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春の日、残酷な未来を知る
ラント王国は今は春の十日。王宮の庭は辺り一面花盛り。どこを見ても色とりどりの花だらけ。僕は魔力を持った花くらいしか判らないけれど、この季節が一番花の持つ魔力が高いから僕のテンションもググっと上がる。
濃い色を持った花は魔力が高い。けれど、王宮のどこまでも続くような庭園は見栄え良く綿密に計算され作られたもので、色合いは淡いものが多い。
この庭園は告白スポットであちこちで恋人をエスコートしている人たちが見える。
魔力が高い花は匂いが弱く、魔力の低い花は匂いが強い。緩衝材のように入れられたディートリンデは魔力が高いけれど、色は白い。どんな色にも染まることのないこの花は濃い白色の花で、とある王族が人工栽培に成功させた有名な花だ。
女性側から告白をすることははしたない事と言われていたが、この花を女性から相手に渡すことで女性が好きな相手にアピールできる。女性じゃなくても、男性でもこの花を持つ事で君に好意を示しているという意味合いを相手に伝えられる。
僕は特別に育てたディートリンデを小さな花束にして、毎年おなじみの場所でおなじみの相手に告白をする。
「ケルヴィン様、大好きです! 結婚してください!!」
十三から十六に至る今まで、僕は同じ相手にこうやってディートリンデの花を渡している。最初は一本しか渡すことが出来なかったが、三年目の僕は小さな花束に出来るまでに成長した。ドヤァ。
「有難う。大事にさせてもらうよ」
ケルヴィン・マーク様は伯爵家の嫡男で二十三歳という異例の若さで第三騎士団の団長を務めあげる程の腕前だ。僕がケルヴィン様に告白をしだしたのは三年前。それからずっとこの場所でディートリンデを手渡して告白をしている。
この場所じゃなくても、四六時中顔を見合わせる度に告白をしているんだけど。でも、ディートリンデを手にして改めて告白するのは気が引き締まる思いがする。今年の花の季節にはどれだけのブーケを渡せるだろうか。
ケルヴィン様は僕が告白と共に渡した小さな花束をそっと受け取ってくれた。僕とは頭二つ分高く、肩幅がガッシリとしているケルヴィン様が持つと花束がとっても小さく見えてしまう。それを見て、来年はもっと頑張ってディートリンデを育てようと決意する。つまりは、今回も脈がないということだ。
「陽は高いが、浮かれた奴が現れないとも限らない。魔術師宮へと送ろう」
壊れものを扱うように腰に手を添わされ、魔術師宮まで送ってもらえた。
さらりと美しい艶を持った黒髪とキリリと上がった碧眼はとても男らしく、ケルヴィン様はいつもゴシップ誌の女性が選ぶ騎士団人気ランキングの上位に名を連ねている。そんじょそこらの美形とは一線を画した彫刻のような美が近寄りがたく、その特別なオーラが一際魅力的にみえるんだろう。
ケルヴィン様は魔力銃を扱わせれば右に出るものはいないと言われている。魔力銃の名手で、切れ長の涼やかなお顔には眼鏡が掛けられている。利き目の右はとても負担が掛かるのでオフの時は特殊な魔力が掛かった眼鏡で目を休めている。
普段はニコリともしないケルヴィン様だけど、オフモードの時は瞳が緩やかに和らぎ、僕とのやりとりを少しは楽しんでくれているんだって感じ取れる。
ケルヴィン様を視界に入れた瞬間僕はそこがどこだろうが彼に近づき、開口一番に求婚を迫る。ケルヴィン様は美丈夫でエリートで魔力銃の名手という完璧人間だ。性格も無口だが穏やかで優しい。ケルヴィン様の弱点なんてどこにもないように見える。
そんなケルヴィン様に求婚をするのだから、僕は彼を狙う令嬢達に負けないよう身なりを整えている。魔術師団は変わり者が多く、僕が所属している魔術具開発部門は更に変わり者が多い。魔術具の開発に明け暮れ二徹三徹当たり前。人との関りを削ぎ落し、朝から晩、晩から早朝まで工具片手に奮闘している様はとても外部の人に見せれる姿じゃない。下手をしたら魔獣討伐が専門の第三騎士団にサックリ斬りつけられる可能性も無きにしも非ず。
そんなキワモノ部類の同僚と並んで、僕はまだ身なりに気をしているだけマシだ。水色の髪に灰色の瞳の僕は地味だけど、ケルヴィン様追っかけ歴はかなりのものだ。
ケルヴィン様を初めて見たのは兄に連れられてやって来た王宮の庭園だった。あの時も春の日で、僕は春祭りで貰ったディートリンデの花をケルヴィン様に無意識に手渡していた。
ケルヴィン様はあの時庭園の警護で見回りをしていて、そこに兄さんとはぐれた僕を保護してくれた。当時十三歳だった僕はただひたすらにケルヴィン様の美貌に驚いてポカンと間抜けな顔を晒していた。ケルヴィン様は僕と一緒に兄を探してくれた。繋がれた手はとても大きくて、暖かかった。
「僕、ニールと言います。あの、騎士様はお名前なんと言うんですか?」
「私はケルヴィン。今日はこの城の警備をしているんだ。さて、君の兄君はどこにいるんだろうな」
この時、ケルヴィン様の眼鏡は色がついていた。今は特殊な透明硝子に魔法をかけて眼球を休ませている。どちらも甲乙つけがたいくらいに恰好良いが、やっぱり自分が作ったものを使ってくれている方がテンションの上がり具合は違う。
まだ幼かった僕は兄が見つかり、兄に引き渡される瞬間にディートリンデの花をケルヴィン様に手渡し「結婚して下さい」と求婚していた。
ブラコン気味な兄は顎が外れるのではないかというくらいあんぐりと大口を開けていた。
「有難う。君が大きくなったら、考えよう」
ケルヴィン様は少し瞳を緩め僕が差し出した花を受け取り、空いた手で頭を撫でてくれた。
体のいいお断りをされたが僕は諦めず、この一年後に魔術師団に入った。史上最年少で入団した僕は魔術具開発部門に入り、ケルヴィン様に捧げる魔術具を日々開発するようになった。
成長が脳みそに取られているのだと同僚にはからかわれているけれど、まだ僕は十六歳。伸びしろは十分にある筈だ。早く大人になってケルヴィン様と結婚したい。
「ケルヴィン様、大好きです」
「有難う。嬉しいよ」
魔術師宮まできちんと送ってくれたケルヴィン様は僕の頭を撫でて、踵を返した。
「…ちぇっ…」
まだまだケルヴィン様の中で僕は子供のようだ。
ケルヴィン様に撫でられた髪を触り、クシャリと混ぜた。
悔しいな。
+++++++++
僕はケルヴィン様が扱う魔力銃の改造をしていた。スコープのズーム機能と、手ブレを補正して少しでも的に当たりやすくしたい。短銃も装填する弾丸が増やせればそれだけ手間が減るし、ケルヴィン様が危険に会うこともグッと低くなる。
兄は魔術師団に居て、ケルヴィン様の武器にばかりかまける僕をいつも呆れた表情でみてくる。ここまで武器を強化する魔術具師は僕しかいない。本来であれば、魔石をつくったりそれで便利な魔法グッズを作るのがこの開発部門だ。
今日は泊まり込んでスコープ銃を弄ろうかと思っていたら、宮が騒がしくなった。魔術師達が慌ただしく出ていくのが見えた。
「どうしたんですか?」
ヨレヨレだった同僚がなんとか身なりを整えていた所を捕まえた。
「それが、異世界から“渡り人”がやってきたって報せが来たんだ」
渡り人?
パタパタといつもは引きこもりの魔術師達が掛けていく。
それを遠目で見ていた僕は、何故か意識が遠のくのを感じた。
+
「ケルヴィン様、結婚してください!」
僕は相も変わらずケルヴィン様に求婚していた。
いつもと変わらない風景に、一つだけ違うものが混じっていた。
ケルヴィン様の腕に絡みついた、真っ黒な女の子だ。僕と変わらないくらいの年恰好で、僕よりちょっとだけ小さい。ケルヴィン様とお揃いの髪色になんだか嫌なものを感じた。
僕は何故かすごく焦っていて、どうにかしてケルヴィン様と女の子を放そうと躍起になっていた。
ケルヴィン様はいつもとは違い、眼鏡も昔のものを使用していた。僕が女の子を剥がそうとすると、手をぴしゃりと叩かれた。
「ケルヴィン…様?」
「彼女を害そうとしているらしいな。陛下は“渡り人”であるこの方を貴賓として認めた。いくら君でも無礼な態度は認められない」
「ケルヴィン…私、怖いわ…」
「何も問題ない。君は私が守ろう」
頭がガンガンと痛む。
春の日はすぎて、庭園は夏の花に覆われている。気だるい暑さ避けに城に植えられた夏の花は匂いが少ない分、冷却効果の高い魔力の濃いものが多い。
ケルヴィン様と女の子の親密な距離に吐き気が込み上げる。追い払われるように僕はその場を後にした。
それから数日後、庭園で抱きしめ合い口付けをする二人を見て、僕の視界は真っ黒に染まった。
許せない。許せない。許せない。許せない!!!
目の前がチカチカと赤く点滅して、眼球から頭が締め付けられるように激しい痛みに襲われた。全身が固く拘束された感覚がして、ドン、と僕の魔力が外に放たれたのが判った。
僕の魔力が暴発したようで、庭園のあちこちで爆発が起こった。醜い感情に呑まれた僕にまともな思考は残っていなくて、とりあえず全部壊してしまいたい衝動に駆られた。
うっすらと残る意識の中で、僕は“魔王”と呼ばれていた。
人々は僕を討ち取るために命を落とし、僕は皮肉なことに“渡り人”の女の子とケルヴィン様に討たれた。
“渡り人”の女の子が魔力を込められた弾が装填された魔力銃で、僕は倒された。ケルヴィン様は、僕の作った魔力銃を使ってくれなかった。
僕が一生懸命作った銃だ。
ケルヴィン様の為に、ケルヴィン様が大好きだから。
ボロボロと涙が出た。
打ち抜かれた心臓がミシミシと音を立て、引き裂かれるような激痛が全身を襲った。これは夢なんかじゃない。頭が狂うような辛さがずっと続いている。
辛い。悲しい。さっさと終わりたい。
どうしてだろう。ただ、僕はケルヴィン様が大好きだっただけだ。どこで間違えたのか。
僕は“魔王”なんかになりたくなかった。
+
「ニール!! 俺が判るか?!」
身体がとても怠くて、指先すら動かせなかった。
僕の身体を揺さぶっていた兄、カップンに頬をペチペチと叩かれてその痛みに顔を顰めた。
「にい、さん…」
僕の頬を叩いていた兄の手は濡れている。どうやら僕の涙で濡れているようだった。
「あぁっ! ニール! 痛い所はないか?」
兄に抱きしめられた。
どうやら僕は気を失って魔術師宮の入り口で倒れていたらしい。それから一日起きることもなく、ずっと魘されていた僕を兄は付きっきりで看病してくれていたそうだ。
身体はギシギシと痛み、夢で見た身を引き裂くようなリアルな感触が頭から離れなかった。
診察を受け、魔力がごっそり抜けていたらしくその所為で倒れたのだろうと診断を受けた。
二日休んで、城内は“渡り人”が落ちてきたことからこの日も騒々しかった。
僕は城に向かい、こっそりと“渡り人”の確認を行った。
「……っ!」
遠目に見た少女は夢の中の女の子と寸分違わない姿だった。
城内の案内をしているのだろう、隣にはケルヴィン様が立っていた。
グワングワンと頭が痛くなり、そっと女の子をエスコートしているケルヴィン様を見ていたくなくて僕はその場を立ち去った。
魔術師宮に戻り、寮の自分の部屋に戻った所でまた意識を失った。
更に一日休んで、兄からケルヴィン様がお見舞いにやって来たと聞いて、頭痛が戻ってきた。
この時、僕は予知夢の可能性について考えていた。しかし、予知夢はあくまでも夢であり、あの実際に経験したような痛みは感じない筈だ。
痛みに耐えられなかった。全身を引き裂く痛みより、ケルヴィン様が少女を見る熱量の方が痛かった。
そこから僕は早かった。
“渡り人”を歓迎する城内の喧騒を利用して、僕は魔術師具開発部門長に退職届を叩きつける様に出した。そして、体調不良を理由に兄にも相談せずスパンと辞めた。
必要な荷物と、お金を鞄に詰めて寮もでた。朝一に出て、平民用の馬車を乗り継いで、短期の出国届を出し隣国行きの船に乗った。
ここまで一日。
二日目に船から下りて、目についた馬車に乗り込み大きなギルドがある街まで向かった。
そこから街の人に聞いて、ギルドに向かい即採用してもらった。
とんとん拍子に話が進むが、仕込みは一切ない。自分の能力を鑑みて、一番良いであろう選択肢を選んだだけだ。
平民にとって読み書きが出来る人間は重宝される。しかも、魔力があれば格別だ。ギルドであれば、身柄はギルドで保障され外国人である僕でも働く場所と住む場所が準備される。
このギルドは丁度書類整理が出来る職員を募集していたので、次の日から採用された。
ここまで離れればケルヴィン様の話も流れてこないだろうし、兄には見つかるだろうが僕が魔王になる確率は減る。
僕はきっとケルヴィン様の想いを振り切ることは出来ないだろう。あの予知夢で見た結果を迎えるのだとしても、だ。だったら僕はこの場所でケルヴィン様を想い結婚したかったなぁと思うだけでいいのではないかと無理矢理納得させた。
僕が魔王になる可能性がゼロではない今、ケルヴィン様から離れるしかない。
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