王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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一章 紫碧のひととせ

恋文

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シルビオとヴォルガがもだもだした翌日。

ヴォルガはまだ寛解には至らず、引き続き大人しくしておくことになった。
昨日の今日で気まずかったのかシルビオは目覚めるや否や部屋から追い出され、現在はいつものカウンター席でユーガと駄弁っているところである。


外は晴れ。
吹き込む風も生暖かく、季節が移りゆくのが感じられる。
窓の外から見える商店街も、少し活気づいているように思える。

そんな街並みを眺めつつ、シルビオは小さく欠伸を零し、気怠げにカウンターへ上半身を預けていた。

「ん~、ねむーい……」
「何だ、悪い夢でも見たのか?」

装丁の新しい分厚い本を捲りながら、ユーガはシルビオの声に答える。
シルビオは頬を机にぺたんと貼り付けたまま呟く。

「そうじゃないけどぉ……よく寝れなかった……」
「ふーん?」

曖昧な返答に、しかしユーガは目敏く反応する。

「ヴォルガと何かあったのか?」
「何で分かるのぉぉ……」

脱力するシルビオ。
ユーガの読心術じみた洞察力については深く考えたら負けだ。
少なくとも、ヒントはたくさん与えていた。

「昨日、嫌によそよそしかっただろ。喧嘩したってわけじゃなさそうだったから放っておいたけど」
「う……」

図星である。
くるくると指で髪を弄るシルビオに、ユーガはやれやれと溜め息をつく。

「熱上げるようなことするなよ」
「して……ない」
「その間は何だよ」

冷静かつ淡々としたツッコミが入るが、昨日のあれはヴォルガの自爆である。
ぎりぎりシルビオに非は無い。
たぶん。

そんな感じで、長閑な昼間らしいくだらない会話が続く店内。
ヴォルガが療養中ということで、今日も酒場の営業はお休みだ。
昨日手に入れたらしい本を読み耽るユーガを見て、たまには楽器リュートでも弾こうかな、などとシルビオがぼんやり考えていると。

「失礼します!」

突然カランカランとドアベルが鳴り、一人の青年が店内に入ってきた。
ユーガは訝しげに顔を上げ、シルビオは慌てて身を起こす。

「あれ、看板変えてなかった?」
「いや、ちゃんと変えたぞ」

二人がこそこそと会話している間にも、その青年はやたら畏まった様子でそろそろと歩み寄ってくる。
髪は薄い金髪、瞳は金色混じりの焦茶色で、着ているのは教会の修道服だった。
それを見て、ようやくただの客ではないことに気付く。

「……ん、リーリエの同僚か?」

ユーガが青年に呼びかけると、彼はびくっと大袈裟に震え、こくこくと頷いた。

「は、はい!アステル教会に勤めている、ノアと申します!」

ガチガチに緊張しているが、歳はシルビオとそう変わらない程度の若々しい好青年だ。
首元が隠れるくらいの長さの髪を一つに括り、ヴォルガも持っていた聖剣のネックレスを大切そうに首に掛けている。
彼はきょろきょろと店内を見渡し、遠慮がちに尋ねてきた。

「あの……リーリエは、いませんか?」
「ん?」

ユーガが不思議そうな顔をする。

「今日平日だろ。とっくに飯食って出てったぞ」

シルビオもうんうんと頷く。
ヴォルガにすぐ追い出されたため、今日はいつも早起きなリーリエと一緒に朝食を取っていた。
仕事着だったし、教会に向かったと思っていたのだが。

ノアと名乗った青年は、狼狽えつつ小首を傾げている。

「そ、そうなんですか?今日は非番だって聞いてたんですけど……」
「非番?」

顔を見合わせるシルビオとユーガ。

「ってことは……もしかして実家か?」
「あー、そうかもね」

シルビオはくすくす笑ってユーガを見る。

「ユーガが不機嫌になるから仕事の振りして行ったんだろうね」
「……」

揶揄うような口調のシルビオを冷たい目で睨むユーガ。

実家とは、隣のペルル地区にあるリーリエの生家だ。
リーリエの母はユーガの姉であり、今のユーガは姉の話題をあまり好まない。
姉弟喧嘩中だからである。
大人げない。
というわけで、リーリエは非番の日にこっそり帰省していると考えると辻褄が合った。
教会の制服を着て行ったのは、検問での身分証明が楽だからだろう。
流石に泊まりだと報告すると思われるので、夜には帰ってくるはずだ。

しっかり機嫌が悪くなったユーガを宥めつつノアにその旨を説明すると、彼はがっくりと肩を落とした。

「そ、そうですか……確かに、明日は家にいるって言ってましたね……」

その家が身を寄せているマヨイガのことだと思ったのだろう。
すれ違ってしまっていたようだ。

…となると、ノアはリーリエに用事があったということだろうか。
じっとりとした目で睨んでくるユーガから逃げるため、シルビオは立ち上がり、ノアに近付いて話しかける。

「リーリエに何か用だった?多分今日中には帰ってくるし、伝言くらいならできると思うよ」

いつもの人懐っこい笑顔でそう言うと、ノアは何故か挙動不審になった。

「え……あ、い、いや、用というか、えっと……」

視線がものすごく泳いでいる。
徐々に頬が紅潮し、彼は何かを誤魔化すようにさっと手を後ろに隠した。

「……?」

勿論、それを見逃すシルビオではない。
すっと移動して彼の背後を覗き込むと、白い封筒を手に持っていることに気がついた。

「手紙?リーリエ宛?」

それに気付かれると、ノアは更にあたふたし始める。

「こ、これは……!き、気にしないで下さい、私物なので!!」

こんな反応をされて気にならない訳がないのだが。
じっと見つめるシルビオと、そろそろと目を逸らすノアの応酬がしばらく続いたところで、ユーガからの横槍が入った。

恋文ラブレターだろ、それ」
「っっっっ?!!!!!」

ビクッ、と肩が震えるノア。
ユーガに畏怖の篭った視線を送る。

「な、何故、それを……?」

正解らしい。
ユーガは薄ら笑いを浮かべて淡々と告げた。

「うちの姪っ子は昔から人気者でね。似たような奴を何人か見たことがあるんだよ」

ユーガのその言葉を聞いて、シルビオもようやくノアの目的に察しがついた。

「つまり……リーリエに告白したかったと」
「~~~~~~っ」

ノアはしばらく真っ赤な顔でおろおろしていたが、シルビオとユーガの生暖かい視線を受け、観念したように手を戻した。

「はい……そうです」

綺麗な封筒には、薔薇を象った赤い封蝋が押されていた。
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