「あなた」が主人公の小説

なぎ

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今からあなたは…

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この小説の主人公は読者の「あなた自身」。




あなたは、今真っ白な部屋にいる。
部屋には堅く閉じられた鉄の扉が左右に二つ。


部屋は咽るように暑い。


目の前には磔にされている、見知らぬ男女が三人。

皆白い服を着せられている。


あなたの前には地面から固定されている、大きな黒い銃。拘束された男女三人の三方向にのみ向けることができる。


そして後ろには、あなたに向けて銃を構えた迷彩服の兵隊がいる。





──────ビィーーー


耳をつんざくようなブザーが、けたたましく部屋中に鳴り響く。


スピーカーから放送が流れ、平坦で抑揚のない男の声が聞こえてきた。




あなたは「選択人」に選ばれた。


目の前の三人の内、一人を殺しなさい。


三人の「被選択人」には、自分が生き残るにふさわしいとする、二十秒の主張の時間を与えた。


主張をよく聞き、よく考え、「選択」しなさい。


なお、銃は確実に頭を打ち抜けるよう調整がなされており、外れることはない。


──────ジィーーー …ブツッ。


スピーカーの音が切れる。



すると、左に拘束されている男が話始めた。
三十代後半ぐらいだろうか。少し日に焼けた、精悍な感じの男性だ。

「私には妻と、まだ幼い女の子がいます。私が帰らなければ、二人ともどれだけ悲しむか…。
ろくに生活だってできない。私が生きて働かなければ、妻と子供は一体どうなるか…。どうか…。助けてください。」

あなたの目をまっすぐに見据えて話終えた。

男の主張が終わるや否や、真ん中の女が、狂気じみた声で叫んだ。

「お願い!助けて!!私には婚約者がいるの!いやだ死にたくない…。私はまだ20代なの。若いのよ!殺すなら隣のどっちかの男を殺して!まだ死ねない!!死にたくないの!」
そう言い終わると、顔を伏せて咽び泣いた。
女は普段は綺麗なのだろうが、ひどく取り乱しており、鬼のような形相となっていた。


一呼吸置いて、最後の右に拘束された男の主張が始まった。
50歳ぐらいだろうか。眼鏡をかけ、少し白髪交じり。いかにも紳士といった顔つきだ。

「私は医師です。海外の貧しい国に赴き、医療を行っています。私が死んでしまうと、私の診療を待っている人々の命が失われてしまいます。私はまだ、もっと多くの命を救いたい。どうか、私を殺さないでください。」
男は落ち着いた口調で話し終えた。


