試験も恋も、欲張りたい!~恋を禁じられた天使は引きこもり王子の寵愛を受ける~

雪宮凛

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第三章 王子と天使を繋ぐモノ

24.二人の一日

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 地上での試験が始まってから約二か月。
 日に日に気温が上がり、春の訪れを予感させるこの日も、セラフィーナはいつもと変わらぬ朝を迎えた。


「おはよう、セラ」

「ザック……おはよ……ふぁ」

 寝ぼけ眼を擦り挨拶を返せば、「傷がつくぞ」と苦笑交じりの声が頭上から聞こえてくる。
 半分目を閉じた状態のセラフィーナは、その声を頼りにふわりふわりと浮遊し、ベッドの上で身体を起こすアイザックの正面へ回り込んだ。
 そして、起き抜け一番に体内にエネルギーを巡らせ、自らの身体を元に戻す。
 毎朝行っている日課をするために。

 まるで王子を押し倒す痴女のごとく、彼の身体を両脚で跨ぎ、シーツに両手を押しつけ己の体重を支える体勢。
 その姿を、もし彼女自身が第三者として見れたなら、きっと発狂するに違いない。
 しかし、今のセラフィーナは睡魔から覚醒しきっていないため、思考がまだあやふやである。
 加えて、現在彼女の脳内にあるのは、たった一つの目的を果たすことだけだ。

 ズイっと、更にアイザックと距離を詰めた途端、セラフィーナは徐に目の前にある茶色い長髪へ手を伸ばし、それをかき分けた。
 その先にあらわれたのは、いまだ痛々しい痕の残る彼の目元。
 それを目に止めるや否や、セラフィーナは傷跡にそっと唇を寄せる。

 反射的に閉ざされた瞼へ落とされる口づけは、唇越しに伝わる瞼の震えをいつも教えてくれた。
 いまだ、彼はこの行為に慣れないらしい。
 そう思ってしまうセラフィーナ自身の頬にも、熱による赤みが差す。

 これは、二人だけの秘密。その一端にすぎない朝の触れ合いは、傷跡を消すための治療。
 心の片隅で、そんな言い訳じみたことを己に言い聞かせることに気づけば、内心苦笑する。

 毎朝治療を施しても、一向に消えない傷跡。それを理解しながら、セラフィーナは尚も彼の前髪をかき分け、アイザックは口を閉ざしたまま彼女を受け入れ続けている。 

 ――唇と瞼が触れ合うたび、二人は一体何を思うのだろうか。





 セラフィーナの予定は基本、試験に必要な調査をするか、アイザックと談笑するかの二択。
 自由に行動出来れば行動の選択肢が広がるものの、現状が現状だけに、これが今の精一杯だ。
 基本彼女が何らかの行動を取る際には、アイザックと共にいなければいけない。
 そんな状況下の中、数少ない単独行動の時間がやってくる。それが洗濯だ。

 朝一で、朝食と共に運ばれてくる洗体用のお湯をわけてもらい、彼が着替えをしている最中、既に着替えを終えたセラフィーナは自身の服をせっせと洗い始める。
 持参した服にはすべて、小型化する自分に合わせ伸縮する術がかけられている。下着類もあるため、すべて女性教諭により施されたものだ。
 小さな身体で小さな服を洗う姿は、アイザック曰く「愛らしい」そうだが、こちらとしてはよくわからないので、特に追及はしない。

 激しい運動をしたり、外を走りまわったりしないため、持参した石鹸を使い洗う程度で、大半は綺麗になった。
 軽く水気を絞った後、彼女は洗い立てのそれらを抱え、部屋の隅へ移動する。そこにあるのは、数冊の本と紐を使い作った、即席の物干し場。
 紐は持参したものを、本はアイザックの厚意で拝借したものを使っている。
 セラフィーナはそこへ慣れた手つきで洗い立ての衣服を干し始めた。

 朝一から干していれば、いくら室内干しと言え夜には乾く。
 術を発動し、温風で乾かした方が時短になるものの、日々たった数枚の洗濯にエネルギーを使うのも馬鹿らしく、彼女は原始的な方法を好んだ。
 異性であるアイザックの目もあるため、二本分張った縄に、下着類と服を別々にかけ、ささやかながらカモフラージュをすれば完璧である。

