窓辺の君と煌めき

さかいさき

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4.暴風

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「今日もいらっしゃっているの?」


「ええ。また見ていた?」


「1分くらいはじっーと、ね」


先日ベンチに横たわる彼を見かけた日から2週間。

2日続けて同じくらいの時間に寝ていた時もあれば、丸1日姿を見かけない日もある。カレンはこの2週間で視界の端に光を捉えると、ついベンチを確認する習慣がついてしまっていた。

たびたび窓の外を見つめては呆けた姿をさらしていたがために、アリシアにはすっかり呆れられている。



「そんなに気になるなら声でもかけてくればいいのに」


「嫌よ。遠くから眺めるだけで十分なの」



初めの数回は、「付きまといみたいだわ」と罪悪感を感じていたカレンも、ずいぶんと神経が図太くなり、「あんなに目のつくところに寝ているんだもの」と開き直って、遠くから熱視線を送っている。

日によっては、あの綺麗な銀の髪がふわふわと無造作におろされており、そうした髪が風に揺られ、陽光に透ける姿は、舞台の一幕のようで美しい。目が吸い寄せられ、上の空となることもしばしばだった。

加えて、彼が髪をおろしている日はなぜか赤ランプが点灯しないのだ。統計をとったわけでもない、ジンクスのようなものだが、なんだか得した気分になっていた。



「今日はかためているから、どこかで呼ばれるかもね」

心の中で呟いて、仕事に戻る。

カレンの予感通り、半刻ほどすぎた頃、1階食堂近くの機械のランプが灯った。




◇◇◇


入庁して1週間あたりまでは、ランプが灯るとアリシア達と共に紙の回収に向かっていたカレンだが、しばらくすると、回収作業はブレット一人の仕事になっていた。

どうやら、塔内の地理に慣れるため、連れて行ってくれていたらしい。毎日歩き回り各所への最短ルートも覚えてきたあたりで、お役御免になったというわけだ。


現在のカレンの主な仕事は障害箇所の修正と試験。それから、修正後の機械に組み込みなおす論理回路の用意だ。

お披露目まで残るは20日ほど。現在ランプが灯るのは2,3日に1度で、原因は機巧部担当の部分が7割であった。

おかげで最近は、不具合修正の仕事はぐんと減り、新しい箱を作りなおす機巧開発部に渡して、組み込みなおしてもらうための論理回路を準備する仕事が中心だ。

既に動いていたものと同様の論理回路を紙に書き、変換器にかけて、機巧開発部に持っていく。

持っていくことこそ、ブレットがやってくれるが、新しい論理回路を書き、変換器にかけるのはカレンの仕事だった。


控えにと保管されている変換前の論理回路を正確に書き写し、部屋の片隅に置かれた変換器に投入すると、手のひらに収まる程度の大きさの直方体になって出力される。どういった仕組みでこのようになるのか、なぜ紙に書いた論理回路が変換器にかけると形を変え、紙に書かれた命令を実行してくれるのか。学園で講義を受けた内容だったが、カレンにはさっぱり理解できなかった。今では「中で魔法がかけられている」とまで思っているくらいである。


論理回路に興味を持ったのは学園での講義のおかげであるが、現在の仕事で役立っているのは専ら職業訓練校で身に着けた知識や技術であった。

カレンの通った職業訓練校は、論理回路の技師になるための学校だ。職業訓練校は、名の通り、特定の職業に就業するために作られた場所であり、読み書きさえできれば、誰もが通うことが出来る。

貴族の援助と、実践演習であがる利益を授業料にあてていて、通うに当たって大きな費用はかからない。

12,3歳の子供から、4,50代の大人まで、幅広い年齢の人々が集う一風変わった空間だった。

学園での講義で論理回路に興味を持ったカレンは、そこに1年通い、実務に役立つ技術を手に入れたのである。



それはさておき。回収にいったブレットを待つ間に原因調査の準備をしておかなければ、と設計書や変換前回路と言った必要な資料を集めていると、ブレットでは考えられないような大きな音を立てながら、部屋の扉が開かれた。






