窓辺の君と煌めき

さかいさき

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「さーあ、洗いざらい話してもらんだからね」



約束通り、アリシアと共に町の酒場に来たカレンは、席に着くと早々、向かいに座った彼女に詰め寄られた。

素材の風味を感じる木製の机をバンっと叩き、こちらを見つめる彼女は、さながら夫の不貞を見つけた妻のようだ。

「先に注文ね」と逃げるように品書きに目を向ける。アルコールのページを開いて見せると、早く聞きたいと言わんばかりに、頬を膨らませたのがわかった。



頼んだ飲み物が届くとジョッキを掲げて、小さく音を立てて合わせる。

冷たいしゅわしゅわとした液体が喉を通り、柑橘類特有の匂いが鼻を抜けるのが心地よかった。



「いろいろなことがありすぎて、何から話せばよいのかわからないのよ」


一口飲んだジョッキを置いて、曖昧な笑みを浮かべるカレンを、微笑ましい物をみるように見つめた彼女は一つ一つ丁寧に質問してくれた。


「挨拶にはアッシャーさんがいらしたの?」


「ヴォラク卿もいらっしゃったわ」


「彼も同席していたのね」


「ダレルさんが先方の窓口を担当してくださる、と紹介していただいたの」


「その名前呼びは?」


「年も近いのだし、気を遣うから堅苦しいのはやめてくれって彼が」



アリシアは彼を名前で呼ばないことに、カレンは気が付かない。

動揺した頭で、昼のやり取りを思い出すと、また体温が上がってくるようだった。

熱を冷ますために、氷の入ったジョッキを煽ると、勢いにむせそうになる。



「よく室長にからかわれなかったわね」


「室長はいなかったもの」


「あらだって、一緒に行ったじゃない」


「途中で退出されたの」



質問上手な彼女に、話す順序を迷っていたのが嘘のように、するすると話ができる。

カレンだって、聞いて欲しくて仕方がなかったのだ。肩の荷を下ろすように答えていくと、少しずつ頭が整理されるようであった。


「では、2人きりだったというの?!」


「ええ、そうよ」


「次はいつお会いするの?」


「明後日よ。週2度ほど、塔にいらっしゃってるんですって。その時にお時間をいただくことになったわ」


「だから庭で寝ていたわけね」


「なぜ寝ていたかまではわからないけれどね。塔にいらしていた理由はわかったわ」


「聞けばいいじゃない」


「そんなこと聞けるわけないでしょう!見ていたのがばれちゃうじゃない!」


勢いよく煽ったジョッキが空になっているのが目に入り、店員を呼び、追加の注文をする。

いつもよりペースが速いのはご愛敬だ。



「やっぱりおかしいわよね?私に都合が良すぎる気がするの」


運ばれてきたジョッキに口をつけ、喉を湿らすと、整理されたはずの思考が酔っ払い特有の突飛な判断で、混沌としていく。



「ヴォラク卿はお忙しい方だからご本人が対応するわけにはいかないでしょう。それでもこちらは室長の部下だもの。それなりの人に応対させようとするはずよ。彼が出てくるのも当然だわ」


疑心暗鬼になっているカレンには縋りたい言葉だ。それでも不安はぬぐえない。



「私あんなにあからさまに態度に出して、絶対に彼に気が付かれたわ」


「態度に出したって、何をしたの?」


「何って、いつも通り見つめてしまっただけだけれど…」


「あなた、自分が思っている以上に顔には出ていないから大丈夫よ。確かに少し視線を感じるなとは思われたかもしれないけれど」


「あんなに暑かったんだもの。たぶん顔も真っ赤だったわ」


「元々色が白いから、血色がよく見えてちょうどいいかもね」


「いただいたお茶でリップも取れていたかもしれないし」


「あら、尚更ちょうどいいわね」


ぶつぶつと続けるカレンに、すっかりあしらう様な口調になっていたアリシアは、さらに2人分のお酒を追加注文する。


「‥こんなに天気が良いと眠くなるっておっしゃってたわ」


「世間話をする余裕はあったわけね」


「馬車を手配いただくまで時間があったのよ」


「では、見送りまでしてもらったの?」


「ええ、そうよ。そうなの。最後は馬車に乗り込むまで見送っていただいたわ」


思いだしては、呟き、また耳まで染め上げて、体を縮こませるカレン。

応接室から玄関まで、庭の見える廊下を隣に並んで歩いた。行きは、たびたび話しかけられる室長が、足を止めたので時間がかかったが、立ち止まることなく進む帰り道は一瞬のものだった。

半歩先を歩く陽に透ける銀と春の花々が合わさった光景は美しく、カレンの脳裏に焼き付いて離れなかった。






「見ているだけでいいなんて言っていたのに、すっかりその気じゃない」



そう言って笑った彼女は今日1番の笑みを浮かべていた。



◇◇◇



「頭痛い」

「同じく」



翌朝。朝日の差し込む塔の部屋に並んで座った2人はお互いの言葉にふっと笑う。

荒ぶる感情はすべて昨日酒場で吐き出してきた。

彼の前に立つためにも、今日は明日提示する資料を作り上げなければならない。ずきずきと脈打つ頭を抑えながら、カレンは机に向かった。



薬科省での入室記録器は訪問者の受付のためのものだ。

お披露目のときのように、カードに模様を書き込む必要はない。招待した人が訪問してくるわけでもないので、予めカードを配ることもできない。

加えて、3台用意する機械の情報は1つにまとめて出力されるべきである。

ここからカレンはカードを登録するための部品3つ・読み取りをする部品3つ、そしてその6つの部品を取りまとめる本体と、機能を分けて考えることにした。


元々カードの登録を行う機能は、現在トラヴィス達が量産化計画と並行して、追加検討を行っている機能の一つだ。

前回のお披露目では、暗号化までを技師の手作業で行い、模様と個人名を機械に読み取らせて、紐づけする形だったが、読み取ったカードを判別して、個人を登録する機能を追加しようとしているのである。

カードに書かれた文字列から暗号化した模様を生成し、別のカードにその模様を出力する。

そうして、出力された模様を入室記録器に読み取らせることで、以降はカードの読み取りだけで、誰が操作したか判別出来るようにするというのが、この機能のゴールだ。



3か所の受付それぞれで、カードの登録と読み取りを出来るようにして、1日の最後に本体から、その日の訪問者を取りまとめた紙を出力可能とする。

方向性としては、これで間違いないだろう。あとはここから、細かい要望に沿って、機能の増減を行っていけばよい。

大枠が決まると今度は説明用の資料を準備すべく、背を伸ばし、息を吐いた。




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