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第四章 それぞれの想いの先に
43.可愛くて格好良い
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「う、ううっ! アイザック様。私は、私は、貴方の雄姿にとても感動いたしました」
夜、夕食を終え、食器を下げるため部屋へやってきたチャドは、同行させていたメイドに片付けを命じ一人部屋へ残った。
そして彼は目に涙を浮かべ、昼間アイザックがした行動の数々を褒めたたえる。
その様子をアイザックは困惑した様子で見つめ、セラフィーナは恋人の首元に張り付きエネルギー補填をしながら観察中だ。
元々、チャドに天使である自分の姿は見えていないと知っているものの、今は元通りとなった恋人の長い髪が小さな自分を隠してくれるので、昼間イチャイチャ出来なかった分を取り返すように、彼女は愛する人にべったり寄り添っている。
無事クライヴの治療を終え、後はクラースやヴィンスに任せておけば良いからと、早々に医務室を追い出されたアイザック。
彼は「もう少しセラに治療をさせたかった」とボヤきながら、足早に自室へ戻っていった。
その道中、髪を縛っていた結い紐を解き、いつもの風貌に己を戻しながら、今日はもう何もしたくないとボヤく。
仕事人間の恋人の口から飛び出した信じられない発言には、かなり驚かされたものだ。
だが、想定外な事態が続けざまに発生し、アイザックもずっと気を張り疲れたのだろう。
『うん、今日はもうゆっくりしよう』
勇気をふり絞り行動した恋人を労うように、男の独り言に同調しながら、その肩に乗り寄り添う。
アイザックが仕事を終わらせていたことも幸いし、騒がしさとは無縁の室内で、その後二人は穏やかな時間を過ごしていた。
しかしそれも、夕食を終え、そろそろお風呂にでも行こうかと話し合っていた頃まで。
空になった食器を回収することを建前に、凄まじい勢いで部屋に突撃してきたチャドによって、すっかり彼女達の予定は狂わされた。
あの一件から数日。セラフィーナは、アイザックと一緒に彼の自室に籠り、二人きりの時間を過ごしていた。
あんな騒動があった後では、新たなカップル探しに勤しむ元気など出ず、グダグダと仕事に精を出す彼を励ますという名目で、彼に引っ付いてばかりである。
アイザックも、こちらに気を遣ってくれているらしく、その日の仕事を終えれば、自分を目いっぱい甘やかしてくれる。
そんな二人にとって、部屋の外、つまり外部の情報を知るもっぱらな手段は、この部屋へ日参するクラース頼りだったりする。
『クライヴさんを刺した奴を含め、日頃からヴァネッサを名指しして陰口を叩いていた奴ら、昨日解雇になったそうですよ。厨房で働く他の面々も、前からどうにかしなければと、頭を悩ませていたそうなので、料理人達の間では満場一致だったそうです』
滅多なことが無い限り、気軽に様子を覗きに行けない厨房の現状について。
『あんな事が起きたから……なのかはわかりませんが、自宅で療養しているクライヴさんを、毎日ヴァネッサが仕事終わりに訪ねているそうです。いくら負傷した部分が利き腕じゃないにしても、片手が使えないと不自由な事が多いでしょうから、色々手伝っているのではないですかね。まあ……すべての理由が、自分を庇った負い目ということでは無さそうですが』
『其方がそのような結論を出した根拠は?』
『あの日、アイザック様が自室へ戻られた後、伯父上が医務室に来たんです。そして、ヴィンス様と一緒に、クライヴさんとヴァネッサへ当時の状況説明を求めたのですよ。その時、二人の様子を見ていれば、互いを想い合っていることは一目瞭然でした。ヴィンス様なんか、最後の方ずーっとニヤニヤしてましたよ』
『あやつは……っ! はあ……後でヴィンスの事を二人に謝らなければいけないな』
