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それ、俺なんだけど……
それ、俺なんだけど……
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――では、次のニュースです。
昨日、二十一時頃、長野県卯田郡矢代村の公園で、中学生と見られる男女の遺体が見つかりました。
現場には被害者のものと思われる血痕のついた刃渡り十五センチ程の包丁が残されていて、警察は身元確認を急ぐとともに、被害者は何らかの事件に巻き込まれたとして捜査を続けています――
「あんな下らない『制度』のせいで……」
教員生活も今年で二年目の秋。
大森拓也は一人の生徒を気にしていた。
彼の名前は吉田誠司。
昔から引っ込み思案で気弱、どちらかといえば影も薄い。
そんな彼がとあるグループからいじめを受けているという話は、拓也がこの二年三組の担任になる前、中学一年生の頃から風の噂で耳にしていた。
初めてクラス担任を持った拓也は、自分の教え子となった彼を何とか救い出せないかと、ある「制度」を取り入れることにした。
拓也は年頃の学生にとって一大イベントと言っても過言ではない席替えを、毎月のように実施することにした。
いくら大人ぶった態度を取っていたとしても、彼らはまだまだ中学生だ。
どんな席になるか、というより席を移動するということに生徒はみな、心を躍らせていた。
そしてこの席替えにこそ、拓也はある「制度」を定めたのであった。
『優先ポイント制度』
それが、この席替えに設けられた「制度」である。
大きなルールはただ一つ。
「良いことをしたらポイントが貰える」
ただそれだけだった。
与えられたポイントの高い上位三名は、席替え恒例のくじ引きを行うことなく、好きな席を決めることが出来る。
授業に真剣に取り組める教卓の前を選ぶも良し、程良く気を抜ける後ろの席を選ぶも良し、友達とともに上位三名に入ることが出来れば隣同士の席にするも良し。
ゲーム制の高い制度を設けたことで、生徒は全員、やる気に満ち溢れた。
但し、この「制度」には幾つかの制約が存在した。
制約条件は以下の通り。
・申告は全て「自己申告」とする。
席替えを行う前日までの間、拓也が目の当たりにした、あるいは耳にした「良いこと」を『優先ポイントチャンス』として帰りのホームルームで話題に挙げる。
話題に対して「それを行ったのは私です」と拓也に伝えれば一ポイント、一緒に行った者がいた場合はそれぞれ一ポイントとする。
・申告者がいない場合は、ポイントは誰にも付与されるはない。
あくまで自己申告を基準とする。
・特別ポイントが存在する。
「良いこと」の中でも特に優れたものと判断された場合は、その状況に応じたポイントが加算される。
・申告には「二名以上の証人者」を必要とする。
「二名以上の証人者」を設けることで、不正防止策を促していく。
尚、「証人者」がいない場合は拓也への「伝達者」と拓也の推薦を持って、一ポイントを加算する。
・「伝達者」とは自身が見た「良いこと」を拓也に報告をする者を指す。
「伝達者」は「先生の最も信用するパートナー」を拓也が指名する。
「伝達者」は証人者がいない場合、「証言者」の役割を担う。
他の者は「伝達者」の詮索をしてはならない。
・申告を尊重する。
申告があった場合は一人の人間としてその意見を尊重する。
・判断基準は全て、拓也とする。
ゴミ拾いを良いことと思う人もいれば、それは当然と捉える人もいるように、「良いこと」の判断は人それぞれだ。
よって制度の秩序を保つため、全ての判断は「拓也を基準」とする。
「特別ポイント」の判断も拓也がジャッジを行うことで公平性を持たせていく。
以上が生徒に伝えた制約の中身となる。
これでゲーム制を楽しみながら、人としての成長を促すことが出来るのではないかと拓也は踏んでいたのだった。
何より、少しずつ誠司が自分の意見をハッキリと言えるようになれば何かが変わると、そう思っていた。
「今日のホームルームでは『優先ポイントチャンス』があります」
その言葉を聞いて、三組は「おぉー!」と熱狂の渦に包まれる。
