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二章 成長した愛し子

八話 心の傷

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 ルゥが襲われた事件から二日が経った。
 あれからというもの、ルゥが塞ぎ込みがちになってしまい、半身を探しに行くことは出来なくなった。
 私が傍にいないとすぐに不安定になって過呼吸を起こすようになってしまった。そのくせ、私が触れようとすると途端に体が拒絶反応を示すようで。
 あんなことがあったのだから無理もない。
 多少、心にくることもあるが、こればかりはどうしようもない。
 私たちは、ルゥが落ち着くまでシェリンの郊外の樹家にお邪魔することになった。
 もとよりこの家には誰も住んでいない為、文句を言われることもない。
 ただ、あまりに何も無い為に色々と調達せねばならなかった。
 その間だけは傍を離れたけれど、少し目を離した隙にまた呼吸困難に陥っていた。
 今暫くは目を離すことが許されない状態だ。
 その為、外に出る用事などはイルファに任せることにしている。この家にいる間は、食材調達や外の見張りは彼の仕事になった。
 ベットの近くに椅子を置き、イルファに持ってきてもらった暇つぶしの本を読む。
 怯えられなければ添い寝をしてあげられるのだけど。
 早く笑顔を見せて欲しい。
 傷ついている姿を見るのは辛い。
 あれからルゥはずっと寝ている。発作を起こす時や、傍を離れた時だけは目を覚ますが、それ以外では食事もせずにただひたすらに眠っている。
 体は癒すことはできても、心の傷は癒せない。本人に任せるしかない。
 ここがのんびりとした里の近くで良かった。
 そうでなければとても安静になどしてはいられないだろうから。
 何か、私にできることがあれば……。
 何だってするのに。
 水を飲もうと席を立とうとしたら引き止められた。
「どこ……行くの……?」
「何処へも行かないわ。お水が飲みたくなって」
 そういうと、渋々離してくれた。
 じ────。
 強い視線が背中を刺す。
 何処にも行かないったら、もう。
 信用がないわけじゃなくて、ただ目に映る範囲に居て欲しいんだろう。
 家から出ないのを見ると安心したのか、明らかにほっとした顔をした。
 よしよし、と頭を撫でそうになって慌てて自制する。
「……?」
 手を引っ込ればしょんぼりとされた。
 撫でても大丈夫ということだろうか?
 そっと、慎重に柔らかな頭を撫でた。
 すりすり、と擦り寄ってくる。もう、触れても大丈夫なのかしら。
 ……眠くなってきた。
 撫でる手が止まったのが不満だったのか、手を掴んで指を舐めてきた。
 驚いた。
 最近は撫でることもしてなかったから、触れ合いが全くなかったと言ってもいい。
 このような接触はご無沙汰である。
 目を見開いてルゥを見ると、その目は潤んでいる。
 これは……どっち?まだ少し怖いけど触れ合いたいのか、抱いてほしいのか。
 それか単純に一緒に寝てもいいってことなのか。どれだろう。
 悩みどころだ。
 最も無難な選択肢その三にしよう。つまり、一緒に寝る。
 眠気が限界だ……。小さな欠伸をひとつ。
「ルゥ……」
「……んむ?」
「一緒に寝ていい……?眠くて……ふぁ」
「んん……」
 一応聞いただけで、私の中で一緒に寝ることは既に決定事項だった。
 お邪魔します。
 ルゥの体温が温かい。
 少し驚いたような気配がしたけど、そのまま気にすることなく眠った。だって、ルゥの方から抱きついてきてくれたから。

 ✻    ✻    ✻    ✻

 寝ちゃ、った……。
 少し……残念。お姉ちゃんまで穢れるかもしれないと、ずっと触れていなかったけど、そろそろ限界。
 撫でようとしてくれた手が引っ込んでしまったから、ついついわざとしょぼくれた顔を作ってしまった。いや、割と本気で落ち込んだんだけど。
 まぁ、その甲斐あって撫でてもらえたけど。
 しばらくすると、その手が止まってしまって不思議に思うと、お姉ちゃんは前後に舟を漕いでいた。
 寝ないでほしくて、構ってほしくて、撫でてくれていた手を取って指を舐めた。それでも眠たそうで。
 僕よりも眠気の方が良いのかな。
 なんだか、悔しい。
 むくれていると、お姉ちゃんの眠たそうな声が聞こえた。
 い、一緒に寝るのは構わない。寧ろ一緒に寝てほしい。僕に構ってほしい。その手で僕を触って、愛してほしい。
 遠慮してくれてるのは分かってるけど、でも、寂しい。
 なんとも思われてないんじゃないかって思ってしまって。
 ……なんて、そんなことを言えば怒られそうだけど。
 態度を見ていれば、むず痒いくらいに可愛がられてることは伝わってくる。けど、僕はそういう目じゃなくて、異性として愛されたいんだ。
 たくさん触って愛してほしい。
 お姉ちゃんだけに愛されたい。壊れるくらいに愛されたい。お姉ちゃんになら酷くされたっていい。
 この前のことだって、あの男がお姉ちゃんだったら素直に喜べたのに、なんて考えてる。
 いつまで経っても弟のままじゃ嫌なんだ。
 男として見てほしい。
 その目に僕だけを映して、僕だけを見て、僕だけを愛してほしい。お姉ちゃんに欲しがられたい。触られたい。乱暴にされたい。前も後ろも分からなくなるくらいに乱してほしい。穢された身体なんて気にならなくなるくらいに、隅々まで余すことなく愛してほしい。
 ……なんて、言葉にしても今の体の状態じゃあ、お姉ちゃんは撫でることくらいしかしてくれないんだろうな。
 僕から触れるしか、ないんだよね。今のところ。
 寝込みを襲うなんてしたくないけど、でも。
 お姉ちゃんに、触れたい。
 僕に一物が無くて良かった。でなければとっくに暴走しているだろう。
 小さい頃はちゃんとあったんだよ?
 でも、八歳くらいだったかな?そのくらいの年齢になった時にはもう男の象徴たる一物はなくて、代わりに女の性器がそこにあった。生理が来てないから卵巣までは無いのかもしれないけど。
 いや、無い方がいい。でなければ最悪、あの男の子どもがここに居るかもしれない。
 子に罪はないけど、それでも嫌気が差す。
 もし妊娠したらどうしよう!
 痛い思いをして産むならお姉ちゃんの子どもがいいなぁ……切実に……。
 はぁぁ……。
 大好きなお姉ちゃんを抱きしめながら眠りについた。

 僕の心の傷を癒せるとしたら、それは──お姉ちゃんだけだよ。お姉ちゃんが僕の特効薬なんだ。知らないでしょう?
 君が居てくれるだけで、僕は安らげる。
 君が微笑んでくれるだけで、僕は─幸せだよ。
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