全員の主張が終わってから、あなたが選択を行うまでに与えられた時間は、たったの五秒しかない。

再びスピーカーから男の声が聞こえてきた。



銃の方向を決め、銃の引き金に手をかけてください。



時間は普段通りに、淡々と無慈悲に刻まれていく。

スピーカーの音声がカウントダウンが始める。






──五・四・三・二・一…







──────ダンッ






乾いた発砲音が、部屋の壁に吸い込まれていく。

放たれた銃弾は、外れることなく頭を貫通した。



鉄の扉が開き、ひんやりとした空気が部屋へと流れ込む。

防護服に身を包んだ男達が、死体を抱え運んでいく。


暫くすると死体が運ばれた扉とは逆側の扉が開く。

生き残った者は開放され、部屋から出ることを許された。


皆走って扉へと向かった。





この小説は本当はここで終わり。


あなたが救った人、殺した人が、


その後どのような人生を歩んだか、


または、歩むはずだったのか。


次のページから、部屋を出てからの三人のその後を綴っていますので、御覧ください。



■左の男(雄樹)が生き残った場合。雄樹のその後。


雄樹は部屋を出ると、嫁と子供の暮らすアパートへと帰った。

「パパお帰りー!!」

ドアを開けると、子供が玄関まで駆け寄ってくる。

「ただいま。」

いつもは頭をなでるのだが、来た瞬間咄嗟に抱きしめてしまった。

「パパイタイ…」

汗をかいていたためか、子供は抱かれるのを嫌がり、
雄樹を手で突き放し、嫁の元へと走って逃げていった。

「あなたお帰りなさい。」

雄樹は先程の反省を活かし、嫁に抱きつくのを堪えた。

「あなた今日は仕事大変だった?なんか疲れてない?」

嫁は心配そうに、雄樹の顔を覗き込んだ。

「大丈夫!先風呂入ってくるな。」
余計な心配をかけさせないように、雄樹は普段通りに振舞った。

嫁は一度離婚していて、子供は嫁の連れ子だった。
前の夫はギャンブルが趣味で、休日はパチンコや競艇によく出掛けていたそうだ。
ある時、FXにも手を出し始め、気がつけば少なくない借金を背負っていたようだ。レバレッジの利く、ハイリスクハイリターンの取引で失敗したのだろう。

また前の夫は子育てにも全くの無関心で、色々なことが積み重なり、耐え切れずに離婚したそうだ。

今後一切関わりたくなかったという理由で、養育費ももらっておらず、むしろ借金もいくらか嫁が背負う形で、離婚をしたのだという。

普段通りに食事を済ませると、台所で皿洗いしている嫁に後ろから抱きついた。

「どうしたのよ急に?」
嫁は笑った。

「なんでもない。」

雄樹は少し涙ぐんだが、バレないようにすぐに後ろを向くと

「んじゃ、寝る。」
雄樹はそう言うと寝室へと向かった。寝室では、子供がパカッと口を開けて幸せそうに眠っていた。

(明日からも、俺が支えてやらなきゃな。)

雄樹は布団に倒れ込むと、死んだように眠った。


■右の男(憲路)が生き残った場合。憲路のその後。


憲路は選別の部屋を出て、家に戻ると一人でニヤッとほくそ笑んだ。

(人の命の重さは決して同じではない…。5歳の子供と90歳の老人では命の重みが全く違う。選択人がそこに気がつき、あの場で唯一の真偽のない基準である、「年齢」で判断すれば俺が死ぬはずだった。)

いくつもの鋭利な刃物を見ながら、憲路はそんなことを考えていた。

憲路は医者ではない。

女性ばかりを狙う連続殺人犯だ。

縁もゆかりもない女性を通りすがりに、車に連れ込んで拉致し、強姦の上殺害をする。

その行為にスリルと興奮を覚えていた。

(ラッキーだったな。)

憲路は黒いパーカーのフードをかぶり、マスクを着けた。
並ぶ刃物から一本のナイフを手に取ると、憲路は早速に家を出ていった。



■真ん中の女(明日香)が生き残った場合。明日香のその後。

明日香は部屋を出た後、真っ直ぐに婚約者の住むマンションへと向かった。

婚約者は疲れ切った明日香を見て、心配して部屋に招き入れると、
明日香は堰を切ったように、先程あった出来事を話始めた。

明日香は全てを話した。

運悪く今回の選別に選ばれたこと。拘束され部屋に閉じ込められたこと。
そこで生き残るために、隣の男を殺してほしいと叫んでしまったこと…。

なぜ全部を話してしまったのかは分からない。
ただただ聞いて欲しかった。

婚約者は黙って聞いてくれた。全てを受け止めてくれた…、と思った。



婚約が破棄されたのはその2日後だった。

婚約者からの連絡はLINEでたった一言。

「ごめん。別れよう。」

すぐにメッセージを送り返す。手が震える。

「なんで?嫌だよ。もう一度話そう?」


メッセージが既読になることはなかった。


電話をかけても繋がらない。

何度も電話をかけた。繋がらない。

何度も何度もかけた。


かける分だけ、自分のことが嫌いになった。

一度家を訪ねようと、彼の家の近くまで行ったが、最後は思い直して引き返した。



彼は客観的に見ても、かっこよくスタイルも良い。
一緒に歩いていると、通りすがりの女性の視線が彼に注がれていることによく気がついた。
そんな彼は明日香の自慢だった。