拓也は誠司にも視線を向けたが、誠司はこの渦に混じろうとはせず一人静かに教科書を読みながら、時折黒板の方をチラチラと見ていた。
誠司の心の内まではわからなかったが、恐らく誠司は「優先ポイント」が欲しいのではなく、来たるべき席替えの日を楽しみにしているのだろう。
誠司はその内気な性格からか「自己申告」をせず、いつもくじ引きに運命を委ねていた。
しかし、これまでの席替えではことごとく惨敗し、席はいつも後ろ、周りはクラスの中でも騒がしい部類の生徒に囲まれ、教師の声が聞こえないのか、眉間に皺を寄せながら授業を聞くことが日常茶飯事だった。
拓也の目には、誠司が勉強に集中したがっているように映っていた。
あまり一人の生徒に肩入れしてはいけないとわかっていも、誠司には殻を破ってほしいと強く思ってしまう。
そのため数回に一度、『優先ポイントチャンス』の中に誠司が行ったと拓也が把握しているものも紛れ込ませるようにしていた。
この日の話題もその一つで、該当者が誠司ということを、拓也は知っていた。
「今日の『優先ポイントチャンス』は……、体育館にある自動販売機の横に設置したゴミ箱。あのゴミ箱が空のペットボトルで一杯になっていたんだが、誰かがビニール袋を交換して、ゴミはゴミ捨て場に運んでいてくれたらしい。該当者はこのクラスにいるか?」
拓也はまるで人から聞いた話だと言わんばかりに、大袈裟に辺りを見渡した。
誠司の元へも視線を向けていたが、誠司は一向に手を挙げる素振りを見せない。
――今回も難しいか……。
そう思った拓也は小さくため息をつき、早々にホームルームを切り上げようとした。
しかし、思わぬところから声が上がる。
「先生。それ俺だったわ」
清宮慎。
このクラス一番の問題児で、悪い噂が絶えない生徒だった。
ただいつも決定的な証拠がないため罰することも出来ず、常に平然と、教師をバカにするような口調と態度で接してくる。
最近では誠司が清宮のいるグループに入ったという噂まで耳にし、拓也は気になっていた。
「清宮。お前だったのか?」
拓也は清宮が該当者ではないことを知りながらも、この「自己申告」を尊重する形を取る為に聞き返す。
「何? もしかして俺のこと疑ってんの? ひでー教師だな。おい、琢磨、理沙。俺がやったの見てたよな?」
「あぁ……、確か昼休みの終わりくらい? 慎一人でやってたな」
「理沙も見たー。柄にもなく良い奴になってた」
佐野琢磨と仲町理沙。
この二人はいつも清宮と一緒に行動している、いわゆる不良グループだ。
そしてこの「優先ポイント制度」を導入してからは度々、三人それぞれが「証人者」になりあってポイントを取得していた。
今の席も、三人はこのやり方で稼いだポイントで隣同士になっていて、そのすぐ前の席が誠司となっていた。
「それ、俺がやったんだけど?」
拓也は「見ていたなら手伝ってやれよ」と思いながら、どこまで目を瞑るか、じっと堪えながら考えていた。
「そうか、また二人が見ていたのか……」
何気なしに拓也がそう言うと、
「『また』ってなんだよ、先生。まるで俺らがズルしているみたいな言い方じゃねーか」
そう言って、慎、琢磨、理沙は顔を合わせて笑った。
クラス全体が「口出ししてはいけない」といった、重たい空気に包まれる。
「あー、悪かったな。謝るよ。じゃあ今回は清宮に一ポイントだ。これからも頑張れよ」
そんな空気を壊すように、拓也は笑顔を作ってホームルームを締めた。
一人、また一人と教室を後にする。
クラスの半分以上が帰ったところで、拓也も教室を出た。
職員室へ向かう階段を下りていると、俯きながら歩く誠司の姿を見かけた。
「おーい、吉田」
拓也は小走りで階段を駆け下り誠司へ近づくと、小さな声で囁いた。
「この前の『伝達』、サンキューな」
「い、いえ。お役に立てたのなら俺はそれで……」
「いやー、お前は本当に頼りになるよ。お前からの伝達ほど、このクラスで信憑性の高いものはないからな」
誠司は言葉を発することなく、ペコペコと頭を小刻みに下げた。
拓也が制約の中に定めた『伝達者』とは、誠司のことだった。
三組の生徒は誰一人として、このことを知らない。
