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EpisodeⅠ
1-7 少女、瞠目する寝れない休めないの宿屋
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鐘の音がカーン、カーン、カーンと規則正しく鳴り始めた。
「もう、時間か……」
エクリーたちが入って来た門が閉まる時間を伝える音だった。
「えーっと、たしか……通ってきた道を真っ直ぐ進んで右側にある蜥蜴と兎(角有り)の看板が目印って……――とあった」
目的地に到着したと言うのにエクリーの表情はあまりよろしくない。
それもそのはずだ。中から聞こえてくる喧騒――恐らく酔っ払いの声だろう――が聞こえてきたと思えば怒鳴り声、何かが強く衝突する音が聞こえてきたのだから。
「……ここじゃあ、ないよね?」
今日と明日はこの『町』に泊まる予定だ。ここが例え目的地の宿屋であってしても睡眠が必要な訳でもないのだし、泊まる必要なんて――ない。
「――中に入って来ないって思えば……何してんだ?」
エクリーは宙に――気持ち程度――浮かした本の上に座って空を見上げていた。
「……ひ弱なんで、乙女なんで、子供なんで……――入りたくない」
「ん? ああ、そういうことか。安心しろ――とは言い難いが、ここに集まってる傭兵を全員相手にしてもエクリーの方が強いぞ?」
「……?」
「あー、その顔分かっていないみたいだな。ってか、ステータス視れるようにしとけよな。ともかくだ。技能に関しても種族に関してもお前はそこらの傭兵より断然強い。ここは辺境の辺境だぞ? 強い奴なんて三パーティしかないぞ」
「……その言葉を信じるよ」
「そんな死を目前とした顔で言うようなことじゃないだろ?」
虚ろな目で語るエクリーに呑気に笑うファーリ。
こんな残酷なことも世の常なのだ。
「飯は何とか食える程度だが、どうする?」
「昨日のがいい」
「……ま、そうだな。わかった。ほら、中に入るぞ」
ファーリのあとを「ん」と力なく言ったエクリーが続きその背後を八冊の積まれた本が追随して中に入って行った。
◇◆◇ 翌日
「――いと尊き始まりの神よ、彼の者に新たなる肉体を与えたまえ――回復」
依頼紹介所ではファーリの前に列をなす住人がいた。その中には魔物狩り専門の傭兵たちの姿もそこにはある。
傷を癒すなどといった神秘の魔法は魔法使いにも魔術師にも使うことができない。人を癒す呪文は神代に使われていた古代の魔法――信仰魔法と俗に呼ばれる魔法である。
使える者は信心深い教徒のみであり、使えれば司祭以上の役職に就くことができる。そんな訳もあり、信仰魔法はそれぞれの教会の上位層に集中している。
そして、この国――と言うよりかは協商連合に組みする国々の者は商いなどの神への信仰は高いが、それ以外はあまり好ましくない。商いなどの神々の教徒は人々を癒す信仰魔法を覚えることができないため、癒しの信仰魔法を唱えることができるファーリの前に連日連夜行列ができる。
これを無償で行おうとするとその道で食っている者達から疎まれるため、僅かばかりの小銅貨で治療を行っている。
ファーリの目的を簡単に言えば『共存することができる魔物』と認知され、受け入れてもらうことのため金銭についてあれこれ言うことはない。
エクリーはそんな治療光景を見て「いと尊き始まりの神よ、彼の者に新たなる肉体を与えたまえ――回復」と呟いた。
――が、何も起きなかった。
魔法を使ったあとの虚脱感とも言える体内から力を抜かれる感覚さえもなかった。
(となると……あれは系統魔法なのかな……)
属性魔法であれば全てに適性を持っている彼女。そんなエクリーに使えないとすれば、系統魔法に属するのが一般的だ。
だがしかし、エクリーは知らなかった。
神が地上を治めていた時代にあった理外の――正に魔法と呼ばれる奇跡のことを。
そのため、自分には使えないものか、と思考から捨て木のコップに入ったぶどうジュースを飲み込み目の前の書物に目を向ける。
――紅い姫は求めていた。天を穿つ迷宮の最上階で。
――紅い姫は求めていた。地を穿つ迷宮の最下層で。
――紅い姫は求め続けていた。天を地を穿つ迷宮の最奥で。
――嗚呼、紅い姫は一体何を求めているのだろうか。
――昼夜を問わずその麗しき姫君の姿を見ようと何千何万という数の者が入り浸る。
