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小さく光る冬桜
後編
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店を出ると、二人は寒さを凌ぐように小走りで停めていた軽自動車に乗り込む。
そのまま帰宅しても良かったが、まだ時間も早いので、ドライブがてら少し遠くの桜を見て、祐輔の自宅を目指すことにした。
「気にして見ると、やっぱりこの街って桜が多いよね」
「逆にここまで多いと、もし冬桜の品種が混じってたら噂の一つ立ちそうだけどな……」
小一時間程車を走らせる中で見た桜の木は、全て枝だけとなっている。
その木々を見ては、改めてこの街に冬桜などないと、祐輔は思った。
時刻は十六時を回ろうとしている。
外は段々と暗くなり、次第に視界も悪くなっていく。
「日が落ちるのも早くなったね。そろそろお家に行こうか」
「これじゃ桜が咲いてても見えないな。もう少し、街灯を増やしてくれればいいのに」
そう思っていると、ふと、あの家族写真が頭を過った。
――そういえばあの写真も、これくらい薄暗かったよな……
考え事をしながらも車は暗闇を照らしながら進み、程なく自宅へと到着した。
「やぁ、遥香さん。いらっしゃい」
珍しく玄関まで和俊が出迎えに来る。
「おじさん、こんばんは。すみません、急に押し掛ける形になってしまって」
「全然構わないよ。さぁ上がって」
いつになく嬉しそうな和俊に言われるがまま、二人は家の中へと入った。
「今日は鍋にしようと思ってたんだ。せっかくだから晩御飯もうちで食べていくと良い。時間は大丈夫かい?」
「大丈夫です。では、お言葉に甘えて……」
和俊は長いこと二人分の家事をしていたこともあり、箸や取り皿が手際よく運ばれ、滞りなく晩御飯の準備は進んでいった。
あっという間に鍋も完成し、久しぶりに三人で食卓を囲む。
「あれって確か、祐輔くんのお母さんの写真――ですよね?」
遥香は写真に目を移すと、さり気なく話題に出した。
「そうだよ。これは祐輔が産まれたばかりの時だ」
「なんだかお母さん、とっても嬉しそう……、ここはこの裏のお庭ですか? まだ桜が一本しかないみたいですけど」
「あぁ。実はこの写真を撮った後に、小雪のお願いでもう一本植えたんだ。まぁ元はと言えば最初の一本も、小雪のお願いだったんだけどね」
和俊は静かに笑った。
「そうだったの? 初めて聞いた」
桜が好きとは聞いていたが、まさかそこまでとは――祐輔は思わず鍋を食べる箸を止めて驚いた。
「そうだったんですか。最初の一本は祐輔くんが産まれた時だったりするんですか?」
こういった話をロマンチックにしたがるのは、遥香の悪い癖だった。
祐輔は「そんなに都合の良い話があるか」と思っていたが、和俊からは予想以上の答えが返ってきた。
「残念ながら違うんだ。この木が植えられたのは祐輔が産まれるずっと前、私がまだ小雪と付き合っていた頃の話だ。私の父――亡くなった祐輔のおじいちゃんは庭をいじるのが趣味でね。その日はたまたま、小雪がうちに遊びに来ていたんだ。父はその時も庭の手入れをしていたんだが、そこで小雪が言ったんだよ。『このお庭に、桜が咲いたら素敵だな』って。その翌日だったかな、父が桜の木を植えたのは」
「母さんのお願いより、じいちゃんの行動力に驚くよ」
和俊は微笑みながら数回頷くと、祐輔に宿題を出したあの日と同じような目をしながら写真を見た。
そして日本酒を一口飲んでから、再び話し始める。
「それからは毎年のように、桜は元気に花を咲かせたよ。毎年あの庭で一緒に見たんだ。今でも鮮明に覚えている」
「それならもっと写真を撮れば良かったのに。桜の木の前で撮ったのは、この一枚だけなんでしょ?」
