魔族とエルフの異世界旅行記

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試験

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「貴方は、エルフでしたか。」

 頭巾を被った農民がエルフだったことで、アウラの頭は色々と混乱していた。
 エルフは森の奥に住み、森の恵みを糧に生活をしているはずで、人間の農業をする者はいない。それに、漆黒の髪を持つエルフなど見たことも聞いたことも無かった。

「リュクスだ。俺をエルフと呼ぶな。」

 エルフと呼ぶなとは、どういうことだろう? エルフの社会は秘密のベールに包まれていて分からないことだらけだけど、稀に流れ者が冒険者になっていたりもしているので、この人もその類かもしれない。何はともあれ、かなり気に障ったようなので、気をつけなければならない。

「わかりました、これ以上の詮索はしません。ところで、試験とは? 」
「俺と最初のクエストを完遂する事だ。」
「?」
「行くぞ。」
「今からですか!? 外で夜を明かすことになってしまいますよ。」
「じゃ話は無しだ。」
「い、行きます。」

 どんな意図があるのだろう?
 アウラはリュクスの出した試験内容に疑問を持つが、足早に門へ向かうリュクスの後を追った。



「明日からお互いに頑張ろうぜ。」
「そうだよ~持ちつ持たれつってヤツ。」

「皆さん、ありがとうございます。」

 私は、4人の冒険者達に感謝を伝える。この人達はクエスト帰りのDランクパーティーで、私達は先輩方のお世話になっている形だ。
 ナルファナを出た後、リュクスさんはあまり人が入らない森の奥で薬草を採集し始めてしまって・・・人の入らない場所にはモンスターが縄張りにしている事もあるため、私は警戒しながら採集をしていたところ、親切な冒険者パーティーに遭遇して夕食まで頂いてしまった。最初、冒険者達とリュクスさんは一言も話さなくて険悪な雰囲気になったけど、そこは私が対応して丸く収める事ができた。私が冒険者になる最初の試験を受けていることを伝えると、彼等の警戒心は解けてかなり友好的になり、「出会ったよしみ」として狩りで手に入れた獲物を振舞ってくれたのだ。

「あ、れ、? 」

 急に睡魔が襲って来たアウラだったが、先輩達の前で先に寝るわけにはいかないため、必死で眠気を堪える。

「あ、最初のクエストに緊張したのかな? 寝ちゃっていいよ。」

 猫系亜人の女性冒険者がアウラに語り掛ける。

「俺達が見張っているから、安心しな。」

 今度は爬虫類系亜人の冒険者が口を開く。

「エルフの兄さんも寝ていていいぜ、ってもう寝てるか。」





「・・・ろ。」
「え?」

 夢の中、アウラは自分に向けられた言葉に耳を傾ける。

「起きたら、合流しろ。」



「 はっ! 」

 目覚めたアウラは周囲を確認しようとしたが、何故か視界がぼやけてよく見えない。

「え? なに、これ・・・」

 目を擦ろうとして自分の両腕に拘束具が付けられている事に気付き、直ぐに両足も拘束されている事を知る。

「ちっ、あいつらヤクをケチりやがって。」
「あ、あなた達は誰ですか! ここは一体・・・」

 完全に覚醒したアウラは状況が呑み込めないが、自分が牢獄のような場所にいる事だけは分かった。

「これから調べるってのに、暴れられると手間だ。1本打っとけ。」
「へいっ。」

「何をする気ですか! 私はっ・・・」

 アウラは見知らぬ男が取り出した注射器を問いただそうとして、自分が下着姿であることに今更気付く。

「あ、あぁ・・・」

「やっと気づいたか。お前さん、俺達に売られたんだよ。奴隷としてなぁ。」

 奴隷。その言葉を聞いてアウラは全身の血に気が引く。奴隷はナルファナで神官となってから良く聞く単語であり、最初は罪人がなるものだと思い込んでいたものの、何の罪もない人間も奴隷として売買されている事を知って、アウラは何度も罪なき奴隷を救おうとしたことがあった。しかし、教会では正規の方法で奴隷を所有している者への対応は一切認められておらず、違法奴隷に関しても「管轄外」として衛兵に全てを任せていたため、アウラは奴隷を1人も救えていなかった。
 現在、アウラはその理由を身をもって知ることとなっている。