――入ったきり戻らない者、お姿を見た者、ただ帰ってきただけの者……。
――紅い姫が求めるものを捧げるべく、東にある神の桃を、北にある死者の石を、西にある見えぬ布を、南にある神の杖を“四宝”を贈った。
――だが、紅い姫は受け取らなかった。
――紅い姫が求めていたのはそんな物ではなかった。
――もの憂げな顔をし、そっと息を吐いたあと空を見上げて告げた。
――誰も何も殺さず死なない者を求めている、と。
――それを聞いた四人のうちの貴族の騎士が口を開いた。
――この世に生きる者は皆他者の命を奪って生きています。あなた様が望む者は存在しません、と。
――それを聞いた四人のうちの隻腕の傭兵が口を開いた。
――神と言えども滅びます。世に不滅の存在など存在しません、と。
――それを聞いた四人のうちの双剣の戦士が口を開いた。
――私は生まれてこの方誰も殺しておりません。生き物を食べることすらしておりません。永遠の命を齎す泉を飲めばあなたが望む者になりましょう。
――それを聞いた四人のうちの獅子心王が口を開いた。
――ならば、私が今お見せいたしましょう。我は世界を制す者――この星こそが誰も殺さず死なないものであります。
――それらを聞いた紅い姫は四人のうちの一人の前に立った。
――こうして、紅い姫は天を地を穿つ迷宮の最奥を出て外の世界へと旅たった。
「……え、終わり?」
何か飛ばした所がないか、抜けた場所がないかを見てみるが……
「な、なるほどー……」
どうやらここまでらい。題名の通りならば紅い姫の冒険が描かれていると思うのにあるのは“四宝”を手に入れる四人の冒険話。完全に題名があっていない。
とは言え時間潰しにはちょうどよかったため、やるせない気持ちは沈静した。
「終わったの?」
「おう、まあ、儲け目的じゃないからお小遣い程度しかないがな」
「ふーん、またあのボロ屋で寝泊まりするの?」
「まあ、そうだが? 夜盗も盗人もいないのに高い金を払って高級宿に行く必要はないだろ」
その言葉を聞いて傍から見てもわかるほどに肩を落とした。
◇◆◇
翌日、朝一番――開門と同時の10時――で町を出た。
「おいおい、開門と同時にどこ行こうって言うんだ?」
「ヒッハ、おめぇさんらには恨みはなくはないが、わかんねぇだろうな?!」
5人組の冒険者風な者たちが待ち構えていた。
「もう、時間か……」
エクリーたちが入って来た門が閉まる時間を伝える音だった。
「えーっと、たしか……通ってきた道を真っ直ぐ進んで右側にある蜥蜴と兎(角有り)の看板が目印って……――とあった」
目的地に到着したと言うのにエクリーの表情はあまりよろしくない。
それもそのはずだ。中から聞こえてくる喧騒――恐らく酔っ払いの声だろう――が聞こえてきたと思えば怒鳴り声、何かが強く衝突する音が聞こえてきたのだから。
「……ここじゃあ、ないよね?」
今日と明日はこの『町』に泊まる予定だ。ここが例え目的地の宿屋であってしても睡眠が必要な訳でもないのだし、泊まる必要なんて――ない。
「――中に入って来ないって思えば……何してんだ?」
エクリーは宙に――気持ち程度――浮かした本の上に座って空を見上げていた。
「……ひ弱なんで、乙女なんで、子供なんで……――入りたくない」
「ん? ああ、そういうことか。安心しろ――とは言い難いが、ここに集まってる傭兵を全員相手にしてもエクリーの方が強いぞ?」
「……?」
「あー、その顔分かっていないみたいだな。ってか、ステータス視れるようにしとけよな。ともかくだ。技能に関しても種族に関してもお前はそこらの傭兵より断然強い。ここは辺境の辺境だぞ? 強い奴なんて三パーティしかないぞ」
「……その言葉を信じるよ」
「そんな死を目前とした顔で言うようなことじゃないだろ?」
虚ろな目で語るエクリーに呑気に笑うファーリ。
こんな残酷なことも世の常なのだ。
「飯は何とか食える程度だが、どうする?」
「昨日のがいい」
「……ま、そうだな。わかった。ほら、中に入るぞ」
ファーリのあとを「ん」と力なく言ったエクリーが続きその背後を八冊の積まれた本が追随して中に入って行った。
◇◆◇ 翌日
「――いと尊き始まりの神よ、彼の者に新たなる肉体を与えたまえ――回復」
依頼紹介所ではファーリの前に列をなす住人がいた。その中には魔物狩り専門の傭兵たちの姿もそこにはある。
