コミュ症の久美が大自然へ挑む惑星移民のSFファンタジー

乙巴じゅん

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初めの章

AIのたった一つの提案start over again

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 合理的に快適で安全な生活を求めて、AIが主導する時代。二十歳になる久美は複雑な思いだ。(母親探しは。流行っているけれどねー)
 体外受精と保育機械で子育てが楽になるはずだった。つまり、代償として親子関係はないことになっている。
(意味は分かるが納得できないよ)
 つぶやくのも、久美に埋め込まれた補助脳が情報を垂れ流しているから。
『血縁関係による争いと、別離の苦しみを避けるため、合理的に快適で安全な生活には、家族という形態を必要としない。……』
 合理性と引き換えに人類は何かを失った。
(外の自然界に、失った何か、は見つかるのかな)
 ここは、星間移民した惑星メタフォー。人間は地球と同じ生活をしている。

 久美はテラスに座り、向かいの琴音指導員へ尋ねる。
「補助脳が。私を動かしているの」
 指導員は先生とも呼ばれて、幼児期から二十歳まで、子供たちの教育と社会への適応性を養う。「AIが強制はしませんよ。二十歳だから、経験したんじゃないかしら」
 AIは強制しない、その情報は補助脳も詳しく垂れ流すが、無視する久美。
「先生が言う通りだけれど」
 敬語とかを使い分けるのも合理的ではないと考えられる時代。特別と思うときだけは使う。
「ネットを観覧するのと同じ。どの情報を選ぶか、は。久美の頭だから」
 初期AI時代から唱えられていいること。久美は知りたいことが別にもある。琴音はバイオ材を使用した補助脳チップを開発した本人。作った目的があるらしい。補助脳を使って何かの情報を得ようとしているはず。
「先生は答えを。待っているのでしょ」
 担当の指導員でないときでも、気軽に話しかける琴音。ここで、正直に話してくれると思う。十代のころから、社交辞令ばかりの大人を見てきているが、琴音はほかの人と違うはず。 
「そこまで気づいたのね」
 琴音は若いころ、AIの発信した言葉の意味を調べていたが、今ではどうでも良かった。しかし、久美が興味を持つなら、惜しみなく与えたい。ここで伝えておくべきと考える。
「マザーコンピューターのメッセージでstart over againの本当の意味を知りたかったの。人間の行動へ答えたのは、これだけだからね」
 AIは強制しないが、start over againは明らかに何かを指示している、と当時の人間は考えたのだ。 しかし、何が「すべてやり直し」なのか解答は得てない。
「地球では何回も。やり直しを繰り返してた。らしいけれど」
 久美はネット検索でも確かめた。戦争をしては、これからは平穏な云々、なのは歴史が証明している。
「AIは二度と強制みたいなことはしないと思う。だから久美は思う通りに生きて良いよ」
 チップの埋め込みで健康に異常がなければ、もう忘れて良いことだと琴音。久美としては他人事でもない。思う通り、というのが、補助脳の影響か気になる。
「だから。本当に、タウンの外へ行きたいの、私」
 惰性で生きるタウンの生活が窮屈な久美。それは補助脳が誘導したのか。快適で安全、を追及して、怒りや哀しみを不快で危険な感情だと否定するタウンの決まり。しかし、喜怒哀楽など、感情は有るのだ。綺麗ごとを並べて、問題点を覆い隠すのは人類の得意な分野だ。
 琴音は久美の思いを感じ取った。
「思いだしたんでしょ。それなら、久美の考えは、幼いころから変わってないと分かるはずね」
 忘れたいこともあるが、ひとつのヒントになるのだろう。
「うん。怖かったよ」
 久美は13年前を思いだす。

→→ 広場の片隅にある並木の横で黒塗りの箱型車が停まる。樫の木へ登る少女の久美は興味があり、地面へ降りた。ドアのないワゴン車みたいな形だがタラップから降りて来る女性が声をかける。
「私はルナよ。木登りがお上手ね。お名前は」
「久美だよ。駆けっこも得意なんだ」
 7歳で遊び盛りの久美は、やけに色白で鼻が尖っている女性に異様な感じを受けながらも、褒められて悪い気はしない。
「ちょっとお話を聞きたいの。お話ロボットがあるのよ。乗って」
「大きい車だね」
 タウンでは見かけないから興味もある。ルナに勧められてタラップへあがる。
「あれっ、大きい」
 お話ロボットより人相は強面だ。幼児をインターネットへ慣れさせるつもりで制作された旧型のお喋りロボットは3頭身の可愛い作りだが、奥に座るのはいかにもロボットという鉄の塊で、目は小さな突起になり、口が四角に空いている。
「妖魔様のお役に立ちなさい」
 ルナが後から車へ乗り込み久美を妖魔のほうへ押していこうとする。
 走り出した箱型車。
「ヤダ、怖い」
 久美は反射神経も発達している。素早くルナのお腹を蹴飛ばし、思いきり体当たりして押し倒した。
 箱型車から飛び降りる。
 左足が激しく痛み、身体がバウンドした。
 久美は痛さで周りの状況も見えない。(ヨーマ、怖い)強面ロボットの顔が迫ってくる。ヨーマが来る。場面が、何度も脳裏で繰り返される。
 やがて救急ロボットと看護師たちの声が聞こえる。
「麻酔と応急処置」
 久美は身体を支えられながら、麻酔も効いたか安心して眠りにつく。

