1 / 1
1
しおりを挟むほんとうんざり 。
金払わないクソみたいな彼氏も、ヒール履いてても高い位置にあるつり革に掴まるしかないこの満員電車も。
「佐藤ちゃん、上司より遅く出勤?」
この嫌味な上司もほんとうんざり。
「申し訳ありませんでした」
「あれ?いつものすみませーんじゃないの?散々言ってきたからやっと直した?」
この人ってこんな物の言い方しかできないの?だから嫌なんだよ。なにしても嫌味、嫌味、褒めてくれたことなんてない。別に返事する必要もないし口を閉ざして今日の仕事に取りかかる。
PCの画面か書類と戦ってようやく昼休憩。朝コンビニで買ったサラダとおにぎりをデスクで食べながら転職サイトをスマホでみる。上司の嫌味もあるし、転職しようって思い立ったのがつい今しがた。とりあえず辞めるのが先、辞めたら即採用のバイトか派遣やりながら新しい職探そう。そうしよ。条件なんて家から近い、駅から近い、今とは反対の方面に行く電車がいいくらいだ。あっ引っ越しもいいかも。あの彼氏にももう愛想が尽きてるし。鍵かえるより家を変えよう。それいいじゃん。引っ越しと転職。引っ越し先探そ。転職サイトのタブを閉じて不動産サイトを見る。
「あれ?引っ越しもするの?」
後ろから声をかけられて咄嗟に画面を伏せる。
「さっきまで転職サイトだったのに今度は引っ越し?」
カップ麺を啜りながら人のスマホをうしろから覗くなんて最低の人間だと思う。マジで無理。
「主任には関係ないと思いますけど」
もういいやとスマホをまた手に持って画面を見る。
「あれ?ホーム画面彼氏と撮ったやつじゃなかった?別れたの?」
なんでそんなことまで知っているのか?ほんと無理。
「それ主任に関係あります?職場でプライベートな話したくないんで」
「そう?色々教えてよ、仲良くやっていこうよ」
「結構です」
とにかく主任に絡まれるのが嫌で席を立つ。
「トイレ?」
「えぇ」
メイクポーチとタバコ持って部屋からでる。ほんとなんなのあの人?部下のスマホのホーム画面まで把握してるとかキモいんだけど。化粧直してからタバコ吸おうかと思ったけどイライラするから先に一服だ。
「佐藤ちゃんイライラしてんねー」
「生理前?」
喫煙所でこんな風にセクハラまがいに話しかけてくれる他部署の先輩達は冗談だとわかっているから嫌悪感はない。上司は違う、嫌悪感があると言っても過言ではない。
「ちがいますよー。ちょっと」
「また森主任関係?」
「…」
「図星じゃん。佐藤ちゃんほんと森と相性最悪だね」
「森もなー、好きな子にはいじわるしたくなるタイプなんだよなきっと」
「私ほんと顔合わせるのもしんどいんですけど。前に異動願も『とめ、はね、はらいもろくにできてないよ』って目の前で破られたしほんと…パワハラ?パワハラですよね?訴えれば勝てます?」
「無理でしょー。あいつ社内コンプラ担当だよ?訴える相手もあいつだよ?」
「あー!もう無理!ほんとたえらんない!」
「佐藤ちゃん、落ち着いて、どうどう」
「イライラしてタバコお酒も増えるし、彼氏はウザいしほんともうやばいんですって。彼氏と別れて会社も辞める!絶対辞める!」
「えっ!?佐藤ちゃん辞めるの!?」
喫煙所が私が辞めるか辞めないかで大盛り上がりだけれど、ネタじゃないから。本当に思ってるよりしんどいから
「化粧直して戻ります」
「佐藤ちゃん、無理しちゃ駄目だよ本当に」
笑ってたくせにこうふとした優しさがでるのは既婚子有り男のいいところだ。喫煙所と化粧室だけが社内で唯一心休まる場所かもしれない。なんて思いながらトイレ済ませて化粧直し。
