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36話 予期せぬ訪問者
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クレハ様が王宮に行かれてからもう10日になる。体調を崩されたと聞いたけど大丈夫だろうか。食事はちゃんとできていると良いのだけど……
今すぐにでも駆けつけたいという気持ちを抑え、私は与えられた仕事に戻る。今日は1階の窓拭きをするように言われているのだ。まだ見習いなので子供のお手伝いのような簡単な作業が殆どなのだけど、それでも仕事は仕事。責任を持ってしっかりとやらなくては。私にはクレハ様の専属になるという大きな目標があるのだから。
レオン殿下と婚約をされたクレハ様はいずれ王太子妃……そしてゆくゆくは王妃殿下だ。そのような方のお側でお仕えするには、並大抵の努力では叶わない。どんな些細な事であろうが、今は何でも勉強と思って手を抜くことはできない。
「婚約かぁ……」
クレハ様と殿下の婚約を最初に聞いた時は、顔も知らない方となんてと……心配で堪らなかった。クレハ様のようなご身分の方は、結婚もお家で決められた方とされるのは珍しくないと分かっていてもだ。
クレハ様……早くお戻りにならないだろうか。元気な姿を見て安心したい。しかし、フィオナ様があんな状態になっている以上、クレハ様をお屋敷に帰すのは良くないという旦那様の判断は正しいと思う。お会いしたい気持ちは強くあるけれど、クレハ様の身が1番大切なので我慢だ。
「あっ! リズ、ここにいたのね。ご苦労様、今日はもう上がっていいわよ」
「えっ? まだお昼前ですけど……」
掃除用具を手に廊下を歩いていると、先輩侍女で私の指導をしてくれているマリエルさんに声をかけられた。まだ慣れていない私を気遣って、早めに帰らせてくれる事は多い。でも、いくらなんでも早過ぎるのではないか。
「あのね、あなたにお客様がいらしてるらしいの」
「私にですか?」
「そう。今日のお仕事はここまででいいから、応接室まで急いで行ってちょうだい」
何なんだろう……お客様? 私に?
「はい……分かりました」
心当たりなど無い。なぜ私のお客様がジェムラート家にいらっしゃるのかも分からない。とにかく急いで掃除用具を片付けて応接室へ向かった。
「こんにちは、リズ様。お久しぶりです」
「あなたは……セドリックさん!?」
応接室で待っていて下さった私のお客様とは、カフェ『とまり木』の店員さんだった。以前、クレハ様がお屋敷の庭で怪我をした鳥を助けた事がきっかけで知り合ったのだ……
「突然申し訳ありません。驚かれたでしょう?」
「はい……」
セドリックさんに連れられて私は屋敷を後にした。そして彼の職場である『とまり木』に向かう。詳しい話はそこでするから、一緒に来て欲しいと言われたからだ。
「あ、そうだ。ハンカチとポーチありがとうございました」
美しい刺繍が施された上品なハンカチとポーチ。例の鳥を助けたお礼として頂いたものだ。しかし、それは一般人のしかも子供の私が持つには、あまりにも不釣り合いな高価な品だった。とてもじゃないが普段使いなどできず、机の引き出しにしまったままになっている。ジェフェリーさんに贈られたという園芸用ハサミも同様で、相当な高級品だったらしい。
「いいえ。あなた方には主の大切な家族を助けて頂いたのです。その節は本当にありがとうございました」
「鳥を助けたのはクレハ様ですよ。私達は付き添っただけです。それなのにあんな高価な物を頂いてしまって……正直もったいなくて使えないですよ」
「はははっ、そんなこと仰らないで下さい。使って頂くためにお渡ししたのですから。その方が私も主も嬉しいです」
セドリックさんも彼のご主人も、少し世間の感覚とズレているような節がある。王宮に出入りしているという話からしても普通の人とは違う特別な立場なのだと分かるけれど、一体この人達は何者なんだろう……
