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第1話
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「だから。お前が勝手にやったことだろ? 俺たちは何も関与してねぇよ」
「そ……そんな。これをすればもう、悪いようにはしないって――」
「さっきから何の話をしてんのか知らないけど、俺たちみんながしてないって言ってんだぜ? どう考えてもおかしいのはお前だろ。俺たちを陥れようとしてんじゃねえのか? なぁ、先生?」
「まぁそういうことになる……のかもしれんな」
「先生まで――」
――もう何を言っても無駄だ。また僕が謝るしかないんだ……
平山正信は心で泣いた。
何度こんなことを繰り返せば良いのだろう。
避けても、逃げても、隠れても。
何一つ変わることはない。
僕は「選ばれた」人間なのだから――。
「つーことで、あとの話はこいつと先生、店のおっちゃんで話してくれよ。俺らも忙しいんで」
松下貴樹は顎を上げ、正信を見下すような視線を向けると、「悪いことしたんだ。ちゃんと許してもらえるまで謝れよ」と抑揚のない声で冷たく言い放った。
正信は最後の抵抗をするように、下唇を噛みながら視界のぼやけた目で松下を睨む。
松下は小さく舌打ちをした後、「小学校で学んだだろ。あ、幼稚園かな?」と言って笑みを浮かべた。
周りにいる松下のグループも手を叩き、大袈裟な声を出して笑う。
そして、松下が目で合図を送ると、松下を含めた四人はその場を後にした。
「ムカつく目しやがって」という松下の捨て台詞が、正信の心に残る最後の何かを、粉々に砕いたのだった。
「先生。誰がやったんだかわかりませんけどね、万引きは立派な犯罪ですよ? それに、最近ではオタクの高校の生徒さんが色々なところで悪さをしてるって、この辺では評判になってます。もう少し、きちんと指導していただかないと……」
「申し訳ございません。今後このようなことのないよう、ご家族の協力も仰ぎながら、学校でも厳しく指導して参りますので」
数学の教師で、平山の担任でもある内海は自分の腹部を見るように、店主に向かって深いお辞儀を繰り返す。
「ほら、お前も謝らんか」
内海はそう言って正信の髪の毛を強く掴むと、力任せに頭を下げさせた。
「申し訳……ありま……せん」
悔しさで声が震える。
正信の頭上から、店主が大きくため息をつくのがわかった。
「まぁ今回だけは万引き『未遂』ということで大事にはしませんので、今後のご対応に期待しています」
「はい。この度は誠に、誠に申し訳ございませんでした」
正信は頭を下げたままにしていたにも関わらず、内海は更に力を加えて、正信の頭を下げた。
頬まで流れた涙が、再び瞳の中へと戻った。
店主が店に戻るまで、正信と内海は頭を下げ続けた。
そして、内海がゆっくりと顔を上げると、正信に向かって言う。
「平山……。お前はもう、松下たちとは関わるな。相手は教育委員会教育長の息子だぞ? 俺を面倒ごとに巻き込むな」
あくまで身の保身と言うことか、と正信は思ったが、上手く言葉が出て来ず、無言のまま俯いていた。
「どうして何も言わない。お前がそんなんだから松下たちに良いようにされたんじゃないのか? お前が変わらないと、この先もずっと、何も変わらないんだぞ」
人の気持ちを理解しようとせず、自分の思想を押し付ける。
まるで昔の根性論を聞いているようだった。
「良いようにされる」と言っている時点で、内海は真犯人が誰かはわかっている。
そもそも「言わない」のではなく、「言えない」のだ。
正信はグッと拳を握ったまま、「まるで僕が悪者みたいじゃないか」と胸の内で呟いた。
「……すみません」
感情を押し殺しながら、声にならない声で正信は謝罪する。
「なんだって? もっとはっきり言えよ……、チッ、俺もとんだ貧乏くじを引いちまったな」
正信は知っている。
自分に向けられた目は、弱者に対して向けられるモノだと。
内海には教師として対処する経験も、いじめられた経験もないのだろう。
自分が「対象」にならないように、生きてきたのだ。
いや、気付いていることに蓋を、見て見ぬふりをするのは、もはや加担するのと同意だ。
「長い物には巻かれろ」という言葉通りに。
こういう人はきっと、自分が「される側」にならないと何もわからない。
