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一章 紫碧のひととせ
黒曜の夜明け
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窓の外から、柔らかな陽光が差し込み始めた。
気付けば夜は明け、朝になろうとしている。
ヴォルガもリーリエも、いい加減くたくただった。
そろそろ休まないと身が持たない。
話が落ち着いた頃合に、ユーガが口を挟んできた。
「よし、とりあえず今日はもう休め。酒場は当分開けられないし、俺も今日は大人しくしてるから。後片付けは落ち着いたらやればいいよ」
「ん~っ、そうだねぇ」
小さく欠伸を零したリーリエが賛同を返す。
「もう帰るのも面倒だし、ここで寝ようかなぁ。何かあったら起こして~」
相当疲労が溜まっていたであろうリーリエは、近くにあった毛布を被ると、そのままソファーで眠り込んでしまった。
十秒も経たずに寝息が聞こえてくる。
シルビオは苦笑いを浮かべて頬をかいた。
「大分無理させちゃったなぁ……ヴォルガも、疲れてるよね」
「ん、まぁ……」
言われると、今更ながら身体がずしりと重くなる感覚に襲われる。
肉体面はともかく、精神的な気疲れが大きかった。
ようやく一段落したし、一旦休息を取りたい思いはある。
再びユーガから声が飛んできた。
「お前らも、ここで寝ていけ。寝室はしばらく使い物にならないだろうし」
「……あ、そうだった……」
気まずそうにぽつりと呟くシルビオ。
部屋は魔法の暴走の余波でめちゃくちゃに荒らされている。
しばらくは、ヴォルガがやって来た頃のようにリビングで身を寄せることになるだろう。
おずおずとシルビオがユーガに視線を向けると、彼は意地の悪い笑みを浮かべる。
「頭を下げに行く人間はリストアップしてあるから安心しろ。修理費はお前の小遣いから引いとく」
「うっ……は、はぁーい……」
文句を言える立場ではないシルビオは、肩を落としつつ頷いてヴォルガをちらりと見上げた。
「たぶん、三日くらいはかかるかなぁ……ごめんね?」
「別に……狭いのはいつものことだし」
「え、えへへ……」
気恥ずかしそうに笑うシルビオ。
顔色は大分明るくなった。
それにほっとして、ヴォルガも微かに笑みを零す。
「……じゃあ、寝るか。ユーガも、ちゃんと休めよ」
「あいよ」
手をひらひらと振って、ユーガもくるりと背を向けて毛布を引き上げた。
同じ部屋でユーガとリーリエが眠っているのは何だか新鮮な光景だが、これならシルビオは寂しくないだろう。
カンテラの明かりを落とし、布団を寄せて作られた寝床に腰を下ろすと、シルビオははにかみながらヴォルガを入れてくれた。
ふと、手が触れる。
まだ冷えているが、それでもほんのり暖かい。
そっと握ると、彼は頬を赤らめて俯き、きゅっと握り返した。
「……寝る?」
「……うん」
小声で短く言葉を交わし、二人はそのまま身を寄せて身体を横たえた。
暖炉の炎がパチパチと爆ぜる音だけが聞こえる。
徐々に瞼が落ちていく中、ふとシルビオが呟いた。
「……こわく、ない?」
「ん?」
目を開けて彼を見ると、シルビオは瞳を揺らしながらぽつぽつと言葉を落とす。
「魔法の制御、できないんだよ。もしかしたら、ヴォルガが寝てる間に、また暴走して傷つけちゃうかもしれないんだよ。本当に、それでも……傍に、いてくれるの?」
不安げな声は弱々しくて、毛布にくるまって身を丸めるシルビオが余計に幼く見える。
いじらしくて、愛おしくて。
ヴォルガは彼との距離を詰め、シルビオの頭を抱いて自身の胸元に引き寄せた。
「……っ」
かぁっと、体温が上がる。
思えば、ヴォルガから彼を抱き締めたのは初めてかもしれない。
長く美しい黒髪を梳くように撫でながら、彼にだけ聞こえるように小さな声で返す。
「いるよ。俺は、そんなに柔じゃない。そう簡単に傷ついたりしない。……だから、好きなだけ甘えていい。全部、受け入れるから」
トクン、トクンと、彼の穏やかな鼓動が伝わる。
シルビオはヴォルガの背に腕を回し、ぎゅっと密着して、くぐもった声を零した。
「ヴォルガ」
「ん?」
「…………大好き」
「……う、うん」
優しい声と熱い体温に、思わず頬が火照る。
自分は、相当気恥ずかしいことを言ってはいないだろうか。
若干の後悔が頭を過ぎるが、今更取り消せる訳もなく。
腕の中で響く静かな寝息に耳を傾けながら、誤魔化すように彼を更に強く抱き締めて。
胸の奥底で、ゆっくりと解ける、覚えのない暖かな感情に見ない振りをして。
彼の温もりを感じながら、微睡みの中へと落ちていった。
🌱
黒の月は、これにて終幕。
夜は明ける。
季節は巡り、黒曜の冬は終わりを告げる。