「ようやく、自分の置かれている立場が分かったか。この調子じゃ薬はいらねぇか。」

 絶望の表情を浮かべるアウラを見て、奴隷商は笑みを浮かべた。
 奴隷は顧客のニーズに合わせて売買されるため、最初に行うのが身体検査である。種族、性別、身体能力、病気や怪我の有無・・・検査項目は多岐にわたるが、女性の場合は処女か否かといった検査があり、アウラは丁度その検査が行われるところだった。

「新人狩りの奴等、この女は神官を目指しているって言ってましたし、処女じゃないっすかね? 」
「調べもしねぇでものを言うんじゃねぇ馬鹿が! 神官じゃなく冒険者になろうとしていたってことは、大体経験済だ。それに、この奴隷はやけに体格が良い、戦奴としても値が付く。」

「近づかないでください! それ以上は本気で怒りますよ。」

「まだ、立場ってのを分かってないようだな。」
「奴隷の首輪をつけられたお前は、もう奴隷なんだよ! 」
「ほら、嬢ちゃんが奴隷だって証明する書類だぜ。へへへ。」

 奴隷の首輪は魔族を隷属させるための魔道具であり、主の命令には逆らえなくなるため、着けられてしまったら最後、奴隷としての日々が始まる恐ろしい魔道具である。
 気を取り直したアウラは男達を最大限威嚇するが、この状況では男達を煽るだけだった。

 奴隷の首輪、両手両足には枷、装備は無い。特に奴隷の首輪は本人が外すことはできないとされているため、もはや奴隷として生きるしかない・・・この状況を打破できるとしたら、規格外の能力を持つ勇者か魔王、神官の中でも最強格のナルファナ僧兵くらいである。

「神よ、我に力を与えたまえ。邪悪なる呪いを・・・」

「はははははっ、神に願い事か? 」
「俺達も女神教徒なんだぜ。あんたみたいな奴はたまに見るよ。」

 神に祈り出したアウラを見た奴隷商は笑みを浮かべるが、次の瞬間、頭上から降り注ぐ光の束を見て表情が一変した。

「なんだ、この光はっ。」
「はっ、奴隷契約書が・・・」

 光がアウラを包み込むと同時に、奴隷契約書にかけられている隷属魔法が消え去ってしまう。

「このあまが、そこに跪け! 」

 奴隷の首輪をつけられた者は持ち主の命令には逆らえない。しかし、アウラは奴隷の首輪を両手で引き千切り、手かせと足枷も力ずくで破壊した。

「バカな! 拘束魔法も消えたのか? 」

 3人の中で専門知識を持つ奴隷商は驚愕する。奴隷の首輪は基本、持ち主との契約以外に外すことはできず、できるとすれば首輪の魔力を遥かに超える魔力を持つ者が強制的に解除するか、女神の奇跡以外に無い。そもそも、奴隷の首輪は魔族を隷属させるための魔道具であり、魔族を遥かに超える魔力の持ち主でなければならないことから前者は無い。と、なると神官が使用できる女神の奇跡となるが、女神の奇跡で解除するにしても、神官見習い程度では奴隷の首輪に太刀打ちできる奇跡は起こせない。できるとしたら高位神官かナルファナ教会の僧兵くらいだ。

「まっ、まさか・・・」

「やる気かぁ? 」
「痛い目見ないと駄目なようだな。」
「悪党どもめ! かかってきなさい! 」

「やめろ! そいつはっ 」

 奴隷商はファイティングポーズをとったアウラに立ち向かっていく部下を止めようとしたが、間に合わなかった。

「 ぐぇっ! 」

 アウラの回し蹴りが側頭部に炸裂し、2人目の部下はあっけなく意識を失い、床に崩れ落ちる。最初に飛びかかった部下は背負い投げで壁に叩きつけられ、呻き声のみ上げている状態だ。傍から見れば呆気なく見えるが、部下の2人はこれでもCランク冒険者の格闘家だった。

 冗談じゃない。神官かぶれのルーキーだって?
 最初に気付くべきだった。新人狩りが薬の量を間違える事は今まで無かった。それなのに、この女は早く目覚めた。毒耐性が異様に高いのだ。そして、奴隷の首輪をも無力化する神の奇跡に格闘家以上の格闘能力・・・
 この女は間違いなくナルファナ教会の僧兵だ。

 新人狩りからアウラを買い取った奴隷商は、手を出してはいけない商品を買ってしまった事に、今更気付くのだった。
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