アトロシティ/暴戻はヴィランを貶し、ヒーローを殺す

星蝶

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『逆しま星 Ⅰ 』

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 夢を観ていた。
 科学では証明することが不可能な正に『魔法』というべき超常的な力を手にして『悪』と闘い――そして、邪悪を滅する。
 そんなことを思い描きながら夢想していた。
 しかし、いつ頃からだったろうか。そういった空想を妄想を視なくなってしまったのは。
 現実と空想に境界線を谷の如く深く線引き、虚を何処とも知らぬ場所へ捨て去った。そして、現実というリアル世界に心身共に設置した。
 その結果――、

 天晶朔天は『大人』になった。

   ◇

 受付付近に置かれた椅子に座っていた朔天に朗らかな笑みを浮かべた四十路を越えた男性が近づいてきた。その男はこの研究所に勤める一人。そして、彼こそが朔天がこの場にやって来た理由である。
「久しぶりだな、天晶君」
 朔天は立ち上がり頭を軽く下げる。
「お久しぶりです、雲井先生。メールにも記載しましたが、本日ここに来たのは《DUAシステム》についてです」
 雲井は懐かしむように明後日の方を向いてから「聖櫃がどうかしたのか?」と聞き返した。
「今も件の研究をしていると風の噂で耳にしましたよ。乾さんもここにいるということは知っています」
 朔天は周囲を見渡す。雲井の研究は視界内でできるような代物ではない。以前のように隠し部屋がありそうなのだが、その入り口を見つける前に雲井が口を開いた。
「もう、辞めた」
 朔天が「何故?」と疑問を口にする前に、雲井は掌を挙げて何処か他人事のように続ける。
「研究資金が費えてしまいここに転職してからは研究ができるような状況ではなくなってしまったからな」
「嘘、ですよね……」
 その言葉に対する雲井の反応に朔天は隠し切れない困惑が表れる。雲井の頭上には疑問符が浮かんでいてもおかしくないほどに彼は惚けている。
「先生が件の研究を辞めるとはとてもですが……辞めたとは思えません」
 それは願いだ。明確な理由など存在せず、己の心情を前にしては言葉を繕うこともままならない。
 彼の態度に朔天は苛立ちを覚えた。だが、ここで物理的に訴えてしまっては本末転倒だ。だから、一つ手札を切ることにした。
「情報が筒抜けのメールには記載できなかったことがあります」息を深く吸ってから、一気に吐き出す。「私は能力者になりました」
 その言葉に雲井は困惑するどころか一瞬口の端を吊り上げた。それに言及することはせず朔天は続ける。
「恐らく治癒能力の向上――いえ、超回復です」
 夢ではなかった。空想では終わらず夢想は現実の物となってしまった。
 心臓が貫かれ使い物とならなくなった後、生きていられたことは奇跡だった。だが、それを嬉しく思う心は既に遠い彼方に置いて来てしまっていた。
「天晶君、大変なのはわかっている。だが、現実と空想の区切りに印を刻みたまえ、と言ったことを忘れてしまったのか? 今更中二病を患う訳でもないのに」
 そこには憐れみとは違う――だが、似た感情が込められていた。
「妄想ではないです。実際に心臓を貫かれてもこうして生きているのが証拠……と言っても判りませんよね」
 現実として目にしていない以上信じるのは難しい。しっかりと目にして現実として受け入れてようやく解ってくれる。
 朔天は苦笑しながら懐に隠し持っていた小さなナイフを取り出し、歯を噛み締めてから手首に刃を当てて軽く引く。途端に血が滲み出し液体は手首を回り床に一滴一滴雫が零れ落ちていく。
 しばらくして、朔天はハンカチで傷をつけた場所を拭う。血を拭っても直ぐに血が噴き上がって来る。
 それが常識だ。
 だというのに、傷口から血は出て来ず、その前に切りつけたはずの傷は薄れた血痕を残し消えた。
「見ての通りです」
 朔天は『超回復』と言って過言ではない異能を手にした。だが、雲井はその結果を目撃して眉を中央に寄せながら尋ねる。
「ふむ……それで治癒能力だけかね?」
「え?」
 咄嗟の質問に対応することができなかった。正真正銘の異能だからそれで終わると考えていた。だから、雲井の質問にあるはずの真意を全く読むことができなかった。
 雲井はコホンと軽く咳払いをしてから教える。
「異能発現すると副次的な何かが起こる。異能は一つではあるが、一種類という訳ではないのだよ」
 まだ納得のいかない表情の朔天に雲井は「例えば」と続ける。
「発火能力は火への耐性を獲得したり、水操作能力は水中呼吸が可能になったりと副次的な能力を得ることができる」
「あ」朔天は間の抜けた言葉を発してから「体温が下がりました」と口にした。
「……? は?」
 雲井は雲井で理解することが上手くできなかった。それと何の意味があるのか直ぐには結びつけれなかった。それを察してか朔天は言葉を少し付け加える。
「体温計だと計れないくらいの体温になりました」
 見てわからないため、朔天は手を差し出し訝し気な表情を隠そうともしない雲井と握手する。
「……確かに、冷たいな」
 握手の場合、互いの表面温度が簡単に判る。どちらが冷たくどちらが温かいのかが一瞬で。だが、それでも雲井の表情は優れない。
「いや、確かに冷た過ぎるな」
 初夏を迎えたばかりの今、気温は高く蒸し暑いと思うこの頃。冷え症の人やエアコン直撃、保冷剤を巻く……体温を下げる方法はごまんとある。
 しかし、朔天の服装からして何かを隠し持っているとは思えない。そして、外は今年最高気温を更新と言われるほど暑い。
 であるなら、彼女が言っていることは間違っていないだろう。それに、あとで体温計以外の物で計れば良いだけのこと。
「歩く保冷剤だな」
 そのおかしな発言によって朔天は何とも言えない表情に変わった。
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