『別に貴方が謝る必要は無いかと。まあ何にしろ、今回の件……クライヴさんの非は感情任せに手を上げたところですが、彼に対するお咎めは少ないと思われます。普段温厚なあの人が、激怒する程の事です。何かあったのは明白ですから』
事件の日、医務室から追い出された後の出来事についても、彼は詳細に語ってくれた。
そして今日も、仕事の話を早々に済ませたクラースは、部屋の主であるアイザックの許可を得て、王子と同じテーブルに着き、紅茶が注がれたカップを手に寛いでいる。
以前アイザックがディオンと接している時にも感じたが、アイザックは自分が王子という自覚こそそれなりに持っているものの、それを無暗に振りかざそうとしていない。
それどころか、砕けた口調で自分に話しかけるディオンを咎めることも無く、補佐官のクラースが同じテーブルに着くことも許している。
地位や立場などを変に邪推せず、目の前にいる一人の人間を彼は見ているのだと、セラフィーナは彼の新たな魅力を発見をし、嬉しさのあまりこっそり首元へ触れるだけの口付けを贈った。
「クラース。其方はクライヴと以前から親しいのか? 厨房でのやりとりや、ここ数日其方から報告を聞く限り、ただの事務官と料理人とは思えないのだが」
会話に花を咲かせていた二人の会話が不意に止まる。その静寂を嫌うように、クラースはテーブル中央にある皿にのった焼き菓子へ手をのばした。
そんな彼に問いかけたのは、この部屋の主アイザック。内容は、昨夜、一緒のベッドに入りセラフィーナとの語らいで浮かんだ二人の疑問だ。
アイザックの問いかけに、一旦手を止めるクラースだったが、すぐに焼き菓子を一つ手に取ると「いただきます」と小さく呟き、手にした物に噛り付く。
しばらく口内で咀嚼をした後、紅茶で喉を潤した彼は、王子の問いに答えんと口を開いた。
「あの人、あんな見た目なせいか、城内に親しくしている人がほとんど居ないようなんです。そのせいか、一人で城内をフラつく時があるみたいで。人気のない場所で、彼が休息を取っている所に、たまたま私が出くわした。単純な理由です」
「其方も、その時は一人で城内をフラついていたという訳か。親しい者と語らうなどせず」
「おや、よくおわかりで」
「お前の性格を考慮すれば、簡単なことだ」
(ちょ、ちょっとー。ザックってば何言ってるの!)
軽い口調でポンポンと言葉のやりとりを続ける二人。その時、紅茶が半分残ったティーカップに口をつけながら、サラッと穏やかなひと時には似つかわしくない爆弾を彼は放り投げる。
慌てふためくセラフィーナは、恋人の発言を咎めようと、彼の首筋をペシペシと叩きだす。しかし、手のひらサイズな姿での攻撃力など無いに等しく、効果があるのかは怪しいところだ。
「アイザック様こそ、ヴィンス様と随分親しいようですね。私、初めて見ましたよ。あんなに砕けた口調の彼」
気兼ねなくアイザックが誰かと会話するのは嬉しいが、度が過ぎると大変な事態に陥るかもしれない。
なんて不安をセラフィーナが抱くなか、クラースは主の失言を気にする様子無く、新たな話題を口にした。
「アレが、あやつの素なのだ。普段は猫を被って、優秀な医者に似合う立ち振る舞いをしているに過ぎない。そうでなければ、態度に難ありと言われ城から放り出されかねんからな」
「そう、なのですか。でも、お二人は普通に話しておられましたよね?」
「私がこの城に来た時からの付き合いだから……もう二十年近いのかもしれん。幼い頃は、何かと世話になることが多くて、あやつの気晴らし相手をさせられたものだ」
昔を懐かしむように言葉を紡ぐアイザックは、スッとテーブル中央へ手をのばし、焼き菓子をつまむ。
その様子を眺めながら、今しがた彼が口にした言葉に隠れた真実に、セラフィーナはすぐ気づいた。
過去、王妃アマンダがアイザックを相手にしてきた愚行は、きっと以前話に聞いた以外にもたくさんあるのだろう。
その度に、彼はヴィンスの元へ駆け込んでいたのか。それとも、怪我をひた隠しにする子供の異変を、優秀な医師が目ざとく見つけたのか。
