婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

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10.はじめてのプレゼント

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*10.はじめてのプレゼント



 昨日もシシェルのマッサージテクにノックアウトされて深い眠りについてしまい、起きた時にはまたも食事の準備がほぼ終わっていた。
 人が動けばそれなりに音はするものだ。
 今も食器を置くカチャカチャとした小さくはあるが音は聞こえる。それなのに、何故ここまでされて気付かないんだろう。

「…僕、そんなに熟睡してました?」

 これは冒険者として命とりなレベルではないのか。不安になって準備をするシシェルに聞けば、「精霊が手伝ってくれている、問題ない」と返事がきた。

「せ、精霊が…?」

「そうだ。精霊はお前に対してとても過保護で、こうやって朝の準備をしている際、お前の場所に無音の魔法をかけてくれている」

「………」

 そんなのことをしてしまっているのかと、傍らの精霊を見れば照れたように頭をかいている。
 
「精霊が人とそこまで関わろうとすることが珍しい。矢張りお前が…そうなのだろうな…」

 顔を洗ってきた僕が座るように椅子を引いてくれるスマートさに気付けば椅子に座っていた。日に日にシシェルの従者度が上がっている気がする。
 今日は僕の席にもナイフとフォークが置かれていて、漸く諦めてくれたのかと思ったら、昨日のように口が開いた所を狙われ料理が詰め込まれる。
 よく見れば、僕の方にはメインの皿一枚でバケットの入った籠だったり、サラダだったりはシシェル側にあった。僕の手の届かない所だ。このやろー日に日に変な知恵をつけてくる。
 食事を終えて、再びシシェルに全身コーデを施された。昨日と同じような服だけど、ヒラヒラ感だったりフワフワした装飾だったりが増えている。これは男が着る服じゃないと判っているけれど、脱ぎ方が判らない。リボンがあちらこちらで揺れている。一つ一つシシェルが結んでくれたんだけど、どうなっているのか理解できない。
 自分がとんでもない格好をしている自覚はあるけれど、目の前の満足そうにしている第三殿下を見たらまぁいいかなって。


 今日も後ろから付いて来るのかと思ったら、隣に並ばれ腰を抱かれる。歩き難い。そして羞恥がすごい。
 肘をシシェルにあてて離れるよう抵抗したが、腕が外されることはなかった。街中での人の視線が痛かった。シシェルは平気そうだったけど、これが王族との差ってやつなのか。
 僕に声をかけようとする人にシシェルが睨みを利かせきて、ビクリと肩を揺らす彼らに後で謝っておこうと見ていると腰を掴まれる腕に力が入ったのが判った。日に日に従者だったり護衛らしさが増している気がする。
 Cランクだけど、チートがあってそれなりに強いんだけど、この人はそれを知らないものな。


 距離感のおかしさに戸惑いながら拒否しつつ、それでもめげないシシェルに距離感が麻痺しだした頃、シシェルは一枚の地図を拡げた。
 この日も朝からしっかりとお世話をされ、僕の肩くらいまで伸びた髪を編みこんで髪留めをつけて終わった。満足げなシシェルだが、175センチある男子大学生に装飾過多な衣装や髪留めを使っても残念な出来栄えになるっていうのが何故理解できないのか。
 しかも僕の髪は寝癖せもほぼつかない形状記憶型なのではないかと自分でも思うくらいのストレート。癖毛は大変っていう友人にちょっといいななんて思ってしまう程だ。
 髪を纏め上げるのだって難しいのに、簡単に結い上げていくその腕はすごいと思うけど、女の子じゃないからうわぁ…っていう引いた感想しか出てこない。
 そんな僕を置いてけぼりにして、シシェルは自身の荷物の中からB3サイズ程の地図を取り出した。

「とりあえず、明日、王都へ向かう。異存はないな?」

「もうちょっとでBランクになれるんで、半年以内にはノアトルに戻りますが。いいんですよね?」

「ああ、善処しよう。それと、王都に帰る道を大回りして北にあるヒディル森を介して行こうと思っている」

「ヒディルって、随分な大回りじゃないですか?」

「ああ。あそこは精霊がいなくなって一番歪んでいる場所だ。魔獣も多く、腕の立つものしか入ることが出来ない」

「でも僕がそこに入ったら…いいんですか?」

「ヒディル森は人が滅多に寄り付かん。精霊が目覚めてもすぐに判る人間はいない。それならば、復興がしやすいよう、少しでも歪みを正していきたい。王都に居ない今、自由に動けるのはそこまでだ」

