階段の下 大罪を犯す

言ノ葉征

文字の大きさ
5 / 39

第5話 暴食の火曜日

しおりを挟む
唐突だが、私は火曜日があまり好きではない。決定的に好きではなくなったきっかけはあまり覚えていないのだが、とにかく子供の時からそうなのだ。思い当たる節はいくつかある。例えば、小学生の時の給食の話だが、火曜日は大抵の場合、牛乳、ご飯、副菜、筑前煮などの煮物もしくは青椒肉絲などの中華料理などが献立としてよく選ばれていたのだ。今ではそれでも十分な昼食なのだが当時の私はハンバーグやエビフライといったわかりやすくメインディッシュと呼ばれるものがない献立はあまり好きではなかった。もうひとつくらい挙げておこう。火曜日は夜のテレビ番組が面白くなかった、という印象がある。アニメもやっていなかったし、バラエティ番組も私が好むような番組はやっていなかった。総じて1日がつまらなかった記憶が強くあるのだ。今でこそ、もう給食もないしテレビも見なくなってしまったのでその点がマイナス効果として私の精神ステータスを下げてくることはないのだが、子供の時に嫌だと思っていたため、未だに良いイメージは持っていないのである。火曜日は悪くない、悪いのは当時の私だ。
 例によって信号が変わる。今日は珍しく話の腰を折られなかった。ちょうど話の区切りで変わってくれた。なんだ、火曜日も悪くないじゃないか。今日は駅員はいない。なんなら駅舎の駅員室のブラインドもしまっている。閉店ですか?駅に閉店なんて概念はないか。
「あ、来た来た」
「どうも、いつも先に来てますね」
「まあ、まだ私友達とかいないし、帰りやすいのよ」
 それは私も大して変わらないのだが、最終的に自虐しそうな気がしてひどく恐ろしく感じたのであえて触れないことにした。
「昨日はケーキで、今日はなんですか、それ」
「これはね、ルイボスティー、知ってる?」
 いつもは私を舐めてるのかこの人、と思ってしまうほどなんでも知っているかどうか聞いてくるから軽く流していたが今回は本当に知らないものが現れてしまった。
「いえ、知らないです、ティー・・・お茶ですか?」
「ん~、私もそこまで詳しくないけどお茶や紅茶とは違う飲み物なんだって、その証拠にカフェインとかは含まれてないみたいだし」
 そうなのか、てっきりお茶の仲間だと思ってしまった。それにしてもルイボスとはなんなのか。そもそも切るところはルイボスとティーでいいのだろうか。ルイボ・スティーだったりするのだろうか。ヘリコプターが実はヘリコ・プターと切るのと同じ感じの言葉だとしたらその時点で仲良くはなれそうにない。まあ、読む時はつなげて読むから大して気にしてないのだが。ルイボスはおおよそ原産となっている地名や原料の植物の名前なのだろう。
「美味しいですか?」
「飲んでみなよ、はいっ!」
 そういうと彼女は昨日のケーキと同様にパックのルイボスティーを投げてきた。ナイスキャッチだ、私。250mlのパック、彼女が飲んでいるのはおそらく500mlのものだろう。私にとっては飲んだことないものだから気を利かせてくれたのだろうか。彼女の言動は謎が多い。言葉はちょいちょい心に刺さるものがあるが行動は敬うべきところが見受けられる。相変わらず不思議な人だ。
「ありがとうございます」
 側面についているストローをもぎ取り差込口にストローを通し、口にする。なるほど、分からん。
「紅茶・・・じゃないんですか。何かしらの種類の紅茶って言われても余裕で信じちゃいますよ、これは」
「確かにそうかもね、でもなんかさっぱりしててに飲みやすくない?」
 ふむ、確かに、余計なものが入っていないというか、植物の味が際立っているような感じがする。植物の果汁80パーセントほどである。植物の果汁ってなんだ。
「そうですね、飲み口は優しくて後を引かない感じがいいですね」
「でしょ~、あんた、舌は馬鹿じゃないみたいね」
 舌は、といったのかこの人は。「は」ということは他の何かは馬鹿だよねってことが言いたいのだろうが、私には他の何が馬鹿なのか見当がつかない。自分のことは案外他人の方が気付くこともあるって現代文で読んだ文章に書いてあった気がするな、うん、そういうことにしておこう。
「これもコンビニで買ったんですか?」
「えぇ、そうよ」
「帰りに食べたり飲んだりするの、好きですね、先週はしてなかったのに」
「そう?ただの気まぐれだけどね」
「というかすみません、2日ともいただいてしまって」
「いいのよ、私が勝手にやってることだし、大体私の方が先に着いちゃうから暇だし」
「あんた、遅いのよ」
「あなたが早すぎるんですよ」
「何か言った?」
 たまには言い返してやろうと思った5秒前の自分を殴ってやりたい。やはりこの人に言い返すのは得策とは言えない。もう少しこの人に慣れることから出直そう。
「い、いえ、なんでもないです」
「私が早すぎるって?そんなことないわよ」
 なんだ、ちゃんと聞こえてるじゃないか、なんて言ったらホームに突き落とされかねない。絶対にやめておこう。
「そうですか、まあ実際遅いのは自分の方ですし、何も言えないですね。でもいいですよ、わざわざ買ってなくても」
「いいじゃない、私がしたくてしてることなの。もしかして迷惑とか思ってる?」
「そ、そんなことはないです、はい」
 実際のところ大して仲良くない人に大して知らないものをもらっても正直面倒というか、欲しくないと思うこともあるのだが、この人に対しては不思議と思わなかった、昨日も今日も。こんなこと今までにあっただろうか、と頭の中で唱えた瞬間にこの時間に終わり絵を告げるいつものメロディが流れる。
「電車、きますね」
「うん、また明日だね」
 彼女と過ごす初めての火曜日はルイボスティーという得体の知れない飲み物の味のおかげで印象に残った。少しだけ、火曜日が好きになれた気がする。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...