脳内に浮かぶ二つの可能性を天秤にかけ、セラフィーナは後者を選択する。
自分の恋人は、とことん他人と接することに不器用な人間だと思う。幼い頃から、誰かに頼ることを考えつくか疑問に思う程に。
(こんな事を考えてた、なんて……絶対本人には言えないけど)
クスリと苦笑いを口元に浮かべ耳を澄ます。すると聞こえるのは、昼時までのわずかなひと時を楽しむ男達の声。
セラフィーナは窓から差し込む日光のあたたかさと、すぐそばにある人肌のぬくもりに癒され、気づけば恋人の肩に座りこみうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
厨房での騒動からおよそひと月。左腕の怪我を完治させたクライヴは、無事職場復帰を果たすことが出来た。
とは言っても、厨房の様子を気にし、彼は時折厨房の裏口近くにある窓から、同僚達の様子をうかがっていたらしい。
家を抜け出したことがバレるたび、自宅へ強制送還されていたという話を、何度もクラース経由で二人は聞いた。
そんな困り者が仕事の合間をぬい、ヴァネッサと共にアイザックの自室を訪ねて来たのは、復帰の翌日。
「アイザック様。今回のこと、あなた様に多大な迷惑をかけることとなり、本当に申し訳ありませんでした」
そう言って何度も頭を下げるクライヴ。その姿に追随するように、ヴァネッサも深々と頭を下げる。
そんな二人を相手に、王子であるアイザックがどんな言葉をかけるのか、セラフィーナは物陰に隠れながら様子をうかがっていた。
「こんな所に来る暇があるのなら、料理の勘が鈍っていないか、しっかり確認しておけ」
怪我が治るまでよく耐え忍んだ。なんて労いの一つでも声がけするのかと思いきや、アイザックは自分を前に頭を下げる二人の背を押し、廊下へ続く扉の方へ押しやりってしまうではないか。
助けてもらった感謝を伝えに来た人間を前に、なんという態度だと、見守っていたセラフィーナは叫びかねない声を堪えてばかり。
「今夜は……肉の料理にしてくれ。デザートは、あまり甘くないものを」
「は、はい! 承知いたしました。腕によりをかけて、ディナーを作らせて頂きます」
「それでは、甘さを控えめにした涼しげなモノをご用意いたします」
グイグイと二人の背を押し、廊下へ追いやる部屋の主。慌ててその行為を咎めようと、彼のもとへ飛んでいく最中、気を抜けば聞きそびれる程の命令が聞こえた。
それは廊下へ追い出された彼らも同じらしく、一瞬驚愕の表情を浮かべるものの、即座にそれは破顔した。
クライヴ達を部屋から追い出したアイザックは、パタンと扉を閉めた後、ズルズルとその場に崩れ落ち大きなため息を吐いた。
その姿に、様子をうかがうように近づいていたセラフィーナは速度をあげ、瞬く間に彼のそばへ飛んでいく。
(ザックの耳、真っ赤だ)
俯く彼の様子を心配し、顔を覗き込もうとする彼女。
しかし、その視界に飛び込んできたのは、赤混じりの桃色に染まる恋人の耳だった。
「もしかして、ザック……照れてるの?」
「放っておいてくれ。……誰かから感謝を伝えられることは、苦手なのだ」
小首を傾げながら問えば、尚も小声でボソボソと言葉を続ける彼。その様子を目の当たりにすれば、心の底から湧き上がる衝動を堪えきれず、セラフィーナは人間の姿へ戻り、床の上に座りこむ恋人を抱きしめる。
「っ! お、おい。セラ、一体どうし……」
「もう! ザックってば可愛いんだから!」
「わっ、私が可愛いなどあるわけが無いだろう」
「すっごく可愛いよ! 可愛い、可愛い、可愛い……」
衝動にかられ抱きつくセラフィーナと、突如愛する人に抱きつかれ慌てふためくアイザック。
しばし正反対の主張を続ける両者だったが、次第にその口数は減っていく。
「んっ、は……本当に、さっきのザック、可愛かったよ。それに、格好良かった」
「あれが、んんっ……ちゅっ、私の、はっ……精一杯、なのだ」
口下手な恋人からおくられた精一杯の励ましを、あの二人はどう受け取ったのだろう。
