桜の丘、向日葵の夢

yuutoYAMAMORI

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序章 桜と向日葵

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日本海に面した片田舎。
その街の何処に居ても目につく一本の桜。その根元は金色に輝く。
何にも無いけれど、それでもここを訪れた人は皆何度もやってくる。
ここに住んでいる人はここがいいといつも笑顔でいる。

人生に疲れ、いく道を迷って、途方にくれたそんな時、そんな夢のような噂をこの大都会で耳にした。
そんな夢幻な噂を頼りに気づけばバスに乗っていた。
そうやりたいこともやることもない。ならいっそのこと旅に出ようと、知らない世界を見つけようと、無意識に脚が動いていた。

バスに揺られること6時間。そこから電車を2本乗り継いだ。
田舎とは聞いていたが、あまりにも辺境的だと思って来たことを後悔したときそれはあった。
車窓からでも分かる。その美しさに、その繊細さに。
「・・・綺麗」
そう、意識しなくても漏れるそんな風景にただ感動した。

駅名はかすれてしまってよく読めない。
降り立ったホームで、いいところをひとつ見つけた。

「・・・空気が・・・」

空気が澄んで息がしやすい。
都会の空気は詰まった感じがするのに、ここはなんて流れるように空気が入り込んでくるのだろう。
酷く霞んだ心が晴れていくのが分かった。なんて素敵なところなんだろう。噂は本当だった。降り立っただけでこんなに感動できるのだ。あの桜の元に行ったらどんな感動が待っているのだろう。急ぐ気持ちを落ち着けてゆっくりと全てを味わう。無人の改札を抜けるとそこには何もなかった。お客を待つタクシーの中で中年の男性が欠伸をしながらラジオを聞いている。
クスリと笑みが溢れた。ここも噂通りなのだと。
運転席をノックする。パワーウインドが降りる。

「おや、お客さん始めてかい?」

見えないはずのキャリーバックも少し深めに被った麦わら帽子も年齢にあってないワンピースも始めての様子を見せるものなんて何にもないのに。

「そりゃあわかるよ。長年この仕事をしていればね。始めての人は皆同じ顔してるからさ」

悪びれた様子もなく少し黄ばんだ歯を見せながら笑う。
トランクに荷物を乗せ、後部座席に座る。
そうだ、行き先を・・・

「丘の桜だろう?」

こちらが目を丸くしたのを見て満足そうに頷きタクシーを走らせた。

タクシーが走る公道のそばには水田が広がり、奥には海が見える。まるでここだけ世話しない世間から切り離されて、1/10のスピードで進んでいるようだと風景にくぎ付けられながらタクシーはスピードを落とす。

そこは丘の麓。首を傾げると、トランクから荷物を下ろしながら運転手のおじさんが話す。

「あの丘に向かう人はここで下ろすって決めてるんでね。皆どうして?って聞くし、怒る人もいるがあの丘は車で行くにはもったいない。騙されたと思って行ってみなーなんとも言えないからさ。料金は割り引いておくさ」

帰り感想を聞かせてくれな。と名刺を渡して去る運転手。名刺に視線を落とす。

「・・・変な名前」

あなたの心の運び屋。猿田彦金次。
とっても印象に残る運び屋さんだった。

急に見える道も以外と苦にやらない。目に見えるより緩やかなのかもしれない。木々が覆い隠す。こんなのは都会では国立公園とかそんなものだろう。葉の子守唄が心を落ち着かせる。先程は1/10だったがここは更に遅いんではないかと目を細める。もっと堪能したかったがここでも楽しいときは速く来る。木々のトンネルと抜ける。燦々と輝く太陽の光に目がくらむ。
やっと光に慣れてゆっくりと目を開く。

「・・・・すごい」

人間は本当に感動すると単調な言葉しか出てこないらしい。黄金に輝く向日葵が出迎えるようにこちらを見ている。その幻想的な風景にあの運び屋に感謝せざるを得ない。
しかし、ここで立ち止まる訳には行かない。まだ目的の桜を見ていないのだから。背が高く歩くのが大変に見える向日葵畑だが、歩道は整備されていてそうでもない。歩く度に向日葵の臭いが鼻を擽る。
向日葵の終わりが見える。名残惜しいと思うが、その一歩を踏み出す。

「・・・・・・・・・」

先程の肯定を正したい。人間は本当に感動すると言葉が出ないのだ。それが実感できた。
目の前に広がるのは黄金の絨毯。色をつける桜雪。一本の桜に付き添うように童話のような一軒家が建っていた。
ふと涙が溢れた。マリア様を見て泣き崩れる人がいるように、この風景を一枚の絵画として感動してしまった。全く動けない。何時までもこの風景を目に焼き付けたい。
静かに扉が開く。
ひょこっと顔を出したのは美しい女性。そして雪達磨のように縦に連なって優しそうな男性が顔を覗かせる。

「あら、いらっしゃい。どうしたの?」
「そんな所に立ってないで家の中に入りなさい」

私がどんな人物なのかも分からないのに入れてくれる男女。夫婦なのだろうか。とても若い。
玄関から香る木の微香が心を落ち着かせる。

「素敵な家」
「ありがとう。そう言って貰えると嬉しいわ」

独り言のように小言で言ったつもりなのに。
窓から溢れる太陽の光も、丁寧に飾られた本も、食器棚に並ぶ可愛いマグカップもまるで御伽の国に入ったかのように感じられる。
どうぞ、と多色の石タイルのテーブルに招かれ、紅茶を出してくた。 
若い夫婦もテーブルに着く。

「こんにちは。初めましてですよね。私は加賀飛鳥、こっちの眼鏡は旦那の加賀奏。貴女の御名前は?」

「これ、飛鳥あんまり慌てさせるものではないよ。すみませんね、家内はどうもせっかちで昔はこうではなかったんだが」

どこからこうなったのかとゆっくりと紅茶を飲む奏。むすっと不服そうに頬を膨らませる飛鳥。その姿はかなり微笑ましい。かなり理想の夫婦と言っても過言ではないだろうか。

「あっいえ、大丈夫です。私は中島ゆかりです。東京で保険を・・・」
「あら?保険屋さん?調度いいわね貴方、紹介してもらいましょうか?」

遮るように微笑んで紡ぐ。恐らくこれがこの女性の性格なのだろう。不安にさせないように。入ったときから解ったこの夫婦がどれだけ来た人を歓迎しているのか。部屋の隅々にその工夫が伺えた。
奏が飛鳥の口を押さえる。

「度々すまないね。どうも家内はお喋りがすきなようでね。続きをどうぞ」
「あっ、ありがとうございます。・・・実はちょっと悩みというかどうしていいか解らなくなって。今の会社に入る前は将来に期待して、夢を追いかける為に東京に出てきたはずなんですけど・・・」

少しの間の沈黙。奏では紅茶を噛み締めるように一口。

「歩き方を」
「えっ?」
「歩き方を忘れてしまったんだね。貴女のような子はいつになってもいるものだからね。ここはね、かつてとある夫婦が歩き方を教えて貰ったことを証明していく家なんだ。その夫婦が教えて貰ったことを次に繋げるようにね」

窓の外をいや、窓の更に奥を見つめる家の主人。きっとその夫婦とは目の前にいる夫婦の事なのだろう。目の前にいる夫婦の瞳は同じ未来を見ているのが分かった。

「あの・・・ご迷惑でなければその話聞かせてもらえませんか?」
「勿論、さて先は長い。御代わりの紅茶を用意しよう」
「もう、出来てるわ。貴方」
「そうか、なら話そうか。この家、時を超えた桜の物語を」
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