桜が好きだというのなら、何故満開の桜の下で写真を撮らなかったのだろうと、祐輔は前々から思っていた。
「ふふ。一番美しいと思える方法で楽しむ。そういう人だったんだ、小雪は」
「じゃあ、この写真に関しては写真に収めた方が綺麗だと思ったってことなんですね?」
「遥香さん、もしや探りを入れてきているのかい?」
和俊は笑みを浮かべながら言った。
「バレましたか」と遥香も笑顔で応えながら、チラチラと視線を祐輔へと向ける。
――写真の方が綺麗に見えるか……。
祐輔は鍋に入った白菜を口に噛みながら、写真に写る三人、そして桜の木を改めて見た。
「確か今日も満月だったか。あの日と同じだな。たまたまなのか……、いや、小雪の話をしたからかもしれん」
俊和の言葉に祐輔は視線を上げた。
そして和俊の視線を追うように、祐輔と遥香が振り返ると、古びた木枠の窓から月が覗いていた。
しばらく窓越しに満月を見た後、遥香が口を開く。
「食べ終わったら、少し庭に出ませんか?」
「もちろん良いとも。だがこれ以上、口車には乗らんけどね」
酒が入り、頬がやんわりと赤くなった和俊は優しい笑顔をしていた。
「おっきな満月ねー……。うん、確かにこれなら写真に収めたくなるかも」
「桜の木じゃなくて満月を撮りたかったのかな」
祐輔と遥香は綺麗な満月に白い息を運びながら言った。
「いや、撮りたかったのは桜の木だよ」
和俊が腕組みをしたまま近づいてくる。
そして、桜の木の下に立つと、優しく幹を触りながら感慨深そうに和俊は言った。
「向こうの――おじいちゃんが植えた木はある程度大きくなった桜を植えたんだがな、こっちの桜は、小さな種から育てたんだ。祐輔と同い年。早いもので、もうじき三十歳になる。なんだか二人の子を育てた気分だよ」
「ふふ。なんか兄弟みたいね」
遥香の笑みにつられるように、祐輔も「そうだな」と笑った。
「父さん。さっき桜の木を撮りたかったって言ってたけど、それは母さんがそう言ったの?」
「あぁ、母さんが言ったんだ。初めてこの木に花が咲いた日は驚きのあまり、写真を撮ることを忘れていたからな」
和俊は桜の木の一つ一つを確かめるように、視線を上げていく。
「忘れてたって……毎年咲いてるんだから、また咲いた時に撮れば――」
祐輔が全てを言い終わる前に、不意に頬が外気とは異なる冷たい感覚に襲われた。
和俊と視線がぶつかると、和俊は人差し指を立て、空を見上げるよう顎を使って合図を出した。
祐輔が空を見ると、不規則ながらも互いを尊重するように進路を変えながら、ゆっくりと綿のような雪が舞い降りて来ていた。
「見えるか小雪……。祐輔、こんなに大きくなったんだぞ」
和俊の声を聞き、祐輔は視線を再び和俊へと戻そうとした――時だった。
――これって……。
祐輔の視線の先には、月明かりに反射し、淡い光を放った小さな雪が、まるで桜の花びらのように舞っていた。
幻想的な光景に言葉を失い、祐輔は暫く無言のまま立ちすくむ。
そして少しずつ、桜の枝にも雪は積もり、美しい花を咲かせたのだった。
「父さん……、やっと見つけたよ。これが父さんの見た、冬桜なんだね」
そう言って和俊を見ると、鼻をつまみながら目を瞑る、和俊の姿があった。
「父さん?」
祐輔の声に気付き、和俊は一瞬慌てた様子を見せながらも、何事もなかったかのように話し始めた。
「そうだ、これが父さんの見た冬桜だ。父さんもこっちの冬桜が咲いているのを見るのは初めてだがな」
和俊は桜の木の幹を何度も何度も擦る。
そんな中、振りゆく雪は風に煽られ、月明りの届かぬ場所で姿を消していた。
「もしかして写真に収めた理由って――」
「あぁ。フラッシュに炊かれると、全ての花びらが美しく写るからだ。あの写真のように」
「あの写真って――母さんと写ってる、あの写真のこと?」