 拡げた地図の距離を調べるとまっすぐ馬を走らせて一日半。ヒディル森を抜けると馬で三日程。
 野宿になるが、荷物や食料は無限収納の鞄があるから問題はない。

「あ、そうだ」

 無限収納と言えば。
 僕も自分の鞄から、腰のベルトに通すタイプの小型の鞄を取り出した。

「これ、僕と同じタイプの魔法をかけてあるんで、良かったらどうぞ」

 ただの王子には必要がないものだけど、シシェルはギルドカードを持っている冒険者でもある。その際にあると便利だろうと、雑貨屋で購入した鞄に無限収納の魔法を編みこんだ。
 鞄は開けやすいように、マグネットボタンにしてある。

「どんな大きさのも入ります。魔法陣が吸い込んでいくので、起動させる際に自分の魔力少しだけ流してください。取り出すときは取り出したいものを口に出せばいけるかと」

 鞄は中になにを入れたのかすぐに判らないのがネックだけど、シシェルなら便利に活用できるだろう。
 今も、既に荷物を袋ごとに分けて鞄の中に収納している。取り出すのも随分とスマートだ。

「これは良いものだな。ありがとう、感謝する」

 シシェルに無邪気にニッコリと笑われて、腰が抜けた。抜けたけど、椅子に座っていたから気付かれなかった。
 この王子は心臓に悪い生き物だ。



 収納が無限になって、荷物の制限がなくなったからと、シシェルに今日はギルドに行かず買い物に出かけようと手をとられた。
 いつになくテンションの高いシシェルと、依頼を受けるわけじゃないからとローブを外され、少し大きめのカーディガンを着せられた。グローブも、野暮だとブーツも外され、華奢な革靴を履かされた。
 シシェルもマントを外して、上着をジャケットに替えている。

「これなら厚手の寝袋を買っても問題なく運べる。ヒディルは人が寄り付かないだけあって、道もそこまで良くない。馬に負担を掛けるのも心配だったからな」

「明日、馬に付加魔法をかけておくんで安心してください。勿論、夜は結界を張るんで見張りを立てなくても大丈夫です」

「これほどまでとは…。お前が居てくれて心強い」

 指の背で頬を優しく撫でられて、かぁっと頬が熱くなって、そっとシシェルから離れた。
すぐにその距離は戻されたけど。
 商店街に着いて、この街で一番大きな商店に用があるからとシシェルが言ったので、僕はそこら辺を見て回っていようかと見回していたら腕を引かれ、商店の中に連れ込まれた。単独行動は許さないらしい。
 世界最大を誇るギルドがあるだけあって、冒険者用の商店は圧巻の一言だ。ピンキリ商品がフロア一体に置かれていて、更に価値のある商品は扉の奥に厳重に保管されているらしい。
 店の商品をいくつか買ったようで、宿屋に届けてくれと告げているのを遠くから見た。無限鞄はこの世界には存在していないもので、しかも精霊の加護を使う魔法なので外でおいそれと使えないのがこの鞄の不便な所だ。

 僕も携帯用の調味料を買い足して、インベントリでざっと自分が所持している食材を確認した。これなら少しの野宿にも耐えられそうだ。

 寝袋をみていたら、シシェルが隣にやってきて僕の分も寝袋を買ったから問題はないとその場を強制的に退けられた。
 森で野宿なんてしたことがないので、なにを買ったらいいのか判らない。でもあれこれ考えているのがちょっと楽しくて商品を見ているんだけど、シシェルは自分が買ったから必要がないと言うばかりだ。
 タオルとかは必要だと思うし、浄化魔法が使えるけど着替えも絶対に必要なものだ。無難に旅装束を見ていたら、これまたシシェルに服は此方で用意するから買うなと強く念を押された。
 僕とシシェルの好みが違うから、僕はやっぱり自分自身が着たい服を選びたい。それなのに、グイグイと腕を引っ張られ店の奥へと連れて行かれた。


 グッタリと帰路に着く僕をエスコートするように隣に並ぶ男は行き道とまったく変わらない。
 商店の奥で待ち構えていたのは僕の旅装束を誂えてくれるテーラーであり、隅々まで採寸をされて今回は時間がないので既存の服を僕に合わせて夜、宿屋に持ってきてくれるそうだ。後は王都にある本店に僕の採寸したものを送ってあちらで過ごす際の服を作ってくれるらしい。
 断固として拒否したが、聞いてもらえずまた手を握られ商店を後にした。


 帰り際にアクセサリー店の店頭に並んでいた髪留めを見ていたら、それをシシェルにプレゼントされてしまった。欲しくてみていたわけじゃなくて、これを着けたら便利だけどそれなら髪を切った方が楽だと考えていただけだ。
 朝シシェルに着けられた髪留めを外され、それに変えられた。彼の手によって。
 途端、あちらこちらから野太い断末魔が聞こえ、ビクリと身体を震わせた。シシェルはやっぱりか…と呟いていたが、何事だろう。
 振り返ろうとしたが、シシェルに阻止されさっさとそのアクセサリー店から離れ、宿屋に向かった。


 宿屋に入って、昼過ぎという丁度いい時間帯に戻ったお陰で一階の食堂は閑散としていた。
 厨房の人たちも休憩に入っているのか、小間使いの少年が洗い物をしている最中だった。

「いつもみたいに厨房借りていいかな?」

「はい! 俺もこれを洗ったら食堂の掃除に入るので好きに使ってください」

 彼はルキ。年は十五と言っていたか。
 この街は学校へ通うことが義務であり、二年しっかりと学ぶことが出来る。
 大体は十三くらいで学校に入り、ルキのように十五で仕事に就く。
 ここら辺は前世と一緒のようで安心する。学ぶことの大事さは前世と、今世で痛いほど身にしみている。
 ノアトルは王都とは違った意味での地方都市なので、商業も盛んでこの地方の子どもは勉学は必須項目である。読み書きと簡単な計算が出来なくては担い手が居なくなるので、ノアトル民の学校への意識が高い。
 僕も王都でのあれやこれやと面倒なことが終わったらそっち方面に携われたらいいなと思っている。

 ニコニコと働き者のルキを見て和んでいたら、シシェルに視界を奪われた。

「そろそろ私を構え」

「…………」

 ルキと僕の間にシシェルが立ち、その長身を生かして僕の視界全てに入ってきた。
 長い橙色の前髪が揺れ、少し寂しげな金色の瞳が此方を見てくる。僕と視線を合わせる為に身体を少し折り曲げている。
 そんなあざと可愛い仕草をする絶世のイケメンに対処できる奴がいるだろうか? 仮に居たとしても、僕には無理だ。
 カーッと下から込み上げる熱に耐え切れず、シシェルから距離をとり後ろを向いた。

「おい…」

 後ろでシシェルが呼びかけてくるが、無視だ。
 無限収納の鞄から今日仕入れた調味料や、保存しておいた食材を取り出し料理に取り掛かる。
 サクサクと終わらせないと今度は夕方の仕込が始まってしまう。

 持っていた米をサッと洗って厚めの鍋に入れて火を点ける。これはおにぎり用。
 洗った野菜を小さく切って、調味料を混ぜて風の魔法を使ってカラカラに乾燥させ個別に包装する。野菜入りの固形コンソメイメージだ。インベントリに入れておけば時間経過もないし傷むことがないのがとても便利。
 ただ、タッパーやサランラップがないこの世界ではあらかじめ料理を作って鞄にいれておくことは出来ない。おにぎりとか、形が崩れても大丈夫なものは入れておけるけど。水は魔法で出せるから水筒に入れる手間がなくてこちらも便利。
 移動は三日程と言っていたから多く見積もって二人分の食料を四日分作れば足りると思う。
 携帯食料もいいんだけど、野宿をする前提だったら美味しいものを食べたい。

「好き嫌いってあります?」

 後ろで熱心に見ていたシシェルがハッとして、特に思い浮かばないと返事をした。
 
「嫌いな野菜とか、肉とか。苦手な魔獣だとか、酸っぱい、甘い、辛い…あとなんだろ…。そういえば、知らなかった…」

 前世では婚約者として隣に居たが、シシェルが苦手なものだとか聞いたことがなかった。向こうも僕の好みを把握していなかっただろうな。
 今更ながらに若気の至りというか、あの年齢特有の熱病にやれていたんだと気付き、モヤァっと嫌な気分になった。

「私は温室暮らしとは言い難いからな。なんでも好き嫌いなく食べれる。お前が作ってくれたものは何でも美味しく食べられる」

 ニコリと優しい微笑みまでつけてそんな事を言われてしまってはモヤモヤした気分も吹っ切れてしまう。現金なものだ。

「お前は、あっさりとしたものを好むな。辛いものが苦手だと知っているぞ」

「!」

 シシェルがドヤ顔で的確に僕の苦手とするものをあててきたので、唖然としてしまった。そんなに僕のことを見てくれていたの?
 だ、騙されないぞ!
 そうやって僕を囲い込もうって魂胆だな!
 前の第三殿下とは違うと判っているけど、僕は彼を信じるには勇気が足りない。また、裏切られるなんてことは二度と御免だ。



 その後は僕のみが気まずい思いを抱えたまま昼食と夕食を部屋でとった。




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