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序章 Oracle
契約
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「……」
「……」
沈黙が続く。
シルビオはヴォルガに身体を預けたまま、静かに目を閉じている。
傷が痛まないように体重の載せ方には気を使っているので、苦しくはないはず。
トクン、トクンと僅かに響いてくる鼓動が心地好い。
それに耳を傾けていると、ヴォルガが遠慮がちに話しかけてきた。
「……楽しいか?」
「えへへ……楽しい」
「……そうか」
呆れ気味だが、押し退けられたりはしない。
好意に甘んじて体温を感じていると、また声が聞こえる。
「お前、俺に何して欲しいんだ?」
「んぇ?」
ひょこ、と顔を上げてヴォルガを見下ろすと、彼は複雑そうな顔をしつつ続けた。
「さっきははぐらかされたから、改めて尋ねる。俺は『烙印』を抱えた非国民で、お前くらいの人間だったら完全な奴隷に出来る。けれど、お前は俺に嫌がることをさせるつもりはないんだろ?かと言って、このまま野に放り出すつもりもない。何がしたいのか分からないんだよ」
「あー、そっか……」
確かに言葉足らずすぎた。
これは不信感を持たれても仕方ない。
本当はちゃんと怪我を治してから話し合いたかったが、怪しまれたままではお互い過ごしづらい。
シルビオは再びぺたんと頭を載せた。
「ごめんね。店主の確認取ってから話そうと思って、はっきり言わなかったんだけど……宿代代わりに頼みたいことが二つあるんだ。勿論、怪我治るまでは無理強いしないから。どうしても嫌なら出て行ってもいいしね」
「……」
ヴォルガの身体が少し強張ったのを感じる。
酷い命令をされない保証はないのだから、怖いのは当たり前だ。
なるべく緊張を解すように明るい口調でシルビオは続けた。
「ほら、ここ酒場だって言ったでしょ?実は、正式な店員が俺含めて二人だけでさぁ。流石に従業員増やしたいってずっと話してたから……お店の営業、手伝って欲しいんだ」
ちらりとヴォルガへ視線を送る。
ヴォルガはぽかんとし、そして慌てて質問してくる。
「え、えっと、具体的には?」
「んー、そうだなぁ……ヴォルガ、料理出来る?」
「あぁ……まぁ、一応」
「じゃあ、調理の補佐がメインかな。食材の下準備とか、火当番とか。客前に出たり、重いもの運んだりとかは俺の仕事だから大丈夫。今の状態でも店回ってるから、休み休みで平気だよ」
「……労働時間は?」
「昼過ぎから深夜までかな。まぁ、きっちり決まってる訳じゃなくてさ。半分くらい駄弁ってるだけだし、お客さんも常連さんばっかりだし、あんまり働いてるって感じじゃないんだよねぇ。だから、好きな時に来て好きな時に終わりにしていいよーって感じ」
シルビオにとってはここの従業員としての生活が全て。
人生に染み付いていて、何より楽しくて仕方ない。
ヴォルガが受けた仕打ちに比べれば、断られるようなことは決してないと思っている。
ヴォルガも待遇の緩さを理解してくれたのか、すっかり目を丸くしていた。
「そんなので、いいのか?確かに、能力は大きく落ちているが……」
「いいんだよ。手伝ってくれるだけで有り難いんだから。慣れてきたらもう少し仕事増えるかもしれないけど……」
「……むしろ、やらせてくれ。何も恩を返せていないようで、怖くなる」
罪悪感に満ちた表情を浮かべている。
生真面目な性格をしているのが良く分かる。
無理矢理重労働をさせないってだけで、喜んで頷いても何もおかしくないのに。
…罪は無いと心は言っているのに、罰を自分に課している。
それが、彼の不思議なところだ。
取り敢えず、不安げなヴォルガを安心させるように微笑んで、わしゃわしゃと髪を撫でた。
「わっ、な、何だよ?!」
「ヴォルガは偉いなーって。俺だったら、仕事無い方が嬉しいもん」
「それはどうなんだ……?」
軽蔑した目を向けられる。
…まずい、余計なことを言った気がする。
笑顔で誤魔化し、話を戻す。
「あははっ、まぁ、そんな感じで。あと、もう一個お願いしたいことがあってね?」
「あぁ、二つあるって言ってたな」
深くツッコまれなくて助かった。
ヴォルガにバレないように小さく息をつき、もう一つの条件を伝える。
