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冬の日、お別れをする
「…んっ…」
自然な覚醒に目を開ければ、目の前には壁。身体はピクリともせず、一瞬何事かと身構えたけれど上から降ってきた声に全身を震わせてしまった。
「よく眠っていたな。まだ早い時間だが、二度寝できそうかい?」
「!!!」
スルリと僕の背に回っていたなにかが頭を撫でた。
上からする声はケルヴィン様のもの。目の前の壁は人っぽく、固くはあるが弾力があって暖かい。心音も聞こえてくるから胸板だろうか。つまり、この目の前の壁は良く見えないけれど…ケルヴィン様の厚い胸板?!
びょびょっと身体が伸びた。
「ケルヴィン様っ!! えぇ?! な、なんで一緒に…」
ギョッとして、離れようとしたが上手く動けなくてケルヴィン様に抱き込まれてしまった。
暗くてよくは見えないけど、段々と夜目が効き始めてそれが出来る事によって僕の息は絶え絶えだ。
「灯を点けようか。おいで、ニール。暖かい紅茶でも淹れよう」
掬うように身体を抱かれ、軽々と隣の応接室へと運ばれた。
豪奢な応接室の脇に設置された魔力石式の紅茶のセットを手際よく扱うケルヴィン様に、香り立つ美味しい紅茶を振舞われた。
適度に暖かい紅茶が身体に染みわたり、ホッと息を吐いた。
各部屋には適度な暖かさに気温がキープされていて、早朝間際だというのに素足でも寒さはまったく感じなかった。さすが、エリート騎士団長の泊る宿なだけある。
「寒くはないか?」
「いえ、まったく。お気遣い有難うございます」
肩に掛けられたストールは防寒魔法が掛けられた酷く手触りの良いものだった。これ一枚あれば、外に出るのだって上着が要らない程の一級品だ。まぁ、冬場に上着なしで歩こうものなら「見ている方が寒い」とそれ相応の格好を要求される。
そんな貴重なストールを「ニールの為に用意したんだ、貰ってね」とプレゼントされてしまって、僕は文字通り震えあがった。これ一枚で、僕の給料数年分だ。魔術師団だった頃の給料は兄が管理していたから僕は知らない。ギルド職員としての換算だけど、とても貴重なものだ。
ラント国に居た頃の僕は兄がなんでも先回りして用意してくれていたのもあって、何も知らない子供だった。お金の使い方だって、トワイに逃亡する際に親切な人たちに訊いて使い方を学んだ。
「ニール、王宮で働いていた時と、この辺境のギルドでは給与の額が異なる。君は一度、カップンから雇用契約書と君自身の資産を教えてもらった方がいい。ここで培ったその金銭感覚が大いに狂うと思うが」
金銭感覚が狂うというのは、こちらでは硬貨が主に使用されているが、ラント国では紙幣も使われている。こちらでは問題なく買い物が出来ていたけど、紙幣が絡んでくるとまた覚え直さないといけない。王宮に居た時は、兄がなんでも用意してくれていたし、城内に住んでいたから城下町に降りたこともなかった。
「それは置いておいて。今度、一緒に城下町に行こう。きっとカップンも以前のように規制を強いてくることはないだろう」
「兄さんが?」
「あいつは、私が幼気な君を貪り喰らう蛮族か何かだと思い込んでいる」
「……?」
ケルヴィン様が言わんとする事が判らなくて、小首を傾げたら優しく頭を撫でられた。
「国が違えば、そこに住まう人たちも変わってくる。ニールは、気づいたかな? 暖かな気候が続く我がラント国と、冬が長いトワイ国では、決定的に違うものがある」
「ええっと、トワイ国ではダンジョンがあちこちにあり、厳しい冬を乗り切る為にとても体格が良いです。女性でも、僕より大きい人が普通らしいです」
「そうだ。早く大人にならないと命の危険が増えるからね。だから体格も良く、十六で成人として迎えられる。でも、ラントは過ごしやすさ故に、そこまで身体を鍛える必要はなく、成長期も遅い」
ケルヴィン様は優しく微笑んで、僕が判るように言葉を噛み砕いて話してくれる。
僕がコクリと頷くと、眦を一層優しく緩めて「良い子だね」と何度も頭を撫でてくれる。
「生存本能、というか…種を残す為、ここトワイ国では成人が他より早い。その年齢で既に子を成すための準備が出来ているからだね」
そこまで言われて、その後に続く言葉がどんなものか鈍い僕でも察することが出来て、唖然としてしまった。
「ニールはまだ成長期がきていない。まだまだ小さい。だからカップンは心配しているんだよ。ラント国の男は成長期が遅いから、もう一年か二年。君には待ってもらわないと、さすがにね、私と君とでは体格の差がありすぎる」
「っ!!」
ボボッと顔から火が出るんじゃないかってくらい熱くなったのが判った。
つまり僕は、ずっと見当違いな勘違いをしていて、ケルヴィン様に性交渉が出来る年齢だと宣言していたと言うことか?!
恥ずかしすぎやしないか、僕!!