逆に言えば、これからも僕はずっと「される側」だ。
そういう意味では、僕はずっと「する側」の気持ちがわからない。
――はずだった。
「はぁ。今日はもう帰れ。先生は学校に戻って報告しなきゃいけないからな。取り敢えず、今回のところは『お前の責任』として報告させてもらう。仮に『未遂』だとしても、それなりの罰は覚悟しておけよ。松下たちが指示を出した証拠もないし、実際に行動し、頭を下げて謝ったのもお前なんだから、これは仕方のないことだ」
――「仕方のないこと」だって? それを言うなら、正信が自分の意思で行ったという「証拠」だってないし、無理矢理頭を下げさせたのはあんたじゃないか。何も調べようともしないで……。
正信は胸の内では強気な言葉がすらすらと出てくる自分に嫌気がさした。
「店の人にも迷惑だろ。早く行け」
背負っていたリュックのショルダーハーネスを握るように強く掴むと、無言のままに頭を下げ、その場を後にした。
正信の頭の中は、「悔しい」という感情だけに支配されていた。
帰宅後、帰宅を知らせる挨拶をすることもなく自分の部屋のドアを開けると、正信はリュックを投げ捨て、ベッドにうつ伏せで横たわる。
「なんでいつも僕が……。僕は無理矢理やらされただけなのに、どうして僕だけが罰を受けなきゃいけないんだ。あいつらは何も、何のお咎めもないなんて理不尽じゃないか。あいつらこそ罰を、裁きを受けないとダメだろう」
そう言って、強くベッドに拳をおろす。
一斉に宙を舞った埃が、あいつらと同じように、逃げるように消えていく。
――僕があいつらを……。
そう思った時だった――。
リュックに入れてあったスマートフォンが、振動を伴いながら音を奏でる。
無視をするように顔を伏せていたが、聞き覚えのない着信音は、いつまで経っても静寂の中に響き渡り、正信の聴覚を刺激し続けた。
「電話か……?」
自分に電話を掛けてくる人の見当もつかないまま、正信はゆっくりと身体を起こすと、スマートフォンを取り出した。
画面には「非通知設定」の表示がされている。
暫く画面とのにらめっこをした後、通話ボタンをスライドさせ、スマートフォンを耳に当てた。
するとすぐに、やたらにテンションの高い男の声が耳元で騒ぎだした。
『おめでとうございます! あなたは「選ばれた」のです。今日は実におめでたい日です。それに立ち会えた私も幸せにございます』
声の主に心当たりはない。
正信は身体全体で大きくため息をつき、口を開く。
「あのー、すみません。掛け間違いじゃないですか? 僕は何かに応募した記憶もないし、選ばれるようなことは何一つしていません」
出来る限り冷たく言い放つ。
それでも電話口の声の主のトーンが変わることはなかった。
『平山正信さんのお電話ですよね? 間違えるはずがございません。先程も申し上げた通り、あなたは「選ばれた」お方なのですから』
自分の名前を当てられたことに驚きながらも、冷静を装いながら更に会話を重ねた。
「なぜ僕が平山だと? 何か『証拠』でもあるんですか?」
『私があなたの脳に直接語り掛けているからに過ぎません。といっても、基本的にはこのスマートフォンを介してのやり取りになりますから、中々信じられないかもしれませんが……。あ、でしたら今日あなたの身に起こったことをお話ししましょうか』
そう言って、男は正信の今日の出来事を話し始めた。
驚くことに、その全てを正確に言い当てたのだった。
正信の抱いた感情までを含めて。
『いかがでしょうか。もしご所望であれば、その先にお考えのこともお話しいたしますが――』
「やめてくれ、もう良い!」
「その先」のことは、決して言葉にしてはいけない。
正信は急いで男の言葉を遮った。
頭の中を見透かされた気がしていた。
『では、私が平山正信さん宛にお電話を差し上げたということを、信じていただけますね?』
不意に優しくなった男の声に、「……はい」と囁くように返事をした。
『良かった、ありがとうございます。まずは第一関門突破というところでしょうか。ではお話しを続けさせていただきます』
電話越しに、小さく咳払いをしたのが聞こえた。
『と、その前に自己紹介がまだでしたね。私は「新た」に「導く」と書いて「新導」と申します。主に正信さんの補佐業務に勤めさせていただくモノです。以後、よろしくお願いいたします』
新導は一層の優しさを纏わせた落ち着いた声で言った。