ただ、思えば付き合ってきた3年間、ずっと彼の理想に合わせてきた。

彼は清楚で、無垢な女性が好みのようだった。
それに合わせて、髪型も変え、洋服も選び、彼の前では本当はわがままな自分の意見を抑え、清楚に、おしとやかに振舞って自分を演じていた。

彼といると息苦しさを感じることも多かった。
でもそれが普通なんだと思っていた。


明日香は大手メーカー企業に事務職として勤めていた。
責任感が強い明日香は、選別の日の後も毎日欠かさずに出勤した。

生活という現実からは離れてしまわないようにした。
ただ、ある種のトラウマか、男性を意識的に遠ざけるようになった。
食事会という名の合コンの誘いも何度かあったが、全て予定があると嘘をついて断った。

明日香が30歳を過ぎた頃、高校時代からの知り合いの男性から急に食事の誘いがあった。
SNSを伝って、その人から誘いのメッセージが入ったのだ。

その人はお世辞にもかっこいいとは言えず、冴えない感じで、学生の時も友達の間で話題になるようなこともなかった。

愛嬌のある人だったが、男性として意識したようなことはなかった。1度か、2度程度しかしゃべったような記憶しか残っていない。

最初はご飯もおごってもらえるし、特に予定もないからと思い、二人での食事の誘いを受けることにした。


楽しかった。

自然な自分でいられた。


彼は雰囲気は変わらなかったが、
当時に比べて少しぽっちゃりして、お腹も出てきているようだった。

彼はIT系の企業に勤めて、毎日遅くまで仕事をしているとのこと。仕事が忙しく、これまで女性との出会いにも恵まれなかったようだ。

明日香は男性から、その後猛烈にアプローチを受けた。
聞くと学生の時から明日香のことを秘かに好きだったようだが、自分には高嶺の花だと思い声をかけられなかったとのこと。
やはり長年の思いが忘れられず、思い切って誘ったとのことだった。

徐々に食事や二人で遊びに行く機会も増え、いつしか付き合うようになり、彼からプロポーズを受けた。

プロポーズの時、明日香は彼に選別の日のことを話した。
また、全部を話したくなってしまったのだ。
自分が生き残りたいがために、隣の男を殺してほしいと叫んでしまったことも…。

明日香が一通り、その日の出来事、そしてその時の言葉について後悔し、悩んでいることを話し尽くすと、
黙って聞いていた彼は言った。

「誰でもそうなるさ。そんなことでずっと悩んでたの?」

彼は逆に驚いた様子だった。

明日香の目からは涙がボロボロと溢れ出た。彼は続けて言った。

「明日香が今ここにいてくれることが嬉しい。」

彼は箱を開くと、太い逞しい手で、明日香の左手をとった。




それでも…と、明日香は思った。

私の結婚相手として、お腹が出ているのはやっぱり許せない!


「私より長生きしてもらわないと。」


そんな一人言をつぶやき、料理を作りながら彼の帰りを待つ。
少し大きくなった自分のお腹を愛おしく擦り、明日香は幸せそうに笑った。




■誰も殺さなかった場合 

あなたは誰も自分で殺すことなく、雄樹と明日香と共に扉から開放され、無事日常へと戻った。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

すみっこ兎
2017.05.13 すみっこ兎

自分が主人公となる作品を初めて読みました。
また、設定だけでなく、内容もとても深く、考えさせられました。
最後は驚きでした!!!
素晴らしい作品を読ませていただきました!

2017.06.07 なぎ

返信が遅れまして申し訳ありません。

この作品は10年以上前に書いた作品のリメイクです。
もう1度小説家を目指したいなと思って書いた作品です。
ご感想いただきましてありがとうございました(^^)

解除

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