この時点で大きく誠司に肩入れしていることになるのだが、一つのいじめが無くなるきっかけになるのであれば、それはそれで良いと拓也は思った。
「そろそろお前も、ちゃんと『自己申告』をする側になれよ。先生、期待してるぞ」
拓也は手に持っていた日誌で誠司の背中を軽く小突いた。
誠司も不慣れな笑顔を見せて口を開く。
「先生……。俺もちゃんと参加出来るように……、頑張るよ」
返事の代わりに軽く微笑むと、「じゃあ、気を付けて帰れよ」と片手を挙げて誠司を見送った。
この会話を、三組の生徒に聞かれていたとも気付かずに――。
その日を境に、『優先ポイントチャンス』では奇妙なことが起こり始めた。
「先生、それ、俺だわ」
「先生! それ理沙―!」
「それ、俺がやった」
誠司からの『伝達』内容に基づいた「良いこと」が、ことごとく清宮たちのグループから該当者が出るようになったのだ。
そして、何より不思議だったのは、「証言者」が必ず、『このグループ以外の生徒』となったことだった。
それも一人、二人ではなく、必ず複数人が、清宮らの行った「良いこと」を目撃していた。
彼らがポイント欲しさでむやみやたらに自己申告をしているのであれば、それは当然問題視するところであったが、そういうわけではない。
毎回同じ「証言者」でもなく、不自然な程に「証言者」は日々変わっていく。
清宮のグループとは相まみれないような、大人しい生徒までもが「証言者」になることもあり、拓也は疑うことを許されない状況に陥っていく。
さらに、「自己申告は尊重する」と言った手前、清宮たちを問い詰めることも出来ない。
拓也は自分の言葉が自分の首を絞めているような気がしていた。
そんな状況が半月以上続いたある日、拓也は誠司を呼び出す。
「急に呼び出して悪かったな。そこ、座ってくれ」
誠司は小さく「失礼します」と言って、拓也と向かい合う形で席につく。
呼び出された意味を理解しているのか、誠司は目を合わせることもなく、肩を竦めるように下を向いていた。
拓也は誠司を追い込むことのないよう、出来る限り優しい口調で語り掛ける。
「実は今日ここに呼びだしたのはな……、お前からの『伝達』についてなんだ」
誠司は一瞬肩を震わせ、更に下を向いた。
「やっぱりそうか……」
誠司の反応を見て、拓也は全てを理解した。
「お前の『伝達』は、清宮たちに利用されているんだな?」
誠司の身体は震えている。
「お前がクラスの人間の目に付くところで、一時的に清宮たちに「良いこと」をさせる。クラスの人間がいなくなった後は、お前が残りの処理をしている……、そんなところなんだろ?」
拓也はそう言い終わった時、誠司の首元に痣のようなものが見えた気がした。
「お前、その首……」
すると突然、誠司は勢い良く顔を上げて話し始めた。
「大丈夫です! あと少しで席替えですよね? 俺、ちゃんと先生の期待に応えるから!」
血走った誠司の目には、様々な感情が交じり合っているように見えた。
「俺にだって出来る……。こうやって人に頼られるのは、生まれて初めてなんだから……」
しかし、その後も状況が変わることはなく、次の席替えまで残り数日となっていた。
今回の「優先ポイント」は清宮、佐野、仲町の三人が独走する結果となっている。
もうポイントで越されることはないと踏んだのか、三人は揃って欠席だった。
「えー、今日の『優先ポイントチャンス』だが……」
拓也がそう言った瞬間、乱暴に三組の扉が開く。
「大森先生! 今すぐ職員室に来て下さい!」
拓也の視線の先には、真っ青な顔で息を切らした教頭が立っていた。
拓也は生徒に一時待機を命じ、職員室へと急いだ。
「これ! このニュース!」
職員室では、ここにいる全ての教師がテレビのニュースを食い入るように見つめていた。
「こ、これって……」
拓也は頭の整理が出来ないまま、フラフラとした足取りで教卓の前に立った。
「みんな……、落ち着いて、聞いてくれるか……」
教室は異様なまでに静かだったが、拓也は生徒がどんな顔をしているのか見る余裕もない程に混乱していた。
「今……ニュースで報道されていたんだが……。昨日、清宮と佐野、それから仲町が……」
詰まりながらも、必死に伝えようと言葉を探している時だった。
突然、教室の後方で誰かが口を開く。
「先生!」
