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しおりを挟む未婚の母から生まれた私もきっと同じような人生を歩むのだろうと若い頃から思っていた。多分そうなると思って早々と娼館で働き始めたし、マナーも教養も必死で身につけた。
「シーラ、今日の客は身元明かせないらしいよ」
「なによそれ怪しすぎるじゃない。メゾンの針子でも買えばいいのにわざわざ娼婦?」
「うちはちゃんと性病検査してるからじゃない?やっぱり高位貴族よ!やったわね」
やったわねじゃない。最悪だ。厄介そうな客だろうし、本当に高位貴族ならお姉さま方からやっかみを受けること間違いなしだ。太客になってくれたとしても迷惑以外のなにものでもないのでやることやってさっさと帰ってほしい。
「君とはまた会いたい」
最悪、最悪だ。プレイ自体はよかったし、金払いもいい。チップもかなり弾んでくれた。
「いいえ、一夜の思い出として…」
「それでは駄目なのだ。これからも」
あーいやいや、すっごくイヤ。確かにお顔立ちも整ってらっしゃるけどこれからの生きづらい生活を考えると絶対にイヤ
「ではまず一緒に出掛けよう」
勘弁してくださーい
*****
「ほら、シーラ様よ、公爵の愛妾の」
「あら?あの方なの?まぁ着ているものは上等だし小綺麗にしてはいるのね」
名前を明かせない高位貴族の客はなんと若くして当主となられた公爵様だった。とても美人な夫人もいるし世継ぎもいる。なんのメリットがあって私といるのかは知らないがよく外に連れ出してくれる。
「シーラ、ごめんよ。待たせたかい?」
「いいえ」
愛妾と呼ばれるようになったのは必然である。観劇やパーティー、お茶の席にまで同席させられていたらゴシップにならないわけがない。娼館にまで取材もきたが、公爵様が「彼女は愛おしい人だ」なんて言ってしまったものだから愛妾として広まってしまった。正直高位貴族がうしゃうじゃいる場所に連れていかれるのは本当にイヤだ。育ちがいい令嬢達は遠回しに悪口言ってくるから疲れる。これなら娼館でキャットファイトのほうが余程いい。
「今日のドレスも似合っているよ。シーラに似合わない服なんてないんじゃないかな」
この人もこの人だ。奥様がいながらもこんな堂々と娼婦をつれ回しているのは普通に引く。しかしながら奥様には貴族子息の愛人がいらっしゃると言われているし、子供も世継ぎである長男以外は本当に公爵様の子かどうかもわからないと言うもんだから貴族の政略結婚とは理解ができないものである。ここに関しては庶民でよかったと常々思う。
愛妾から公妾になろうとは思わないのかとよく聞かれるがそんなつもりはない。公爵様の気紛れで今はお付き合いしているのだし、公的な愛人なんて真っ平御免だ。
「え?うそでしょそれ?」
愛妾として慣れてきたある日、娼館の仲間から新聞にとんでもないことが載ってると手紙と一緒に新聞が送られてきたが記事に目を通して嘘だとしか思えなかった。
『イングラム公爵夫人病死、次期公爵夫人は政略かそれとも愛妾のシーラか!?』
『公爵夫人の愛人、後追い自殺を試みるも一命をとりとめる』
大々的な見出しに自分の盗撮写真も使われている。
娼館のことも載っているからオーナー達は喜んでいるみたいだが私は喜べない。家に取材も来るし、意味わからない因縁をつけられることもある。
公爵様に買われてからは他の客をとることもできず、娼館に住み込みだった私は公爵様の用意した部屋に引っ越しをすることにもなった。公爵家の私兵が護衛についてくれているが、兵士だって不満だろう。たかが平民の娼婦の護衛につくなんて貴族子息は真っ平ごめんだろうから平民の兵士が選ばれているだろう。本当ならもっとしっかりした任務に就きたいだろうに、申し訳ない。
「公爵様は暫し夫人の葬儀のためこちらへは来られないとのことです。愛妾様はくれぐれも目立つようなことをなされないようにとお言付けを預かっております」
「…そもそも私普段から目立つようなことはしていないはずよね?」
「えぇ、しかし公爵様からすれば愛妾様は何をしても目立つとのことで…」
「それ目がおかしいんじゃないの?とか誰も言わなかったんですか?」
「私達は公爵様に仕えておりますので…」
実際私は目立ちたがりではないのでちゃんと自重する。とくに用事もないし、何か欲しいものがあったとしても急なものでなければ我慢だってできる。以前のように自分で稼いでいるわけでもないので弁えているのだ。今思えばワガママ愛人として振る舞っておけばこんな愛妾なんて立場になかったかもしれない。失敗だ。
そんな自重をしてしまったが故か、公爵様が葬儀後初めて公の場に出る時にやらかしてしまった。彼は喪服、私が喪服では夫人の座がどうこう言われても嫌なので濃紺のフリルもレースも控えたドレスで横に立った。そう、それがまずかったのだ。
「素晴らしいわ!ちゃんと御自分のことを弁えてらっしゃる!」
偉そうに言うのは侯爵夫人。断ることのできないパーティーに招き散々上から物を言ってくる。まぁご自身も夫の妾が邪魔で仕方ないから公爵の愛妾である私を公に招待して遠回しに嫌みを述べてくるのだけれど。
この家のメイドは私を見下しているのかはたまた指示があってやっているのかわからないけれど、渡される飲み物はぬるいか炭酸が抜けているか、はたまた古いものか。本当に暇ね。公爵様が私の手にあるものを飲もうとしてたら慌てていたから今日一番の催しだったと思うことにする。
「私の可愛いシーラが素晴らしいって?侯爵夫人に言われるなんてよかったねシーラ」
嫌味だよ嫌味。あんたがそんなんだから私が言われるんじゃないって言ってやりたいけど微笑んでおくことしかできない。愛妾が偉そうにってすぐ叩かれるし。
「君が亡き妻を悼んでくれていることを皆わかってくれているんだ。堂々としていなさい」
いや、悼んではいるがそれは面倒が私にすべて降りかかったからだ。夫人がいらしてくれていたおかげで本当に面倒な社交なんてなかったし、愛妾として存在しているだけだったが、夫人がいなくなってしまった今厄介なことが起きそうな気がしている。
「君に会わせたい人がいるんだ。こっちだよ」
エスコートされて向かったのは会場の端だった。いるのは一人の壮年男性。
「こちらはサノワ子爵。君を養子か後妻として迎えてくれようとしている方だよ」
はぁ?
