婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

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15.城での暮らし

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*15.城での暮らし




 シシェルのエスコートでエントランスに入れば、数人の使用人に出迎えられた。

「お待ちしておりました。お食事の準備は整っておりますが、いかがいたしましょう」

 白い髪を後ろに撫でつけ、お揃いの白い髭を口元に貯えている。目元の皺が深く、ニッコリと微笑むその姿は絶対的な安心感を植え付けてくる。

「シェトリーズ、私の執事であり補佐役でもある。なにかあれば彼に伝えてくれ。この宮はシェトリーズが管理している」

「お初にお目にかかります、ユエ様。私はシェトリーズと申します。不便なことがあれば、些細なことでも仰ってください」

 皺枯れた声が耳に優しく届く。

「しかし、シシェル様は普段騎士団の宿舎で寝泊りしておられるので此方に勤め上げている従者は数が限られております。どうなさいます?」

「問題ない。ある程度のことは自分でなんとか出来る。ユエの世話も私が買って出ている」

「そうでございましたか。伯爵家のドアモール卿が侍女の仲介役を名乗り出ておいでですが、此方はいかがなさいます?」

「そうだな。数があって不便なことはない。幾人か雇い入れてくれ」

「畏まりました。それでは、お食事を」

 シシェルに手を引かれ、食堂に案内された。
 作りは豪奢だが、内装はとってもシンプルだ。離宮というより、館に近い。
 縦に長いダイニングテーブルに横同士で座り、あれこれと世話をされる。宿や野宿と違い、ここには使用人がいつでも控えているのであまり過度な給仕は止めてほしい。
 食堂には侍女が四人と、執事であるシェトリーズがシェフを兼用しているらしい。それというのも、この宮の主であるシシェルがほぼ騎士団の寄宿舎で寝泊りしているので、この場所は現状維持でハウスクリーニング程度しかすることがなく、使用人の数も他の王子たちの宮に比べれば五分の一以下だという。

「なにかあれば自分で出来る」

 それがシシェルの言い分である。
 それと今の救世主云々のごたごたが済めば、シシェルは臣下し爵位を賜り、この宮を手放すので使用人を増やす必要もないそうだ。
 瑞々しいサラダを口に運ばれ、無理やり口に押し込むからドレッシングで顔が汚れる度にそれを甲斐甲斐しく拭いてくれるのはいいけれど、僕が食べるのヘタクソみたいなそういう雰囲気を垂れ流すのやめてくれないかな。

 食後に王宮らしい立派な大浴場に一人で入り。一緒に入ると脱衣場に入りかけたシシェルを魔法で追い出し、一人で悠々と風呂に浸かった。日本人だからか、風呂はゆっくり浸かるに限る。
 小一時間ほど入っていたのか、名残惜しく感じつつも風呂から上がれば、少し離れた所にある風呂場に入ってきたと少し不機嫌そうなシシェルが大きなタオルを持って待ち構えていた。
 僕の次で悪いけれど、大浴場に入ればいいのにと聞いたら、やりたいことがあるとシシェルは言った。
 ほかほかの身体をフカフカのタオルで水気を拭われ、昼間寝たっていうのに軽い眠気がやってきた。

「さぁ、寝室に行くぞ」

「ひぇっ!」

 新しいタオルに包まれ、逞しい二の腕に抱かれ、重力なんてなんのその状態で運ばれた。
 人一人を抱えているというのに、シシェルは物ともしない。
 二階に上がり、一等大きな扉の前で一人の侍女が待ち構えていた。シシェルが合図を送ればなにも言わず扉を開けて、下がっていった。
 寝台の上にはしっかりとセッティングされたものが置かれている。

「…ああ…また再開するのか…」

「さぁ、ユエ、遠慮することはない。極上のひとときを味わえるよう、奮励しよう」

「ま、待って…! 下着は下さい!」

 大きな天蓋つきベッドの上に降ろされ、タオルを剥ごうとするシシェルに待ったをかけた。

「どうせ濡れるのだし、要らないだろう?」

「要る!」

 シシェルは王族だから人に裸を見られることに慣れているのだろうが、僕には現代っ子としての記憶がある。寧ろ、日本人としての記憶が強いので、真っ裸でベッドに寝転ぶなんて真っ平御免だ。
 ベッド脇の棚に置かれていた僕の鞄から下着を取り出し、履く。不服そうなシシェルが視界の隅に映ったけど、無視だ、無視。

「香油で濡れた肌着がどれだけ扇情的か、知らないのか?」

 …意味が深そうで、恐ろしいセリフをシシェルが吐いたが、無視だ。ちょっとだけ、それなら脱いだほうがいいのか? と思ってしまったが、あれは僕を惑わせるだけの意味のない言葉だ。シシェルが僕なんか歯牙にかけるとは思わない。この世界のシシェルはとても立派な大人の男だ。王族で王子さまだっていうのに、人の手を借りることなくなんでも出来てしまうSランクの冒険者でもあって。
 それに、恋はもうこりごりだ。

「なにを考えている? 不安があれば言え。私はお前に頼られたい」

 ズキズキと痛む胸を押さえていたら、優しい手のひらが僕の頭を撫でた。

「ユエ。私はお前を守る剣であり、盾になりたい。お前を安心させる場所になりたいのだ」

「…そんな、僕なんて…」

 どうしてシシェルはそこまでしてくれるんだろう。
 これが、精霊が望んだ結果ということだろうか。
 だとしたら、僕は前のシシェルを壊してしまったのかな。

「僕は、貴方を…否定してしまった」

 だから、今のシシェルは僕に優しいのだ。
 精霊が、僕の為に、世界を創り変え、シシェルを変えた。
 その事実に、ゾッと背筋が寒くなった。人一人を僕の為に変えてしまっただなんて、なんて罪深いんだろう。

「お前は物事を難しく捉えすぎている。感情なんてものは、自分で制御できるものじゃあない。自分に制御できないものを、精霊が御することが出来るものか。だからこそ、前回、お前の世界は閉じられたのだろう?」

「…あ…」

「心配するな。全てに決着をつけるため、私がいるのだ」

「…ふっ…」

 ブワリと目に膜が張り、必死にこらえようと思ったのに、一滴の水が零れた。

「ユエ」

「ありがとう、ございます…」

「問題ない。さて、お前の憂いも晴れた所で、始めようか。極上の眠りを約束しよう」

「!」

 甘い花の香りを柔らかに放つ香油を指に垂らし、シシェルが魅惑的に笑った。
 宿屋でのマッサージとは違い、隅から隅までシシェルの手練手管に追い上げられ、昼間に寝たというのに今回も途中から意識がぷっつりと途切れてしまった。

 て、テクニシャン…!!


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