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第三章:問題発生! さらに問題発生!
三
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三
基盤技術グループの佐藤という若者が、課長の竹内を伴って、“島”にやってきた。
「みなさんに、“リモートワーク”を提案します」
佐藤は、加畑や中村のように出社したくてもできない人がいることを、DXチームから聞いて知っていた。そこで、無理に出社しなくても作業ができるリモートワーク適用を考えていたのだった。
「“BYOD”での作業を推奨します。みなさんの自宅にあるパソコンで作業ができます。ただし、セキュリティツールは当社標準の製品を入れていただきます。不正操作を行わないよう、監視ツールも入れさせてもらいます」
BYODというのは、Bring Your Own Deviceの略で、自分が持っているパソコンを業務に使うことだ。最近、セキュリティが厳しい世の中となり、BYODを認めている企業は多くはない。しかし、一定の制約やセキュリティツールの適用をきちんと行えば、必ずしも否定する必要はない。むしろ、今回のケースでは推奨すべきアイデアだった。
一定の制約というのは、VPNと呼ばれる方法でB社に接続し、リモートデスクトップで作業を行わせることや、自宅パソコンにはB社環境からデータをコピーできないようにするようなことだった。こういう最低限の制約を課すことで、情報漏洩やネットワーク上での盗聴リスクは低減できるのだ。
加畑や中村は、これにより介護の合間に自宅パソコンからB社に接続して、解読やドキュメント作成を行うことができるようになる。契約工数を減らす必要もなくなる。
早速、我々各メンバーの自宅パソコンをB社環境にリモート接続できるしくみを整えることにした。(しかし、各メンバーの自宅にはパソコンはあるものの、古いOSのパソコンを使っていたり、自分ではネットワークの設定ができなかったりし、リモート接続できるようになるまでは苦戦を強いられた。)
年寄り七人の活動状況は決して芳しくはなかったのだが、NHK夕方のローカルニュースで取り上げられた。これは堀田がB社広報に高齢者雇用の実例としてアピールし、そこからNHKにも連絡が行ったようだ。
“高齢プログラマーの活躍”
それがニュースのタイトルだった。インタビューは、でっぷりした私では絵にならないから、むりやり伝田にお願いした。それが数分の映像とともに流れた。テレビで見る伝田の顔は、緊張のためか少々引きつって見えた。
“若い時のような無理は利きませんが、今はこの仕事をさせてもらえることが、本当に
生き甲斐だと感じています。“
その数日後、「M市民新聞」というM市のローカル新聞の記者が堀田のもとを訪れていた。NHKのニュースを見て、ぜひとも取材させてほしいとお願いしている。
記者は、「こういう高齢者の活躍は、今、非常にホットな話題ですし、読者の関心を集める好材料なのです」と言い、伝田や私、その日、出社していた元木、太田の写真を撮った。
記事は翌日の朝刊の一面に載った。
“A社システムの刷新。高齢プログラマーの大活躍”
NHKニュースと同じようなタイトルだが、こちらは活躍に大が付き、大活躍となっている。写真は、“島”で、机に座って作業をしているところを撮ったものだった。各自の顔はあまりはっきりしない。年寄りが机に向かっている感じにしか見えないのが残念な感じだ。
しかし記事の内容は的確だった。
“A社では基幹システムの大々的な刷新が進行中だ。競争力強化のため、DXと呼ばれる最新の
しくみへの作り替えである。
この刷新で障害になるのは、アセンブラと呼ばれる言語で作られた古いプログラムだ。
アセンブラはアポロ宇宙船にも使われたような古い言語であるため、国内にはその
技術者が少ない。そこで駆り出されたのが、退職した高齢技術者たちだった。
今はもう彼らしかアセンブラを読んだり書いたりすることができないのである。
彼らは、自分たちを「アセンブラカウボーイ」と称し、生き生きと活躍している。“
そんな書き出しの後に、アセンブラカウボーイの代表として、私のインタビュー記事が載っていた。話したことの半分も書かれていない感じだが、こういう風に活字になると悪い感じはしない。
インタビュー記事の方には、私が言葉を選びつつも言いたかったことは、的確に書かれていた。
“「アセンブラカウボーイ」と、格好の言いチーム名をつけてはいますが、みんな年寄りです。
介護や健康問題を抱えながらの執務です。若い時のように無理も利きません。
そこで現在、リモートワークも取り入れて、ロケーションフリーな仕事ができるよう
にもしています。
しかし申し上げた通り、みんな年寄りです。もしかすると途中リタイアを余儀なくされるかも
しれません。そのためにも、今の作業を手伝ってくれる人が一人でもいてくれたら、大歓迎
なのです。
今、多少辛い感じはしていますが、大いに生き甲斐を感じています。
何よりも私をこの歳まで育んでくれた会社への感謝と恩返しの気持ちで一杯です。“
(その「M市民新聞」を読んでいる男がいた。彼は、その記事を読み終えると、スマホで写真をとり、それをSNSで拡散させた。そして、「おれも退職者の一人だ。応援するよ」と、つぶやいた)
そういう明るいニュースの陰で、残念ながら元木がリタイアした。
認知症が急激に進み、誰の目にもこのまま執務させることが難しいという状況になっていた。本人はまだやれる、と気を張るから、出来れば解析作業を行なわせたいと思った。
しかし、残念ながら、もはや、プログラムを読むことも、ドキュメントを作成することもおぼつかなくなってしまっていた。
アセンブラカウボーイの、最初の離脱者だった。
基盤技術グループの佐藤という若者が、課長の竹内を伴って、“島”にやってきた。
「みなさんに、“リモートワーク”を提案します」
佐藤は、加畑や中村のように出社したくてもできない人がいることを、DXチームから聞いて知っていた。そこで、無理に出社しなくても作業ができるリモートワーク適用を考えていたのだった。
「“BYOD”での作業を推奨します。みなさんの自宅にあるパソコンで作業ができます。ただし、セキュリティツールは当社標準の製品を入れていただきます。不正操作を行わないよう、監視ツールも入れさせてもらいます」
BYODというのは、Bring Your Own Deviceの略で、自分が持っているパソコンを業務に使うことだ。最近、セキュリティが厳しい世の中となり、BYODを認めている企業は多くはない。しかし、一定の制約やセキュリティツールの適用をきちんと行えば、必ずしも否定する必要はない。むしろ、今回のケースでは推奨すべきアイデアだった。
一定の制約というのは、VPNと呼ばれる方法でB社に接続し、リモートデスクトップで作業を行わせることや、自宅パソコンにはB社環境からデータをコピーできないようにするようなことだった。こういう最低限の制約を課すことで、情報漏洩やネットワーク上での盗聴リスクは低減できるのだ。
加畑や中村は、これにより介護の合間に自宅パソコンからB社に接続して、解読やドキュメント作成を行うことができるようになる。契約工数を減らす必要もなくなる。
早速、我々各メンバーの自宅パソコンをB社環境にリモート接続できるしくみを整えることにした。(しかし、各メンバーの自宅にはパソコンはあるものの、古いOSのパソコンを使っていたり、自分ではネットワークの設定ができなかったりし、リモート接続できるようになるまでは苦戦を強いられた。)
年寄り七人の活動状況は決して芳しくはなかったのだが、NHK夕方のローカルニュースで取り上げられた。これは堀田がB社広報に高齢者雇用の実例としてアピールし、そこからNHKにも連絡が行ったようだ。
“高齢プログラマーの活躍”
それがニュースのタイトルだった。インタビューは、でっぷりした私では絵にならないから、むりやり伝田にお願いした。それが数分の映像とともに流れた。テレビで見る伝田の顔は、緊張のためか少々引きつって見えた。
“若い時のような無理は利きませんが、今はこの仕事をさせてもらえることが、本当に
生き甲斐だと感じています。“
その数日後、「M市民新聞」というM市のローカル新聞の記者が堀田のもとを訪れていた。NHKのニュースを見て、ぜひとも取材させてほしいとお願いしている。
記者は、「こういう高齢者の活躍は、今、非常にホットな話題ですし、読者の関心を集める好材料なのです」と言い、伝田や私、その日、出社していた元木、太田の写真を撮った。
記事は翌日の朝刊の一面に載った。
“A社システムの刷新。高齢プログラマーの大活躍”
NHKニュースと同じようなタイトルだが、こちらは活躍に大が付き、大活躍となっている。写真は、“島”で、机に座って作業をしているところを撮ったものだった。各自の顔はあまりはっきりしない。年寄りが机に向かっている感じにしか見えないのが残念な感じだ。
しかし記事の内容は的確だった。
“A社では基幹システムの大々的な刷新が進行中だ。競争力強化のため、DXと呼ばれる最新の
しくみへの作り替えである。
この刷新で障害になるのは、アセンブラと呼ばれる言語で作られた古いプログラムだ。
アセンブラはアポロ宇宙船にも使われたような古い言語であるため、国内にはその
技術者が少ない。そこで駆り出されたのが、退職した高齢技術者たちだった。
今はもう彼らしかアセンブラを読んだり書いたりすることができないのである。
彼らは、自分たちを「アセンブラカウボーイ」と称し、生き生きと活躍している。“
そんな書き出しの後に、アセンブラカウボーイの代表として、私のインタビュー記事が載っていた。話したことの半分も書かれていない感じだが、こういう風に活字になると悪い感じはしない。
インタビュー記事の方には、私が言葉を選びつつも言いたかったことは、的確に書かれていた。
“「アセンブラカウボーイ」と、格好の言いチーム名をつけてはいますが、みんな年寄りです。
介護や健康問題を抱えながらの執務です。若い時のように無理も利きません。
そこで現在、リモートワークも取り入れて、ロケーションフリーな仕事ができるよう
にもしています。
しかし申し上げた通り、みんな年寄りです。もしかすると途中リタイアを余儀なくされるかも
しれません。そのためにも、今の作業を手伝ってくれる人が一人でもいてくれたら、大歓迎
なのです。
今、多少辛い感じはしていますが、大いに生き甲斐を感じています。
何よりも私をこの歳まで育んでくれた会社への感謝と恩返しの気持ちで一杯です。“
(その「M市民新聞」を読んでいる男がいた。彼は、その記事を読み終えると、スマホで写真をとり、それをSNSで拡散させた。そして、「おれも退職者の一人だ。応援するよ」と、つぶやいた)
そういう明るいニュースの陰で、残念ながら元木がリタイアした。
認知症が急激に進み、誰の目にもこのまま執務させることが難しいという状況になっていた。本人はまだやれる、と気を張るから、出来れば解析作業を行なわせたいと思った。
しかし、残念ながら、もはや、プログラムを読むことも、ドキュメントを作成することもおぼつかなくなってしまっていた。
アセンブラカウボーイの、最初の離脱者だった。
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