「うん。…俺ね、夜になると人肌がないと寝れないんだ。だから、良かったら一緒に寝て欲しい。出来れば、今みたいにくっついてくれるともっと助かる」
「……は?」
間の抜けた声を返された。
ふざけていると思われても仕方ないとは思う。
けれど、シルビオにとっては死活問題なのだ。
「いやぁ、結構ひどいんだよ?これ。本当に一睡も出来なくなっちゃうから、めちゃくちゃ困っててさぁ。今まではお客さんとかに頼ってたんだけど、流石にそろそろパートナーが欲しくて。ヴォルガがやってくれたら、かなり嬉しいんだよね」
上目がちにヴォルガを見つめる。
正直に言うなら、これはただのお願いだ。
例え断られてもヴォルガを追い出すなんてことはしない。
助けてくれたらいいな、という程度の願望に過ぎない。
…けれど。
「分かった」
しばらくじっとシルビオを見つめ返していたヴォルガは、嫌にあっさりと受け入れてくれた。
「……え、本当?本当に、いいの?」
「何で頼んだ本人が驚いてるんだよ……」
ヴォルガは苦笑いを浮かべ、真っ直ぐな声で言う。
「冗談の類ではなさそうだったからな。それでシルビオの役に立てるのなら構わない。訳もなく触れられるのは苦手だが、理由があるなら話は別だ」
「……」
…嬉しかった。
本当に、嬉しかった。
「あっ、ありがと……!」
「お、おい、力込め……痛い痛い痛い!!」
ぎゅーっと、遠慮なく抱き締めてしまった。
ヴォルガは苦しそうだったが、やれやれと言いたげに頬を緩めていた。
…と、いう訳で。
「じゃあ、契約成立だね!ヴォルガには、最低でも傷が完治するまではうちの従業員として働いてもらう。部屋は俺と一緒で、寝る時は隣にいてもらう。これでいい?」
「ああ、相違ないな」
ようやくヴォルガから離れて、この場で取り付けた契約の確認をする。
口約束だが、ある程度明確にしておかないと後で揉めかねない。
ヴォルガは素直に頷いてくれたので、ようやく気が抜けた。
「よしっ!じゃあ、まずは動けるくらいに怪我治さないとねー。まだお腹空かない?」
「……少しなら」
「ほんと?!一緒にお昼食べよ~!今ユーガが作ってくれてるから……あっ、ユーガのことも紹介しなきゃだ!」
わいわいと騒がしいシルビオ、そんなシルビオを生暖かい目で眺めるヴォルガ。
近い将来、ジェイド地区どころか世界中で有名になるこの二人の物語は、今この瞬間から始まった。
「……」
沈黙が続く。
シルビオはヴォルガに身体を預けたまま、静かに目を閉じている。
傷が痛まないように体重の載せ方には気を使っているので、苦しくはないはず。
トクン、トクンと僅かに響いてくる鼓動が心地好い。
それに耳を傾けていると、ヴォルガが遠慮がちに話しかけてきた。
「……楽しいか?」
「えへへ……楽しい」
「……そうか」
呆れ気味だが、押し退けられたりはしない。
好意に甘んじて体温を感じていると、また声が聞こえる。
「お前、俺に何して欲しいんだ?」
「んぇ?」
ひょこ、と顔を上げてヴォルガを見下ろすと、彼は複雑そうな顔をしつつ続けた。
「さっきははぐらかされたから、改めて尋ねる。俺は『烙印』を抱えた非国民で、お前くらいの人間だったら完全な奴隷に出来る。けれど、お前は俺に嫌がることをさせるつもりはないんだろ?かと言って、このまま野に放り出すつもりもない。何がしたいのか分からないんだよ」
「あー、そっか……」
確かに言葉足らずすぎた。
これは不信感を持たれても仕方ない。
本当はちゃんと怪我を治してから話し合いたかったが、怪しまれたままではお互い過ごしづらい。
シルビオは再びぺたんと頭を載せた。
「ごめんね。店主の確認取ってから話そうと思って、はっきり言わなかったんだけど……宿代代わりに頼みたいことが二つあるんだ。勿論、怪我治るまでは無理強いしないから。どうしても嫌なら出て行ってもいいしね」
「……」
ヴォルガの身体が少し強張ったのを感じる。
酷い命令をされない保証はないのだから、怖いのは当たり前だ。
なるべく緊張を解すように明るい口調でシルビオは続けた。
「ほら、ここ酒場だって言ったでしょ?実は、正式な店員が俺含めて二人だけでさぁ。流石に従業員増やしたいってずっと話してたから……お店の営業、手伝って欲しいんだ」
ちらりとヴォルガへ視線を送る。
ヴォルガはぽかんとし、そして慌てて質問してくる。
「え、えっと、具体的には?」
「んー、そうだなぁ……ヴォルガ、料理出来る?」