私は今日も変わらず、彼らの選択を見届けるのみである。
気付けば夜は明け、朝になろうとしている。
ヴォルガもリーリエも、いい加減くたくただった。
そろそろ休まないと身が持たない。
話が落ち着いた頃合に、ユーガが口を挟んできた。
「よし、とりあえず今日はもう休め。酒場は当分開けられないし、俺も今日は大人しくしてるから。後片付けは落ち着いたらやればいいよ」
「ん~っ、そうだねぇ」
小さく欠伸を零したリーリエが賛同を返す。
「もう帰るのも面倒だし、ここで寝ようかなぁ。何かあったら起こして~」
相当疲労が溜まっていたであろうリーリエは、近くにあった毛布を被ると、そのままソファーで眠り込んでしまった。
十秒も経たずに寝息が聞こえてくる。
シルビオは苦笑いを浮かべて頬をかいた。
「大分無理させちゃったなぁ……ヴォルガも、疲れてるよね」
「ん、まぁ……」
言われると、今更ながら身体がずしりと重くなる感覚に襲われる。
肉体面はともかく、精神的な気疲れが大きかった。
ようやく一段落したし、一旦休息を取りたい思いはある。
再びユーガから声が飛んできた。
「お前らも、ここで寝ていけ。寝室はしばらく使い物にならないだろうし」
「……あ、そうだった……」
気まずそうにぽつりと呟くシルビオ。
部屋は魔法の暴走の余波でめちゃくちゃに荒らされている。
しばらくは、ヴォルガがやって来た頃のようにリビングで身を寄せることになるだろう。
おずおずとシルビオがユーガに視線を向けると、彼は意地の悪い笑みを浮かべる。
「頭を下げに行く人間はリストアップしてあるから安心しろ。修理費はお前の小遣いから引いとく」
「うっ……は、はぁーい……」
文句を言える立場ではないシルビオは、肩を落としつつ頷いてヴォルガをちらりと見上げた。
「たぶん、三日くらいはかかるかなぁ……ごめんね?」
「別に……狭いのはいつものことだし」
「え、えへへ……」
気恥ずかしそうに笑うシルビオ。
顔色は大分明るくなった。
それにほっとして、ヴォルガも微かに笑みを零す。
「……じゃあ、寝るか。ユーガも、ちゃんと休めよ」
「あいよ」
手をひらひらと振って、ユーガもくるりと背を向けて毛布を引き上げた。
同じ部屋でユーガとリーリエが眠っているのは何だか新鮮な光景だが、これならシルビオは寂しくないだろう。
カンテラの明かりを落とし、布団を寄せて作られた寝床に腰を下ろすと、シルビオははにかみながらヴォルガを入れてくれた。
ふと、手が触れる。
まだ冷えているが、それでもほんのり暖かい。
そっと握ると、彼は頬を赤らめて俯き、きゅっと握り返した。
「……寝る?」
「……うん」
小声で短く言葉を交わし、二人はそのまま身を寄せて身体を横たえた。
暖炉の炎がパチパチと爆ぜる音だけが聞こえる。
徐々に瞼が落ちていく中、ふとシルビオが呟いた。
「……こわく、ない?」
「ん?」
目を開けて彼を見ると、シルビオは瞳を揺らしながらぽつぽつと言葉を落とす。
「魔法の制御、できないんだよ。もしかしたら、ヴォルガが寝てる間に、また暴走して傷つけちゃうかもしれないんだよ。本当に、それでも……傍に、いてくれるの?」
不安げな声は弱々しくて、毛布にくるまって身を丸めるシルビオが余計に幼く見える。
いじらしくて、愛おしくて。
ヴォルガは彼との距離を詰め、シルビオの頭を抱いて自身の胸元に引き寄せた。
「……っ」
かぁっと、体温が上がる。
思えば、ヴォルガから彼を抱き締めたのは初めてかもしれない。
長く美しい黒髪を梳くように撫でながら、彼にだけ聞こえるように小さな声で返す。
「いるよ。俺は、そんなに柔じゃない。そう簡単に傷ついたりしない。……だから、好きなだけ甘えていい。全部、受け入れるから」
トクン、トクンと、彼の穏やかな鼓動が伝わる。
シルビオはヴォルガの背に腕を回し、ぎゅっと密着して、くぐもった声を零した。
「ヴォルガ」
「ん?」
「…………大好き」
「……う、うん」
優しい声と熱い体温に、思わず頬が火照る。
自分は、相当気恥ずかしいことを言ってはいないだろうか。
若干の後悔が頭を過ぎるが、今更取り消せる訳もなく。
腕の中で響く静かな寝息に耳を傾けながら、誤魔化すように彼を更に強く抱き締めて。
胸の奥底で、ゆっくりと解ける、覚えのない暖かな感情に見ない振りをして。
彼の温もりを感じながら、微睡みの中へと落ちていった。
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黒の月は、これにて終幕。
夜は明ける。
季節は巡り、黒曜の冬は終わりを告げる。
私は今日も変わらず、彼らの選択を見届けるのみである。
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