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171話 ご褒美
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俺がまだ部屋にいるというのに、ルーイ先生はお構いなしで着替えを始めてしまう。さっさと退室しなかった俺も悪いのだが、ひと言くらい確認してからにして欲しかった。抗議しようとも考えたが、それはやめておく。また先生に俺をからかう良いネタを提供してしまう事になるのは確実だからな。あえて何も言わず、やり過ごしてしまうのが正解だ。とはいえ、人の着替えをじろじろと見るわけにもいかない。目のやり場に困るな。
「セディ、そこの窓から外を覗いてみな」
シャツを中途半端に脱ぎかけた状態で先生が声をかけてきた。両手が塞がっているため代わりに顎をしゃくり上げるようにして、俺の意識を窓へと誘導する。なんとなく素直に従うのに抵抗があったけれど、だからといって無視もできないため、彼の言う通りにすることにした。窓際まで移動し、そこから外の景色を眺める。
先生に用意された客室は2階にある。ここからジェムラート邸の中庭がよく見えた。ゆっくりと庭全体を見回してみると、花壇の横にしゃがみこんでいる人物がいるのに気付く。黒髪の若い男性だ。
「あれは、ジェフェリーさんですね……」
ジェムラート家の専属庭師であるジェフェリーさんだ。どうやら仕事の真っ最中のようで、花壇周辺の草むしりをしていた。若いながらにその手腕を買われ、公爵家の庭を任されているだけのことはある。手入れが隅々まで行き届いた庭は非常に美しく、王宮の庭園と比べても遜色ない。
「俺が彼に気付いたのは1時間くらい前だったかな。そこから何となく眺めてたんだけど……もう、一心不乱って感じで花の世話をしているんだよ」
「真面目で感じの良い好青年ですよ。庭師としての腕も申し分ないですし……」
「やだ、俺の前で他の男褒めないでよ。嫉妬しちゃう」
「……くだらない事言ってないで、着替えはもう終わったんですか?」
「はーい、ばっちりだよ」
先生があまりにも自然に口にしたものだから流してしまったが、仕事をしているジェフェリーさんを1時間前から観察していたということは……つまり、俺が起こしに来た時点で先生はとっくに起床していたということになる。
そうじゃないかとは思っていたけれど、やはりタヌキ寝入りだったか。先生の演技にあっさりと引っかかる自分に非があるのは百も承知。しかし、神とはこうも欲に忠実なのか? 目的のために人を欺く……しかも全く躊躇がない。
「俺もジェフェリーさんとお話ししたいな。紹介してよ、セディ」
「ええ、言われずともそのつもりでしたよ。本日からリズさんもミシェルを手伝って下さる予定になっていますし、先生には引き続きびしばしと働いて貰いますからね」
「りょーかい」
そして俺はそんな先生達をお守りすると……。俺の出番など回って来ないのが1番なんだけどな。
突然屋敷にやってきた俺たちを見る目は好奇心や警戒心など様々だ。先生が無駄に愛想を振り撒いたせいで、一部の女性使用人達からは熱の籠った視線を向けられてはいるが直接的な害は無い。皆遠巻きに様子を伺うばかりだ。しかし、決して気を緩めてはならない。
「ねぇねぇ……俺セディの役に立つようにもっと頑張るからさ。そしたら今度こそお前からご褒美が欲しいな」
「あなたまだそんな事言って……」
先生はいつの間にかすぐ隣に移動していた。俺の腰周りに腕を絡めながら、耳元で囁いてくる。そんな彼を引き剥がそうとしたその時だ。ふと、俺の頭にある考えが浮かんできてしまう。上手くいけば、一時的にでも先生の不埒な振る舞いを抑制できるかもしれない。
「いいですよ。ご褒美……差し上げましょう」
「えっ!! ほんと?」
但し、今回の任務が無事完了してからだと付け加えた。嬉しそうに声を弾ませた先生だけれど、すぐに表情を引き締めた。ついさっきまであんなに反発していたのだ。いきなり態度を変えた俺を、先生はじっと探るように見つめてくる。しかし、そんな視線などお構いなしに彼の頬にそっと手を添え、更に畳み掛けるように言葉を紡いだ。
「先生が欲しいもの、なんでも……」
「……な、なんでも?」
「はい。なんでも……」
意図的に曖昧な表現を使い、勘違いするように仕向ける。彼はごくりと喉を鳴らした。猜疑の目はあっという間に熱を孕み、甘く蕩けそうなものに変化する。腰に回されていた腕が徐々に下がり、臀部や太ももの付け根などの際どい場所を弄り始めた。明確な意図を持って動く彼の手に、背筋をぞわりとした感覚が駆け抜ける。つい声を上げそうになってしまうが、根性で耐えた。お互いの体が隙間がないくらい密着していく。衣類越しに先生の体温が伝わってきて妙な気分になりそうだった。
「先生っ……! ご褒美は王宮に帰ってからですよ。それまではどうか、仕事に集中して下さい!!」