◇◇◇




「やぁやぁ諸君、今日も元気に働いているかい?」


「室長!」



大きな音に小さく肩をはね上げたカレンは、アリシアの責めるような呼びかけに目を丸くした。

初対面の上司は、色白で押せば倒れてしまいそうな線の細さでありながら、それが気にならない快活な笑みを浮かべている。

少し長めのくるくるとした髪は若菜色で、瞳は細いフレームの丸眼鏡をかけているおかげか、はっきりとはわからない。年の頃は40手前といったところだろうか。

キャンキャンと吠えるアリシアをあしらいながら、長らく空席だったブレットの向かいの席につくと、ぼうっと見つめていたカレンに向かって、ちょいちょい、と手招きした。




「君がカレンちゃんだね?お噂はかねがね」


我に返ったカレンは、値踏みするような視線を感じながら、彼の元へと足を向ける。


「先日からお世話になっております、カレン・クレイバーグと申します。ご挨拶が遅れまして


「あーいいのいいの。いなかったの僕のほうだしね。優秀な即戦力だって聞いてるよ。不在がちで申し訳ないんだけれど、困ったら今まで通りトラヴィスに聞いてね」


それはごもっともで。

挨拶を遮られて少しむっとしたカレンは心の中で呟いた。


「室長よりもカレンのほうがもうここに馴染んでますからね!」


「えーひどいっ」


にやり、と効果音のつきそうな笑みを浮かべながらアリシアが、声を上げると、室長はえーんと泣き真似をしながら応える。

「お調子者」といった表現がぴったりの男性だった



「‥それより室長。なにかご用件ですか?」


「自分の職場に用件がなくちゃ出勤してきちゃいけないのかな?‥‥‥まぁいいか。いや、そこでデリエ卿にお会いしてね」



デリエ卿。

ここでは耳慣れない名だが、カレンでも知っている。

侯爵家のひとつで、城で文官たちを束ねている貴族の1人だ。そんな高貴な方のお話をこんなに軽々しく、と恐縮していると、続いた話に言葉を失った。



「というわけで、作り直しになったので、トラヴィスあとよろしく。僕は機巧開発部にも伝えてそのまま城に戻るから」


「あ、ヒューゴ借りてくね」


あまりの発言に二の句が継げなくなっている面々を置いてけぼりに、言いたいことだけを続ける室長。

ほら早く、と、ヒューゴを追い立てていくつかの資料を集めさせると、彼を連れて、すたすたと部屋を出て行ってしまった。




「作り直し…え…?」


部屋に残されたトラヴィス、アリシア、カレンの3人はしばらく呆けて座っていたが、カレンの思わずこぼれた言葉に我に返った。



「カレン、悪いがたまにあるんだ」


「ブレットくんが戻ってきたら一度話し合って、設計書の書き直しね」




余りにも突拍子のない展開に、救いを求めて窓の外に視線をやったが、そこに幸運のきらめきの姿はなかった。




◇◇◇



ブレットが戻ってくると「そいつは使うかわからん」と回収された紙を受け取り、ため息を吐いたトラヴィスが、全員を打ち合わせスペースに集めた。ヒューゴはまだ戻っていない。

カレンは一刻も早く手を動かしたい、という素振りを隠しもせず、トラヴィスが口を開くのを待った。



突然現れた室長の死刑宣告はもちろん、「入室記録器」についてである。

発明の依頼元である、王城に勤めるデリエ卿は、週に何度か塔へ進捗を視察に来る役割を担っているそうだ。そんな高貴な方が、と思ったが何でも自分の目で確かめないと気が済まない性分らしい。

実証試験にも、訪問のたびに協力してくれていたらしい。なんでもここ数日のランプの点灯はすべて卿の仕業だったというのだ。

爵位だけでなく、文化勲章をもち、文官長を務める彼は、過去に軍で大尉を経験していたまであるそうで、肩書が多く入力用の紙が毎回煩雑な内容になってしまい、数々のトラブルを引き起こしていたそうだ。


そんなデリエ卿と王城内でたまたま遭遇した室長は、世間話のうちに彼から苦情を受け、閃いた発明案をもって、塔に襲来したというわけだった。



デリエ卿の悩みの種は、受付係の準備に時間がかかりすぎることだった。

記録器にかけるカードには、受付係で判を押すことで、暗号文字を使った氏名を記載していたが、肩書が多いがゆえに、記入する名が長く、毎度カードの準備に時間がかかるというのだ。

デリエ卿のように複数の肩書をもつ貴族は、国に多くはないが彼ただひとり、というわけでもない。

王城でのお披露目当日もあのように待つことになるのだろうか、憂いていたらしい。



先のデリエ卿の話を聞いて、室長は日々愛読していた障害報告書の中身と繋がったらしい。障害の根本原因に見当がついたというのだ。

デリエ卿のように複数の肩書を持つ場合、そのたくさんの肩書を氏名に含めて記入する際、どの肩書から記入すべし、といったルールはない。軍部に赴く際は元大尉の肩書が最前に書かれることが多く、社交の場では侯爵の肩書が前にでる、といったように、訪問先により、異なるというのだ。

それ故に、受付係の裁量で、日によって記載の順番が異なり、判の重なりや、前後の文字の繋がりで、誤読を起こしやすくしていたのではないか、といのが室長の仮説であった。


これらの組み合わせで、それならば「デリエ卿専用の判を受付係に用意させればいい」と発想。

そこから、「初めからお披露目に招待される者は決まっているのだから、全員に決められた判を捺したカードを招待状と共に配布し、登城時にはそれを使用してもらえばいい」と考え、塔に飛んできたそうだ。


確かに予めどのようなものが入力されるか決まっていれば、その後の扱いは簡単だ。

しかしなぜ思いつくのが今なのか。お披露目まではあと20日。試験実施の期間も残り少なく、事前に配布するとなると、招待状の送付までにある程度の形が出来ていなければならない。


4人はお互いの認識を振り返ると、残りの期間と要件、現在の設計書を比較しながら、残す部分と新たに開発する部分の整理を始めた。


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