「佐藤ちゃん、主任が探してたよ」
「げっ…休憩終わるギリに戻ろ」
「ほんと主任のこと苦手だよねー」
もはや苦手なんて言葉だけでは片付けられない。
ホットビューラーの電源つけてあたたまるまで綿棒でよれた箇所直す。スマホもデスクに置いてきたから気にもしなくていい。どうせまだ彼氏のアイツから連絡来てるくらいだし。
ムカつくから涙袋盛ろう。ラメザクザク盛って午前中より目元ギラギラにした。こうでもしないと気分落ちるからモチベあげるために絶対必要。マスクで見えないけど口紅もがっつり塗ってやった。
「では、お疲れさまでしたお先に失礼します」
課長と部長に挨拶してエレベーターに乗り込む。18時までが定時なのに17時50分に今日締め切りの書類を持ってきた他部署のやつ、今度絶対目の前でエレベーター閉めてやる。くそっ。
外は肌寒い。気温何度だろうってスマホつけたら通知画面に『家の電気ついてないけど仕事?』って通知。うざっ。マジなんなの?食事ついでに金せびりにくるのに電気ついてるかの確認とかするわけ?あーもう無理キモいわ。『もう二度と連絡してこないで』って送って即ブロ。電話番号も即着拒してカバンに放り込む。あ、スマホも解約して新しいのにしよう。
「ねぇ佐藤ちゃん」
「ひぃっ!」
後ろからいきなり声をかけられて変な声がでてしまった。
「ひぃってなに?おばけじゃないんだから」
「…主任ですか」
彼氏(もう元)を除いて一番顔もみたくない相手に話しかけられたら仕方ないと思う。
「そんな顔しないでよ。話あるんだ。今日って予定ある?」
「…あります」
「予定あるならスマホそんな扱いしなくない?ね、奢るからさ。近くでもいいし電車かタクシーで移動してもいいし、なんなら佐藤ちゃんの最寄り駅でもいいから」
職場の近くもイヤだけど最寄り駅に主任と行くなんて絶対にイヤ。そもそも行くとも行ってないのに勝手に話が進んでいく
「主任と食事なんて仕事でもないならイヤなんですけど」
「じゃあ仕事って割りきってよ、ね?食事だけじゃなくてお酒もたくさん飲んでいいからさ」
その一言で仕方ない、行くか。となってしまう自分もどうかと思う。
職場と最寄り駅どちらからでも便利なターミナル駅まで行って飲むことにした。行くまでは勿論満員電車。もういつものことだから平気なのに主任に気を使われるのがマジ厄介。 人の波に乗って電車を降りてそのまま改札を出る。
「何食べたい?まぁここなら何料理でもあるだろうけど」
「お酒飲めてタバコ吸えるならどこでもいいです」
「最初はぶりっこして喫煙者って隠してたのに可愛げもなくなっちゃって」
連れていかれたのは雰囲気いい居酒屋。薄暗くて女子会とか職場飲みより、もろカップル向けなかんじ。なんで主任となんだろ…
とりあえず生は2杯、最初の1杯は一気するから2杯から始める。それとオシャレおつまみを向こうが何品か頼んでくれた。
「はいかんぱーい」
生中は一気。お通しを食べながら2杯目に口をつける。主任が頼んでくれた料理も何品かきてるけどお酒が心許ないからメニューを開いて次を考える。カクテルの種類多いから飲んだら?と言われたので遠慮なく飲むことにした。
料理も美味しいしお酒も美味しい、雰囲気もいい。主任のデートコースなんだろうな。
「主任モテそうですよねー」
「そうか?」
「顔もいいし背も平均よりあるでしょ?ちゃんとした仕事に就いて出世も望める。私には厳しいけど他の子には優しいし」