サノワ子爵といえば苛烈な貴族令嬢が嫁入りしたが、領地は田舎すぎて満足がいかないと自分勝手な理由で離縁を告げられたとある意味有名な方だ。大変に人がよくすぐに騙されてしまうとと有名な方。
「シーラ様お初に御目にかかります」
「いえいえ、私は爵位も何もない庶民ですわ、頭をおあげになってください」
あちらから名乗ってくださったので私も名乗る。シーラだと。庶民ゆえ名乗る家名はないと申したら微笑んでくださった。いや、ぶっちゃけこの方の後添えなんて最高じゃないか?悪い噂は聞かないし、少し、そう少しだけ領地にお金がかかって負債があるくらいしかないのだから。公爵様はただのバカ貴族ではなく私の幸せまで考えてくださっていたの?見直したわ!
「養子となれば私と婚姻を結ぶことも出来るし、子爵の後妻となればシーラは愛妾ではなく公妾として扱うことができる。こんな素晴らしい案に乗ってくれたサノワ子爵には感謝してもしきれないな」
なんと言った?公爵と婚姻?公妾?
サノワ子爵にとってなにも利益がないじゃないかと思ったが、そうか負債か…公爵家と繋がることが出来れば簡単に完済できるだろうし、私がいて公爵からの愛をうけている間であれば支援を期待できる。私を見初めて養子や後妻の話ではなく、公爵からの支援目当てなのだ。
一気に力が抜けた。一瞬壮年貴族の後妻なんて変な性癖なければ最高じゃないって思った私が馬鹿だった。隣に立つ公爵当主という存在があってこその話だと言うことに浮かれて気付かなかったなんてなんと愚かな女なの私。
「考える時間をください…サノワ子爵様、貴方様には何の非もございません。私の問題です。大変申し訳ありませんがお時間を頂戴してもよろしいでしょうか…」
ドレスを摘まみ頭を下げることしかできない。相手も申し訳なさそうに「頭をあげてください」「私こそあなた様のことを考えずに申し訳ありません」とお互いに同じことを言い合ってしまった。あぁ、なんていい方なのサノワ子爵様。
「シーラ、すぐに返事をしてもよかったんだよ」
多分今の私、笑顔がひきつっていることでしょう。忘れていたわけではない、隣のこの男が公爵という王族に次ぐ高貴な身分なことを。サノワ子爵が不憫でならない。もういっそ私と結婚してお金だけ貰ったら爵位も捨てて逃げましょうと言ってあげたいくらいだが、逃げ切れる自信もないし、サノワ子爵は領地を大切にされてるとのことだから逃げてもくれないだろう。詰んだ。
自分のことだけを考えるなら秒でお断りだが、サノワ子爵には領地や領民のことがある。私が断れば公爵家からの支援はないだろうし…わかっててやっているなこの公爵は。
「いいえ…非常に重たい決断になると思ったのでその場で返事は出来ませんわ」
「そう、シーラがそう思うならいいよ。ゆっくり考えなさい」
そう言った公爵様は私の腰に手を回し体を引き寄せてきた。
「本当なら今すぐその唇を塞いでしまいたいよ」
「このような場でおやめください」
「素直にならないシーラも本当に愛おしいよ。もう私には妻はいないのだからもっと堂々としていいんだよ?」
堂々としているのはあなただけですと言いたい。周りからの視線は突き刺さるし、お坊っちゃまの公爵様の空気を読まない発言のせいで私のメンタルはもうボロボロだ。
「もう…どうしたらいいの…」
「なんだいシーラ、何か言ったかい?」
「いいえ、今日も公爵様は素敵だと口から溢れていましたわ」
早くこの立場から逃げたい!!!!!!
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