満足感で心の高ぶったような場違いなその声は、静まり返った教室内に響き渡った。
「それ、俺なんだけど――……」
昨日、二十一時頃、長野県卯田郡矢代村の公園で、中学生と見られる男女の遺体が見つかりました。
現場には被害者のものと思われる血痕のついた刃渡り十五センチ程の包丁が残されていて、警察は身元確認を急ぐとともに、被害者は何らかの事件に巻き込まれたとして捜査を続けています――
「あんな下らない『制度』のせいで……」
教員生活も今年で二年目の秋。
大森拓也は一人の生徒を気にしていた。
彼の名前は吉田誠司。
昔から引っ込み思案で気弱、どちらかといえば影も薄い。
そんな彼がとあるグループからいじめを受けているという話は、拓也がこの二年三組の担任になる前、中学一年生の頃から風の噂で耳にしていた。
初めてクラス担任を持った拓也は、自分の教え子となった彼を何とか救い出せないかと、ある「制度」を取り入れることにした。
拓也は年頃の学生にとって一大イベントと言っても過言ではない席替えを、毎月のように実施することにした。
いくら大人ぶった態度を取っていたとしても、彼らはまだまだ中学生だ。
どんな席になるか、というより席を移動するということに生徒はみな、心を躍らせていた。
そしてこの席替えにこそ、拓也はある「制度」を定めたのであった。
『優先ポイント制度』
それが、この席替えに設けられた「制度」である。
大きなルールはただ一つ。
「良いことをしたらポイントが貰える」
ただそれだけだった。
与えられたポイントの高い上位三名は、席替え恒例のくじ引きを行うことなく、好きな席を決めることが出来る。
授業に真剣に取り組める教卓の前を選ぶも良し、程良く気を抜ける後ろの席を選ぶも良し、友達とともに上位三名に入ることが出来れば隣同士の席にするも良し。
ゲーム制の高い制度を設けたことで、生徒は全員、やる気に満ち溢れた。
但し、この「制度」には幾つかの制約が存在した。
制約条件は以下の通り。
・申告は全て「自己申告」とする。
席替えを行う前日までの間、拓也が目の当たりにした、あるいは耳にした「良いこと」を『優先ポイントチャンス』として帰りのホームルームで話題に挙げる。
話題に対して「それを行ったのは私です」と拓也に伝えれば一ポイント、一緒に行った者がいた場合はそれぞれ一ポイントとする。
・申告者がいない場合は、ポイントは誰にも付与されるはない。
あくまで自己申告を基準とする。
・特別ポイントが存在する。
「良いこと」の中でも特に優れたものと判断された場合は、その状況に応じたポイントが加算される。
・申告には「二名以上の証人者」を必要とする。
「二名以上の証人者」を設けることで、不正防止策を促していく。
尚、「証人者」がいない場合は拓也への「伝達者」と拓也の推薦を持って、一ポイントを加算する。
・「伝達者」とは自身が見た「良いこと」を拓也に報告をする者を指す。
「伝達者」は「先生の最も信用するパートナー」を拓也が指名する。
「伝達者」は証人者がいない場合、「証言者」の役割を担う。
他の者は「伝達者」の詮索をしてはならない。
・申告を尊重する。
申告があった場合は一人の人間としてその意見を尊重する。
・判断基準は全て、拓也とする。
ゴミ拾いを良いことと思う人もいれば、それは当然と捉える人もいるように、「良いこと」の判断は人それぞれだ。
よって制度の秩序を保つため、全ての判断は「拓也を基準」とする。
「特別ポイント」の判断も拓也がジャッジを行うことで公平性を持たせていく。
以上が生徒に伝えた制約の中身となる。
これでゲーム制を楽しみながら、人としての成長を促すことが出来るのではないかと拓也は踏んでいたのだった。
何より、少しずつ誠司が自分の意見をハッキリと言えるようになれば何かが変わると、そう思っていた。
「今日のホームルームでは『優先ポイントチャンス』があります」
その言葉を聞いて、三組は「おぉー!」と熱狂の渦に包まれる。
拓也は誠司にも視線を向けたが、誠司はこの渦に混じろうとはせず一人静かに教科書を読みながら、時折黒板の方をチラチラと見ていた。
誠司の心の内まではわからなかったが、恐らく誠司は「優先ポイント」が欲しいのではなく、来たるべき席替えの日を楽しみにしているのだろう。