言葉の代わりに、和俊は無言のまま頷いた。
「言っただろ? お前が産まれてすぐの写真だと」
――あの写真の桜は冬桜だったんだ……
「祐輔。母さんがどうしてもう一本、桜の木を植えたかわかるか?」
祐輔は遥香と目を合わせたが、答えが出るはずもなく、揃って首を傾げた。
それを見た和俊は「ふふ」と笑うと、手で鼻をこすってから口を開いた。
「あの写真を撮った時、実はもう長くないことはわかってたんだ。だからお前の成長を傍で見ていたいからって、あいつは祈るようにここに種を植えたんだ。さっきは二人の子どもなんて言ったが、これはあいつの……、小雪の生まれ変わりだと父さんは思ってる。お前はいつも母さんに見守られ、愛されていたんだ」
――そうか。父さんは遠くを見ていたんじゃない。
いつもこの桜の木を見ていたんだ。
そのことに気が付くと、不思議と頬に当たる雪に温もりを感じた。
それが頬を流れる涙だとは、気付きもせずに。
「そういえば言っていたよな、『どうして結婚しようと決めたのか』って。父さんはこの冬桜を見た時、春の桜以上に儚いなって思ったんだ。さっきまで目の前で輝いていたのに、瞬き程の時間で消えてしまう。だが――だからこそ、この奇跡のような光景を大切にしたいと思った。そう考えていたらな、隣にいる母さんのことも、今よりもっと、幸せにしたいと思うようになったんだ」
祐輔は大きく息をつく。
そして、自分の心の中で、何かが動いたことを感じた。
「きっと、今も母さんは見ているよ」
三人はそのまま、季節外れの桜を眺めたのだった――
◆
「そんなこと言うなって。ほら、ついたぞ。婚姻届、ちゃんと持ってるか?」
「持ってるわよ。ちゃんと見届けてもらおうと思って……、今日はこれも持ってきた」
遥香は手に持っていたモノを祐輔へと手渡す。
「お前……。無理矢理ロマンチックにしようとするなって」
「へへへ」
二人は少しの間立ち止まり、再び歩き出す。
祐輔の手には、二本の冬桜に囲まれながら笑顔を見せる、三人の写真が握られていた。
そのまま帰宅しても良かったが、まだ時間も早いので、ドライブがてら少し遠くの桜を見て、祐輔の自宅を目指すことにした。
「気にして見ると、やっぱりこの街って桜が多いよね」
「逆にここまで多いと、もし冬桜の品種が混じってたら噂の一つ立ちそうだけどな……」
小一時間程車を走らせる中で見た桜の木は、全て枝だけとなっている。
その木々を見ては、改めてこの街に冬桜などないと、祐輔は思った。
時刻は十六時を回ろうとしている。
外は段々と暗くなり、次第に視界も悪くなっていく。
「日が落ちるのも早くなったね。そろそろお家に行こうか」
「これじゃ桜が咲いてても見えないな。もう少し、街灯を増やしてくれればいいのに」
そう思っていると、ふと、あの家族写真が頭を過った。
――そういえばあの写真も、これくらい薄暗かったよな……
考え事をしながらも車は暗闇を照らしながら進み、程なく自宅へと到着した。
「やぁ、遥香さん。いらっしゃい」
珍しく玄関まで和俊が出迎えに来る。
「おじさん、こんばんは。すみません、急に押し掛ける形になってしまって」
「全然構わないよ。さぁ上がって」
いつになく嬉しそうな和俊に言われるがまま、二人は家の中へと入った。
「今日は鍋にしようと思ってたんだ。せっかくだから晩御飯もうちで食べていくと良い。時間は大丈夫かい?」
「大丈夫です。では、お言葉に甘えて……」
和俊は長いこと二人分の家事をしていたこともあり、箸や取り皿が手際よく運ばれ、滞りなく晩御飯の準備は進んでいった。
あっという間に鍋も完成し、久しぶりに三人で食卓を囲む。
「あれって確か、祐輔くんのお母さんの写真――ですよね?」
遥香は写真に目を移すと、さり気なく話題に出した。
「そうだよ。これは祐輔が産まれたばかりの時だ」