「リズ様。今日あなたを訪ねたのは、私の主があなたに会いたいと言っているからなのです」
セドリックさんのご主人が? クレハ様ならともかく何で私に……
「それは……どういったご用で」
「ところで、リズ様は魚料理はお好きですか?」
「えっ? す、好きですけども……」
「そろそろお昼です。お話は食事をしてからゆっくり致しましょう。本日の日替わりメニューは白身魚の香草焼きです。私、お菓子以外の料理も結構自信あるんですよ。突然お呼びだてしたお詫びに、ご馳走させて下さい」
いつの間にか『とまり木』の目の前まで来ていたようだ。窓からそっと中を覗き込むと昼時という事もあってか、お客さんが多く混んでいる。店員さんが忙しなく動き回っていた。カフェというとお茶やお菓子ばかりを提供しているイメージだったけれど、『とまり木』はランチ用のメニューも豊富なのだそうだ。
「リズ様こちらにどうぞ。予約席を空けてあるので、すぐに座れますよ」
セドリックさんは私を店内に招き入れると、窓際の奥の席に案内してくれた。そのまま流れるように椅子を引き、私を席に座らせる。カフェの店員さんというより執事さんみたいだなぁ。
「それでは食事をお持ち致しますので、少々お待ちくださいませ」
「あの……ずっと気になっていたのですが、そのリズ『様』っていうのはやめていただけると……。何というか落ち着かないので」
「そうですか? では、リズさんとお呼びしてよろしいでしょうか」
「はい」
セドリックさんは軽く会釈をして店の奥に入っていった。私は肩の力を抜いて少しだけ姿勢を崩す。セドリックさんのご主人が私に何の用だろう。思い当たる事はないし……。さっきから考えているが、全く分からない。まさか人違いでは……いや、セドリックさんもいるしそれは無いか。
そんな時、店内に漂う良い香りに触発されたのか、くぅーと小さくお腹が鳴った。
「……お会いしてみればわかるよね」
今はご厚意に甘えて食事を楽しませて頂こう。セドリックさんの作ったお料理だ……絶対美味しいに決まっている。
今すぐにでも駆けつけたいという気持ちを抑え、私は与えられた仕事に戻る。今日は1階の窓拭きをするように言われているのだ。まだ見習いなので子供のお手伝いのような簡単な作業が殆どなのだけど、それでも仕事は仕事。責任を持ってしっかりとやらなくては。私にはクレハ様の専属になるという大きな目標があるのだから。
レオン殿下と婚約をされたクレハ様はいずれ王太子妃……そしてゆくゆくは王妃殿下だ。そのような方のお側でお仕えするには、並大抵の努力では叶わない。どんな些細な事であろうが、今は何でも勉強と思って手を抜くことはできない。
「婚約かぁ……」
クレハ様と殿下の婚約を最初に聞いた時は、顔も知らない方となんてと……心配で堪らなかった。クレハ様のようなご身分の方は、結婚もお家で決められた方とされるのは珍しくないと分かっていてもだ。
クレハ様……早くお戻りにならないだろうか。元気な姿を見て安心したい。しかし、フィオナ様があんな状態になっている以上、クレハ様をお屋敷に帰すのは良くないという旦那様の判断は正しいと思う。お会いしたい気持ちは強くあるけれど、クレハ様の身が1番大切なので我慢だ。
「あっ! リズ、ここにいたのね。ご苦労様、今日はもう上がっていいわよ」
「えっ? まだお昼前ですけど……」
掃除用具を手に廊下を歩いていると、先輩侍女で私の指導をしてくれているマリエルさんに声をかけられた。まだ慣れていない私を気遣って、早めに帰らせてくれる事は多い。でも、いくらなんでも早過ぎるのではないか。
「あのね、あなたにお客様がいらしてるらしいの」
「私にですか?」
「そう。今日のお仕事はここまででいいから、応接室まで急いで行ってちょうだい」
何なんだろう……お客様? 私に?
