、虫の良い話だが。
「……よし!」
パシッと頬を叩く。
暗いことばかり考えていると気分がどんどん落ち込んでしまう。
取り敢えず、シャワーでも浴びよう。
さっぱりして、ユーガに美味しい朝ご飯を作ってもらって、それから色々考えよう。
ぐちゃぐちゃな内情は全て頭の片隅に押し込めて、シルビオは立ち上がる。
ぐっと伸びをして、カーテンを開けて日光を浴び、風呂場へ向かおうとした。
その時だった。
「…………ぅ、う……」
小さな呻き声が、部屋から聞こえてきたのは。
深く、深く溜め息をつく。
ぐったりと座り込むシルビオの前で、件の青年は静かに眠っていた。
時刻は二時過ぎ。
すっかり暖まったリビングで、シルビオはようやく青年の治療を終えた。
温かいお湯で身体を洗い、包帯を巻き、服を着せて毛布をかける。
それだけの作業だが、華奢とはいえ成人していると思しき男相手ではかなり労力を使う。
死んでしまわないかと気を張っていたのもあるのだろう。
魔力充填の効果がある魔法稼働式の暖炉の暖かさもあり、一気に眠気が押し寄せていた。
ちなみにユーガは既に眠っており、リーリエは隣の部屋に待機してもらっている。
とは言え仮眠は取っている筈だから、今起きているのはシルビオだけだった。
本当は、彼のことを看ていてあげたい。
けれど、瞼が落ちていく。
離れたくなくて、そっと手を握った。
今度はちゃんと体温が感じられる。
良かった、と心の底からほっとして、シルビオはそこで力尽きた。
💧
暗い、暗い檻の中。
全身の至るところが悲鳴を上げている。
痛い。痛い。いたい。
癒えることも許されない傷が、知りもしない罪を責め立てる。
『認めろ。そうすれば楽にしてやるぞ』
何度も言われた。
けれど、認められる訳がない。
潔白を、潔白を示さなければ。
そうじゃなければ、何のためにここまで来たのか分からない。
自分は何もやっていない。
やっていない。
やって、いな─
『─本当に?』
─いない、はず、なのに。
どうして。
どうして、誰も、信じてくれないんだ。
💧
「…………っ、ぁ……!」
目が覚めた。
シルビオは勢い良く身体を起こし、激しく鼓動する心臓を押さえるように胸へ手を当てた。
そこは、変わらずリビングだった。
シルビオは青年が眠るソファーに上半身を預けながら眠っていて、彼の手をきつく握りしめたままだった。
青年はまだ目を覚ましていない。
窓の外を見ると、雨は止んで薄らと陽の光が差し込んでいる。
気付けば夜は明けていたらしい。
けれど、全く眠った気はしなかった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…………」
荒い息を吐き出し、蹲る。
全身から汗が吹き出て止まない。
あちこちにナイフで突き刺されたような鋭い幻覚を覚える。
心はずっしりと重く、今にも吐きそうだった。
…夢を見た。
檻の中に閉じ込められ、ひたすらに罪を責め立てられ、何度も何度も殴られる夢。
悪夢と言っていい。
けれど、これは現実にあったこと。
目の前の青年が実際に経験した、紛れもない絶望なのだ。
シルビオの魔法は、同系統の魔法使いの中でもかなり特殊だ。
属性は闇だが、彼の真骨頂は精神に直接作用する精神魔法と呼ばれるものである。
用途は様々だが、例えば今のように。
望む相手の過去に触れ、記憶を追体験することもできる。
大抵は無意識の内にやってしまうから、夢という形で現れるのだが。
勿論、こんなことを当たり前のようにやる魔法使いなど皆無に等しい。
シルビオの魔法の才能は飛び抜けている。
生まれついてから『人の心の清濁を見抜く』という特殊な目を持っていたシルビオは、精神魔法においては国の中でもトップクラスの腕前の持ち主だった。
そんな訳で、青年の背景が何となく読めた訳だが。
(やっぱり、拷問されてたな……)
擬似的とはいえ経験してしまったら嫌でも分かる。
それも決して軽いものではない。
普通の人間であれば容易に心が折れる。
シルビオが本当にこれを受けたら間違いなく一日と持たないだろうし。
そしてもう一つ、大事なことがある。
(彼は、何もしていない)
所謂無実の罪だ。
間違いはない。
そもそも、初めて見かけた時から何となく思っていた。
この人は、救わなければならない人だと。
決して見捨てるべき悪人ではないのだと。
シルビオの直感は外れない。
これだけで生き延びてきたのだから。
信憑性は自分が一番よく分かっている。
つまり、結論。
(この人は、保護しよう)
ユーガは嫌な顔をするだろうが、きっと認めてくれる。
何せ不遇な身の上かつ『烙印』持ちだ。
思わないところがない訳がない。
「……」
苦しそうだったユーガの表情を思い出す。
せっかく見せないようにしていたのに、自分で気付いてしまった。
あまり、ユーガを苦しめたくはないのだけれど。
同じくらい、この青年にも苦しんで欲しくなかった。
まだ話したことすらないのに、虫の良い話だが。
「……よし!」
パシッと頬を叩く。
暗いことばかり考えていると気分がどんどん落ち込んでしまう。
取り敢えず、シャワーでも浴びよう。
さっぱりして、ユーガに美味しい朝ご飯を作ってもらって、それから色々考えよう。
ぐちゃぐちゃな内情は全て頭の片隅に押し込めて、シルビオは立ち上がる。
ぐっと伸びをして、カーテンを開けて日光を浴び、風呂場へ向かおうとした。
その時だった。
「…………ぅ、う……」
小さな呻き声が、部屋から聞こえてきたのは。
2
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
【完結】第三王子、ただいま輸送中。理由は多分、大臣です
ナポ
BL
ラクス王子、目覚めたら馬車の中。
理由は不明、手紙一通とパン一個。
どうやら「王宮の空気を乱したため、左遷」だそうです。
そんな理由でいいのか!?
でもなぜか辺境での暮らしが思いのほか快適!
自由だし、食事は美味しいし、うるさい兄たちもいない!
……と思いきや、襲撃事件に巻き込まれたり、何かの教祖にされたり、ドタバタと騒がしい!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
※第33話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
龍の寵愛を受けし者達
樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、
父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、
ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。
それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて
いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。
それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。
王家はある者に裏切りにより、
無惨にもその策に敗れてしまう。
剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、
責めて騎士だけは助けようと、
刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる
時戻しの術をかけるが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる