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第二話
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コンビニではイチゴミルクの1リットルパックを買った。それからシャケおにぎり。店内で彼女が百十円のアップルパイを手にしていたのを見てお腹が空いたから。
コンビニの駐車場には車が二つ停まっている。
「どっちの車?」
「左のシルバーの方」
「こっちか」
彼女はさっき手にしていた鍵を出して車に向けた。ああ、車の鍵だったのか。
「助手席乗ってね」
「そりゃあね」
普段車に乗る機会がない私でも、ドライブに誘われたのだし助手席に乗ろうくらいの発想はある。後ろの席で寝るのは気持ちよさそうだけれども。
彼女はふふっと笑って車に乗り込んだ。車を挟んで反対側で私も同じように扉を開ける。
「そういえばどうしたの急にドライブとか」
「え、免許取ったの言ってなかったっけ?」
「いやそれは聞いた」
彼女が車の免許を取るために教習に通っていたことは知っているし、その日程を私がバイトをしている時間を中心に入れていたのも知っている。免許が取れたって報告も聞いた。ああそういえば、
「そういえばお祝いしてなかった。なんかしようよ」
「わたしが車の免許取れたお祝い?」
「そうそう」
「何かくれるの?」
「んー、何がいい?」
話が脱線した気がする。私がさせた気がする。まあそれはそのうち聞き直せばいいや。
お祝いについて考えているのか、何にも言わないまま彼女は車を発進させた。
知っている道だけれど、車から見るのは新鮮だ。ちょっと知らない土地みたいに見える。
そういえばこの車はなんて名前なんだろう、知らないなあ。多分彼女も知らなそうだ。
このドライブは何なんだろう。どっちでもいい疑問が頭に浮かぶ。どうでもいい。行き先なんて、どこでも。
彼女とならどこへでもいける気がする、なんて思いは、気のせいなのかもしれない。少なくとも大人に言ったら否定されることは知っている。世間一般的に見て、高校生に現実的な生活のための力はない。生活能力とかじゃなくて、権力の話。政治経済の授業でも教えてくれないけど、自分の無力さは身をもって知った。
彼女とならどこへ行ってもいいと思う。明らかに私自身のこの思いですら、気のせいだと思い込もうとするくらい無力感を刷り込まれていた。
「じゃあこのドライブをそれにしてよ」
名案でしょなんて続きそうな口ぶりで彼女は言った。時計を見ると、五分くらい悩んでいたのがわかる。車で五分進むとこんなところまで来るのかとかなんとか考えながら、私はこたえた。
「ふうん? どういうこと?」
「んーと、えー」
彼女が言葉に迷うのは、ちょっと珍しい気がするな。
漫画みたいに首を傾げながら言葉を探している彼女の、ハンドルを持つ腕が首と同じ方向に向かって微妙に傾いている。ちょっと怖い。ハンドルってどれくらい動かせば車の進む方向に影響するんだろう。
冷や冷やしている私をよそに、彼女はぽつりと話し始めた。
「わたしがドライブに誘ったのは、まあそれなりの覚悟みたいなものがあったからなの」
「ふうん。まあこんな夜中に突然いうくらいだしね」
そういえばこんな時間なのにあんまり眠くないな。なんならちょっとドキドキしている。これまで夜中に家を抜け出した回数はそんなに多くないから、そのせいかもしれない。
「そうなの。んとね、とりあえず、なんというか逃げてみたくて」
「逃げる」
「うん。ドライブついでに逃げるのに付き合って欲しいなって。お祝いになにかくれるっていうんなら」
彼女は前を見つめたまま言う。ちょっと表情が険しいのは、話してる内容の問題なのかな。それとも免許取りたてで運転してるからかな。
「逃げるって……、いや、なんとなくわからなくもないけど、何から?」
「なんとなくわかるなら聞かなくても良くない?」
ちょうど赤信号で車を停車させた彼女は、ようやくこちらを向いて笑った。その目は下の方を泳いでいて、ちょっと恥ずかしそうに見える。わざとらしいくらいに大きな動きで彼女はハンドルを持ち直した。
なんだか面白くて、こっちまでくすぐったくて、でもやっぱり気になるからもう一度尋ねた。
「私には言葉にするの難しいから、教えてよ」
彼女は、今度はゆっくりこっちを向いた。メイクをしていない彼女の瞳がぱちぱちと忙しなく瞬きを繰り返す。
「何その顔。かわいいけど」
「かわっ、いや、それは今はよくて!」
彼女の百面相に私はやっぱり笑ってしまった。
「何から逃げるか、言葉になりそう?」
「そう、そうだね。強いて言うなら、生きることからかな」
「壮大だなあ。ノった」
彼女と二人で顔を見合わせて、吹き出した。彼女も同じタイミングで笑ってて、そのことにも笑ってしまう。
「てことは学校も行かないの?」
「ん、そのつもりなんだけど……」
「全然いーけど、最初からそのつもりだったならローファーじゃなくてよかったんじゃない?」
私が言うと、彼女は「まあ確かに」と言って笑った。
何かのお話に出てきそうなレースの白いワンピースを着た彼女が、運転席に座ってハンドルを握る光景はただでさえちぐはぐで。そのうえ、このワンピースに学校指定の靴下とローファーを履いているのはますますちぐはぐだ。本人が気にしている様子なのが、余計に。
それもこれも全部ひっくるめて彼女がかわいくて、また笑ってしまった。「笑わないでよ」なんて、そっちも笑ってるくせに。
「あ、青だ」
「く、車出すね!」
これはたぶん信号が変わってから結構時間経ってたんだろうなあ。今が車通りの少ない夜中でよかった。
コンビニの駐車場には車が二つ停まっている。
「どっちの車?」
「左のシルバーの方」
「こっちか」
彼女はさっき手にしていた鍵を出して車に向けた。ああ、車の鍵だったのか。
「助手席乗ってね」
「そりゃあね」
普段車に乗る機会がない私でも、ドライブに誘われたのだし助手席に乗ろうくらいの発想はある。後ろの席で寝るのは気持ちよさそうだけれども。
彼女はふふっと笑って車に乗り込んだ。車を挟んで反対側で私も同じように扉を開ける。
「そういえばどうしたの急にドライブとか」
「え、免許取ったの言ってなかったっけ?」
「いやそれは聞いた」
彼女が車の免許を取るために教習に通っていたことは知っているし、その日程を私がバイトをしている時間を中心に入れていたのも知っている。免許が取れたって報告も聞いた。ああそういえば、
「そういえばお祝いしてなかった。なんかしようよ」
「わたしが車の免許取れたお祝い?」
「そうそう」
「何かくれるの?」
「んー、何がいい?」
話が脱線した気がする。私がさせた気がする。まあそれはそのうち聞き直せばいいや。
お祝いについて考えているのか、何にも言わないまま彼女は車を発進させた。
知っている道だけれど、車から見るのは新鮮だ。ちょっと知らない土地みたいに見える。
そういえばこの車はなんて名前なんだろう、知らないなあ。多分彼女も知らなそうだ。
このドライブは何なんだろう。どっちでもいい疑問が頭に浮かぶ。どうでもいい。行き先なんて、どこでも。
彼女とならどこへでもいける気がする、なんて思いは、気のせいなのかもしれない。少なくとも大人に言ったら否定されることは知っている。世間一般的に見て、高校生に現実的な生活のための力はない。生活能力とかじゃなくて、権力の話。政治経済の授業でも教えてくれないけど、自分の無力さは身をもって知った。
彼女とならどこへ行ってもいいと思う。明らかに私自身のこの思いですら、気のせいだと思い込もうとするくらい無力感を刷り込まれていた。
「じゃあこのドライブをそれにしてよ」
名案でしょなんて続きそうな口ぶりで彼女は言った。時計を見ると、五分くらい悩んでいたのがわかる。車で五分進むとこんなところまで来るのかとかなんとか考えながら、私はこたえた。
「ふうん? どういうこと?」
「んーと、えー」
彼女が言葉に迷うのは、ちょっと珍しい気がするな。
漫画みたいに首を傾げながら言葉を探している彼女の、ハンドルを持つ腕が首と同じ方向に向かって微妙に傾いている。ちょっと怖い。ハンドルってどれくらい動かせば車の進む方向に影響するんだろう。
冷や冷やしている私をよそに、彼女はぽつりと話し始めた。
「わたしがドライブに誘ったのは、まあそれなりの覚悟みたいなものがあったからなの」
「ふうん。まあこんな夜中に突然いうくらいだしね」
そういえばこんな時間なのにあんまり眠くないな。なんならちょっとドキドキしている。これまで夜中に家を抜け出した回数はそんなに多くないから、そのせいかもしれない。
「そうなの。んとね、とりあえず、なんというか逃げてみたくて」
「逃げる」
「うん。ドライブついでに逃げるのに付き合って欲しいなって。お祝いになにかくれるっていうんなら」
彼女は前を見つめたまま言う。ちょっと表情が険しいのは、話してる内容の問題なのかな。それとも免許取りたてで運転してるからかな。
「逃げるって……、いや、なんとなくわからなくもないけど、何から?」
「なんとなくわかるなら聞かなくても良くない?」
ちょうど赤信号で車を停車させた彼女は、ようやくこちらを向いて笑った。その目は下の方を泳いでいて、ちょっと恥ずかしそうに見える。わざとらしいくらいに大きな動きで彼女はハンドルを持ち直した。
なんだか面白くて、こっちまでくすぐったくて、でもやっぱり気になるからもう一度尋ねた。
「私には言葉にするの難しいから、教えてよ」
彼女は、今度はゆっくりこっちを向いた。メイクをしていない彼女の瞳がぱちぱちと忙しなく瞬きを繰り返す。
「何その顔。かわいいけど」
「かわっ、いや、それは今はよくて!」
彼女の百面相に私はやっぱり笑ってしまった。
「何から逃げるか、言葉になりそう?」
「そう、そうだね。強いて言うなら、生きることからかな」
「壮大だなあ。ノった」
彼女と二人で顔を見合わせて、吹き出した。彼女も同じタイミングで笑ってて、そのことにも笑ってしまう。
「てことは学校も行かないの?」
「ん、そのつもりなんだけど……」
「全然いーけど、最初からそのつもりだったならローファーじゃなくてよかったんじゃない?」
私が言うと、彼女は「まあ確かに」と言って笑った。
何かのお話に出てきそうなレースの白いワンピースを着た彼女が、運転席に座ってハンドルを握る光景はただでさえちぐはぐで。そのうえ、このワンピースに学校指定の靴下とローファーを履いているのはますますちぐはぐだ。本人が気にしている様子なのが、余計に。
それもこれも全部ひっくるめて彼女がかわいくて、また笑ってしまった。「笑わないでよ」なんて、そっちも笑ってるくせに。
「あ、青だ」
「く、車出すね!」
これはたぶん信号が変わってから結構時間経ってたんだろうなあ。今が車通りの少ない夜中でよかった。
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