「あぁ……まぁ、一応」
「じゃあ、調理の補佐がメインかな。食材の下準備とか、火当番とか。客前に出たり、重いもの運んだりとかは俺の仕事だから大丈夫。今の状態でも店回ってるから、休み休みで平気だよ」
「……労働時間は?」
「昼過ぎから深夜までかな。まぁ、きっちり決まってる訳じゃなくてさ。半分くらい駄弁ってるだけだし、お客さんも常連さんばっかりだし、あんまり働いてるって感じじゃないんだよねぇ。だから、好きな時に来て好きな時に終わりにしていいよーって感じ」
シルビオにとってはここの従業員としての生活が全て。
人生に染み付いていて、何より楽しくて仕方ない。
ヴォルガが受けた仕打ちに比べれば、断られるようなことは決してないと思っている。
ヴォルガも待遇の緩さを理解してくれたのか、すっかり目を丸くしていた。
「そんなので、いいのか?確かに、能力は大きく落ちているが……」
「いいんだよ。手伝ってくれるだけで有り難いんだから。慣れてきたらもう少し仕事増えるかもしれないけど……」
「……むしろ、やらせてくれ。何も恩を返せていないようで、怖くなる」
罪悪感に満ちた表情を浮かべている。
生真面目な性格をしているのが良く分かる。
無理矢理重労働をさせないってだけで、喜んで頷いても何もおかしくないのに。
…罪は無いと心は言っているのに、罰を自分に課している。
それが、彼の不思議なところだ。
取り敢えず、不安げなヴォルガを安心させるように微笑んで、わしゃわしゃと髪を撫でた。
「わっ、な、何だよ?!」
「ヴォルガは偉いなーって。俺だったら、仕事無い方が嬉しいもん」
「それはどうなんだ……?」
軽蔑した目を向けられる。
…まずい、余計なことを言った気がする。
笑顔で誤魔化し、話を戻す。
「あははっ、まぁ、そんな感じで。あと、もう一個お願いしたいことがあってね?」
「あぁ、二つあるって言ってたな」
深くツッコまれなくて助かった。
ヴォルガにバレないように小さく息をつき、もう一つの条件を伝える。
「うん。…俺ね、夜になると人肌がないと寝れないんだ。だから、良かったら一緒に寝て欲しい。出来れば、今みたいにくっついてくれるともっと助かる」
「……は?」
間の抜けた声を返された。
ふざけていると思われても仕方ないとは思う。
けれど、シルビオにとっては死活問題なのだ。
「いやぁ、結構ひどいんだよ?これ。本当に一睡も出来なくなっちゃうから、めちゃくちゃ困っててさぁ。今まではお客さんとかに頼ってたんだけど、流石にそろそろパートナーが欲しくて。ヴォルガがやってくれたら、かなり嬉しいんだよね」
上目がちにヴォルガを見つめる。
正直に言うなら、これはただのお願いだ。
例え断られてもヴォルガを追い出すなんてことはしない。
助けてくれたらいいな、という程度の願望に過ぎない。
…けれど。
「分かった」
しばらくじっとシルビオを見つめ返していたヴォルガは、嫌にあっさりと受け入れてくれた。
「……え、本当?本当に、いいの?」
「何で頼んだ本人が驚いてるんだよ……」
ヴォルガは苦笑いを浮かべ、真っ直ぐな声で言う。
「冗談の類ではなさそうだったからな。それでシルビオの役に立てるのなら構わない。訳もなく触れられるのは苦手だが、理由があるなら話は別だ」
「……」
…嬉しかった。
本当に、嬉しかった。
「あっ、ありがと……!」
「お、おい、力込め……痛い痛い痛い!!」
ぎゅーっと、遠慮なく抱き締めてしまった。
ヴォルガは苦しそうだったが、やれやれと言いたげに頬を緩めていた。
…と、いう訳で。
「じゃあ、契約成立だね!ヴォルガには、最低でも傷が完治するまではうちの従業員として働いてもらう。部屋は俺と一緒で、寝る時は隣にいてもらう。これでいい?」
「ああ、相違ないな」
ようやくヴォルガから離れて、この場で取り付けた契約の確認をする。
口約束だが、ある程度明確にしておかないと後で揉めかねない。
ヴォルガは素直に頷いてくれたので、ようやく気が抜けた。
「よしっ!じゃあ、まずは動けるくらいに怪我治さないとねー。まだお腹空かない?」
「……少しなら」
「ほんと?!一緒にお昼食べよ~!今ユーガが作ってくれてるから……あっ、ユーガのことも紹介しなきゃだ!」
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