頭の隅に小さな疑問を抱きながら、セラフィーナは愛する人が与えてくれる熱に酔い始める。
この日、夕食に出された料理はどれも絶品で、これまでで一番と言える程の味わいに、二人は時折笑顔を零した。
夜、夕食を終え、食器を下げるため部屋へやってきたチャドは、同行させていたメイドに片付けを命じ一人部屋へ残った。
そして彼は目に涙を浮かべ、昼間アイザックがした行動の数々を褒めたたえる。
その様子をアイザックは困惑した様子で見つめ、セラフィーナは恋人の首元に張り付きエネルギー補填をしながら観察中だ。
元々、チャドに天使である自分の姿は見えていないと知っているものの、今は元通りとなった恋人の長い髪が小さな自分を隠してくれるので、昼間イチャイチャ出来なかった分を取り返すように、彼女は愛する人にべったり寄り添っている。
無事クライヴの治療を終え、後はクラースやヴィンスに任せておけば良いからと、早々に医務室を追い出されたアイザック。
彼は「もう少しセラに治療をさせたかった」とボヤきながら、足早に自室へ戻っていった。
その道中、髪を縛っていた結い紐を解き、いつもの風貌に己を戻しながら、今日はもう何もしたくないとボヤく。
仕事人間の恋人の口から飛び出した信じられない発言には、かなり驚かされたものだ。
だが、想定外な事態が続けざまに発生し、アイザックもずっと気を張り疲れたのだろう。
『うん、今日はもうゆっくりしよう』
勇気をふり絞り行動した恋人を労うように、男の独り言に同調しながら、その肩に乗り寄り添う。
アイザックが仕事を終わらせていたことも幸いし、騒がしさとは無縁の室内で、その後二人は穏やかな時間を過ごしていた。
しかしそれも、夕食を終え、そろそろお風呂にでも行こうかと話し合っていた頃まで。
空になった食器を回収することを建前に、凄まじい勢いで部屋に突撃してきたチャドによって、すっかり彼女達の予定は狂わされた。
あの一件から数日。セラフィーナは、アイザックと一緒に彼の自室に籠り、二人きりの時間を過ごしていた。
あんな騒動があった後では、新たなカップル探しに勤しむ元気など出ず、グダグダと仕事に精を出す彼を励ますという名目で、彼に引っ付いてばかりである。
アイザックも、こちらに気を遣ってくれているらしく、その日の仕事を終えれば、自分を目いっぱい甘やかしてくれる。
そんな二人にとって、部屋の外、つまり外部の情報を知るもっぱらな手段は、この部屋へ日参するクラース頼りだったりする。
『クライヴさんを刺した奴を含め、日頃からヴァネッサを名指しして陰口を叩いていた奴ら、昨日解雇になったそうですよ。厨房で働く他の面々も、前からどうにかしなければと、頭を悩ませていたそうなので、料理人達の間では満場一致だったそうです』
滅多なことが無い限り、気軽に様子を覗きに行けない厨房の現状について。
『あんな事が起きたから……なのかはわかりませんが、自宅で療養しているクライヴさんを、毎日ヴァネッサが仕事終わりに訪ねているそうです。いくら負傷した部分が利き腕じゃないにしても、片手が使えないと不自由な事が多いでしょうから、色々手伝っているのではないですかね。まあ……すべての理由が、自分を庇った負い目ということでは無さそうですが』
『其方がそのような結論を出した根拠は?』
『あの日、アイザック様が自室へ戻られた後、伯父上が医務室に来たんです。そして、ヴィンス様と一緒に、クライヴさんとヴァネッサへ当時の状況説明を求めたのですよ。その時、二人の様子を見ていれば、互いを想い合っていることは一目瞭然でした。ヴィンス様なんか、最後の方ずーっとニヤニヤしてましたよ』
『あやつは……っ! はあ……後でヴィンスの事を二人に謝らなければいけないな』
『別に貴方が謝る必要は無いかと。まあ何にしろ、今回の件……クライヴさんの非は感情任せに手を上げたところですが、彼に対するお咎めは少ないと思われます。普段温厚なあの人が、激怒する程の事です。何かあったのは明白ですから』
事件の日、医務室から追い出された後の出来事についても、彼は詳細に語ってくれた。
そして今日も、仕事の話を早々に済ませたクラースは、部屋の主であるアイザックの許可を得て、王子と同じテーブルに着き、紅茶が注がれたカップを手に寛いでいる。
以前アイザックがディオンと接している時にも感じたが、アイザックは自分が王子という自覚こそそれなりに持っているものの、それを無暗に振りかざそうとしていない。
それどころか、砕けた口調で自分に話しかけるディオンを咎めることも無く、補佐官のクラースが同じテーブルに着くことも許している。
地位や立場などを変に邪推せず、目の前にいる一人の人間を彼は見ているのだと、セラフィーナは彼の新たな魅力を発見をし、嬉しさのあまりこっそり首元へ触れるだけの口付けを贈った。
「クラース。其方はクライヴと以前から親しいのか? 厨房でのやりとりや、ここ数日其方から報告を聞く限り、ただの事務官と料理人とは思えないのだが」
会話に花を咲かせていた二人の会話が不意に止まる。その静寂を嫌うように、クラースはテーブル中央にある皿にのった焼き菓子へ手をのばした。
そんな彼に問いかけたのは、この部屋の主アイザック。内容は、昨夜、一緒のベッドに入りセラフィーナとの語らいで浮かんだ二人の疑問だ。
アイザックの問いかけに、一旦手を止めるクラースだったが、すぐに焼き菓子を一つ手に取ると「いただきます」と小さく呟き、手にした物に噛り付く。
しばらく口内で咀嚼をした後、紅茶で喉を潤した彼は、王子の問いに答えんと口を開いた。
「あの人、あんな見た目なせいか、城内に親しくしている人がほとんど居ないようなんです。そのせいか、一人で城内をフラつく時があるみたいで。人気のない場所で、彼が休息を取っている所に、たまたま私が出くわした。単純な理由です」
「其方も、その時は一人で城内をフラついていたという訳か。親しい者と語らうなどせず」
「おや、よくおわかりで」
「お前の性格を考慮すれば、簡単なことだ」
(ちょ、ちょっとー。ザックってば何言ってるの!)
軽い口調でポンポンと言葉のやりとりを続ける二人。その時、紅茶が半分残ったティーカップに口をつけながら、サラッと穏やかなひと時には似つかわしくない爆弾を彼は放り投げる。
慌てふためくセラフィーナは、恋人の発言を咎めようと、彼の首筋をペシペシと叩きだす。しかし、手のひらサイズな姿での攻撃力など無いに等しく、効果があるのかは怪しいところだ。
「アイザック様こそ、ヴィンス様と随分親しいようですね。私、初めて見ましたよ。あんなに砕けた口調の彼」
気兼ねなくアイザックが誰かと会話するのは嬉しいが、度が過ぎると大変な事態に陥るかもしれない。
なんて不安をセラフィーナが抱くなか、クラースは主の失言を気にする様子無く、新たな話題を口にした。
「アレが、あやつの素なのだ。普段は猫を被って、優秀な医者に似合う立ち振る舞いをしているに過ぎない。そうでなければ、態度に難ありと言われ城から放り出されかねんからな」
「そう、なのですか。でも、お二人は普通に話しておられましたよね?」
「私がこの城に来た時からの付き合いだから……もう二十年近いのかもしれん。幼い頃は、何かと世話になることが多くて、あやつの気晴らし相手をさせられたものだ」
昔を懐かしむように言葉を紡ぐアイザックは、スッとテーブル中央へ手をのばし、焼き菓子をつまむ。
その様子を眺めながら、今しがた彼が口にした言葉に隠れた真実に、セラフィーナはすぐ気づいた。
過去、王妃アマンダがアイザックを相手にしてきた愚行は、きっと以前話に聞いた以外にもたくさんあるのだろう。
その度に、彼はヴィンスの元へ駆け込んでいたのか。それとも、怪我をひた隠しにする子供の異変を、優秀な医師が目ざとく見つけたのか。
脳内に浮かぶ二つの可能性を天秤にかけ、セラフィーナは後者を選択する。
自分の恋人は、とことん他人と接することに不器用な人間だと思う。幼い頃から、誰かに頼ることを考えつくか疑問に思う程に。