誠司はその内気な性格からか「自己申告」をせず、いつもくじ引きに運命を委ねていた。
しかし、これまでの席替えではことごとく惨敗し、席はいつも後ろ、周りはクラスの中でも騒がしい部類の生徒に囲まれ、教師の声が聞こえないのか、眉間に皺を寄せながら授業を聞くことが日常茶飯事だった。
拓也の目には、誠司が勉強に集中したがっているように映っていた。
あまり一人の生徒に肩入れしてはいけないとわかっていも、誠司には殻を破ってほしいと強く思ってしまう。
そのため数回に一度、『優先ポイントチャンス』の中に誠司が行ったと拓也が把握しているものも紛れ込ませるようにしていた。
この日の話題もその一つで、該当者が誠司ということを、拓也は知っていた。
「今日の『優先ポイントチャンス』は……、体育館にある自動販売機の横に設置したゴミ箱。あのゴミ箱が空のペットボトルで一杯になっていたんだが、誰かがビニール袋を交換して、ゴミはゴミ捨て場に運んでいてくれたらしい。該当者はこのクラスにいるか?」
拓也はまるで人から聞いた話だと言わんばかりに、大袈裟に辺りを見渡した。
誠司の元へも視線を向けていたが、誠司は一向に手を挙げる素振りを見せない。
――今回も難しいか……。
そう思った拓也は小さくため息をつき、早々にホームルームを切り上げようとした。
しかし、思わぬところから声が上がる。
「先生。それ俺だったわ」
清宮慎。
このクラス一番の問題児で、悪い噂が絶えない生徒だった。
ただいつも決定的な証拠がないため罰することも出来ず、常に平然と、教師をバカにするような口調と態度で接してくる。
最近では誠司が清宮のいるグループに入ったという噂まで耳にし、拓也は気になっていた。
「清宮。お前だったのか?」
拓也は清宮が該当者ではないことを知りながらも、この「自己申告」を尊重する形を取る為に聞き返す。
「何? もしかして俺のこと疑ってんの? ひでー教師だな。おい、琢磨、理沙。俺がやったの見てたよな?」
「あぁ……、確か昼休みの終わりくらい? 慎一人でやってたな」
「理沙も見たー。柄にもなく良い奴になってた」
佐野琢磨と仲町理沙。
この二人はいつも清宮と一緒に行動している、いわゆる不良グループだ。
そしてこの「優先ポイント制度」を導入してからは度々、三人それぞれが「証人者」になりあってポイントを取得していた。
今の席も、三人はこのやり方で稼いだポイントで隣同士になっていて、そのすぐ前の席が誠司となっていた。
「それ、俺がやったんだけど?」
拓也は「見ていたなら手伝ってやれよ」と思いながら、どこまで目を瞑るか、じっと堪えながら考えていた。
「そうか、また二人が見ていたのか……」
何気なしに拓也がそう言うと、
「『また』ってなんだよ、先生。まるで俺らがズルしているみたいな言い方じゃねーか」
そう言って、慎、琢磨、理沙は顔を合わせて笑った。
クラス全体が「口出ししてはいけない」といった、重たい空気に包まれる。
「あー、悪かったな。謝るよ。じゃあ今回は清宮に一ポイントだ。これからも頑張れよ」
そんな空気を壊すように、拓也は笑顔を作ってホームルームを締めた。
一人、また一人と教室を後にする。
クラスの半分以上が帰ったところで、拓也も教室を出た。
職員室へ向かう階段を下りていると、俯きながら歩く誠司の姿を見かけた。
「おーい、吉田」
拓也は小走りで階段を駆け下り誠司へ近づくと、小さな声で囁いた。
「この前の『伝達』、サンキューな」
「い、いえ。お役に立てたのなら俺はそれで……」
「いやー、お前は本当に頼りになるよ。お前からの伝達ほど、このクラスで信憑性の高いものはないからな」
誠司は言葉を発することなく、ペコペコと頭を小刻みに下げた。
拓也が制約の中に定めた『伝達者』とは、誠司のことだった。
三組の生徒は誰一人として、このことを知らない。
この時点で大きく誠司に肩入れしていることになるのだが、一つのいじめが無くなるきっかけになるのであれば、それはそれで良いと拓也は思った。
「そろそろお前も、ちゃんと『自己申告』をする側になれよ。先生、期待してるぞ」
拓也は手に持っていた日誌で誠司の背中を軽く小突いた。