「まぁ好きな子には相手にもされないんだけどね…」
「えー!?意外。めちゃくちゃ高望みとかですか?」
「いや、相手には彼氏がいるから」
「え!?そんなことで諦められるんですか?奪っちゃえばいいのに。主任ならソッコー本命になれそうじゃないですか」
私なら願い下げだけど。こんな性格ネジ曲がったヤツ絶対イヤ。あーでもいいなー。たったさっき男も切ったし、想定外の人から迫られてそのままとかいいかも。
「それより佐藤ちゃんは?なんで辞めようとしてんの?」
本題と言わんばかりに出してきた話題だ。昼間に転職サイト見てたの見られてたからどうせこの話だろうと思ったけど。
満員電車嫌なのと彼氏と別れようとしているから全部かえたくてと言えば、少し考えた主任は
「引っ越しだけすれば?仕事もさ、周りともうまくやれてるし業務内容とかが不満じゃなければ続けた方がいいって絶対」
「うーん…でもー」
「沿線変えるだけで気分も変わるんじゃない?今
JRでしょ?メトロとか都営にするだけでも変わるよ」
適当に聞こうとしてたけどJRじゃなくてメトロか、ありだな。会社の最寄りがJRだけど、徒歩なら5分も変わらないし
メトロいいな。
気分も良くなってきたかお酒のペースもあがる。「明日有給取ってあげるからどんどん飲みな」と主任に言われて遠慮なく飲むことにした。どうせ有給消化しなきゃだったしラッキー。
目が覚めたら家じゃなかった。間取り的にホテル。それより気持ち悪い、完全に二日酔いだ。トイレに直行して吐くけど時間結構経ってるのか胃液しかでない。やばい、主任と飲んでからの記憶曖昧。ホテル誰と来たんだ?お金どうしよう。とりあえず気持ち悪いから口に指突っ込んで胃液を吐く。あー頭痛い。水分取らなきゃだけど立つのも億劫。
「茉耶ちゃん、大丈夫?お水持ってきたよ」
バスルームの扉を開けて入ってきたのはパンツだけ穿いたまさかの主任、しかもなんで名前で呼ばれてるのあたし?
「飲める?炭酸水のほうがよかった?あとガウンはおってな、寒くなるよ」
とりあえず状況が飲み込めない。水飲んですぐ吐くけどどうしてこんなことになってるのかがわからない。
「茉耶ちゃんの有給申請と仕事あるから午前中は出るけど、部屋はこのままデイユースにしてるから体調戻るまでここにいて。午後有給使ってお昼前にはここ戻ってくるから車で送る。勝手にいなくならないで」
とりあえず便器抱えたまま聞いたけど何がどうなっているのか?あー、気持ち悪いし頭痛い。水より炭酸水の方が吐くとき楽だから持ってきてもらった炭酸水飲んで吐いてを繰り返す。頭痛い。
もう吐けない、大丈夫、頭痛いだけってなりながらベッドルームに戻って横になる。おーいいベッド。頭痛いから寝よう
『彼氏とはうまくいってないの?』
『ウザいから切りましたよほんとたったさっき。家帰ったらいそうだからすげーイヤ』
『別れた!?え!?』
『そんな大袈裟にします?ちょー失礼』
『いや、思ってもみなかったから…俺にもチャンスある…?』
『主任ですかー?うーん、まぁ1回ヤってみてよかったら』
『ラブホいくんですか?』
『ちがう、ゆっくりできた方がいいから普通のホテル』
『名前、呼んでもいい?』
『うん、主任は?』
『呼んでほしい、侑汰って呼んで』
『ゆーた…』
『茉耶ちゃん、好きだよ』
『あっ、あっ』
『酔ってても気持ちいい?』
『すぐイくからやめぇ、んぁっ』
『シーツびしょびしょになるくらい潮吹いて』
『ゴムいらない』
『え?なんで?』
『ナマのほうがきもちいーから。主任は?いやだ?