危ない……。こちらから焚き付けたというのに、引きずられてどうするんだ。俺の抵抗は形だけだという先生の主張が思い起こされてしまい、振り払うように勢いよく頭を振った。
行為を中断された先生は、荒くなった呼吸を整えながら恨めしそうにこちらを睨んでいる。そして絞り出すように呟いた。
「……ご褒美、前払い希望なんだけど可能?」
「不可です!!」
「セディ、そこの窓から外を覗いてみな」
シャツを中途半端に脱ぎかけた状態で先生が声をかけてきた。両手が塞がっているため代わりに顎をしゃくり上げるようにして、俺の意識を窓へと誘導する。なんとなく素直に従うのに抵抗があったけれど、だからといって無視もできないため、彼の言う通りにすることにした。窓際まで移動し、そこから外の景色を眺める。
先生に用意された客室は2階にある。ここからジェムラート邸の中庭がよく見えた。ゆっくりと庭全体を見回してみると、花壇の横にしゃがみこんでいる人物がいるのに気付く。黒髪の若い男性だ。
「あれは、ジェフェリーさんですね……」
ジェムラート家の専属庭師であるジェフェリーさんだ。どうやら仕事の真っ最中のようで、花壇周辺の草むしりをしていた。若いながらにその手腕を買われ、公爵家の庭を任されているだけのことはある。手入れが隅々まで行き届いた庭は非常に美しく、王宮の庭園と比べても遜色ない。
「俺が彼に気付いたのは1時間くらい前だったかな。そこから何となく眺めてたんだけど……もう、一心不乱って感じで花の世話をしているんだよ」
「真面目で感じの良い好青年ですよ。庭師としての腕も申し分ないですし……」
「やだ、俺の前で他の男褒めないでよ。嫉妬しちゃう」
「……くだらない事言ってないで、着替えはもう終わったんですか?」
「はーい、ばっちりだよ」
先生があまりにも自然に口にしたものだから流してしまったが、仕事をしているジェフェリーさんを1時間前から観察していたということは……つまり、俺が起こしに来た時点で先生はとっくに起床していたということになる。
そうじゃないかとは思っていたけれど、やはりタヌキ寝入りだったか。先生の演技にあっさりと引っかかる自分に非があるのは百も承知。しかし、神とはこうも欲に忠実なのか? 目的のために人を欺く……しかも全く躊躇がない。
「俺もジェフェリーさんとお話ししたいな。紹介してよ、セディ」
「ええ、言われずともそのつもりでしたよ。本日からリズさんもミシェルを手伝って下さる予定になっていますし、先生には引き続きびしばしと働いて貰いますからね」
「りょーかい」
そして俺はそんな先生達をお守りすると……。俺の出番など回って来ないのが1番なんだけどな。
突然屋敷にやってきた俺たちを見る目は好奇心や警戒心など様々だ。先生が無駄に愛想を振り撒いたせいで、一部の女性使用人達からは熱の籠った視線を向けられてはいるが直接的な害は無い。皆遠巻きに様子を伺うばかりだ。しかし、決して気を緩めてはならない。
「ねぇねぇ……俺セディの役に立つようにもっと頑張るからさ。そしたら今度こそお前からご褒美が欲しいな」
「あなたまだそんな事言って……」
先生はいつの間にかすぐ隣に移動していた。俺の腰周りに腕を絡めながら、耳元で囁いてくる。そんな彼を引き剥がそうとしたその時だ。ふと、俺の頭にある考えが浮かんできてしまう。上手くいけば、一時的にでも先生の不埒な振る舞いを抑制できるかもしれない。
「いいですよ。ご褒美……差し上げましょう」
「えっ!! ほんと?」
但し、今回の任務が無事完了してからだと付け加えた。嬉しそうに声を弾ませた先生だけれど、すぐに表情を引き締めた。ついさっきまであんなに反発していたのだ。いきなり態度を変えた俺を、先生はじっと探るように見つめてくる。しかし、そんな視線などお構いなしに彼の頬にそっと手を添え、更に畳み掛けるように言葉を紡いだ。
「先生が欲しいもの、なんでも……」
「……な、なんでも?」
「はい。なんでも……」
意図的に曖昧な表現を使い、勘違いするように仕向ける。彼はごくりと喉を鳴らした。猜疑の目はあっという間に熱を孕み、甘く蕩けそうなものに変化する。腰に回されていた腕が徐々に下がり、臀部や太ももの付け根などの際どい場所を弄り始めた。明確な意図を持って動く彼の手に、背筋をぞわりとした感覚が駆け抜ける。つい声を上げそうになってしまうが、根性で耐えた。お互いの体が隙間がないくらい密着していく。衣類越しに先生の体温が伝わってきて妙な気分になりそうだった。
「先生っ……! ご褒美は王宮に帰ってからですよ。それまではどうか、仕事に集中して下さい!!」
危ない……。こちらから焚き付けたというのに、引きずられてどうするんだ。俺の抵抗は形だけだという先生の主張が思い起こされてしまい、振り払うように勢いよく頭を振った。
行為を中断された先生は、荒くなった呼吸を整えながら恨めしそうにこちらを睨んでいる。そして絞り出すように呟いた。
「……ご褒美、前払い希望なんだけど可能?」
「不可です!!」
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