(こんな事を考えてた、なんて……絶対本人には言えないけど)
クスリと苦笑いを口元に浮かべ耳を澄ます。すると聞こえるのは、昼時までのわずかなひと時を楽しむ男達の声。
セラフィーナは窓から差し込む日光のあたたかさと、すぐそばにある人肌のぬくもりに癒され、気づけば恋人の肩に座りこみうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
厨房での騒動からおよそひと月。左腕の怪我を完治させたクライヴは、無事職場復帰を果たすことが出来た。
とは言っても、厨房の様子を気にし、彼は時折厨房の裏口近くにある窓から、同僚達の様子をうかがっていたらしい。
家を抜け出したことがバレるたび、自宅へ強制送還されていたという話を、何度もクラース経由で二人は聞いた。
そんな困り者が仕事の合間をぬい、ヴァネッサと共にアイザックの自室を訪ねて来たのは、復帰の翌日。
「アイザック様。今回のこと、あなた様に多大な迷惑をかけることとなり、本当に申し訳ありませんでした」
そう言って何度も頭を下げるクライヴ。その姿に追随するように、ヴァネッサも深々と頭を下げる。
そんな二人を相手に、王子であるアイザックがどんな言葉をかけるのか、セラフィーナは物陰に隠れながら様子をうかがっていた。
「こんな所に来る暇があるのなら、料理の勘が鈍っていないか、しっかり確認しておけ」
怪我が治るまでよく耐え忍んだ。なんて労いの一つでも声がけするのかと思いきや、アイザックは自分を前に頭を下げる二人の背を押し、廊下へ続く扉の方へ押しやりってしまうではないか。
助けてもらった感謝を伝えに来た人間を前に、なんという態度だと、見守っていたセラフィーナは叫びかねない声を堪えてばかり。
「今夜は……肉の料理にしてくれ。デザートは、あまり甘くないものを」
「は、はい! 承知いたしました。腕によりをかけて、ディナーを作らせて頂きます」
「それでは、甘さを控えめにした涼しげなモノをご用意いたします」
グイグイと二人の背を押し、廊下へ追いやる部屋の主。慌ててその行為を咎めようと、彼のもとへ飛んでいく最中、気を抜けば聞きそびれる程の命令が聞こえた。
それは廊下へ追い出された彼らも同じらしく、一瞬驚愕の表情を浮かべるものの、即座にそれは破顔した。
クライヴ達を部屋から追い出したアイザックは、パタンと扉を閉めた後、ズルズルとその場に崩れ落ち大きなため息を吐いた。
その姿に、様子をうかがうように近づいていたセラフィーナは速度をあげ、瞬く間に彼のそばへ飛んでいく。
(ザックの耳、真っ赤だ)
俯く彼の様子を心配し、顔を覗き込もうとする彼女。
しかし、その視界に飛び込んできたのは、赤混じりの桃色に染まる恋人の耳だった。
「もしかして、ザック……照れてるの?」
「放っておいてくれ。……誰かから感謝を伝えられることは、苦手なのだ」
小首を傾げながら問えば、尚も小声でボソボソと言葉を続ける彼。その様子を目の当たりにすれば、心の底から湧き上がる衝動を堪えきれず、セラフィーナは人間の姿へ戻り、床の上に座りこむ恋人を抱きしめる。
「っ! お、おい。セラ、一体どうし……」
「もう! ザックってば可愛いんだから!」
「わっ、私が可愛いなどあるわけが無いだろう」
「すっごく可愛いよ! 可愛い、可愛い、可愛い……」
衝動にかられ抱きつくセラフィーナと、突如愛する人に抱きつかれ慌てふためくアイザック。
しばし正反対の主張を続ける両者だったが、次第にその口数は減っていく。
「んっ、は……本当に、さっきのザック、可愛かったよ。それに、格好良かった」
「あれが、んんっ……ちゅっ、私の、はっ……精一杯、なのだ」
口下手な恋人からおくられた精一杯の励ましを、あの二人はどう受け取ったのだろう。
頭の隅に小さな疑問を抱きながら、セラフィーナは愛する人が与えてくれる熱に酔い始める。
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