』
『名前で呼んでくれたらナマでする』
『ゆーた、このまま挿入れて』
『茉耶ちゃ、好き、好き』
『んぅ、ふぅ、あっあ、』
『付き合ってくれたら、ちゃんと外に出してあげるから』
『つきあう、ゆーたとつきあうからぁ、ナカはだめぇっ』
やっちまった。夢で思い出すとかどんだけだよ。
目覚めたら意外とスッキリしてた。よかった、さっき胃液吐きまくったおかげでよくなった。何時だろ?デイユースにしてあるって言ってたからゆっくり支度すればいいけど、お腹空いたかも。主任もいないしシャワー、いや、ゆっくりお風呂浸かろ。
浴槽にお湯を溜めながら充電してないスマホで時間を見ればお昼前、お腹も空くわ。仕事は有給申請してくれるって言ってたしお言葉に甘えることにしたけど、あれは本当に主任?ご飯を食べに行ったのが主任だから主任か。でもそもそも主任の名前苗字しか知らないから本当に主任だったのかももはや謎。でも朝話したのは主任?まぁいいやお風呂はいろ。スマホもベッドに投げ出したままお風呂。下着も昨日のか。パンツ穿いたまま潮吹かされてたらイヤだなーって思ってたけど濡れてないから多分脱いでからヤったんだな、よかった。
鏡で見たらメイクドロドロ。さっき見たホテルの名前が飲んでたターミナル駅にあるシティホテルだったからアメニティも充実してる。メイク落としと基礎化粧品、シャンプーにトリートメント、入浴剤まで同じブランドで揃えてある。ラッキー。脚も伸ばせるしさいっこー!パックもあればいいのに。
なんか部屋からバタバタ音がするけど主任?え?本当に仕事半休とってきたの?
「茉耶ちゃん!いた!」
そもそもなんで主任に名前でちゃん付けで呼ばれてるのか
『茉耶ちゃん、好きだよ』
アレか。なんかの勘違いだよね絶対。
「二日酔いはもう平気?有給はちゃんと申請したから」
「…ありがとうございます」
「俺も入ろうかな」
苦手な上司のストリップを見せられて一緒にお風呂に入るとかなんなんだろう。パンツはボクサー派っぽい。
「いつもかわいいけど素っぴんすごくいい。睫毛はエクステ?」
頬に手を添えられてまじまじと見られる。いや、ほんとなんで主任とお風呂にってことしか考えられない。顔が近づいてくる、え?
「キス、いやだった?」
したあとに聞くことじゃない。イヤだったとしてももう遅いしもう一回してきてるから答え求めてるわけじゃなさそう。
お風呂にはいってる間はずーっとキスされてた。
上がったあとは服は昨日と一緒、スマホの充電は瀕死、ストッキングは流石に昨日のはイヤだからナマ足で帰るしかない。まだ昼間だからいいか
「申請したあと一旦家に帰って車で来たから送るよ。場所教えて」
「えっ、最寄り駅まででいいです」
正直わけわかんないし、態度変わりまくりの主任が若干こわい。付き合ってるとか何かの冗談だと思うから家知られるとかぶっちゃけ恐怖しかない。
「彼氏、別れたばかりなんでしょ?ろくでもないヤツだって愚痴ってるの聞いたことあるから心配なんだ」
あー、それ。忘れてた。むしろ職場でてからの記憶が曖昧だからもういっそ主任とのことを含めてすべて忘れ去りたい。態度とか言動、私の途切れ途切れの記憶から考えるに絶対ヤってる、主任が名前で呼んできてキスしてくるのも付き合う付き合わないのときに付き合うとか言ってしまったからだ。
「大丈夫だと思いますよ」
「合鍵は?」
「…渡してます」
「やっぱり家まで送るけど、必要な荷物だけ持って今日からうちに来て。引っ越し考えてたんだし家は二人で住める広さは十分にあるから」
「はぁ!?」
「いきなり同棲がイヤなら賃貸で探してもいいけど、うちの近所だな。やっと彼女になったんだしなるべく離れていたくないから」
