王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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一章 紫碧のひととせ

黄光の祈り

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「はい、これ」
「これは……」
「ふふ、うちの教会の皆からだよ」

事件からしばらくして。
教会から帰ってきたリーリエが、ヴォルガに小さな箱を手渡してきた。
白い木箱を恐る恐る開けると、そこには剣をあしらったデザインのネックレスが入れられていた。
ヴォルガは瞠目し、リーリエを見る。

「このネックレスって……」
「うん、アステル教会の修道士が着けてるやつ。ヴォルちゃんに渡すならこれだろうって、満場一致だったよぉ」

着けてみて、とリーリエに促され、ヴォルガは慣れない手つきでネックレスを首に下げた。
黄金色に輝く聖剣のシンボルが光に照らされて眩しい。
リーリエは満足気に頷き、ヴォルガを見上げた。

「私は、ヴォルちゃんのこと、あんまりよく知らないし、偉そうなことは言えないけど……お祈りくらいはしたっていいと思うの。前にも言ったけど、アステル様は、絶対ヴォルちゃんのこと見捨ててなんかないんだからね!」

…教会という家を閉ざされ、絶望していた中、初めて出会った同教の少女。
彼女がこんなに優しく導いてくれていなかったら、ヴォルガは今も神を信じられないままだっただろう。
『烙印』を背負っても魔法をある程度使いこなせているのは、『神を信じる』というプリーストの基本中の基本が思い出せたからだろう。
本当に、出会いに恵まれている。
心の底から、ヴォルガはそう思う。

「……ありがとう。恩に着る」
「何言ってんの~、それこっちの台詞だからね!」

リーリエは笑ってそう言い、堅苦しいヴォルガの謝意を軽く受け流す。
そして、さも当たり前のように続けた。

「あ、そうだ。せっかくだし、まだヴォルちゃんに言ってなかったこと、教えとくね」
「ん?何だ、急に」
「いやぁ、私のせいで『烙印』持ちなことバレちゃったわけだし……そのお詫びってことでね」

リーリエは少し茶目っ気のある笑顔を浮かべ、少し声を顰めてヴォルガに告げた。

「私……実はね。身分としては、貴族なんだ」
「………………え?!」

突然の告白に仰天するヴォルガ。
想像以上の反応に、リーリエは慌てて付け加える。

「あ、でも、今は家出中だし、ユーガが保護者ってことになってるから、平民だけど!ジェイド出身の母様……ユーガのお姉ちゃんが、貴族に見初められて嫁いだの。それで産まれたのが私。だから、両親は貴族なんだよね~って話」

…ヴォルガとしては衝撃的な話が色々舞い込んできて、軽く目眩がした。

「そ、そうだったのか……シルビオが、リーリエは訳ありだと言っていたから、少し気になってはいたんだが……貴族か……」
「あはは、まぁ、なんちゃってだけどねぇ。父様と母様とは仲良いけど、あんまり貴族街あっちに住む気にはなれなくてさぁ」

少し暗い顔をするリーリエ。
彼女なりに思うところがあって今の暮らしをしているのだろう。
ヴォルガが驚いたように、彼女は貴族という血筋をひけらかすような振る舞いはしていない。
深くは触れない方がいいだろうと思いつつ、ヴォルガは変わらない対応を心がけながら尋ねた。

「教えてくれたのはいいが……他に何か、言いたいことがあるんじゃないのか?」

リーリエはぴくっと眉を動かした。

「鋭いねぇ、ヴォルちゃん……」
「いや、好んでもない事情をわざわざ二人の場で言うのかと思ってな」

今は、ユーガは夕食作り、シルビオは入浴中だ。
このタイミングを狙って話しかけてきたということは、何か二人には黙っておきたいことがあるのだろう。
リーリエは少し逡巡してから、真っ直ぐヴォルガを見つめた。

「……あのね。私は、教会勤めで、貴族としてのコネもある。ヴォルちゃんは、非公式だけど教会に認められることをした。…だから、もしかしたら、と思って」
「……っ!!」

ドクンと、心臓が跳ねる音がした。
リーリエは小さな声のまま続ける。

「コネって言っても強くはないし、可能性はすごく低いんだけど……でも、ゼロじゃないと思う」

リーリエの目は真っ直ぐだった。
けれど、不安と迷いもあった。

「……勿論、シルビオのことも考えてるよ。シルビオは……ヴォルちゃんがいなくなっちゃったら、本気で落ち込むと思う。私も、出来るだけヴォルちゃんにはジェイドにいてほしいなと思ってる。でも……」

リーリエは言葉を切って俯いた。

「……教会の前で、すごく寂しそうな顔してたから。ヴォルちゃんだって、本当は、教会に……家に帰りたいんだなって、思って……そしたら、何か、してあげたくなっちゃってさ」
「……」

