試験も恋も、欲張りたい!~恋を禁じられた天使は引きこもり王子の寵愛を受ける~

雪宮凛

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最終章 〇〇〇は元天使

53.拒否権無しの取引

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 視察団一行が村へ到着してからおよそ一時間。
 補佐官クラースの判断とアイザックの助言を元に選抜された一部の関係者は、とある空き家に集められ、記憶を取り戻したセラフィーナ、並びに王太子がこの四年間隠し続けた事実を聞くこととなった。

 セラフィーナ側からは、四年間彼女をすぐ近くで支えてきたワンダとその夫マイク、そしておじいちゃん村長である父に代わり実質村人をまとめている息子テッド。
 アイザック側からは、補佐官のクラース、視察団の護衛を任された隊の隊長ドミニク、そしてアイザックの指示でこの場に残ることを指示されたディオンだ。
 彼らが集まっている空き家は、村長と息子家族が住む家の隣に位置しており、これから数日視察団が寝泊まりする予定の場所でもある。
 他の騎士達は、一部を空き家そばに見張りとして配置させ、残りは馬の世話役に回ってもらったらしい。

 記憶喪失のセラフィーナが突如泣き出したこと、そしてそんな彼女のもとへ駆け寄った王太子。そして熱い抱擁を交わす二人の様子は、視察団一行とその場に居合わせた村人達、両者に多大な衝撃を与えた。
 関係者以外は空き家に近づくことを禁じているものの、二人の関係性や家の中で起こっていることが気になるらしく、先程から見張りの騎士に追い返される村人達の声が絶え間なく聞こえてくる。
 そして、ワンダとマイクの子供たちを放っておくわけにはいかないと、事情を話す間、隣の村長宅で預かってもらうことになった。

 王太子に相応しい貫禄すら感じさせる程、心の成長を遂げたアイザックとの再会は、記憶を無くし、心の片隅に不安を抱えて生きてきたセラフィーナの記憶を強く揺さぶり、そして昂らせた。
 その結果、愛し合う二人は無事再会を果たせた訳だが、それに伴う周囲の人間たち、そして当人たちに降りかかる弊害は相当なものだった。

「元天使ィィィィ?」

 野次馬の声がようやく落ち着いた頃合いを見計らい、セラフィーナは己の本当の名、そして自分の素性を話した。
 もちろん、絶対他言しないことを約束してもらってからだ。
 そして途中からアイザックも説明に加わり、四年前二人で過ごした数か月間のこと、四年前の別れ、そしてこれまでのことを、集まった人々の前で大まかに説明していく。
 今は違うとは言え、人間ですら無い、彼らにとっては未知の存在でしかなかったセラフィーナの素性に、この場にいる当事者二人以外の者達が揃って驚愕する。
 雲を掴むような荒唐無稽すぎる話の連続に、皆唖然とするばかりだ。

「静かにせぬか、セラが驚くだろう」

「ザック。あのね、みんなの方が驚いてると思うよ? あと……そろそろ離して?」

 愛する人の不機嫌な声が耳元で響き、セラフィーナは熱くなった顔を見られまいと俯いたまま後ろを振り向き、チラチラと目線だけを彼へ向け苦言を呈す。
 再会してから、アイザックはひと時たりともセラフィーナのそばを離れようとせず、この家へ着くと、たちまち自分より小さく細い体を抱きすくめ、己の腕の中へ閉じ込めた。
 先ほどから何度も開放してくれと訴えているが、こちらの願いを彼が聞き入れてくれる様子は無い。

「……私に抱きしめられるのは嫌か?」

「そ、そうは言ってないでしょう! でもね、ここには皆がいるから、その……ええっと……」

 すっぽり彼の腕の中に納まった態勢のまま後ろを振り向き、再度脱出を試みたものの、母親と離れ離れになった子供のようにシュンと彼の眉が下がる。
 髪を切ったことで、アイザックの感情の波が昔より格段にわかりやすくなった。
 それは嬉しいことだが、こうも間近で落ち込まれると対応に困ってしまう。

 ちらりと目線を周囲へ向ければ、村人代表の三人と隊長はどこか微笑ましそうに苦笑いを浮かべている。
 クラースは盛大にため息を吐きながら頭を抱えているし、ディオンに至ってはこちらと目線が合った途端あからさまに目をそらす始末だ。
 羞恥心でこの場から逃げ出したい一心のセラフィーナを擁護する者は、誰一人として居ない。

「ええっと……セラフィーナ、さん? もうその人のことは放っておいてください。貴女に害をなすとは到底思えませんので、我々の理解が追いつくまでの間、しばし辛抱して頂ければと思います」

 そんな中、一番早く状況を受け入れたと思わしき補佐官クラースが、ぎこちない口調のままセラフィーナに声をかけてくる。
 四年前の夏、自分のわがままで城下視察計画が持ち上がった際も思ったが、彼は今でも主の言動に振り回されている様だ。