「なんだかお母さん、とっても嬉しそう……、ここはこの裏のお庭ですか? まだ桜が一本しかないみたいですけど」
「あぁ。実はこの写真を撮った後に、小雪のお願いでもう一本植えたんだ。まぁ元はと言えば最初の一本も、小雪のお願いだったんだけどね」
和俊は静かに笑った。
「そうだったの? 初めて聞いた」
桜が好きとは聞いていたが、まさかそこまでとは――祐輔は思わず鍋を食べる箸を止めて驚いた。
「そうだったんですか。最初の一本は祐輔くんが産まれた時だったりするんですか?」
こういった話をロマンチックにしたがるのは、遥香の悪い癖だった。
祐輔は「そんなに都合の良い話があるか」と思っていたが、和俊からは予想以上の答えが返ってきた。
「残念ながら違うんだ。この木が植えられたのは祐輔が産まれるずっと前、私がまだ小雪と付き合っていた頃の話だ。私の父――亡くなった祐輔のおじいちゃんは庭をいじるのが趣味でね。その日はたまたま、小雪がうちに遊びに来ていたんだ。父はその時も庭の手入れをしていたんだが、そこで小雪が言ったんだよ。『このお庭に、桜が咲いたら素敵だな』って。その翌日だったかな、父が桜の木を植えたのは」
「母さんのお願いより、じいちゃんの行動力に驚くよ」
和俊は微笑みながら数回頷くと、祐輔に宿題を出したあの日と同じような目をしながら写真を見た。
そして日本酒を一口飲んでから、再び話し始める。
「それからは毎年のように、桜は元気に花を咲かせたよ。毎年あの庭で一緒に見たんだ。今でも鮮明に覚えている」
「それならもっと写真を撮れば良かったのに。桜の木の前で撮ったのは、この一枚だけなんでしょ?」
桜が好きだというのなら、何故満開の桜の下で写真を撮らなかったのだろうと、祐輔は前々から思っていた。
「ふふ。一番美しいと思える方法で楽しむ。そういう人だったんだ、小雪は」
「じゃあ、この写真に関しては写真に収めた方が綺麗だと思ったってことなんですね?」
「遥香さん、もしや探りを入れてきているのかい?」
和俊は笑みを浮かべながら言った。
「バレましたか」と遥香も笑顔で応えながら、チラチラと視線を祐輔へと向ける。
――写真の方が綺麗に見えるか……。
祐輔は鍋に入った白菜を口に噛みながら、写真に写る三人、そして桜の木を改めて見た。
「確か今日も満月だったか。あの日と同じだな。たまたまなのか……、いや、小雪の話をしたからかもしれん」
俊和の言葉に祐輔は視線を上げた。
そして和俊の視線を追うように、祐輔と遥香が振り返ると、古びた木枠の窓から月が覗いていた。
しばらく窓越しに満月を見た後、遥香が口を開く。
「食べ終わったら、少し庭に出ませんか?」
「もちろん良いとも。だがこれ以上、口車には乗らんけどね」
酒が入り、頬がやんわりと赤くなった和俊は優しい笑顔をしていた。
「おっきな満月ねー……。うん、確かにこれなら写真に収めたくなるかも」
「桜の木じゃなくて満月を撮りたかったのかな」
祐輔と遥香は綺麗な満月に白い息を運びながら言った。
「いや、撮りたかったのは桜の木だよ」
和俊が腕組みをしたまま近づいてくる。
そして、桜の木の下に立つと、優しく幹を触りながら感慨深そうに和俊は言った。
「向こうの――おじいちゃんが植えた木はある程度大きくなった桜を植えたんだがな、こっちの桜は、小さな種から育てたんだ。祐輔と同い年。早いもので、もうじき三十歳になる。なんだか二人の子を育てた気分だよ」
「ふふ。なんか兄弟みたいね」
遥香の笑みにつられるように、祐輔も「そうだな」と笑った。
「父さん。さっき桜の木を撮りたかったって言ってたけど、それは母さんがそう言ったの?」
「あぁ、母さんが言ったんだ。初めてこの木に花が咲いた日は驚きのあまり、写真を撮ることを忘れていたからな」
和俊は桜の木の一つ一つを確かめるように、視線を上げていく。