もうついていけない。治ったはずの二日酔いが再発したのか頭も痛い。ふらふらしたら主任に抱き止められたけど、原因は主任たから出来れば離してほしい。
結局腰に手を回されたままフロントで鍵返して駐車場に停めてあった車の助手席に乗せられて出発してしまった。家の場所は教えなかったら財布から免許証見つけ出されてナビに登録されたから嘘もつけないし逃げられない。「そもそも会社に提出してある住所みればいいだけなんだけど」って言われて何も言えなくなった。個人情報そんな風に使うのダメ絶対。
「大きいカバンとかスーツケースはある?」
堂々と部屋に一緒に入ってきた主任にはもう何を言ってもダメなので、元彼氏になったあいつのほとぼりが冷めるまでは恋人でいてもらうほうがいいのかとさえ思えてきた。
「茉耶ちゃんの匂いがする部屋もベッドも最高」
勝手にベッドに横たわる主任にドン引きしてる。
主任の家は駅近、3LDKのマンションだそうで部屋見つけて引っ越しするまでの繋ぎとしては最高かな?って思って泊まり込むことにした。もういっそ主任を利用するだけ利用してやろうと思う。
「そのベッドで数日前に元カレとセックスしてますよ」
「えっ…」
複雑そうな顔をしている主任が面白くて笑えてくる。結局ベッドからは立ち上がってクローゼットを勝手に開け始めた。この服は見たことあるとか、みたことないとかいちいち言ってくる。部下の服装まで把握してんの?服もこれがいいとかこれは着てみてほしいとかで、持っていってほしいものはどんどんベッドの上に出している。
荷物は思ったより多かったけど主任がほとんど持って車まで運んでくれた。元カレには会わないで済んだ。私からも用無しだけどきっと向こうもなんだろうな。夢追ってるってのがいいと思って好きになったけど、今思い返せばクソだクソ。ご飯代も何も払わない、しまいには貸してくれ?返ってこないってわかっていて貸してはいたけど本当に返ってこないと少し腹立たしい。一応好きだったけど今は一切愛情がない、もはや本当に好きだったのかすら怪しい。依存?依存してただけかな?
「考え事?」
信号待ちで止まったときに主任に聞かれた。助手席に座ってずーっと外を眺めていればそう聞かれるのも仕方ないか。
「そんなかんじです」
「元カレのこと?」
「うーん、多少は」
「今の彼氏は俺なんだから、ちゃんと頼ってね」
そこが一番の謎とは言えなかった。まぁ少しお世話になって新しい部屋探して出ていくのが一番いいかな。
なーんて思ってたのが数十分前、着いたのは職場から地下鉄2駅、駅前のマンション。前?横?エントランスからは徒歩1分もなさそう。しかも職場からターミナル駅に向かうのとは反対、そこまで混雑しないほうだ。
部屋も本当に3LDKだった。1部屋まるまる使っていいとかその1部屋が私が住んでた賃貸の部屋より広い気がする。主任一人暮らしでこんなに広くていい部屋住んでるの?
「お風呂の使い方はあとで一緒に入って教える。寝室は俺と一緒、こっち」
寝室はさっきの部屋じゃなくて主任と一緒?男の一人暮らしとは思えない大きいベッド。むしろこの部屋はベッドしかない。
結局押し倒されてまたセックスしてしまった。
「佐藤さん大丈夫だった?」
出勤早々、心配してくれたらしい課長が声をかけてくれた。
「はい、何事もなく」
「森君が佐藤さんの有給申請したあと自分も午後から有給って言ってきたから妄想も遂にって思ったんだけど…佐藤さんが大丈夫ならいいんだ」
「え?」
課長から意味深なことを言われ、同じ部署の同僚達もなんかなんとも言えない顔でこちらを見てくるので見返せば、なんともいえない笑顔を返されるだけだった。あれ?なんかした?