「そ、その…えっと…」
しどろもどろに僕が誤解を解こうとしているのが判ったのだろう、ケルヴィン様が苦笑いを浮かべて指の腹で僕の頬を撫でた。
「判っているよ。でも、私はそういった営みを視野に含め君を好いている。ニールが早く大人になることに期待しているんだよ」
ずっと想い焦がれていたケルヴィン様から返された想いに、僕はパンクしてそこからまた記憶がなくなった。
“渡り人”なんて、記憶にすらなかった。そして、ケルヴィン様は僕の成長を待ちわびている。そんなケルヴィン様との将来に一滴たりとも不安を垂らすこともない。一刻も早く身も心も大人になってケルヴィン様にペロリと頂いてほしい。
二度目に起きたら外は既に明るく、僕の寝顔を見ていたらしいケルヴィン様自ら支度をされてしまった。
僕がここに来た時に着ていた服は溶けた雪で濡れて着れないらしく、ケルヴィン様が手配してくれた。いつの間に用意したのか、サイズはぴったりだった。
「なにからなにまで…有難うございます」
出来る大人の男というのはこういう気配りが出来る人間の事を言うんだな。僕はその気遣いに自分の未熟さを恥じた。
「いや、これは私の意地でもある」
「意地?」
「それはまた今度話そう。今はギルドに行って、挨拶をしてこよう。カップンがやってきたら、急かされるからね」
兄さんがやってくるとせかせかと煩そうだ。
僕はケルヴィン様と早々に支度して、宿屋のロビーに設置されているソファに座って兄が来るのを待っていると、先に僕たちが部屋を出たのを知ったのだろう、速足で階段を下りてきた兄さんが怪訝そうな表情で僕を見てきた。昨日の剣幕からの立ち直りが早いことに違和感を生じたのだろう。
駄々を捏ねる僕を引きずってギルドに行くつもりだったのか、手には拘束具が握られていた。ドン引きする僕を気遣ってか、ケルヴィン様が拘束具を奪い兄の従者に渡していた。
「あぁっ、ニールゥ。とうとう帰っちゃうのねー」
「ギルドマスターから言われてたけど、なんだかんだでこっちに残ると思ってたわ」
ギルドが開く少し前に、邪魔にならない程度にと職員用の扉を開けた所、ルンさんとアンナさんに両側を固められた。僕が挨拶に来ることをギルドマスターに聞いていたらしい。
「とうとうあのストーカーに掴まっちゃったの? 執念深そうだったものね」
「ストーカーに愛想尽かしたら、またいつでも来てねぇ? ギルド職員の職権乱用つかっちゃうんだからぁ」
二人は最後の最後までとても良い人たちだった。次は、きちんと休みをとってこっちに遊びに来よう。外を知らなかった僕が辿り着けたくらいだ。港からここまでの整備はしっかりと行き届いていて、ラント国から遊びにやってくることは容易い。
「今度は遊びに来ますね!」
「……その時は私も同行するから」
ルンさんとアンナさんを微妙な表情で見ていたケルヴィン様は一つ息を吐いて、僕の隣に立った。
兄さんがギルドマスターに幾つかの書類らしきものを手渡していた。
僕が不思議そうに見ていると、ケルヴィン様にトワイ国とラント国を繋げるための大事な書類らしい事を教えてもらった。
「この村のダンジョンはとても高品質なドロップ品が多い。しかし、魔術師が少ないこの国ではそれを有用に加工出来るだけの魔法具師がさらに少ない。そこで、我が国と協力して魔術具を作らないかと話を持ち掛けた」
「そんなことが…出来るんですか?」
「君が安寧を求めた国が物騒な筈がない。入念な…カップンの下調べがあって、この度、協議が行われた。丁度良く、ラント国とトワイ国には王子と姫が同じ年だ。この同盟と婚約がなされ、二つの国はこれから共に歩む事になる。君が此方にやって来た時は魔術具師として出張扱いになる。私は君の護衛になるね」
「ケ、ケルヴィン様が、僕の護衛?!」
ビョッと飛び上がって、一介の魔術師に第三騎士団長が護衛として就くのだろう。
「君は王宮魔術師団に史上最年少で入団したから、その時点で特別階級になっているんだよ。外に出るのに必ず護衛が必要なんだ。ニールは王宮の外に出たがらなかったから、知らないか」
そもそも、魔術師団に特別階級なんてものあったのか。僕は日がな一日ケルヴィン様の武器を開発しつつ、日常の便利グッズを作っていた。
採算が合わないものや、素材が足りないなんてことも結構あって、トワイ国にきて魔物が落とすドロップの品が良質で様々な素材があり、ダンジョンは放っておくと魔物がが復活するので素材がとても安い。加工された物だと値が張るんだけど、それは魔術具師が少ないからだったんだ。
外を知らなかった僕は兄に与えられるもので魔術具を作らないといけないんだと、妙な固定観念に囚われてしまっていた。今の僕なら素材の物価もどんなものが売られているのか自分の目で見て知ることが出来た。
「ケルヴィン様。僕はこの国で様々なものを知り、成長することが出来ました。やり様は悪かったと思いますが、ここに来て良かったって思っています」
「…そうか」
ケルヴィン様の涼やかな目元が緩み、優しく頭を撫でられた。
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