正直に言うなら、図星だった。
善意で教会に招かれたあの時。
自分はそれができないのだと告げた時。
苦しくて仕方なかった。
…本当は、そこが自分の居場所だったのに、と。

リーリエは続ける。

「今すぐにってのは無理だけど……でも、もしヴォルちゃんが帰りたいって思うなら、私は協力するよ。それだけ、伝えたかった」

しばし、時が止まる。
ヴォルガは、呆然と立ち尽くしていた。
帰れるなんて、考えたこともなかった。
帰ったって、教会から弾かれるこの身体では、と。
でも…

…ヴォルガは、敬愛する女神の優しさを知った。
今胸に下げているネックレスがその証拠だ。
ヴォルガが、自分の正しさを信じ続けていれば。
故郷の皆も、帰ってきたヴォルガを暖かく受け止めてくれるかもしれない。
そう、思ったのだ。

何も言えなくなったヴォルガに、リーリエは小さく頭を下げる。

「……困らせちゃってたらごめん。せっかくこっちに慣れてきたところなのに、余計なこと言ったかも。でも……少しは、希望を持ててもいいんじゃないかなって、ね」

そう言って、白金の少女は微笑んだ。

「シルビオには、しばらく内緒にしておいて。ユーガにもね。ユーガには、シルビオの味方でいてほしいからさ」
「……分かった」

ヴォルガが返事を絞り出したところで、ユーガの声が聞こえた。

「夕飯できたぞー」
「はーい!」

リーリエは元気に返事をして、一足先に一階へ降りていった。
ヴォルガはしばらく立ち止まってから、小さく息をついて一歩を踏み出した。


「……」

就寝前。
ヴォルガは、ベッドに腰掛けてネックレスを掲げ、静かに祈りを捧げていた。
…『烙印』を押されてからは一度も行っていなかった祈祷。
でも、ようやく手を伸ばすことができた。
やたら凪いだ精神のまま、主神へ真摯な祈りを届ける。
終えて目を開けると、じっとこちらを見ているシルビオに気がついた。
リーリエの話の手前、少し気まずい。

「……どうした?」

声をかけると、彼は少し視線を揺らしてから、珍しく落ち着いた声でぽつりと呟いた。

「ヴォルガは……教会が認めてくれたら、帰りたいって思う?」
「……!」

心の内を読んだかのような問いだった。
話を聞かれていたのかとも思ったが、そういう雰囲気ではない。
恐らく、ヴォルガが祈りを捧げているのを見て思ったことなのだろう。
ヴォルガはネックレスをベッドの傍の棚の上に丁寧に置き、シルビオを見つめる。
愛嬌のある顔は、憂いを帯びるとどこか大人びて見える。
彼には、本当に何もかも見透かされていそうだ。
仕方がないので、本心そのままを答えることにした。

「……いや、俺はここにいるよ」
「………………え?」

目を丸くするシルビオ。
そんなに意外だったのかと、ちょっと不満に思った。

「帰りたく、ないの……?教会保護区出身なんでしょ?」
「まぁ、帰りたくないとまでは言えないな。ヘルヴェティアの空気は好きだし、友人やシスターにはもう一回会いたいとも思う」
「じゃあ、何で……」

戸惑うシルビオに、ヴォルガははっきりと告げる。

「祈りを捧げることは、どこでだってできる。主神のことを信じてさえいれば、いつだって祈りは届く。…でも、シルビオは、ここにしかいない」
「……!!」

はっと目を見開くシルビオ。
…少し気障だっただろうか。
照れくさくなりつつも、言葉は止まらなかった。

「死んでいたかもしれない俺を助けてくれたのは、シルビオだろ。だから俺は、シルビオが望む限りここにいたい。そりゃ、シルビオが心の底から帰ってほしいって思うなら帰りたいけど……そうじゃないだろ」

最近の彼は、よく寂しそうな顔をしている。
ヴォルガが構ってやると、嬉しそうに笑ってくれるから、何とも放っておけない。
これでも、命を救ってくれた恩人なのだ。
彼の意思ではなく、自分の意思でシルビオの近くにいたいと思うのは、そんなに変なことだろうか。

「…………そっ、かぁ」

ぽつりとそう零して、シルビオはふらりとこちらに身体を傾けてきた。
慌てて支えてやると、そのままきつく抱き締められた。
…特に何も言わずに、ただ抱き締め合う時間が続く。
穏やかな温もりと静かな鼓動が心地好くて、少しずつ瞼が落ちていく。

二人して、ベッドに倒れ込む。
お互いの温もりを感じながら、眠りに落ちる。
それだけなのに、どうしてか、じんわりと心が温かくなった。
すやすやと眠る二人は、穏やかな微笑みを浮かべていた。



‪🌱‬



黄の月は、これにて終幕。
黄金色の灯火に導かれる彼らの行く末に、幸あらんことを。

私は今日も変わらず、彼らの選択を見届けるのみである。
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