「セラ、そろそろ朝食にしないか?」

「はーい」

 それから間もなく、着替えを終えた男の声に返事をし、食欲を刺激する香りに導かれるように、彼女は朝食が並ぶテーブルへ近づいた。


 食事は何故か、毎回アイザックにと用意されたものを分け与えられる形式に落ち着いてしまった。
 自分の食糧はちゃんとあるのだと、持参している携帯食を見せたことがある。しかし、それを見た彼は良い顔をしなかった。
 最初こそ、「食べきれないから手伝って」などという彼の言葉を信じて疑わなかったセラフィーナ。
 しかし、二か月も一緒に暮らしていれば、それが偽りだと知るには十分すぎる。
 何度、自分の食事は自分で調達すると言っても、彼は頷こうとはせず、いつも優しく口元を緩ませながら、小さなスプーンを差し出してくるのだ。

『ザック、もういいよ?』

『何を言っているんだ。もう少し食べた方がいい。今日は調査をするのだから、体力をつけるに越したことはないぞ。ほら、少しでもいいから』

 そう言って彼は、昼食にと出された肉の欠片を更に小さく切り、こちらに差し出してくる。
 そこからは、ほのかに残った湯気と香ばしい香りが立ち上り、セラフィーナを誘惑してきた。

 親鳥に餌付けされる雛鳥のような状態に、最初の頃より慣れた、とは思う。
 しかし、羞恥心がゼロになったわけではないため、彼女はいつも差し出される食事を前に、口を開く行為を躊躇してしまう。

『セラ、口を開けて?』

 食事を拒絶する子供を諭すような声色のそれに、今度は違う意味で彼女の眉間に皺が寄った。
 このまま席を立って断固拒否の意思を示すことも出来るが、セラフィーナの良心がそれを邪魔をする。
 今日も自分の負けだと諦め、渋々口を開けると、肉の欠片が口内へ転がりこんでくる。
 反射的に咀嚼すること十数秒。その姿を、嬉しそうに見つめる男に、彼女の羞恥心は毎度煽られてばかりなことを、当の本人は気づいているかはわからない。





 夕食を終え、しばらく自室で過ごした後、セラフィーナはアイザックの肩に乗り、城の浴場を目指す。
 これも、居候を始めてからずっと続く習慣の一つだ。
 最初は、朝にわけてもらうお湯を使って自分も洗体するから大丈夫と主張したものの「それでは疲れが取れない」と言われ、その日の内に浴場へ強制連行となった。

 実家の浴室より何十倍も広い浴場を初めて見た時、驚きの余り大声をあげたことは今でも記憶に新しい。
 心底自分が小型化していて良かったと感じた。しかし、初めてその感情を抱いた場所が、風呂場など笑い種でしかない。
 様々な感情が忙しなく駆け巡るなかで、人間に擬態し声が廊下に響いていたかと思えば、複雑な気持ちを飲み込むしかなかった。

「お、ふ、ろ。お、ふ、ろ」

 アイザックが脱衣場へたどり着くと、自分用の着替えと数種類のタオルなどを抱えたまま、セラフィーナは彼の肩から飛び降りる。
 ご機嫌な声を出し彼から距離を取れば、スッと男の方に背を向け、彼女は着ているものを脱ぎ始めた。
 その後、一旦全裸になり素早くバスタオルで裸体を覆い隠せば、いそいそと脱いだ衣服を畳み始める。

 セラフィーナがちょこまかと動くたび、彼女の長い髪が揺れ、時折その視界を邪魔する。
 視界に入るのは、見慣れたブロンドではなく、最近毎日のように目にする茶色に近い髪。
 セラフィーナは毎日、入浴時に己の髪色を変える術を施しているのだ。

 その目的は、アイザックと両親が使うこの浴場を掃除する使用人達に疑われないため。
 彼自身と彼の父、現国王の髪は茶色。そして王妃アマンダの黒髪。
 三人しか利用しないはずの場所に、ブロンドの毛が落ちていたとなれば、きっと城内はパニックになるだろう。
 それを未然に防ぐために考案した策である。

 人間に姿を変え入浴するわけではないため、落ちた髪の毛が見つかるなんてことは無い。
 しかし、セラフィーナに経験則が無く、注意を払うことで、彼女は自分達に降りかかるかもしれない危険を回避していた。

 邪魔にならない場所に衣服を置き、最後に少々長めの髪をまとめ髪留めで落ちぬよう固定すれば準備は万端。
 小さめのタオルを手に取り後ろをふり向けば、先程まであったはずの影が消えている。
 そのかわり目につくのは、少しだけ隙間が開いたドア。

(毎日のことなのに、やっぱりまだ慣れないなぁ……)

 ほんのりと頬に生じた熱を感じながら、トコトコ足早にそこへ近づき、セラフィーナはその隙間を潜り抜けた。
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