昼休憩に主任に捕まるのがイヤだったのでソッコー喫煙所に駆け込む。スマホもデスクに置きっぱなし。15分くらい戻らなければ諦めるだろう。
「佐藤ちゃん!」
他部署の先輩達が喫煙所に来るなり私の隣を陣取って詰め寄ってきた。
「森と付き合ったって本当!?」
「いや、それなんでもう知ってるんですか?」
「だって森、佐藤ちゃんに一目惚れしてからずっと「それ言っちゃ駄目なやつだって!」
「主任が?ありえないですよー。どうせ付き合う付き合わないだってお酒のノリだからすぐ終わるだろうって思ってますもん」
そう、主任が飽きるまでは恋人ごっこに付き合おうかと思えるくらい一晩と一日で絆されてはいる。というよりも逃げられないから環境に甘えることにしただけなんだけど。あと思ってたより体の相性がよかった。
「佐藤ちゃん以外全員が知ってるんじゃないかくらい公認だよ、森が佐藤ちゃんに片思いしてるって」
「はぁ?主任が?私に?一目惚れ?って2年前からですか?」
私の入社が二年前、初日に主任に会ってるからそこからってこと?え?なのにあんな嫌味な対応され続けてたの?意味不明。
「マンションだって佐藤ちゃんと結婚して子どもができたらって妄想して一人暮らしには広い間取り買っちゃうくらいの頭おかしいヤツだよあいつ」
「車もだよな?都内駅近で車なんていらないだろって言ったのに、妊娠したら産婦人科に送り迎えすること考えて買うとか本当ヤバイやつなんだって」
全く安くない買い物を勝手に私と付き合うとか結婚まで考えて買ったりしているのは正直引く。あと子どもができたらってとこまで考えてるのも引く。
「昨日のアイツの幸せそうな顔といったら…『佐藤がめでたく彼氏と別れて昨日から自分が彼氏になったので今日は彼女の引っ越しのため半休をいただきます』って課長に申請したのを部署全員が見て聞いてる。俺たちはそれを聞いただけなんだけどさ」
朝のあのなんとも言えない顔はそれがあったからか…信じられない。じゃあなに?今日なにかあるたびに皆なんとも言えない顔で見てきてた部署の人達だけじゃなくて、会社のほぼ全員が知ってるからってこと?主任と私が付き合ったって!?
「もう無理やっぱ辞めます」
「無理だよ、やっと佐藤ちゃんが彼氏と別れて自分が手に入れたんだもん。多分逃げられないよ絶対。」
多分なのか絶対なのか。最初からいた人達や後から入ってきた喫煙者達もみんなうんうん頷いてる。え?ほんとにみんな知ってて知らないの私だけだったの?とりあえず落ち着こう。2本目に火をつけて吸い込む。
「車ならまだいいですけど、妄想でマンションまで買っちゃうとか…」
「課長も部長も止めたんだよ。安くない買い物だから考えなさいって」
寧ろマンションを買うことを部長と課長に相談していたのか?結婚とか妄想も大概なのに
「結局茉耶ちゃんは俺のものになったんだしなんの心配もいらなかっただろ?」
喫煙所に入ってきたのは主任。喫煙者ってわけでもないのに。それより周りが「まやちゃんwww」「名前で呼んでるwww」「呼び方も色々考えてたんじゃない?(笑)」なんて笑い堪えるのに必死になってる。当の主任は何も気にしていないのか、隣に立ってニコニコしてる。
「もうイヤ」
「え?」
「イヤなんです!付き合うってのもお酒のノリなんで勘弁してほしいって言うかほんと主任こわいです!ごめんなさい!」
スタンド灰皿にさっき火をつけたばかりのタバコ突っ込んで喫煙所から飛び出る。ヤンデレ?流行りのヤンデレってやつ?こわすぎ!
結局逃げ切れないし、主任からも逃げられず一年も経たずに結婚しました。幸せの形って人それぞれだよねっていつもいろんな先輩や同僚達に言われるけど未だに幸せってなんだかわかりません。
「茉耶ちゃん好きだよ。お腹の子も一緒にもっと幸せになろうね」
お腹の子?なにそれ?
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました
ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。
夫は婚約前から病弱だった。
王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に
私を指名した。
本当は私にはお慕いする人がいた。
だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって
彼は高嶺の花。
しかも王家からの打診を断る自由などなかった。
実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。
* 作り話です。
* 完結保証つき。
* R18
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる