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みんなのスキルが羨ましい

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聞き飽きたチャイムが校舎に放課後を告げる。

束縛から一時解放された放課後特有の教室の喧騒の中、拓也は手元のスマホの画面だけに集中していた。

スマホの画面に映し出されていたのは、国取り戦略ゲームだ。
いつもの拓也なら、放課後のチャイムが鳴った途端に教室を飛び出して家へと直帰するのだが、今日はそうはいかなかった。
拓也がはまっているのは、リアルタイムゲーム。
この時間に、オンラインの仲間達と敵国へと攻め込む約束をしていたのだ。
戦闘準備は万端だ。いざ戦争を始めようとした時、拓也の周りが一瞬白く光ったような気がした。

手元のスマホが消えて、一瞬自分の掌を見つめた拓也は反射的に顔をあげる。

どこだ。ここは。

「私は王女のミーファと申します。勇者の皆様。ようこそカルム王国へいらっしゃいました。」
パチリと開いた大きな目には、さざなみのような涼しげな青い瞳が宿る。拓也はその瞳に一瞬で心奪われる。キメの細かい不純物の一切ない白い肌。わずかに栗色を帯びたロングの黒髪を揺らし、王女は笑った。

「なんだよっ!ここどこだよっ!」
桐生の怒鳴り声で、王女に目を奪われていた拓也は周りにクラスメイトがいることに気がつく。
10人。全員ではない。どうやら放課後に教室に残っていたクラスメイト達のようだ。
そのクラスメイト達を取り囲むように、武装した男が8人ほど。
部屋はレンガで造られており、窓がないため外の様子を伺い知ることはできない。
拓也達の足元には魔法陣が描かれていた。

桐生の怒鳴り声に怯んだ王女を察し、隣の屈強な男が桐生を上回る大声で叫んだ。
「勇者様方!あなた達には魔王軍からこの国を救っていただきたいっ!」
密閉されて空気の停滞したレンガ造りの部屋に、声が反響する。

「俺たち勇者なの!?」
「魔王軍…。」
「私怖いよ…。」

「この世界へと転生された皆様には、既にスキルが宿っているはずです。どうぞ、この箱へと手を入れてみてください。」
混乱するクラスメイト達をよそに、男は続けた。

「よぉーしゃっ!オレからっ!」
考えるよりも先に動き、恐ろしい順応性を見せる学年で1番のお調子者の金井勇斗カナイユウト
こいつのことはどうも嫌いになれない。
勇斗は一切の躊躇なく、黒い箱へと右手を突っ込む。

「んっ??」

「引き抜いてみてください」
勇斗が黒い箱から手を引き抜くと、そこには立派な剣が握られていた。

「うぉおおおー。かっけー!」
勇斗は少し光を帯びた剣を掲げ、しげしげとその剣を見つめた。

「スキル【聖剣の戦士】。レベル27。」
屈強な男の横で、気配を絶っていたローブの老人がボソボソと勇斗に言い渡す。

「かっけーっ!何それっ!?強いの!?」
勇斗が無邪気に老人へ興味深々で質問する。
老人は勇斗を無視して、ボーと前方を向いている。

「大丈夫か…。ぼけてないよな…。」
不自然なほど空いた間に、勇斗の心の声が漏れる。

見かねた屈強な男がフォローする。
「よくぞいらっしゃった。聖剣の戦士様。聖剣の戦士は戦士の最上位に位置するスキル。この世界のレベルの最高値は100。最上位スキルの初期値でレベル27はほとんどいないぞ。」

「よっしゃっ!!!」

なかなかいない。拓也は男の言葉を頭の中で反芻する。

この世界への転生、俺たちがはじめてではない。
王国の兵士達の転生者を見る態度が妙に落ち着いている。

「つっ次、オレ行こうかな。」
箱の安全と、取り囲む兵士達の敵意のなさに安心し始めたクラスメイトたちは、次々と箱の中へと手を入れていった。

「スキル【武道家】レベル35」

「スキル【僧侶】レベル17」

「スキル【魔道師】レベル23」
箱から爪や杖を取出す度に、クラスメイト達から感嘆の声があがっていく。

その中でも一際驚きの声が大きかったのは、勇斗以外に三人。

「スキル【魔剣の戦士】レベル31」
桐生当真キリュウトウマ
取り出した右手には妖しい光りを僅かに湛える魔剣があった。
魔剣の戦士は、聖剣の戦士と並ぶ最上位スキル。
イケメンで体格もいい。性格はかなり勝気なところがある。
交友関係や女性関係など、あまりいい噂は聞かない。
個人的な相性の問題だが、拓也はこいつのことは好きになれなかった。
イケメンに嫉妬しているわけではきっとない。

「スキル【賢者】レベル18」
秀才桜奈緒サクラナオ
利き手の左手には、古めかしい学問書。
賢者は僧侶、魔道師の上位スキルにあたる。
物静かで、控えめ。拓也はまだ会話らしい会話を彼女としたことがない。
いつもテストの学年のトップ3に名前が入っていた。

「スキル【踊り子】レベル51」
橋本可奈ハシモトカナ
右手には薄いピンクのダチョウの羽?
学校一の美女。綺麗系の女子。年齢の割りにかなり大人っぽい。
歳の離れた年上の男性と付き合っているのではないかとの噂を聞いた。
同年代の男子は子供扱いで全く興味を示さない。
もちろん、拓也はまともに彼女と会話をしたことはない。

残るは拓也ひとり。
勇者様と言われながら、勇者がこここまででていないことに拓也は気がついていた。

拓也は黒い箱に手を入れる。心臓がドクドクと高鳴る。

皆の視線が拓也の手元へと集まる。
拓也は勢いよく箱から手を引き抜いた。

拓也の手には、ぺラッとした一枚の白紙。
そこには黒い文字で単語が書かれている。おそらくこの世界の文字だろうか。拓也には読むことはできない。

リアクションに困り、皆静まり返る。
これまで間髪入れずに、スキルを答えていた老人のしゃがれた声が聞こえない。
今度は皆がローブの老人を見る。

「これは??」
静寂に耐え切れず、拓也が堪らず聞く。

ローブの老人はよたよたと拓也に近寄ると、目を細めて拓也の右手の白紙の文字を読み上げた。
「……ホ・ケ・ン?」

「保険?」
拓也が繰り返す。

「…それはどういうスキルなのでしょうか?」

「…わからん」

「えっ?」

「…知らんっ!みたことないっ!」
知らなかったことが悔しかったのか、半ば逆ギレしてローブの老人はそう言い放つと、部屋を出て行ってしまった。

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