誠司も不慣れな笑顔を見せて口を開く。
「先生……。俺もちゃんと参加出来るように……、頑張るよ」
返事の代わりに軽く微笑むと、「じゃあ、気を付けて帰れよ」と片手を挙げて誠司を見送った。
この会話を、三組の生徒に聞かれていたとも気付かずに――。
その日を境に、『優先ポイントチャンス』では奇妙なことが起こり始めた。
「先生、それ、俺だわ」
「先生! それ理沙―!」
「それ、俺がやった」
誠司からの『伝達』内容に基づいた「良いこと」が、ことごとく清宮たちのグループから該当者が出るようになったのだ。
そして、何より不思議だったのは、「証言者」が必ず、『このグループ以外の生徒』となったことだった。
それも一人、二人ではなく、必ず複数人が、清宮らの行った「良いこと」を目撃していた。
彼らがポイント欲しさでむやみやたらに自己申告をしているのであれば、それは当然問題視するところであったが、そういうわけではない。
毎回同じ「証言者」でもなく、不自然な程に「証言者」は日々変わっていく。
清宮のグループとは相まみれないような、大人しい生徒までもが「証言者」になることもあり、拓也は疑うことを許されない状況に陥っていく。
さらに、「自己申告は尊重する」と言った手前、清宮たちを問い詰めることも出来ない。
拓也は自分の言葉が自分の首を絞めているような気がしていた。
そんな状況が半月以上続いたある日、拓也は誠司を呼び出す。
「急に呼び出して悪かったな。そこ、座ってくれ」
誠司は小さく「失礼します」と言って、拓也と向かい合う形で席につく。
呼び出された意味を理解しているのか、誠司は目を合わせることもなく、肩を竦めるように下を向いていた。
拓也は誠司を追い込むことのないよう、出来る限り優しい口調で語り掛ける。
「実は今日ここに呼びだしたのはな……、お前からの『伝達』についてなんだ」
誠司は一瞬肩を震わせ、更に下を向いた。
「やっぱりそうか……」
誠司の反応を見て、拓也は全てを理解した。
「お前の『伝達』は、清宮たちに利用されているんだな?」
誠司の身体は震えている。
「お前がクラスの人間の目に付くところで、一時的に清宮たちに「良いこと」をさせる。クラスの人間がいなくなった後は、お前が残りの処理をしている……、そんなところなんだろ?」
拓也はそう言い終わった時、誠司の首元に痣のようなものが見えた気がした。
「お前、その首……」
すると突然、誠司は勢い良く顔を上げて話し始めた。
「大丈夫です! あと少しで席替えですよね? 俺、ちゃんと先生の期待に応えるから!」
血走った誠司の目には、様々な感情が交じり合っているように見えた。
「俺にだって出来る……。こうやって人に頼られるのは、生まれて初めてなんだから……」
しかし、その後も状況が変わることはなく、次の席替えまで残り数日となっていた。
今回の「優先ポイント」は清宮、佐野、仲町の三人が独走する結果となっている。
もうポイントで越されることはないと踏んだのか、三人は揃って欠席だった。
「えー、今日の『優先ポイントチャンス』だが……」
拓也がそう言った瞬間、乱暴に三組の扉が開く。
「大森先生! 今すぐ職員室に来て下さい!」
拓也の視線の先には、真っ青な顔で息を切らした教頭が立っていた。
拓也は生徒に一時待機を命じ、職員室へと急いだ。
「これ! このニュース!」
職員室では、ここにいる全ての教師がテレビのニュースを食い入るように見つめていた。
「こ、これって……」
拓也は頭の整理が出来ないまま、フラフラとした足取りで教卓の前に立った。
「みんな……、落ち着いて、聞いてくれるか……」
教室は異様なまでに静かだったが、拓也は生徒がどんな顔をしているのか見る余裕もない程に混乱していた。
「今……ニュースで報道されていたんだが……。昨日、清宮と佐野、それから仲町が……」
詰まりながらも、必死に伝えようと言葉を探している時だった。
突然、教室の後方で誰かが口を開く。
「先生!」
満足感で心の高ぶったような場違いなその声は、静まり返った教室内に響き渡った。
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