「クラース、お前は何を心配しているのだ。私がセラに危害を加えるわけ無いだろう」

「ええ、ええ、それは十分すぎる程わかりました。だから……その伸び切った鼻の下、さっさと元に戻してくださいませんかね!」

 そんな部下の様子など気に留めず、アイザックは殊更セラフィーナを構いだす。
 彼女の後頭部に時折顎を乗せているだけだったはずが、今度はその柔らかな頬へ自分の顔を摺り寄せ猫かわいがりする始末。
 このまま彼の暴走を許すわけにはいかない。しかし、どうすれば良いのだろうと、セラフィーナが狼狽えていると、彼女の頭上で主従の口喧嘩が始まった。
 どこか懐かしさを感じてしまうやりとりに気を取られると、次の瞬間、ダン、と人数分のカップが並ぶテーブルにクラースの拳が落ちた。


 その後、セラフィーナに引っ付いたまま、隙あらば彼女に愛を囁き、甘えようとするアイザックの姿を目にした一同は、セラフィーナ自身も含め、彼の説得を諦めようとした。
 しかし、そこに一石を投じたのは優秀な補佐官である。

「アイザック様、失礼ですが……今晩はどちらでお休みになる予定で?」

「どうした、藪から棒に。もちろん、セラの家に泊まるつもりだが? 其方たちは、私たちのことなど気にせず、村の者が用意してくれたこの家で、のんびりするが良い」

 唐突な部下からの問いに、アイザックはさも当然とばかりに言葉を返した。
 その内容を聞き、クラース以外の全員がギョッと目を見開き、王太子へ視線を向ける。
 もちろんそれは先程まで再会を喜んでいたはずのセラフィーナも同様だ。

(え? え? ザック達はここで一緒に泊まるんじゃないの? あたしの家に来る、のは別に構わないけど……いいの、かな?)

 王族である彼をもてなせる食材や寝具、その他諸々が今から用意出来るだろうかと、彼女は一抹の不安に駆られていた。
 そんな国民達の動揺を一切気に留めず、男達のやり取りは続く。

「左様でございますか。ですがアイザック様……我々にも状況を把握する義務というものがあります。このまま貴方様が非協力的な態度を取り、情報の共有を妨げると言うならば……今夜はこちらで、私と朝まで語り明かしましょう」

 なんて事を口にし、クラースは満面の笑みを主へ向けた。
 丁寧な言葉遣い、そして穏やかな表情を見せるものの、彼は拒否権無しの取引をアイザックに持ち掛けていた。
 恋人と一夜を過ごす許可を出すから、この場では大人しくしていろ、と。

「アイザック様が今回の話し合いだけではなく、村での視察にも勢力的に行ってくださるのなら、私たちはご厚意に甘え、こちらで存分に休ませて頂きます。出立の日まで、ずーっと」

「うっ……」

 テーブルの上に置かれたカップへ手を伸ばし、ぬるくなり始めたお茶を口に含む。そして「ほう、これは中々」と嬉しそうにほほ笑む補佐官に口で敵う者など、その場には誰もいなかったのだ。





 視察団と村の住人、その一部の者達の間でなされた情報共有という名の話し合いは、数時間に及んだ。
 セラフィーナとアイザックが、一つ新たな事実を口にすると、集まった者たちから十近くの問いが投げかけられたため、それぞれの説明にかなり時間を費やしたせいだろう。

『あの……凄い今さらなんですけど、どうして俺、ここに居るんすか? 俺なんかが、聞いていい話じゃないですよね、絶対』

 途中、必死に話へついて来ようとするものの、その場に自分が居る意味を見出せずにいたディオンが恐る恐る発言をする。
 その様子を目の当たりにしたアイザックは、忘れていたとばかりにポンと拳を反対の手のひらに乗せる。
 そして一言「其方がセリアと結婚出来たのは、セラの力あってのことだぞ」と、これまた大きな爆弾を投下したのだ。


 情報共有を無事終えると、村長の息子であるテッドが、少し早めの夕食兼遅すぎる昼食にと、村人達がそれぞれの家で作った料理を視察団一行に振舞った。
 話し合いは長丁場になるから、食事などまともに取れないはずと、奥さんに、村の者達へ各家庭で料理を作って持ち寄るよう伝言を頼んでおいたそうだ。

 この場に自分が居ては不味いだろうと、ワンダ達夫妻共々その場を離れようとするセラフィーナだったが、あの人がそんな事を許すはずはない。
 結果、視察団一行と村長一家の夕食に相席させてもらった彼女は、終始委縮したまま、最低限の料理を口にし腹を満たした。
 時折、クラースやディオンが気遣って話しかけてくれるが、失礼にならない程度の返答しか出来ず、終始心が穏やかではない。
 ちらりと視線を隣へ向ければ、料理を口に運びながら、アイザックは村長達と話し込んでいる。
 クラースとの約束を果たすためか、他愛ない会話の中に村の現状につながるものを見出そうとしている。
 穏やかに細められる瞳の奥に光る王太子としての鋭い光が、あの頃と変わらず彼が仕事に対し愚直であることを物語っていた。
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