話し方はよくテレビドラマなどで見かける執事のようだった。
「よろしくお願いします、し、新導さん。いきなりですみませんが、僕の補佐業務というのは?」
『この場合、私の方がいきなりですから、謝らないでください』
新導は「ほっほっほ」と絵に描いた笑い方で笑った。
『これから正信さんには、「裁判長」として勤務いただきます。先の「選ばれた」とは、この裁判長のことを指しております』
「さ、裁判長? そんな……、僕はそんな資格、持っていませんよ?」
正信は裏返りそうな声で言った。
『承知しています』と新導は嫌味のない声で返事をし、言葉を続けた。
『私の言う「裁判長」とは、通常の裁判を指すモノではありません。正信さん、あなたの夢の中……、つまり、脳内で行う裁判と理解ください。そこで判決を言い渡すお仕事になります』
「頭の中で判決を下すと?」
『そうですね、端的に言えば「脳内判決」……といったところでしょうか』
「『脳内判決』……」
正信は繰り返すように呟いていた。
「それで、それは具体的にどのようなことをするんです?」
『文字通り、と言えばそれまでなのですが、眠っている間に裁判を行っていただきます。判決は正信さんの思った通りの刑を下していただければと思います。禁固刑でも、罰金刑でも、正信さんの世界にない刑でも構いません。但し――』
新導は一呼吸置くように幾ばくかの間を開けた。
急に訪れた緊張感に、正信はごくりと唾を飲む。
『下された刑は、正信さんの生きる世界で実際に与えられるモノとなります』
「『実際に与えられる』……? それってつまり――」
『目覚めた時に、その刑が実行されるということです』
淡々と話す新導に、正信は恐怖を感じた。
――そんなことが許されるのか。
そう思う気持ちとは裏腹に、心のどこかで自分のモノとは思えない感情が生まれた気がしていた。
『裁判に伴う資料等々は全てこの新導にお任せください。早速ですが……、今晩、開廷の準備を進めさせていただいて宜しいですか』
「今晩? そんな急に……」
『何事も、やってわかることもあります。それに、実際に行わなければ何がわからないかも、わからないのではないですか?』
新導の言う通りだった。
突然こんなことを言われて、頭の整理が追い付くはずもない。
こうして、正信は裁判長としての初夜を迎えることとなった――。
「そ……そんな。これをすればもう、悪いようにはしないって――」
「さっきから何の話をしてんのか知らないけど、俺たちみんながしてないって言ってんだぜ? どう考えてもおかしいのはお前だろ。俺たちを陥れようとしてんじゃねえのか? なぁ、先生?」
「まぁそういうことになる……のかもしれんな」
「先生まで――」
――もう何を言っても無駄だ。また僕が謝るしかないんだ……
平山正信は心で泣いた。
何度こんなことを繰り返せば良いのだろう。
避けても、逃げても、隠れても。
何一つ変わることはない。
僕は「選ばれた」人間なのだから――。
「つーことで、あとの話はこいつと先生、店のおっちゃんで話してくれよ。俺らも忙しいんで」
松下貴樹は顎を上げ、正信を見下すような視線を向けると、「悪いことしたんだ。ちゃんと許してもらえるまで謝れよ」と抑揚のない声で冷たく言い放った。
正信は最後の抵抗をするように、下唇を噛みながら視界のぼやけた目で松下を睨む。
松下は小さく舌打ちをした後、「小学校で学んだだろ。あ、幼稚園かな?」と言って笑みを浮かべた。
周りにいる松下のグループも手を叩き、大袈裟な声を出して笑う。
そして、松下が目で合図を送ると、松下を含めた四人はその場を後にした。
「ムカつく目しやがって」という松下の捨て台詞が、正信の心に残る最後の何かを、粉々に砕いたのだった。
「先生。誰がやったんだかわかりませんけどね、万引きは立派な犯罪ですよ? それに、最近ではオタクの高校の生徒さんが色々なところで悪さをしてるって、この辺では評判になってます。もう少し、きちんと指導していただかないと……」
「申し訳ございません。今後このようなことのないよう、ご家族の協力も仰ぎながら、学校でも厳しく指導して参りますので」
数学の教師で、平山の担任でもある内海は自分の腹部を見るように、店主に向かって深いお辞儀を繰り返す。
「ほら、お前も謝らんか」
内海はそう言って正信の髪の毛を強く掴むと、力任せに頭を下げさせた。
「申し訳……ありま……せん」
悔しさで声が震える。
正信の頭上から、店主が大きくため息をつくのがわかった。
「まぁ今回だけは万引き『未遂』ということで大事にはしませんので、今後のご対応に期待しています」
「はい。この度は誠に、誠に申し訳ございませんでした」
正信は頭を下げたままにしていたにも関わらず、内海は更に力を加えて、正信の頭を下げた。
頬まで流れた涙が、再び瞳の中へと戻った。
店主が店に戻るまで、正信と内海は頭を下げ続けた。
そして、内海がゆっくりと顔を上げると、正信に向かって言う。
「平山……。お前はもう、松下たちとは関わるな。相手は教育委員会教育長の息子だぞ? 俺を面倒ごとに巻き込むな」
あくまで身の保身と言うことか、と正信は思ったが、上手く言葉が出て来ず、無言のまま俯いていた。
「どうして何も言わない。お前がそんなんだから松下たちに良いようにされたんじゃないのか? お前が変わらないと、この先もずっと、何も変わらないんだぞ」
人の気持ちを理解しようとせず、自分の思想を押し付ける。
まるで昔の根性論を聞いているようだった。
「良いようにされる」と言っている時点で、内海は真犯人が誰かはわかっている。
そもそも「言わない」のではなく、「言えない」のだ。
正信はグッと拳を握ったまま、「まるで僕が悪者みたいじゃないか」と胸の内で呟いた。
「……すみません」
感情を押し殺しながら、声にならない声で正信は謝罪する。
「なんだって? もっとはっきり言えよ……、チッ、俺もとんだ貧乏くじを引いちまったな」
正信は知っている。
自分に向けられた目は、弱者に対して向けられるモノだと。
内海には教師として対処する経験も、いじめられた経験もないのだろう。
自分が「対象」にならないように、生きてきたのだ。
いや、気付いていることに蓋を、見て見ぬふりをするのは、もはや加担するのと同意だ。
「長い物には巻かれろ」という言葉通りに。
こういう人はきっと、自分が「される側」にならないと何もわからない。
逆に言えば、これからも僕はずっと「される側」だ。
そういう意味では、僕はずっと「する側」の気持ちがわからない。
――はずだった。
「はぁ。今日はもう帰れ。先生は学校に戻って報告しなきゃいけないからな。取り敢えず、今回のところは『お前の責任』として報告させてもらう。仮に『未遂』だとしても、それなりの罰は覚悟しておけよ。松下たちが指示を出した証拠もないし、実際に行動し、頭を下げて謝ったのもお前なんだから、これは仕方のないことだ」
――「仕方のないこと」だって? それを言うなら、正信が自分の意思で行ったという「証拠」だってないし、無理矢理頭を下げさせたのはあんたじゃないか。何も調べようともしないで……。
正信は胸の内では強気な言葉がすらすらと出てくる自分に嫌気がさした。
「店の人にも迷惑だろ。早く行け」
背負っていたリュックのショルダーハーネスを握るように強く掴むと、無言のままに頭を下げ、その場を後にした。
正信の頭の中は、「悔しい」という感情だけに支配されていた。
帰宅後、帰宅を知らせる挨拶をすることもなく自分の部屋のドアを開けると、正信はリュックを投げ捨て、ベッドにうつ伏せで横たわる。
「なんでいつも僕が……。僕は無理矢理やらされただけなのに、どうして僕だけが罰を受けなきゃいけないんだ。あいつらは何も、何のお咎めもないなんて理不尽じゃないか。あいつらこそ罰を、裁きを受けないとダメだろう」
そう言って、強くベッドに拳をおろす。
一斉に宙を舞った埃が、あいつらと同じように、逃げるように消えていく。
――僕があいつらを……。
そう思った時だった――。
リュックに入れてあったスマートフォンが、振動を伴いながら音を奏でる。
無視をするように顔を伏せていたが、聞き覚えのない着信音は、いつまで経っても静寂の中に響き渡り、正信の聴覚を刺激し続けた。
「電話か……?」
自分に電話を掛けてくる人の見当もつかないまま、正信はゆっくりと身体を起こすと、スマートフォンを取り出した。
画面には「非通知設定」の表示がされている。
暫く画面とのにらめっこをした後、通話ボタンをスライドさせ、スマートフォンを耳に当てた。
するとすぐに、やたらにテンションの高い男の声が耳元で騒ぎだした。
『おめでとうございます! あなたは「選ばれた」のです。今日は実におめでたい日です。それに立ち会えた私も幸せにございます』
声の主に心当たりはない。
正信は身体全体で大きくため息をつき、口を開く。
「あのー、すみません。掛け間違いじゃないですか? 僕は何かに応募した記憶もないし、選ばれるようなことは何一つしていません」
出来る限り冷たく言い放つ。
それでも電話口の声の主のトーンが変わることはなかった。
『平山正信さんのお電話ですよね? 間違えるはずがございません。先程も申し上げた通り、あなたは「選ばれた」お方なのですから』
自分の名前を当てられたことに驚きながらも、冷静を装いながら更に会話を重ねた。
「なぜ僕が平山だと? 何か『証拠』でもあるんですか?」
『私があなたの脳に直接語り掛けているからに過ぎません。といっても、基本的にはこのスマートフォンを介してのやり取りになりますから、中々信じられないかもしれませんが……。あ、でしたら今日あなたの身に起こったことをお話ししましょうか』
そう言って、男は正信の今日の出来事を話し始めた。
驚くことに、その全てを正確に言い当てたのだった。
正信の抱いた感情までを含めて。
『いかがでしょうか。もしご所望であれば、その先にお考えのこともお話しいたしますが――』
「やめてくれ、もう良い!」
「その先」のことは、決して言葉にしてはいけない。
正信は急いで男の言葉を遮った。
頭の中を見透かされた気がしていた。
『では、私が平山正信さん宛にお電話を差し上げたということを、信じていただけますね?』
不意に優しくなった男の声に、「……はい」と囁くように返事をした。
『良かった、ありがとうございます。まずは第一関門突破というところでしょうか。ではお話しを続けさせていただきます』
電話越しに、小さく咳払いをしたのが聞こえた。
『と、その前に自己紹介がまだでしたね。私は「新た」に「導く」と書いて「新導」と申します。主に正信さんの補佐業務に勤めさせていただくモノです。以後、よろしくお願いいたします』
新導は一層の優しさを纏わせた落ち着いた声で言った。
話し方はよくテレビドラマなどで見かける執事のようだった。
「よろしくお願いします、し、新導さん。いきなりですみませんが、僕の補佐業務というのは?」
『この場合、私の方がいきなりですから、謝らないでください』
新導は「ほっほっほ」と絵に描いた笑い方で笑った。
『これから正信さんには、「裁判長」として勤務いただきます。先の「選ばれた」とは、この裁判長のことを指しております』
「さ、裁判長? そんな……、僕はそんな資格、持っていませんよ?」
正信は裏返りそうな声で言った。
『承知しています』と新導は嫌味のない声で返事をし、言葉を続けた。
『私の言う「裁判長」とは、通常の裁判を指すモノではありません。正信さん、あなたの夢の中……、つまり、脳内で行う裁判と理解ください。そこで判決を言い渡すお仕事になります』
「頭の中で判決を下すと?」
『そうですね、端的に言えば「脳内判決」……といったところでしょうか』
「『脳内判決』……」
正信は繰り返すように呟いていた。
「それで、それは具体的にどのようなことをするんです?」
『文字通り、と言えばそれまでなのですが、眠っている間に裁判を行っていただきます。判決は正信さんの思った通りの刑を下していただければと思います。禁固刑でも、罰金刑でも、正信さんの世界にない刑でも構いません。但し――』
新導は一呼吸置くように幾ばくかの間を開けた。
急に訪れた緊張感に、正信はごくりと唾を飲む。
『下された刑は、正信さんの生きる世界で実際に与えられるモノとなります』
「『実際に与えられる』……? それってつまり――」
『目覚めた時に、その刑が実行されるということです』
淡々と話す新導に、正信は恐怖を感じた。
――そんなことが許されるのか。
そう思う気持ちとは裏腹に、心のどこかで自分のモノとは思えない感情が生まれた気がしていた。
『裁判に伴う資料等々は全てこの新導にお任せください。早速ですが……、今晩、開廷の準備を進めさせていただいて宜しいですか』
「今晩? そんな急に……」
『何事も、やってわかることもあります。それに、実際に行わなければ何がわからないかも、わからないのではないですか?』
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