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最終章 木こりと騎士は……
第566話 その後の話(side王国) 後編
「レクシャ、私は間違っていただろうか?」
王太子ジルベールに国王の座を渡す前日、謁見の間には国王と宰相レクシャしかいなかった。
国王の呟きに、跪いていたレクシャが首を傾げる。
「何がでしょうか?」
「本当は、国を乱した罪で毒杯を飲むべきだった。だが私は、惨めにも国民に懇願し、衰えてしまった国力を取り戻すために奔走した」
何度、諸外国の要人達に頭を下げたのだろう。
毎日、徹夜で働いた。
全て、国民との約束を果たすため。
国に、国民に迷惑をかけた罪を償うため。
玉座に座る今の国王は、国の主に相応しい威厳さは無く、ただただ、己の行いが間違いであったか悔やんでいた。
そんな臣下に見せられない弱々しい姿を見たレクシャは、誰もいないことを良いことに彼の名前を呼ぶ。
「陛下……いや、コンラーク」
宰相から久方ぶり名前を呼ばれ、驚いて顔を上げた国王にレクシャは淡々と話し始める。
「私たちは間違っていた。ノルベルトの愚行を知っておきながら、ノルベルトの暴走を予測しておきながら止めることが出来なかった。その罪は、この命を以って償うべきだった」
「そうだ、本来なら毒を以ってこの命を絶つべきだった」
(そうすれば、そうすれば……)
顔を歪める国王に、そっと立ち上がったレクシャが問い質す。
「だが、あなたは罪滅ぼしとして落ちてしまった国力を回復させる時間が欲しいと懇願した。それはなぜか?」
「国王として、せめて国民のために……この国の未来のために礎を作ろうと」
「そうだ。あなたはあの時、そう考えて国民に懇願した。それを国民が理解したから、私たちはこうして奔走する時間を与えてくれた」
そう言うと、レクシャは玉座に座る国王の隣に立った。
そこは謁見時、レクシャの定位置だった。
「レクシャ……」
「コンラーク、私は思うのだ。毒杯を飲んで死ぬことが贖罪ではない。この命尽きるまで己の過ちを償い、未来に我々の過ちを伝えるのもまた贖罪なのではないかと」
穏やかな笑みを浮かべながら話した友人の持論に、目を見開いた国王はそっと笑みを零す。
「だとしたら、我が国の民は慧眼だ。我々に死ぬこと以上の苦しい罰を与えたのだから」
「ハハッ、確かにそうだな」
楽しそうに笑ったレクシャは、静かに笑みを潜めると誰もいない謁見の間を見つめながら旧友に報告をする。
「この前、リュシアンに《魔力干渉》を教えた」
「っ!? それって……!!」
ノルベルトの無力化する時に、レクシャが使った無効化魔法の中で『禁忌』とされている《魔力干渉》。
サザランス公爵家の当主にしか扱えないそれを、レクシャは長子であり次期公爵であるリュシアンに教えた。
それはつまり、リュシアンに当主を譲るということだった。
何の気無しに言ったレクシャの決断に、国王の言葉を。
だが、レクシャの決断はこれだけではなかった。
「それだけでない。次期宰相もこの前決めた。私の右腕で次代の国王を支えるのに相応しい男だ」
「レクシャ、その次期宰相というのは……」
「あぁ、サザランス公爵家とは何の縁もない、侯爵家の次男だ」
「っ!」
リュシアンが宰相の座に興味が無いことを知っていたレクシャは、自分の右腕として働き、次期国王であるジルベールからの信頼が厚い人物を次期宰相に指名したのだ。
玉座の間を離れたレクシャは、唖然としている国王の前に立つと深々と頭を下げる。
「サザランス公爵家は私の代で『宰相家』という2つ名を返上する。これが、この国に出来る最後の償いだ」
約300年前の国を巻き込んだ戦争終結から今日まで、宰相家として代々、ペトロート王国を支えてきたサザランス公爵家。
その家がレクシャの代で役目を終える。
宰相という立場でありながら、たった1人の男の暴走を止めらず、国を好き勝手にされてしまった罪として。
「レクシャ、良いのか?」
「あぁ、家族も了承している。それに、私の右腕が有能なのは陛下だってご存知でしょ」
「そう、だな」
(それでも、サザランス公爵家が『宰相家』としての立場を離れることは寂しいな)
長きに渡って国を支え続けた公爵家の大きすぎる決断に、胸を痛めた国王は再び顔を歪める。
そんな国王にレクシャは微笑みかける。
「コンラーク、もし良かったら、私たち夫婦とどこかへ行かないか?」
「レクシャ……」
「私たちはこの国のために奔走した。ならば、その褒美としてどこかへ行ってもいいのではないか?」
「『褒美』って……我々は己の罪を償うために奔走したのでないか」
「そうだが……我々少々、働き過ぎたと思ってな」
「お前なぁ、そもそも国民が我々の死を願っていたらどうするんだ」
「その時は毒杯を一緒に飲もう」
(『一緒に』って……そう言えば、こやつは本来こういうやつだったな。普段冷静沈着に物事を進めるからすっかり忘れていた)
潔く毒杯を飲むことを決意したレクシャに、呆れたように溜息をついた国王は小さく笑みを浮かべる。
「そうだな、もし国民が我々に生きる権利を与えてくれたら、私たち夫妻と一緒にどこかへ行こう。生き恥を晒す旅へ」
その翌日、戴冠式の後に前国王ジルベールが毒杯を飲むことはなかった。
※最終回まで、あと5話!