傷を癒すなどといった神秘の魔法は魔法使いにも魔術師にも使うことができない。人を癒す呪文は神代に使われていた古代の魔法――信仰魔法と俗に呼ばれる魔法である。
使える者は信心深い教徒のみであり、使えれば司祭以上の役職に就くことができる。そんな訳もあり、信仰魔法はそれぞれの教会の上位層に集中している。
そして、この国――と言うよりかは協商連合に組みする国々の者は商いなどの神への信仰は高いが、それ以外はあまり好ましくない。商いなどの神々の教徒は人々を癒す信仰魔法を覚えることができないため、癒しの信仰魔法を唱えることができるファーリの前に連日連夜行列ができる。
これを無償で行おうとするとその道で食っている者達から疎まれるため、僅かばかりの小銅貨で治療を行っている。
ファーリの目的を簡単に言えば『共存することができる魔物』と認知され、受け入れてもらうことのため金銭についてあれこれ言うことはない。
エクリーはそんな治療光景を見て「いと尊き始まりの神よ、彼の者に新たなる肉体を与えたまえ――回復」と呟いた。
――が、何も起きなかった。
魔法を使ったあとの虚脱感とも言える体内から力を抜かれる感覚さえもなかった。
(となると……あれは系統魔法なのかな……)
属性魔法であれば全てに適性を持っている彼女。そんなエクリーに使えないとすれば、系統魔法に属するのが一般的だ。
だがしかし、エクリーは知らなかった。
神が地上を治めていた時代にあった理外の――正に魔法と呼ばれる奇跡のことを。
そのため、自分には使えないものか、と思考から捨て木のコップに入ったぶどうジュースを飲み込み目の前の書物に目を向ける。
――紅い姫は求めていた。天を穿つ迷宮の最上階で。
――紅い姫は求めていた。地を穿つ迷宮の最下層で。
――紅い姫は求め続けていた。天を地を穿つ迷宮の最奥で。
――嗚呼、紅い姫は一体何を求めているのだろうか。
――昼夜を問わずその麗しき姫君の姿を見ようと何千何万という数の者が入り浸る。
――入ったきり戻らない者、お姿を見た者、ただ帰ってきただけの者……。
――紅い姫が求めるものを捧げるべく、東にある神の桃を、北にある死者の石を、西にある見えぬ布を、南にある神の杖を“四宝”を贈った。
――だが、紅い姫は受け取らなかった。
――紅い姫が求めていたのはそんな物ではなかった。
――もの憂げな顔をし、そっと息を吐いたあと空を見上げて告げた。
――誰も何も殺さず死なない者を求めている、と。
――それを聞いた四人のうちの貴族の騎士が口を開いた。
――この世に生きる者は皆他者の命を奪って生きています。あなた様が望む者は存在しません、と。
――それを聞いた四人のうちの隻腕の傭兵が口を開いた。
――神と言えども滅びます。世に不滅の存在など存在しません、と。
――それを聞いた四人のうちの双剣の戦士が口を開いた。
――私は生まれてこの方誰も殺しておりません。生き物を食べることすらしておりません。永遠の命を齎す泉を飲めばあなたが望む者になりましょう。
――それを聞いた四人のうちの獅子心王が口を開いた。
――ならば、私が今お見せいたしましょう。我は世界を制す者――この星こそが誰も殺さず死なないものであります。
――それらを聞いた紅い姫は四人のうちの一人の前に立った。
――こうして、紅い姫は天を地を穿つ迷宮の最奥を出て外の世界へと旅たった。
「……え、終わり?」
何か飛ばした所がないか、抜けた場所がないかを見てみるが……
「な、なるほどー……」
どうやらここまでらい。題名の通りならば紅い姫の冒険が描かれていると思うのにあるのは“四宝”を手に入れる四人の冒険話。完全に題名があっていない。
とは言え時間潰しにはちょうどよかったため、やるせない気持ちは沈静した。
「終わったの?」
「おう、まあ、儲け目的じゃないからお小遣い程度しかないがな」
「ふーん、またあのボロ屋で寝泊まりするの?」
「まあ、そうだが? 夜盗も盗人もいないのに高い金を払って高級宿に行く必要はないだろ」
その言葉を聞いて傍から見てもわかるほどに肩を落とした。
◇◆◇
翌日、朝一番――開門と同時の10時――で町を出た。
「おいおい、開門と同時にどこ行こうって言うんだ?」
「ヒッハ、おめぇさんらには恨みはなくはないが、わかんねぇだろうな?!」
5人組の冒険者風な者たちが待ち構えていた。
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