「忘れてたって……毎年咲いてるんだから、また咲いた時に撮れば――」
祐輔が全てを言い終わる前に、不意に頬が外気とは異なる冷たい感覚に襲われた。
和俊と視線がぶつかると、和俊は人差し指を立て、空を見上げるよう顎を使って合図を出した。
祐輔が空を見ると、不規則ながらも互いを尊重するように進路を変えながら、ゆっくりと綿のような雪が舞い降りて来ていた。
「見えるか小雪……。祐輔、こんなに大きくなったんだぞ」
和俊の声を聞き、祐輔は視線を再び和俊へと戻そうとした――時だった。
――これって……。
祐輔の視線の先には、月明かりに反射し、淡い光を放った小さな雪が、まるで桜の花びらのように舞っていた。
幻想的な光景に言葉を失い、祐輔は暫く無言のまま立ちすくむ。
そして少しずつ、桜の枝にも雪は積もり、美しい花を咲かせたのだった。
「父さん……、やっと見つけたよ。これが父さんの見た、冬桜なんだね」
そう言って和俊を見ると、鼻をつまみながら目を瞑る、和俊の姿があった。
「父さん?」
祐輔の声に気付き、和俊は一瞬慌てた様子を見せながらも、何事もなかったかのように話し始めた。
「そうだ、これが父さんの見た冬桜だ。父さんもこっちの冬桜が咲いているのを見るのは初めてだがな」
和俊は桜の木の幹を何度も何度も擦る。
そんな中、振りゆく雪は風に煽られ、月明りの届かぬ場所で姿を消していた。
「もしかして写真に収めた理由って――」
「あぁ。フラッシュに炊かれると、全ての花びらが美しく写るからだ。あの写真のように」
「あの写真って――母さんと写ってる、あの写真のこと?」
言葉の代わりに、和俊は無言のまま頷いた。
「言っただろ? お前が産まれてすぐの写真だと」
――あの写真の桜は冬桜だったんだ……
「祐輔。母さんがどうしてもう一本、桜の木を植えたかわかるか?」
祐輔は遥香と目を合わせたが、答えが出るはずもなく、揃って首を傾げた。
それを見た和俊は「ふふ」と笑うと、手で鼻をこすってから口を開いた。
「あの写真を撮った時、実はもう長くないことはわかってたんだ。だからお前の成長を傍で見ていたいからって、あいつは祈るようにここに種を植えたんだ。さっきは二人の子どもなんて言ったが、これはあいつの……、小雪の生まれ変わりだと父さんは思ってる。お前はいつも母さんに見守られ、愛されていたんだ」
――そうか。父さんは遠くを見ていたんじゃない。
いつもこの桜の木を見ていたんだ。
そのことに気が付くと、不思議と頬に当たる雪に温もりを感じた。
それが頬を流れる涙だとは、気付きもせずに。
「そういえば言っていたよな、『どうして結婚しようと決めたのか』って。父さんはこの冬桜を見た時、春の桜以上に儚いなって思ったんだ。さっきまで目の前で輝いていたのに、瞬き程の時間で消えてしまう。だが――だからこそ、この奇跡のような光景を大切にしたいと思った。そう考えていたらな、隣にいる母さんのことも、今よりもっと、幸せにしたいと思うようになったんだ」
祐輔は大きく息をつく。
そして、自分の心の中で、何かが動いたことを感じた。
「きっと、今も母さんは見ているよ」
三人はそのまま、季節外れの桜を眺めたのだった――
◆
「そんなこと言うなって。ほら、ついたぞ。婚姻届、ちゃんと持ってるか?」
「持ってるわよ。ちゃんと見届けてもらおうと思って……、今日はこれも持ってきた」
遥香は手に持っていたモノを祐輔へと手渡す。
「お前……。無理矢理ロマンチックにしようとするなって」
「へへへ」
二人は少しの間立ち止まり、再び歩き出す。
祐輔の手には、二本の冬桜に囲まれながら笑顔を見せる、三人の写真が握られていた。
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