王太子ジルベールに国王の座を渡す前日、謁見の間には国王と宰相レクシャしかいなかった。
国王の呟きに、跪いていたレクシャが首を傾げる。
「何がでしょうか?」
「本当は、国を乱した罪で毒杯を飲むべきだった。だが私は、惨めにも国民に懇願し、衰えてしまった国力を取り戻すために奔走した」
何度、諸外国の要人達に頭を下げたのだろう。
毎日、徹夜で働いた。
全て、国民との約束を果たすため。
国に、国民に迷惑をかけた罪を償うため。
玉座に座る今の国王は、国の主に相応しい威厳さは無く、ただただ、己の行いが間違いであったか悔やんでいた。
そんな臣下に見せられない弱々しい姿を見たレクシャは、誰もいないことを良いことに彼の名前を呼ぶ。
「陛下……いや、コンラーク」
宰相から久方ぶり名前を呼ばれ、驚いて顔を上げた国王にレクシャは淡々と話し始める。
「私たちは間違っていた。ノルベルトの愚行を知っておきながら、ノルベルトの暴走を予測しておきながら止めることが出来なかった。その罪は、この命を以って償うべきだった」
「そうだ、本来なら毒を以ってこの命を絶つべきだった」
(そうすれば、そうすれば……)
顔を歪める国王に、そっと立ち上がったレクシャが問い質す。
「だが、あなたは罪滅ぼしとして落ちてしまった国力を回復させる時間が欲しいと懇願した。それはなぜか?」
「国王として、せめて国民のために……この国の未来のために礎を作ろうと」
「そうだ。あなたはあの時、そう考えて国民に懇願した。それを国民が理解したから、私たちはこうして奔走する時間を与えてくれた」
そう言うと、レクシャは玉座に座る国王の隣に立った。
そこは謁見時、レクシャの定位置だった。
「レクシャ……」
「コンラーク、私は思うのだ。毒杯を飲んで死ぬことが贖罪ではない。この命尽きるまで己の過ちを償い、未来に我々の過ちを伝えるのもまた贖罪なのではないかと」
穏やかな笑みを浮かべながら話した友人の持論に、目を見開いた国王はそっと笑みを零す。
「だとしたら、我が国の民は慧眼だ。我々に死ぬこと以上の苦しい罰を与えたのだから」
「ハハッ、確かにそうだな」
楽しそうに笑ったレクシャは、静かに笑みを潜めると誰もいない謁見の間を見つめながら旧友に報告をする。
「この前、リュシアンに《魔力干渉》を教えた」
「っ!? それって……!!」
ノルベルトの無力化する時に、レクシャが使った無効化魔法の中で『禁忌』とされている《魔力干渉》。
サザランス公爵家の当主にしか扱えないそれを、レクシャは長子であり次期公爵であるリュシアンに教えた。
それはつまり、リュシアンに当主を譲るということだった。
何の気無しに言ったレクシャの決断に、国王の言葉を。
だが、レクシャの決断はこれだけではなかった。
「それだけでない。次期宰相もこの前決めた。私の右腕で次代の国王を支えるのに相応しい男だ」
「レクシャ、その次期宰相というのは……」
「あぁ、サザランス公爵家とは何の縁もない、侯爵家の次男だ」
「っ!」
リュシアンが宰相の座に興味が無いことを知っていたレクシャは、自分の右腕として働き、次期国王であるジルベールからの信頼が厚い人物を次期宰相に指名したのだ。
玉座の間を離れたレクシャは、唖然としている国王の前に立つと深々と頭を下げる。
「サザランス公爵家は私の代で『宰相家』という2つ名を返上する。これが、この国に出来る最後の償いだ」
約300年前の国を巻き込んだ戦争終結から今日まで、宰相家として代々、ペトロート王国を支えてきたサザランス公爵家。
その家がレクシャの代で役目を終える。
宰相という立場でありながら、たった1人の男の暴走を止めらず、国を好き勝手にされてしまった罪として。
「レクシャ、良いのか?」
「あぁ、家族も了承している。それに、私の右腕が有能なのは陛下だってご存知でしょ」
「そう、だな」
(それでも、サザランス公爵家が『宰相家』としての立場を離れることは寂しいな)
長きに渡って国を支え続けた公爵家の大きすぎる決断に、胸を痛めた国王は再び顔を歪める。
そんな国王にレクシャは微笑みかける。
「コンラーク、もし良かったら、私たち夫婦とどこかへ行かないか?」
「レクシャ……」
「私たちはこの国のために奔走した。ならば、その褒美としてどこかへ行ってもいいのではないか?」
「『褒美』って……我々は己の罪を償うために奔走したのでないか」
「そうだが……我々少々、働き過ぎたと思ってな」
「お前なぁ、そもそも国民が我々の死を願っていたらどうするんだ」
「その時は毒杯を一緒に飲もう」
(『一緒に』って……そう言えば、こやつは本来こういうやつだったな。普段冷静沈着に物事を進めるからすっかり忘れていた)
潔く毒杯を飲むことを決意したレクシャに、呆れたように溜息をついた国王は小さく笑みを浮かべる。
「そうだな、もし国民が我々に生きる権利を与えてくれたら、私たち夫妻と一緒にどこかへ行こう。生き恥を晒す旅へ」
その翌日、戴冠式の後に前国王ジルベールが毒杯を飲むことはなかった。
※最終回まで、あと5話!
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