「はい……分かりました」
心当たりなど無い。なぜ私のお客様がジェムラート家にいらっしゃるのかも分からない。とにかく急いで掃除用具を片付けて応接室へ向かった。
「こんにちは、リズ様。お久しぶりです」
「あなたは……セドリックさん!?」
応接室で待っていて下さった私のお客様とは、カフェ『とまり木』の店員さんだった。以前、クレハ様がお屋敷の庭で怪我をした鳥を助けた事がきっかけで知り合ったのだ……
「突然申し訳ありません。驚かれたでしょう?」
「はい……」
セドリックさんに連れられて私は屋敷を後にした。そして彼の職場である『とまり木』に向かう。詳しい話はそこでするから、一緒に来て欲しいと言われたからだ。
「あ、そうだ。ハンカチとポーチありがとうございました」
美しい刺繍が施された上品なハンカチとポーチ。例の鳥を助けたお礼として頂いたものだ。しかし、それは一般人のしかも子供の私が持つには、あまりにも不釣り合いな高価な品だった。とてもじゃないが普段使いなどできず、机の引き出しにしまったままになっている。ジェフェリーさんに贈られたという園芸用ハサミも同様で、相当な高級品だったらしい。
「いいえ。あなた方には主の大切な家族を助けて頂いたのです。その節は本当にありがとうございました」
「鳥を助けたのはクレハ様ですよ。私達は付き添っただけです。それなのにあんな高価な物を頂いてしまって……正直もったいなくて使えないですよ」
「はははっ、そんなこと仰らないで下さい。使って頂くためにお渡ししたのですから。その方が私も主も嬉しいです」
セドリックさんも彼のご主人も、少し世間の感覚とズレているような節がある。王宮に出入りしているという話からしても普通の人とは違う特別な立場なのだと分かるけれど、一体この人達は何者なんだろう……
「リズ様。今日あなたを訪ねたのは、私の主があなたに会いたいと言っているからなのです」
セドリックさんのご主人が? クレハ様ならともかく何で私に……
「それは……どういったご用で」
「ところで、リズ様は魚料理はお好きですか?」
「えっ? す、好きですけども……」
「そろそろお昼です。お話は食事をしてからゆっくり致しましょう。本日の日替わりメニューは白身魚の香草焼きです。私、お菓子以外の料理も結構自信あるんですよ。突然お呼びだてしたお詫びに、ご馳走させて下さい」
いつの間にか『とまり木』の目の前まで来ていたようだ。窓からそっと中を覗き込むと昼時という事もあってか、お客さんが多く混んでいる。店員さんが忙しなく動き回っていた。カフェというとお茶やお菓子ばかりを提供しているイメージだったけれど、『とまり木』はランチ用のメニューも豊富なのだそうだ。
「リズ様こちらにどうぞ。予約席を空けてあるので、すぐに座れますよ」
セドリックさんは私を店内に招き入れると、窓際の奥の席に案内してくれた。そのまま流れるように椅子を引き、私を席に座らせる。カフェの店員さんというより執事さんみたいだなぁ。
「それでは食事をお持ち致しますので、少々お待ちくださいませ」
「あの……ずっと気になっていたのですが、そのリズ『様』っていうのはやめていただけると……。何というか落ち着かないので」
「そうですか? では、リズさんとお呼びしてよろしいでしょうか」
「はい」
セドリックさんは軽く会釈をして店の奥に入っていった。私は肩の力を抜いて少しだけ姿勢を崩す。セドリックさんのご主人が私に何の用だろう。思い当たる事はないし……。さっきから考えているが、全く分からない。まさか人違いでは……いや、セドリックさんもいるしそれは無いか。
そんな時、店内に漂う良い香りに触発されたのか、くぅーと小さくお腹が鳴った。
「……お会いしてみればわかるよね」
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