  文字列が並ぶ。『人類主導期からAI主導期に移った……』
 7歳の久美には読めない漢字もあるが、永遠と思えるほど、文字列が脳裏に映る。白い衝立の向こうで話す声が聞こえる。
「足の怪我は大丈夫です。この子は免疫力もたかい」
 知らない声だが、病院の中だと安心する久美。
「久美は運動能力もたかいから。それで、補助脳は作動しているかしら」
 久美が知っている声。先生とも呼ばれたりする指導員の琴音だ。
「先生だ。また叱られる」
 木登りをしたりするお転婆で、幾度か注意されたこともある。
(それより。ほじょのう)
 知らない言葉だが、記憶が告げるように文字列を脳裏へ並べる。
『記憶の保管。並びに脳による体調の調整指示』
 久美には分からないが、どこかで囁く。
「頭が良くなるし、病気になりにくい身体になる」
 これは自分自身の声だと久美は思う。どこからか流れてきた文字列を脳が、理解しやすい言葉に変えたのだ。
「えっ。頭を打ったかな」
 久美は妙な現象に、思わずつぶやく。
「麻酔から覚めたようだね」
 琴音が衝立のほうから声をかける。
「うん。寝てたんだ私。あの。ほじょのうって」
「聞いてたの。あのね」
 琴音は久美を、あやすようにしながら話す。
「足を怪我したでしょ。手術をしたの。それで、補助脳チップは久美の考えや身体を助ける役目をするのよ」
 頭から離れた場所でも効果が期待できるチップは、登場すべきモノだった。
「わかったよ。また遊べるかなー」
「大丈夫。ただ、何をしたか覚えているしら」
「うんとね。お話ロボットが木の枝にかかっていたから、取ろうとしたんだよ」
 補助脳は記憶を修正している。
「優しいのね。でも。木登りとか無茶はしないの」
 琴音は叱ることも忘れない。ただ、補助脳はお節介だ。情報を垂れ流す。
『21世紀から活用された補助脳チップは、体質など人体との融合性で問題があり、免疫力と体力の落ちた現代では使用を推奨してない。琴音教授により考案されたバイオ材使用は、親和性のある場合は可能といわれるが、実用には至ってない。……』
 久美にとっては難しい言葉が並ぶ。
「遊べたら良いや」
 まだ遊び盛りの7歳。木の上で、純が言ってた「大切なモノ」が分かりかけてもいる。補助脳の働きをほとんど理解してないが、すでに脳はコンピューターと連動した役目を始めていた。←←

 久美は補助脳をつける前からタウンの外というより、大自然に関心を持っていたのだ。琴音もそれを知っていて、久美に思いださせたい。
「昔から学習して、自分に合った仕事や趣味を選んできたよね。久美も補助脳から、知りたい情報だけを選んだでしょ。それが学習」
「わかった。それじゃあ。start over againを調べるね」
 久美は補助脳をフル回転させる。今日の目的は琴音の調べたいことを探すことでもある。
「もう良いよ。久美が平穏に生きてたら嬉しいから」
 相手の思いや願いは、頼まれなくても、やれることならやる、それが久美。お節介というか、これは補助脳と関係のない性格というもの。
 久美の欠点にもなる集中力は、琴音の言葉を聞いてない。膨大な情報から抽象的な何かを感じた。
「見えないもの。だってさ」
「ますます分からなくなる。久美は思う通り生きてね」
 タウンの外は危険もある、と何回も話してはあるし、今更止められないとも琴音は気づいている。
「そうだ。タウンの外へでるなら、虫とかいるし、傷もできるから。二十歳のプレゼント」
 琴音はチューブ入りの薬品をバッグから取り出す。
「ありがとう。応援してくれるんだね」
 特注の万能皮膚治療薬だ。惑星管理局でしか手に入らないが、琴音は若いころに所属していて縁もあった。なるべくは久美もタウン内で生活して欲しいから、消極的な応援ではある。
 久美と琴音の交流は少ないが、個人主義と人権尊重の時代では普通だ。
 21世紀初期のインターネットみたいに情報を垂れ流す補助脳は、文字で脳裏に浮かぶが、久美は脳で映像も音声も再生できる。
(便利というより。戸惑うことも多いよね)
 コミュ症のような人付き合いになるのも、大量の相手の情報で、適切な言葉を探せないから。
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